えぺ
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僕は今、仕事の合間を縫ってとある人物の扱う兵器について調べていた。
NOXガス。レジェンドの一人ミハイル・コースティック博士が扱う化学兵器で、十年前に大量殺人を行った後に自らも死亡したガイアの研究者"アレクサンダー・ノックス"が生前に開発したものらしい。
APEXゲームにおいては非常に珍しい、身体防護用ボディシールドを無視し、人体に直接影響を及ぼす代物だ。
この非常に危険なガスは、対人の化学兵器であるはずだが、どういうわけか機械の身であるパスやレヴにも対人と全く同じように正常に作用する。それどころか、ラムヤの増幅バリケードさえ腐食するという。
その不可思議な仕組みを調査するべく、ミハイル氏がゲームに参加する際に提出したアビリティに関する資料を読み漁っていた。
「ええと。ガストラップ噴射時間約10秒、効果範囲およそ6.5m。ガスグレネードの効果が…」
資料を読み進めていくが、大衆向けに公開されている情報と全くと言っていいほど変わらない。
ある意味では細かい調整を必要としない完成されたアビリティであることの証明だが、僕が求めているのはそういうことではない。
どこかにこの謎を紐解く鍵がないか探すのに熱中しすぎるあまり、背後から重たい足音が響くのに直前まで気が付く事が出来なかった。
「どうした、随分と熱心に調べているようだが…そんなに私のことが気になるか」
振り返るとそこには、NOXガスの使い手ミハイル・コースティック氏本人が堂々と立っていた。
手には小さな塊を持ち、今にもそれを握り潰しそうに力を込めている。聞くまでもなく、あれが彼のアルティメット"NOXガスグレネード"なのだろう。
「…こんにちは、博士。訪問の連絡を受けてませんが、今日は急用でしょうか」
あくまで平静を装い、やんわりと不法侵入であることを伝える。こちらが優位なのだとアピールすることで少しでも威嚇しようという意図だったのだが、そんな小手先の細工が通じるはずもなく。
「そうだ。私のガスについて素晴らしい改良案を思いついたからな」
「"私"の、とは」
どこか引っ掛かりを覚える言い回しで答える博士に、僕はその違和感を指摘する。
先述したように、NOXガスはアレクサンダー・ノックスが作り出したものだ。コースティック博士はそれを模倣しているに過ぎない筈だが、果たして。
「…私が使っているガスのことをそう呼ぶことに何か問題があるのか?」
「いえ、間違ってはいないと思いますが…どうにも違和感があったものでつい」
威圧するようにグレネードを握り、主導権をもその手にするコースティック博士。彼の言い分は確かにその通りではあり、僕はそれについては何も言えなかった。
だが、それならばこんな回りくどい言い方で怒りを顕にする必要があるだろうか。
いくら彼が人格に問題のある人物とはいえ、APEXゲームの参加者としての生殺与奪の権利を持つ僕に対し無闇なリスクを背負うことは避けるのが道理だ。
彼の態度の悪さには、"小娘"と蔑む対象の僕をよく思わないからだけではない、何か別の理由が隠されている気がしてならなかった。
「ふむ…そうか…貴様はシンジケート側の人間、私に楯突く気だな」
「まさか。そんなつもりはありませんよ。僕も一応技術者の端くれ、些細なことが気になる性分なだけです」
今の言葉で、僕の中でひとつの結論が導き出される。彼は間違いなく何かを隠している。
それが原因で疑心暗鬼に陥っているが為に、このような攻撃的な物言いなのだろう。
だが、それならばいっそ話が早い。僕が知りたいことについて、本人の口から聞き出せるチャンスだ。
「常日頃、博士の扱うガスには謎が多いなと思っておりまして。レヴナントやパスファインダーのような機械の身体を蝕むなんて、どんな物質によって造られているのかと」
蛇に睨まれているかのような鋭い視線がこちらに突き刺さる。単純な興味からの声さえ、今の彼には情報を盗もうとする悪意に思えているのか。
これは寧ろ好都合と言える。その警戒心を利用しない手はない。僕はわざと博士の神経を逆撫でする言葉を選んで問い掛けてみる。
「私のガスについて調べても無駄だ。あれは私のような崇高な化学者にのみ与えられし天啓、常人に解が導き出せるような簡単な代物ではない」
「…なるほど。では博士自身もよく知らずに使っているということでしょうか」
「それは断じて違う。私が編み出した完璧な変数によって組み立てられた最高傑作について、私自身が仔細を知らぬ筈がないだろう」
かかった。"ミハイル・コースティック"であるはずの人物が今、自分がNOXガスを作り上げたと白状した。それはつまり、眼前にいるこの男性が名を偽り、死すらも偽っていることの証明となる。
大量殺人に使ったものと同じガスを堂々と使ってAPEXゲームで殺戮を繰り広げているその度胸には驚くばかりだが、自身が別人だと騙しきれる自信の現れだろう。
