えぺ
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――271X年1X月X8日
「…なんですか、コレは」
「面白い子供が居たから連れて来てみた。アッシュ、お前に預ける。得意だろう、こういうの」
拒む間もなく、奴は去っていく。クーベン・ブリスク、彼は私の雇い主ではあるが、私の仕事は子守りなどではないと言うのに。
憤る私の手に抱かれながらも一切何の声も上げない不気味なほど静かなその赤子は、しかし確かに彼の言う通り特異な才を持つ子供だった。
私はシミュラクラムという技術によって造られたガイノイドであり、普通の生きた人間とは異なる存在だ。この赤子は、どういう訳かそれをこの歳で既に理解しているらしい。
「あ…しゅ」
「なぜ私の名を知っているのです?」
「だって、こえがした」
「声? …よくわかりませんが、まあいいでしょう」
――271X年1X月2X日
何日か過ごすだけで、その恐ろしさがすぐにわかった。これほどまでに高い才能を持った赤子を活かさない手はない、私は彼女をこの手で最高の技師として育てることにした。
シミュラクラムとしての命は人よりも遥かに長い。だがその間に何が起こるかわからない、この子供を私のバックアップとして育てておけば、有事の際にもきっと役に立つはずだ。
「私の野望の為に、貴方には存分な働きをしてもらいますよ」
「…?」
しまった。この娘の名前について、ブリスクから聞くのを忘れていた。人間には型式番号ではなく、親から与えられた名が必要だというのに。
――271X年1X月3X日
「ガキの名前?」
「はい。貴方が私に押し付けたあの赤子について、知る権利があるはずです」
「あー…子供自体の名前は知らんが、親の苗字はマキネッタだったか。まあどうせソイツを遺して死んだ親だ、気にする必要ないだろう。折角だしアッシュ、お前さんが名付け親になったらどうだ」
ブリスクにコンタクトを取ったものの、あまり反応は芳しくないものだった。私が母親になるつもりはないのに、彼はその役目すら押し付けようとしていた。
部屋に戻り、何も知らずに笑う彼女を前に私は悩む。好きに扱って構わない捨て駒と違い、この子の才を手放すのは惜しい。
考えるだけで自己が崩壊しそうになった頃、データベースに埋もれた言葉の中から、それは天啓のように舞い降りた。
「…クオレ」
――271X年04月XX日
「あしゅ、イタいのなおった?」
「まだ少し詰めが甘いですねクオレ、私が修繕を望んだのは右ではなく左の小指」
「え、違うのか…ほかの子はみんな素直におしえてくれるのに。あしゅなおすの、むずかしいよ」
言葉を学ばせるのを後回しにしたせいで、未だ私を正しく呼ぶことすら儘ならないクオレだが、私が心の中で考えた嘘の感情を正しく読み取っていた。
こんな才能の芽を見逃す訳には行かない。互いに多少の苦難を伴うのを覚悟で、私は彼女を鍛える為に意識を敢えて偽り続ける。
「意図して難しくしているのです。いつか壊れた私を直す時に困らないように」
「…あしゅ壊れるの、やだ」
無垢な瞳で、クオレはそう告げる。私に依存しないよう、仲間達にもある程度触れさせるべきか。
――271X年05月XX日
今日はクオレをバイパーに会わせていた。彼のノーススターは飛行能力に優れたタイタン、私の扱うローニン程ではなくとも、危機から逃れる為に使うには扱いやすいだろうと思い触れさせた。
尤も、彼女はタイタンに乗ることに抵抗していた。まだ恐れが勝るだけだと思いたいが、私の知らぬところで薄汚れたクズ共が何かを吹き込んでいるのかもしれない。
「ただいま」
「バイパーと会ってきましたか、クオレ。ノーススターの乗り心地はどうでしたか」
「触らせてももらえなかった。たとえ自分の子でもダメだって。ノーススターもダメだよって言ってた」
どうやら当てが外れた様だ。まあいい、パイロットの知識をつけさせるよりも優先すべきことは山ほどある。
「カイリ、っていうらしいんだ。ぼくよりちょっとお姉さんだけど、それでも危ないからって」
バイパーにも娘がいたのか。それは初耳だった。しかしそれならば、この子も一緒に任せれば良かったのに。
何故ブリスクは既に子供を持つ親にではなく、私に押し付けたのだろうか。少し考えてみたが、その内に私の得た恩恵の大きさに気付きやめた。
「ぼくのパパとママは…どこに行ったんだろう。一度でいいから会ってみたいのにな」
弱い両親はとうの昔に死んだと、残酷な現実を教えるのは容易い。しかし、それで彼女が折れるのだけは何としても避けたかった。
しかし私は自分があの子の親に成り代わるつもりもない。答えを見つけられないまま、その時の会話は終わる。
――271X年XX月XX日
負けた。私が負けたら、クオレはどうなる?
