えぺ
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僕は今日、審査をクリアした新規参入レジェンドの使用するアビリティに関する記録を取る為にハリス・バレーに来ていた。
IMCを敵視する民によるこの街に来たのは初めてだが、想像よりも開放的でこそあれど、どこからも"彼女は敵か味方か?"と言わんばかりの視線を感じてしまい少し居心地が悪い。
早めに仕事を済ませて帰ろう、そう思いながら、今回の調査対象のレジェンド・ニューキャッスルことラモント・クレイグ氏と対面する。
「はじめましてラモントさん。僕はマキナ、今日は貴方のアビリティについての報告書を作る為に来ました。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。と言っても…運営の人間からしたら既に何度も見ているものだとは思うが」
そう自虐的に言いながら、彼は既視感に満ちたモバイルプロテクターを展開する。
ちょうど彼の身長くらいまでの高さから地面までの周囲前面を覆う、弾丸を遮断する遮蔽物。
一言で表すとジブさんのドームシールドの劣化版に思えるそれは、確かにラモント氏の言うように何度も見たことのあるアビリティだ。
「そうですね、前任者が使っていた姿を僕も確認していますし、大まかな仕様についての説明は不要ですよ」
だがそれは、ラモント氏自身が使っていたからではなく、彼の前任者である元のニューキャッスルにあたる人物が使っていたからだった。
ニューキャッスルというレジェンドが別人に変わった理由についての詳しい経緯は聞いていないが、非常に珍しいものの全くありえないことではない。
運営 も参戦者が増えて困ることはないからか、彼らにどんな事情があったかは特に気にかけるべきことでないと判断し、そのまま新たなニューキャッスルの誕生が拒まれることはなかった。
「ありがたい。細かい調整についてはそちらのルールに則って対応する。後で資料を分けてくれるか?」
そして何より僕が喜んでいるのは、ラモント氏自らレジェンドになる以前からこのアビリティに使うプロテクターの整備に携わっていたことだ。
技師として知りたいことや注意すべき点を既に纏めており、更にこうして事後対応の申し出までしてくれる参加者は中々居らず嬉しくなってしまう。
「こちらこそ話が早くて助かります。もしよければ、参加者用の端末以外にも、ご自分の私用端末にデータベースを送信することも出来ますよ」
「そうか…いや、大丈夫だ。うっかり家族に見られたらマズいことになる」
僕の勧めを断り、腕に絡むブレスレットに目を向ける。どこかで同じものを見たことがあるようにも思うその装飾には、彼が父であることを表す四文字がチラリと見えた。
「…わかりました。貴方がゲームに参加していることをご家族には隠したいと」
僕は少しだけ冷めた目でラモント氏を一瞥する。彼もまた、バツが悪そうに僕から目を背けつつ俯き、それを返答の代わりとする。
守るべき家族が居る身でありながら、こんな命を弄ぶ競技に参加しなければならないなんて、一体どんな理由があると言うのだろう。
半ば侮蔑的な感情を抱きながらも、僕にそこまで彼の事情に踏み込む権利はない。淡々と仕事をこなそうと、モバイルプロテクターについて調査記録を書き進める。
「遠隔操作…へえ。前任者は殆ど使っていませんでしたね、そんな機能」
「扱いこなすのが難しいからな。とりあえずざっと動かすとこんな感じだ」
険悪な空気を断ち切ろうと呟いた言葉に、努めて明るく振る舞ってモバイルプロテクターの位置を動かすラモント氏。
左右に細かく向きを変え、まるで尾を振る子犬のように見せかけるという、何ともシュールな光景に、思わず笑いが堪えきれなくなる。
「フッ…フフ、変な動かし方しないでくださいよ」
「結構面白いだろ?」
「ええ、まあ。中々器用なことしますね、ラモントさん」
矛盾した彼の想いには間違いなく苛立ちを感じていた筈だったのに、今見せられたモバイルプロテクターの挙動で完全に毒気を抜かれてしまった。これも彼の父性のなせる技か。
「はっはっは、楽しんでもらえたようで何より」
「いえ…こちらこそ、先程は失礼しました。僕は物心ついた時には両親がいなかったので…大事な家族が居るのに何故、と言う気持ちが先走ってしまいました」