実際、僕も今に至るまでコースティック博士が既に死んだとされるアレクサンダー・ノックスだとは全く思っていなかった。なんの疑いもなく、彼の言葉を信じていた。
報道によってあらゆる情報が筒抜けになるレジェンドの立場において、自己を偽るのはリスクが大きすぎるからだ。
「あれは過去に存在した殺傷能力の高いガスを参考に独自に改良を施し、より急速な死へと導くことが出来るよう進化を遂げたものだ」
罠師でもあるはずの彼がここまで見事に罠に嵌るとは全く思っていなかったが、激昂気味に語る姿を見るにどうやら自分の失言にもまだ気付いていないようだ。
僕が真実を知ってしまったことが博士に勘づかれた最後、命はないと肝に命じておかなければならない。
「素晴らしい技術なんですね」
心を無にして賞賛の言葉を告げる。ガスそのものに対しても、博士に対しても。どれだけ非人道的で残虐性に満ちたものでも、APEXゲームにおいては審査を通っている以上は合法となる。
それに、僕自身もまた他者の命を糧に生き長らえてきた側の人間。彼に道徳を説く資格なんてどこにもない。
「そうだ。凡人には辿り着けぬ領域だ」
「…本当にその通りだと思います。ところで、そろそろ改良案について詳細を確認しても?」
博士の気が変わらないうちにと、本人が言っていた用件について尋ねる。少しだけ額に皺が寄るのが見えたが、構わず手を差し出し要求する。
この様子からして僕に直接資料を見せてくれるかは五分以下だが、僕の友達が苦しむ姿をこれ以上見ずに済む為にも一縷の望みを掛けるしかなかった。
「技師上がりの小娘に理解出来るとは思えないが、見るだけなら構わないだろう」
「っと…と。すみません、博士の物なら何も問題ないとは思いますが…打診を受けた以上は目を通しておかないと、何かあった際に僕の責任になってしまいますからね」
「殊勝な心掛けだな、クオレ・マキネッタ。シンジケートに属しているのが惜しい存在だ」
博士が珍しく人を褒めているのを横耳で聞き流しながら、僕は齧り付くように彼から投げ渡されたデバイスに記載された資料を読み耽る。
やはりと言うべきかその資料には、ガスを構成する成分や何故博士自身には影響が及ばないのか、それらを含めた僕のように下々の人間には与えられていない情報、つまり初めて知ることばかりが羅列されていた。
この目に焼き付けるだけではとても足りない膨大なデータ量に、思わず息を飲むしかなくなる。隙を見てバックアップの生成が出来ればそれが最善だが、果たしてそう上手くいくだろうか。
「思った以上に量が多いですね…読み切れるか不安だな」
「これでも簡潔に纏めた方だが」
僕の零した愚痴に苛立ち不貞腐れる博士。これが技術者と科学者の認識の差だろうか。しかしこのタイミングで彼の機嫌を損ねたのは非常にまずい。
このままでは、糸口を見つけられないまま取り上げられてしまう。僕は咄嗟に思いついた一つの提案を口にする。
「失礼、難解だと言いたい訳では決してないのですが…文章ばかりでは上層部 の理解度も変わってくると思います。僕の方で図案を増やして補足をつけても良いでしょうか」
咄嗟の提案にしては我ながら合理的だと思う。これで首を縦に振ってくれなければどうしようもない。
腕を組んで悩む様子を見せ、博士は暫しの間黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開く。
「…そうだな。図面の描写は私にとっては確かに専門外だ。不安要素があるのは否めないが、その提案を受け入れざるを得ない」
「ありがとうございます。では僕の方で早速資料の追加作業を始めます。完成には二日から三日、出来上がり次第改めて博士に連絡、そこで擦り合わせを行った後に改めて運営に報告書を提出する形になるかと」
「ああ…わかった。クオレ・マキネッタ、貴様がただの小娘ではないことを私に証明するいい機会だ。結果を楽しみにしている」
あくまでも優位に立ったと確信したまま、彼は全てを委ね去っていった。一連の会話を終えて緊張が解け、心の中でほっと胸を撫で下ろす。
「…ふう」
それにしても、こんなに肝が冷える取引は久々だった。僕のことを警戒しているにしては不用意すぎる失態の数々に、全て見透かした上で泳がされている可能性すら浮かんでくる。
だがそのおかげで当初の計画は遂行出来そうだ。パスとレヴに使える抗体が用意出来れば、試合の後に彼らを直す際に幾分か楽が出来るというものだ。
とは言えども、問題は山積みだった。NOXガスについて僕が元々持っていた情報は少ない。パス達の為の対策を練る以前に、引き受けた仕事を完遂させねば全てが水の泡だ。
まずはガストラップの設置から注入までの過程を知る為にも、博士が残した資料を隅々まで読解するところから始まる。
「ん、アガトキシン…? 初めて聞く単語だな…これも毒素の一種か何かか」
それに通常の業務もいくらでも降ってくる。先の取引では多少の余裕を見て日時を指定したつもりだが、今日のコースティック博士がそうだったように、僕のクライアントは僕の忙しさなどお構い無しだ。