ありえnaい。iやだいyだ、もうshにtくなi
メモリーログ故障:復元用コードの挿入//
ERROR!
ERROR!
Errprr!
3rr0nr――
――273X年0X月X7日
「アッシュ、朝だよ。起きて…アッシュ?」
「そんなに騒がなくとも聞こえていますよ、クオレ・マキネッタ」
機械が悪夢を見るなど有り得ない、その定説を覆すかのような不快なプログラムの奔流の中、私は彼女の声によって現在に揺り戻される。
先刻まで頭を駆け巡っていた数々の記録は、私の中に巣食う不都合によってつい最近まで食い潰されていたものだった。
「…ならいいけど。珍しく固まって、どうしたの」
『お前が、いや…お前しかいなかったのに! はやくコイツを止めろ!』
「?」
頭の中で、騒がしいだけの無能の声が私の望みを断ち切らんと、聞こえないノイズでクオレを詰る。
私が壊されてから復元されるまで、凡そ二十年。私と離れた後のあの子がどう生き延びたかは知る由もないが、私が育てていた筈の"機械の声を聞く能力"は既に失われていた。
だが、その能力が失われたこと自体は嘆くことではない。今のあの子にとって、それは既に必要のないもの。
特別な力などなくとも難無く私の壊した武器を修理してみせるという、技術者として本当に必要な才能を開花させていたのが何よりの証拠だ。
『聞こえてるんじゃないのか!? おい! なあ、もう振り回されるのは嫌なんだ…』
クオレと過ごしていた頃は封印出来ていた筈の、生前の私だった者"アシュレイ・リード"。
彼女がソマーズによって蘇り、自分を壊 したあらゆる全てへの不満を喚き散らす今の私にとって、クオレに声を聞かれることがないのは却って僥倖だった。
弱いだけの、私ではないゴミクズの声をあの子に聞かれることがないというだけで救われる想いだ。
「問題ありません。少々煩い蝿が頭に纏わりついているだけです」
「…よくわからないけど、戦いに支障が出るなら除去しようか?」
「そうしたいのは山々なのですが…クオレ・マキネッタ、たとえ貴方でもこの問題を解決するのは不可能かと」
余程これまでの経験から自信をつけて来たのか、何故と言わんばかりに首を傾げる。 それでこそ、私が育てた甲斐がある。
しかし、ある意味偶発的な事故によって分かたれたアッシュ とレイ をどうこうするなど、私自身にも影響が及びかねないことは避けたい。
弱い心が消し去れれば良いが、まかり間違って私が消滅するなどあってはならない。そのリスクを考慮する限り、クオレの申し出を受け入れることだけは出来なかった。
『消えたくない、いやだ…死ぬのはもうたくさ』
「本当に大丈夫? 昔みたいに本音が聞こえないから心配だよ」
かつての彼女なら有り得ないタイミングで声を掛けてくる。ああ、良かった。レイ の声は、本当にクオレには全く聞こえていない。こんなに喜ばしいことは無い。
万が一、弱い心を具現化した奴の声を聞いたが最後、優しいこの子は私ではなくそいつの声を信じかねない。そもそも私と区別がつかないかもしれない。弱さを捨てた今の私が何かを恐れるとすれば、それだけだ。
「聞こえない方がいい声もあります。力が失われたのは…そうした雑音に苦しんできたからでは?」
「どうかな…多分だけど違うと思う。いつも賑やかだった筈が、ある日を境に突然魔法が解けたみたいに聞こえなくなったんだ」
魔法と、そう称するのも無理はない。そう思わせるほど、彼女の中に眠っていた力は唐突に失われたらしい。
その時傍に居なかった私に、原因は解明しようもない。そもそもがどういう由来で得たものかを、今も彼女自身すらわかっていないというのに。
「突然死海に放られたような気になって、その日は怖くて眠れなかった。アッシュが撃墜したと聞いた夜のように」
「私は帰って来ましたよ」
「うん…本当に良かった。でも、大事なときに役に立てなくてごめん」