「そんな畏まらないでくれ。お前がそう思うのも無理はない、傍から見れば矛盾しているのはわかってる」
改めて頭を下げ、非を詫びる。既に彼は気にしていなかったようで、すぐに顔を上げるように促された。
だが、その柔和な態度とは全く別の緊迫した空気を感じる。それはほんの一瞬のことだったが、僕の発言に対し思うところがあったのは確実だろう。
そしてその不和は、彼の告げた"矛盾"が原因の一つと思われる。多くの場合レジェンドはヒーローとして賞賛されるべき存在たりうるのに、彼はその権利を半ば投げ捨てているに近い。
そこに何かしらの深い事情があるのは簡単に推測出来る。彼がニューキャッスルを引き継いだことにも関係があるかもしれない。
「…大丈夫ですよ。貴方以外にも、秘密や深い事情を抱えて戦うレジェンドが何人も居ます。そこまで気に病むことはないかと」
月並みな慰めでしかなかったが、彼はそれでもそうした救いの言葉を求めていたらしく、深く息を吐いてぎこちなく微笑む。
「ありがとう、えっと…マキナだったか。お前さん、良い技師になれるぞ。技術だけじゃなくて、心も大事だからな」
もうなっているつもりだと、喉まで出かかったが寸でで抑える。人より優れていると驕り高ぶって、大事なことまで見失ってはいけない。
彼は恐らく、僕がまだ新米の技師だと思っている。不愉快とまでは行かないが、言葉の端々からそれを感じるのはあまりいい気分ではない。
尤もそう思うのが自然だし、普通はその予想が外れることはないだろうから仕方がない。とは言えその点についてだけは認識を改めさせてもらう。
「技師として生きて二十年くらいは経ちますから、それくらいはまあ」
「なっ…!? 嘘だろう、その若さでか?」
驚くのも無理はない。僕自身、他人からそう聞かされたとして、俄 には信じられないだろう。
「…ああいや、そうか。確かさっき両親がいないと言っていたな」
「ええ。あぁでも、MRVNをはじめとして…僕を助け育ててくれた存在はいました。お陰で飢えに怯えるような困窮とは無縁でしたよ」
食うには困らなかったが、死とは常に隣り合わせだったことはあえて言及しなかった。
戦争の苦しみを知る街の民として、そんなこと言うまでもないと思ったからだ。
しかし彼からの反応はどこか違和感を覚える、この街の思想からすると意外なようにも思えるものだった。
「MRVNって…大人は、例えば軍の人間は助けてくれなかったのか?」
「どちらかと言えば僕が助ける側だったような気がします」
淡々と告げると、ラモント氏は頭を抱え出した。思ったよりも早かった。戦時中の話題はどうしても重苦しい話になる以上、その反応も致し方ない。
特に彼は幼い子を持つ父でもある、僕の境遇を自分の家族に置き換え、強すぎる共感を抱いてしまったとしても不思議はなかった。
「…すまない、俺が悪かった。本題に戻らせてくれ」
一方的に会話を断ち切ろうという意図を体現するように、彼は自身のアルティメットとして用意した巨大な壁をその場に構築する。
瞬時に展開された防護壁の外周には電磁バリアが張り巡らされており、迂闊に触れたら痺れて動けなくなりそうだった。
「これが噂のキャッスルウォールですね。きちんと展開された状態を見たのは今日が初めてかもしれません」
前任者がこれを出そうとする時には、既に手遅れな状況であることが多かった。だから僕はこの巨大な防壁が適切に使われたシーンを見たことがない。
だが、これだけ強固な守りがあれば、戦闘において味方が不用意に撃破されることはそうそう無くなるだろう。そう思わせるだけの説得力と迫力を持っていた。
「おっ、それならこのチャージ状態を見るのも初めてか」
「チャージ状態? もしかして、この電磁バリアが張られた状態のことでしょうか」
「そうだ。触ると痛いぞ」
子供を窘 めるような態度で警戒を促され、少し反応に困ってしまう。詳細な調査はこれからとはいえ、見ただけで危険なことくらいはわかる。
「…おや」
暫く眺めているうちに、バリアが弱まっていく。やがて完全に収縮し、ただの壁だけが残る。
これは不具合なのだろうか。説明を求めてラモント氏の方へ向くが、彼は特に驚くこともなくこちらを見つめ返す。
「三十秒、それがこのチャージ状態の限界でな。その時間を越えて張り巡らせていると、キャッスルウォール自体に影響が出るんだ」
「なるほど。戦闘中における三十秒は決して短くはありませんし、充分でしょう」