私の修復はクオレによってではなく、彼女が関わるレジェンド達によって行われた。彼らの尽力についてさえ、この子は何も知らされていない。
ブリスクが、私を彼女から遠ざけていたのだ。自分が秘密裏に私のパーツを集め隠していたことも黙秘していた、まるで私の存在を忘れさせようとするかのように。
「貴方のせいではありません。あの老獪な男の妨害によるものです、どんな意図があったか知りませんが…全くもって小賢しい」
「ブリスクおじさんにも考えがあったのは今ならわかる。僕も大人になって…物事には色々な側面があることを知ったから」
徐に私の元へ近づいて、クオレはフードの上から私の頭に触れる。離れていた間に、こんなにも身長が伸びていたのかと実感する。
「…アシュレイ・リード博士」
『!? 私がわかるのか、マキナ!』
「僕は"貴方"のことをソマーズ博士から知って…とても驚きました。アッシュの元となった人格が、そんな酷いことをした人だったなんて、と」
予想だにしない言葉に動揺し、私の処理速度が低下するのを感じる。突然呼びかけられたせいで"レイ"が暴れ出し、私の完璧な筈の心が乱される。
だが、"レイ"を否定する彼女の姿勢は評価に値する。それでこそ、私の育てたクオレ・マキネッタだ。
「でもアッシュ。"君"のおかげで、僕は今日まで生き延びることが出来た。それは一秒たりとも忘れたことはない」
『やめろ、コイツを肯定するな…!』
「ええ、その通り。貴方の有望さを見出した、私の功績」
そこで彼女が笑んで終わる、そう踏んだ私の予測は大きく外れる。余計なことを吹き込んだ狡い大人がこの子の周囲に増えたせいだろう。
「けど、僕以外の皆からすれば…リード博士もアッシュも、同じ人なんだ。教えてアッシュ、僕はどっちを信じればいい?」
「私だ! こんな奴の言うことを聞いちゃダメだ、マキナ」
『戯言を。私は私、レイ のことなど無視してください』
「…驚いた。今のが、リード博士だね? 僕をマキナ、って…」
クオレの言う通り、レイは致命的なミスをした。あの子をマキナとコードネームで呼んだ時点で、それは"私 "ではないのだ。
二十余年前に私がつけた"クオレ"の名を、私が呼ばずにどうする。ミリシアの戦士に倒され死を覚悟したあの瞬間にさえ忘れられなかった、あの名を。
「よくぞ惑わされないでくれました、クオレ。そう、これが私に巣食う障害 …滅すべき不完全さなのです」
「アッシュにとってはそうかもしれない。でも僕は…リード博士とも話がしたい」
真っ直ぐに、私の瞳に位置する場所を見つめる。だがそれは叶えられる願いではない。
あの子は私の知らないところで、随分と真っ直ぐに育ってしまったようだ。いっそもっと汚れていれば、彼女にも迎合出来たのだろうに。
「…それは肯定しかねます。私とは違う意思に、貴方を迷わせたくはない」
「心配してくれてありがとう。そんな風に僕を思ってくれるアッシュの元になった人なら、きっと大丈夫だ」
「どうなっても知りませんよ」
半ば諦めの境地で、私はそう答え意識を切り離す。この子が言い出したら聞かないのは昔からそう。だから、あとはもう信じるしかない。
眠りに落ちる私にではなく、おそらく"レイ"へと手を差し出すのが微かに見える。どうか、私のこの選択が間違いでないことを祈る。
「改めてはじめまして、リード博士」
「…なんですか、コレは」
「面白い子供が居たから連れて来てみた。アッシュ、お前に預ける。得意だろう、こういうの」
拒む間もなく、奴は去っていく。クーベン・ブリスク、彼は私の雇い主ではあるが、私の仕事は子守りなどではないと言うのに。
憤る私の手に抱かれながらも一切何の声も上げない不気味なほど静かなその赤子は、しかし確かに彼の言う通り特異な才を持つ子供だった。
私はシミュラクラムという技術によって造られたガイノイドであり、普通の生きた人間とは異なる存在だ。この赤子は、どういう訳かそれをこの歳で既に理解しているらしい。
「あ…しゅ」
「なぜ私の名を知っているのです?」