そして、もしその三十秒を超過しても壁の方は残るのなら、遮蔽物としての運用に大きく影響は出ない。
敵を遠ざけるか退けるか、そのどちらかの目的は間違いなく果たせる仕組みと言える。
よく練られた造りに、彼の技術者としての手腕を改めて実感する。実戦での運用をあらゆる角度から想定した綿密な設計は、ただの技師によるものではなく、自身も戦闘に長けている手練でなければ不可能ではなかろうか。
しかしラモント氏を見る限り、あまりそういう強者の風格は感じられなかった。筋骨隆々と言うには物足りず、腰周りも弛んだ贅肉が隠しきれていない。
「…あまり見ないでくれ。運動不足なのは自覚してるんだ」
無意識に視線を向け続けてしまっていたらしく、困惑気味にそう告げられる。これは悪いことをしてしまった。
「失敬。でも身体能力テストは高い水準でクリアしていましたよね」
「ああ、まあ…昔は鍛えてたからな。長年の積み重ねは身体に染み付いてるらしい」
歯切れ悪く言葉を濁す様子とこれまでの会話で感じた違和感を合わせ、僕はひとつの確信を得る。彼は遊びや競技ではない、本物の戦場に立ったことのある人間だ。
そして、それなりに高い地位に居た強さがある事も推測出来る。戦場において役立たずの人間は早々に散る以外に道はなく、生き残ることは不可能だからだ。
強者らしさが感じられないのは、戦から離れて月日が流れたせいだろう。父親となり、守らねばならない対象が出来たというのも理由に値するかもしれない。
「…今更こんなところでその頃の経験が役に立つとは正直思ってなかったけどな」
哀しみを込めて笑むその口調は、心奥では再び戦いに身を投じることに抵抗があるような口振りだった。
しかし厳しい予選をクリアし、こうして参戦に向けた準備に取り掛かっている以上、僕を含めシンジケートの人間からは全て覚悟の上でのことと認識される。本当に大丈夫だろうか。
「あの、僕からこんなこと言うのも変だとはわかっているのですが」
言おうか悩んだが、やはりこのまま黙っているのは偲びない。手を差し伸べて、僕は彼が独りではないことを示す。
この申し出に意味があるかは正直自信が無い。でも何も言わずに彼の苦労を見過ごすよりは、一縷の望みに賭けたくなった。
「…決して無理はしないで下さい。血塗られた競技とは言え、参加者は皆守られるべき存在だと…僕はそう思っていますから」
けれど彼は微笑むだけで、その手を取ってはくれなかった。
IMCを敵視する民によるこの街に来たのは初めてだが、想像よりも開放的でこそあれど、どこからも"彼女は敵か味方か?"と言わんばかりの視線を感じてしまい少し居心地が悪い。
早めに仕事を済ませて帰ろう、そう思いながら、今回の調査対象のレジェンド・ニューキャッスルことラモント・クレイグ氏と対面する。
「はじめましてラモントさん。僕はマキナ、今日は貴方のアビリティについての報告書を作る為に来ました。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。と言っても…運営の人間からしたら既に何度も見ているものだとは思うが」
そう自虐的に言いながら、彼は既視感に満ちたモバイルプロテクターを展開する。
ちょうど彼の身長くらいまでの高さから地面までの周囲前面を覆う、弾丸を遮断する遮蔽物。
一言で表すとジブさんのドームシールドの劣化版に思えるそれは、確かにラモント氏の言うように何度も見たことのあるアビリティだ。
「そうですね、前任者が使っていた姿を僕も確認していますし、大まかな仕様についての説明は不要ですよ」
だがそれは、ラモント氏自身が使っていたからではなく、彼の前任者である元のニューキャッスルにあたる人物が使っていたからだった。
ニューキャッスルというレジェンドが別人に変わった理由についての詳しい経緯は聞いていないが、非常に珍しいものの全くありえないことではない。
「ありがたい。細かい調整についてはそちらのルールに則って対応する。後で資料を分けてくれるか?」
そして何より僕が喜んでいるのは、ラモント氏自らレジェンドになる以前からこのアビリティに使うプロテクターの整備に携わっていたことだ。
技師として知りたいことや注意すべき点を既に纏めており、更にこうして事後対応の申し出までしてくれる参加者は中々居らず嬉しくなってしまう。