「だって、こえがした」
「声? …よくわかりませんが、まあいいでしょう」
――271X年1X月2X日
何日か過ごすだけで、その恐ろしさがすぐにわかった。これほどまでに高い才能を持った赤子を活かさない手はない、私は彼女をこの手で最高の技師として育てることにした。
シミュラクラムとしての命は人よりも遥かに長い。だがその間に何が起こるかわからない、この子供を私のバックアップとして育てておけば、有事の際にもきっと役に立つはずだ。
「私の野望の為に、貴方には存分な働きをしてもらいますよ」
「…?」
しまった。この娘の名前について、ブリスクから聞くのを忘れていた。人間には型式番号ではなく、親から与えられた名が必要だというのに。
――271X年1X月3X日
「ガキの名前?」
「はい。貴方が私に押し付けたあの赤子について、知る権利があるはずです」
「あー…子供自体の名前は知らんが、親の苗字はマキネッタだったか。まあどうせソイツを遺して死んだ親だ、気にする必要ないだろう。折角だしアッシュ、お前さんが名付け親になったらどうだ」
ブリスクにコンタクトを取ったものの、あまり反応は芳しくないものだった。私が母親になるつもりはないのに、彼はその役目すら押し付けようとしていた。
部屋に戻り、何も知らずに笑う彼女を前に私は悩む。好きに扱って構わない捨て駒と違い、この子の才を手放すのは惜しい。
考えるだけで自己が崩壊しそうになった頃、データベースに埋もれた言葉の中から、それは天啓のように舞い降りた。
「…クオレ」
――271X年04月XX日
「あしゅ、イタいのなおった?」
「まだ少し詰めが甘いですねクオレ、私が修繕を望んだのは右ではなく左の小指」
「え、違うのか…ほかの子はみんな素直におしえてくれるのに。あしゅなおすの、むずかしいよ」
言葉を学ばせるのを後回しにしたせいで、未だ私を正しく呼ぶことすら儘ならないクオレだが、私が心の中で考えた嘘の感情を正しく読み取っていた。
こんな才能の芽を見逃す訳には行かない。互いに多少の苦難を伴うのを覚悟で、私は彼女を鍛える為に意識を敢えて偽り続ける。
「意図して難しくしているのです。いつか壊れた私を直す時に困らないように」
「…あしゅ壊れるの、やだ」
無垢な瞳で、クオレはそう告げる。私に依存しないよう、仲間達にもある程度触れさせるべきか。
――271X年05月XX日
今日はクオレをバイパーに会わせていた。彼のノーススターは飛行能力に優れたタイタン、私の扱うローニン程ではなくとも、危機から逃れる為に使うには扱いやすいだろうと思い触れさせた。
尤も、彼女はタイタンに乗ることに抵抗していた。まだ恐れが勝るだけだと思いたいが、私の知らぬところで薄汚れたクズ共が何かを吹き込んでいるのかもしれない。
「ただいま」
「バイパーと会ってきましたか、クオレ。ノーススターの乗り心地はどうでしたか」
「触らせてももらえなかった。たとえ自分の子でもダメだって。ノーススターもダメだよって言ってた」
どうやら当てが外れた様だ。まあいい、パイロットの知識をつけさせるよりも優先すべきことは山ほどある。
「カイリ、っていうらしいんだ。ぼくよりちょっとお姉さんだけど、それでも危ないからって」
バイパーにも娘がいたのか。それは初耳だった。しかしそれならば、この子も一緒に任せれば良かったのに。
何故ブリスクは既に子供を持つ親にではなく、私に押し付けたのだろうか。少し考えてみたが、その内に私の得た恩恵の大きさに気付きやめた。
「ぼくのパパとママは…どこに行ったんだろう。一度でいいから会ってみたいのにな」
弱い両親はとうの昔に死んだと、残酷な現実を教えるのは容易い。しかし、それで彼女が折れるのだけは何としても避けたかった。
しかし私は自分があの子の親に成り代わるつもりもない。答えを見つけられないまま、その時の会話は終わる。
――271X年XX月XX日
負けた。私が負けたら、クオレはどうなる?
ありえnaい。iやだいyだ、もうshにtくなi
メモリーログ故障:復元用コードの挿入//
ERROR!
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3rr0nr――
――273X年0X月X7日
「アッシュ、朝だよ。起きて…アッシュ?」
「そんなに騒がなくとも聞こえていますよ、クオレ・マキネッタ」
機械が悪夢を見るなど有り得ない、その定説を覆すかのような不快なプログラムの奔流の中、私は彼女の声によって現在に揺り戻される。
先刻まで頭を駆け巡っていた数々の記録は、私の中に巣食う不都合によってつい最近まで食い潰されていたものだった。
「…ならいいけど。珍しく固まって、どうしたの」
『お前が、いや…お前しかいなかったのに! はやくコイツを止めろ!』
「?」
頭の中で、騒がしいだけの無能の声が私の望みを断ち切らんと、聞こえないノイズでクオレを詰る。
私が壊されてから復元されるまで、凡そ二十年。私と離れた後のあの子がどう生き延びたかは知る由もないが、私が育てていた筈の"機械の声を聞く能力"は既に失われていた。
だが、その能力が失われたこと自体は嘆くことではない。今のあの子にとって、それは既に必要のないもの。
特別な力などなくとも難無く私の壊した武器を修理してみせるという、技術者として本当に必要な才能を開花させていたのが何よりの証拠だ。
『聞こえてるんじゃないのか!? おい! なあ、もう振り回されるのは嫌なんだ…』
クオレと過ごしていた頃は封印出来ていた筈の、生前の私だった者"アシュレイ・リード"。
彼女がソマーズによって蘇り、自分を
弱いだけの、私ではないゴミクズの声をあの子に聞かれることがないというだけで救われる想いだ。
「問題ありません。少々煩い蝿が頭に纏わりついているだけです」
「…よくわからないけど、戦いに支障が出るなら除去しようか?」
「そうしたいのは山々なのですが…クオレ・マキネッタ、たとえ貴方でもこの問題を解決するのは不可能かと」
余程これまでの経験から自信をつけて来たのか、何故と言わんばかりに首を傾げる。 それでこそ、私が育てた甲斐がある。
しかし、ある意味偶発的な事故によって分かたれた
弱い心が消し去れれば良いが、まかり間違って私が消滅するなどあってはならない。そのリスクを考慮する限り、クオレの申し出を受け入れることだけは出来なかった。
『消えたくない、いやだ…死ぬのはもうたくさ』
「本当に大丈夫? 昔みたいに本音が聞こえないから心配だよ」
かつての彼女なら有り得ないタイミングで声を掛けてくる。ああ、良かった。
万が一、弱い心を具現化した奴の声を聞いたが最後、優しいこの子は私ではなくそいつの声を信じかねない。そもそも私と区別がつかないかもしれない。弱さを捨てた今の私が何かを恐れるとすれば、それだけだ。
「聞こえない方がいい声もあります。力が失われたのは…そうした雑音に苦しんできたからでは?」
「どうかな…多分だけど違うと思う。いつも賑やかだった筈が、ある日を境に突然魔法が解けたみたいに聞こえなくなったんだ」
魔法と、そう称するのも無理はない。そう思わせるほど、彼女の中に眠っていた力は唐突に失われたらしい。
その時傍に居なかった私に、原因は解明しようもない。そもそもがどういう由来で得たものかを、今も彼女自身すらわかっていないというのに。
「突然死海に放られたような気になって、その日は怖くて眠れなかった。アッシュが撃墜したと聞いた夜のように」