「こちらこそ話が早くて助かります。もしよければ、参加者用の端末以外にも、ご自分の私用端末にデータベースを送信することも出来ますよ」
「そうか…いや、大丈夫だ。うっかり家族に見られたらマズいことになる」
僕の勧めを断り、腕に絡むブレスレットに目を向ける。どこかで同じものを見たことがあるようにも思うその装飾には、彼が父であることを表す四文字がチラリと見えた。
「…わかりました。貴方がゲームに参加していることをご家族には隠したいと」
僕は少しだけ冷めた目でラモント氏を一瞥する。彼もまた、バツが悪そうに僕から目を背けつつ俯き、それを返答の代わりとする。
守るべき家族が居る身でありながら、こんな命を弄ぶ競技に参加しなければならないなんて、一体どんな理由があると言うのだろう。
半ば侮蔑的な感情を抱きながらも、僕にそこまで彼の事情に踏み込む権利はない。淡々と仕事をこなそうと、モバイルプロテクターについて調査記録を書き進める。
「遠隔操作…へえ。前任者は殆ど使っていませんでしたね、そんな機能」
「扱いこなすのが難しいからな。とりあえずざっと動かすとこんな感じだ」
険悪な空気を断ち切ろうと呟いた言葉に、努めて明るく振る舞ってモバイルプロテクターの位置を動かすラモント氏。
左右に細かく向きを変え、まるで尾を振る子犬のように見せかけるという、何ともシュールな光景に、思わず笑いが堪えきれなくなる。
「フッ…フフ、変な動かし方しないでくださいよ」
「結構面白いだろ?」
「ええ、まあ。中々器用なことしますね、ラモントさん」
矛盾した彼の想いには間違いなく苛立ちを感じていた筈だったのに、今見せられたモバイルプロテクターの挙動で完全に毒気を抜かれてしまった。これも彼の父性のなせる技か。
「はっはっは、楽しんでもらえたようで何より」
「いえ…こちらこそ、先程は失礼しました。僕は物心ついた時には両親がいなかったので…大事な家族が居るのに何故、と言う気持ちが先走ってしまいました」
「そんな畏まらないでくれ。お前がそう思うのも無理はない、傍から見れば矛盾しているのはわかってる」
改めて頭を下げ、非を詫びる。既に彼は気にしていなかったようで、すぐに顔を上げるように促された。
だが、その柔和な態度とは全く別の緊迫した空気を感じる。それはほんの一瞬のことだったが、僕の発言に対し思うところがあったのは確実だろう。
そしてその不和は、彼の告げた"矛盾"が原因の一つと思われる。多くの場合レジェンドはヒーローとして賞賛されるべき存在たりうるのに、彼はその権利を半ば投げ捨てているに近い。
そこに何かしらの深い事情があるのは簡単に推測出来る。彼がニューキャッスルを引き継いだことにも関係があるかもしれない。
「…大丈夫ですよ。貴方以外にも、秘密や深い事情を抱えて戦うレジェンドが何人も居ます。そこまで気に病むことはないかと」
月並みな慰めでしかなかったが、彼はそれでもそうした救いの言葉を求めていたらしく、深く息を吐いてぎこちなく微笑む。
「ありがとう、えっと…マキナだったか。お前さん、良い技師になれるぞ。技術だけじゃなくて、心も大事だからな」
もうなっているつもりだと、喉まで出かかったが寸でで抑える。人より優れていると驕り高ぶって、大事なことまで見失ってはいけない。
彼は恐らく、僕がまだ新米の技師だと思っている。不愉快とまでは行かないが、言葉の端々からそれを感じるのはあまりいい気分ではない。
尤もそう思うのが自然だし、普通はその予想が外れることはないだろうから仕方がない。とは言えその点についてだけは認識を改めさせてもらう。
「技師として生きて二十年くらいは経ちますから、それくらいはまあ」
「なっ…!? 嘘だろう、その若さでか?」
驚くのも無理はない。僕自身、他人からそう聞かされたとして、
「…ああいや、そうか。確かさっき両親がいないと言っていたな」
「ええ。あぁでも、MRVNをはじめとして…僕を助け育ててくれた存在はいました。お陰で飢えに怯えるような困窮とは無縁でしたよ」
食うには困らなかったが、死とは常に隣り合わせだったことはあえて言及しなかった。
戦争の苦しみを知る街の民として、そんなこと言うまでもないと思ったからだ。
しかし彼からの反応はどこか違和感を覚える、この街の思想からすると意外なようにも思えるものだった。
「MRVNって…大人は、例えば軍の人間は助けてくれなかったのか?」
「どちらかと言えば僕が助ける側だったような気がします」
淡々と告げると、ラモント氏は頭を抱え出した。思ったよりも早かった。戦時中の話題はどうしても重苦しい話になる以上、その反応も致し方ない。
特に彼は幼い子を持つ父でもある、僕の境遇を自分の家族に置き換え、強すぎる共感を抱いてしまったとしても不思議はなかった。
「…すまない、俺が悪かった。本題に戻らせてくれ」
一方的に会話を断ち切ろうという意図を体現するように、彼は自身のアルティメットとして用意した巨大な壁をその場に構築する。
瞬時に展開された防護壁の外周には電磁バリアが張り巡らされており、迂闊に触れたら痺れて動けなくなりそうだった。
「これが噂のキャッスルウォールですね。きちんと展開された状態を見たのは今日が初めてかもしれません」
前任者がこれを出そうとする時には、既に手遅れな状況であることが多かった。だから僕はこの巨大な防壁が適切に使われたシーンを見たことがない。
だが、これだけ強固な守りがあれば、戦闘において味方が不用意に撃破されることはそうそう無くなるだろう。そう思わせるだけの説得力と迫力を持っていた。
「おっ、それならこのチャージ状態を見るのも初めてか」
「チャージ状態? もしかして、この電磁バリアが張られた状態のことでしょうか」
「そうだ。触ると痛いぞ」
子供を
「…おや」
暫く眺めているうちに、バリアが弱まっていく。やがて完全に収縮し、ただの壁だけが残る。
これは不具合なのだろうか。説明を求めてラモント氏の方へ向くが、彼は特に驚くこともなくこちらを見つめ返す。
「三十秒、それがこのチャージ状態の限界でな。その時間を越えて張り巡らせていると、キャッスルウォール自体に影響が出るんだ」
「なるほど。戦闘中における三十秒は決して短くはありませんし、充分でしょう」
そして、もしその三十秒を超過しても壁の方は残るのなら、遮蔽物としての運用に大きく影響は出ない。
敵を遠ざけるか退けるか、そのどちらかの目的は間違いなく果たせる仕組みと言える。
よく練られた造りに、彼の技術者としての手腕を改めて実感する。実戦での運用をあらゆる角度から想定した綿密な設計は、ただの技師によるものではなく、自身も戦闘に長けている手練でなければ不可能ではなかろうか。
しかしラモント氏を見る限り、あまりそういう強者の風格は感じられなかった。筋骨隆々と言うには物足りず、腰周りも弛んだ贅肉が隠しきれていない。
「…あまり見ないでくれ。運動不足なのは自覚してるんだ」
無意識に視線を向け続けてしまっていたらしく、困惑気味にそう告げられる。これは悪いことをしてしまった。
「失敬。でも身体能力テストは高い水準でクリアしていましたよね」
「ああ、まあ…昔は鍛えてたからな。長年の積み重ねは身体に染み付いてるらしい」
歯切れ悪く言葉を濁す様子とこれまでの会話で感じた違和感を合わせ、僕はひとつの確信を得る。彼は遊びや競技ではない、本物の戦場に立ったことのある人間だ。
そして、それなりに高い地位に居た強さがある事も推測出来る。戦場において役立たずの人間は早々に散る以外に道はなく、生き残ることは不可能だからだ。
強者らしさが感じられないのは、戦から離れて月日が流れたせいだろう。父親となり、守らねばならない対象が出来たというのも理由に値するかもしれない。
「…今更こんなところでその頃の経験が役に立つとは正直思ってなかったけどな」
哀しみを込めて笑むその口調は、心奥では再び戦いに身を投じることに抵抗があるような口振りだった。
しかし厳しい予選をクリアし、こうして参戦に向けた準備に取り掛かっている以上、僕を含めシンジケートの人間からは全て覚悟の上でのことと認識される。本当に大丈夫だろうか。
「あの、僕からこんなこと言うのも変だとはわかっているのですが」
言おうか悩んだが、やはりこのまま黙っているのは偲びない。手を差し伸べて、僕は彼が独りではないことを示す。
この申し出に意味があるかは正直自信が無い。でも何も言わずに彼の苦労を見過ごすよりは、一縷の望みに賭けたくなった。
「…決して無理はしないで下さい。血塗られた競技とは言え、参加者は皆守られるべき存在だと…僕はそう思っていますから」
けれど彼は微笑むだけで、その手を取ってはくれなかった。
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