「私は帰って来ましたよ」
「うん…本当に良かった。でも、大事なときに役に立てなくてごめん」
私の修復はクオレによってではなく、彼女が関わるレジェンド達によって行われた。彼らの尽力についてさえ、この子は何も知らされていない。
ブリスクが、私を彼女から遠ざけていたのだ。自分が秘密裏に私のパーツを集め隠していたことも黙秘していた、まるで私の存在を忘れさせようとするかのように。
「貴方のせいではありません。あの老獪な男の妨害によるものです、どんな意図があったか知りませんが…全くもって小賢しい」
「ブリスクおじさんにも考えがあったのは今ならわかる。僕も大人になって…物事には色々な側面があることを知ったから」
徐に私の元へ近づいて、クオレはフードの上から私の頭に触れる。離れていた間に、こんなにも身長が伸びていたのかと実感する。
「…アシュレイ・リード博士」
『!? 私がわかるのか、マキナ!』
「僕は"貴方"のことをソマーズ博士から知って…とても驚きました。アッシュの元となった人格が、そんな酷いことをした人だったなんて、と」
予想だにしない言葉に動揺し、私の処理速度が低下するのを感じる。突然呼びかけられたせいで"レイ"が暴れ出し、私の完璧な筈の心が乱される。
だが、"レイ"を否定する彼女の姿勢は評価に値する。それでこそ、私の育てたクオレ・マキネッタだ。
「でもアッシュ。"君"のおかげで、僕は今日まで生き延びることが出来た。それは一秒たりとも忘れたことはない」
『やめろ、コイツを肯定するな…!』
「ええ、その通り。貴方の有望さを見出した、私の功績」
そこで彼女が笑んで終わる、そう踏んだ私の予測は大きく外れる。余計なことを吹き込んだ狡い大人がこの子の周囲に増えたせいだろう。
「けど、僕以外の皆からすれば…リード博士もアッシュも、同じ人なんだ。教えてアッシュ、僕はどっちを信じればいい?」
「私だ! こんな奴の言うことを聞いちゃダメだ、マキナ」
『戯言を。私は私、
「…驚いた。今のが、リード博士だね? 僕をマキナ、って…」
クオレの言う通り、レイは致命的なミスをした。あの子をマキナとコードネームで呼んだ時点で、それは"
二十余年前に私がつけた"クオレ"の名を、私が呼ばずにどうする。ミリシアの戦士に倒され死を覚悟したあの瞬間にさえ忘れられなかった、あの名を。
「よくぞ惑わされないでくれました、クオレ。そう、これが私に巣食う
「アッシュにとってはそうかもしれない。でも僕は…リード博士とも話がしたい」
真っ直ぐに、私の瞳に位置する場所を見つめる。だがそれは叶えられる願いではない。
あの子は私の知らないところで、随分と真っ直ぐに育ってしまったようだ。いっそもっと汚れていれば、彼女にも迎合出来たのだろうに。
「…それは肯定しかねます。私とは違う意思に、貴方を迷わせたくはない」
「心配してくれてありがとう。そんな風に僕を思ってくれるアッシュの元になった人なら、きっと大丈夫だ」
「どうなっても知りませんよ」
半ば諦めの境地で、私はそう答え意識を切り離す。この子が言い出したら聞かないのは昔からそう。だから、あとはもう信じるしかない。
眠りに落ちる私にではなく、おそらく"レイ"へと手を差し出すのが微かに見える。どうか、私のこの選択が間違いでないことを祈る。
「改めてはじめまして、リード博士」
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