急な依頼にもすぐに対応出来るよう、準備を万全に整えておかなければならない。とは言いつつ、依頼は常にケースバイケースだ。心構えはしておくにせよ、実態は気合いだけでどうにかするしかない。
「さて、改めて…任務開始 だ」
――これは後日談なのだが、僕の計画は確かに一度は成功した。レヴとパスの二人がNOXガスによって受けるダメージを軽減することが出来たのだ。
だがそれは長くは続かなかった。機械への効き目が悪くなっていることに気付いた博士は、いち早くNOXガスに更なる改良を施した。
これ以上の攻防を繰り返すのは困難だと悟り、早々に敗北を認めることにした。レヴからはいくつか罵倒を受けたが、一時とはいえ彼を欺けたのだからそれで充分だ。
NOXガス。レジェンドの一人ミハイル・コースティック博士が扱う化学兵器で、十年前に大量殺人を行った後に自らも死亡したガイアの研究者"アレクサンダー・ノックス"が生前に開発したものらしい。
APEXゲームにおいては非常に珍しい、身体防護用ボディシールドを無視し、人体に直接影響を及ぼす代物だ。
この非常に危険なガスは、対人の化学兵器であるはずだが、どういうわけか機械の身であるパスやレヴにも対人と全く同じように正常に作用する。それどころか、ラムヤの増幅バリケードさえ腐食するという。
その不可思議な仕組みを調査するべく、ミハイル氏がゲームに参加する際に提出したアビリティに関する資料を読み漁っていた。
「ええと。ガストラップ噴射時間約10秒、効果範囲およそ6.5m。ガスグレネードの効果が…」
資料を読み進めていくが、大衆向けに公開されている情報と全くと言っていいほど変わらない。
ある意味では細かい調整を必要としない完成されたアビリティであることの証明だが、僕が求めているのはそういうことではない。
どこかにこの謎を紐解く鍵がないか探すのに熱中しすぎるあまり、背後から重たい足音が響くのに直前まで気が付く事が出来なかった。
「どうした、随分と熱心に調べているようだが…そんなに私のことが気になるか」
振り返るとそこには、NOXガスの使い手ミハイル・コースティック氏本人が堂々と立っていた。
手には小さな塊を持ち、今にもそれを握り潰しそうに力を込めている。聞くまでもなく、あれが彼のアルティメット"NOXガスグレネード"なのだろう。
「…こんにちは、博士。訪問の連絡を受けてませんが、今日は急用でしょうか」
あくまで平静を装い、やんわりと不法侵入であることを伝える。こちらが優位なのだとアピールすることで少しでも威嚇しようという意図だったのだが、そんな小手先の細工が通じるはずもなく。
「そうだ。私のガスについて素晴らしい改良案を思いついたからな」
「"私"の、とは」
どこか引っ掛かりを覚える言い回しで答える博士に、僕はその違和感を指摘する。
先述したように、NOXガスはアレクサンダー・ノックスが作り出したものだ。コースティック博士はそれを模倣しているに過ぎない筈だが、果たして。
「…私が使っているガスのことをそう呼ぶことに何か問題があるのか?」
「いえ、間違ってはいないと思いますが…どうにも違和感があったものでつい」
威圧するようにグレネードを握り、主導権をもその手にするコースティック博士。彼の言い分は確かにその通りではあり、僕はそれについては何も言えなかった。
だが、それならばこんな回りくどい言い方で怒りを顕にする必要があるだろうか。
いくら彼が人格に問題のある人物とはいえ、APEXゲームの参加者としての生殺与奪の権利を持つ僕に対し無闇なリスクを背負うことは避けるのが道理だ。
彼の態度の悪さには、"小娘"と蔑む対象の僕をよく思わないからだけではない、何か別の理由が隠されている気がしてならなかった。
「ふむ…そうか…貴様はシンジケート側の人間、私に楯突く気だな」
「まさか。そんなつもりはありませんよ。僕も一応技術者の端くれ、些細なことが気になる性分なだけです」
今の言葉で、僕の中でひとつの結論が導き出される。彼は間違いなく何かを隠している。
それが原因で疑心暗鬼に陥っているが為に、このような攻撃的な物言いなのだろう。
だが、それならばいっそ話が早い。僕が知りたいことについて、本人の口から聞き出せるチャンスだ。
「常日頃、博士の扱うガスには謎が多いなと思っておりまして。レヴナントやパスファインダーのような機械の身体を蝕むなんて、どんな物質によって造られているのかと」
蛇に睨まれているかのような鋭い視線がこちらに突き刺さる。単純な興味からの声さえ、今の彼には情報を盗もうとする悪意に思えているのか。
これは寧ろ好都合と言える。その警戒心を利用しない手はない。僕はわざと博士の神経を逆撫でする言葉を選んで問い掛けてみる。
「私のガスについて調べても無駄だ。あれは私のような崇高な化学者にのみ与えられし天啓、常人に解が導き出せるような簡単な代物ではない」
「…なるほど。では博士自身もよく知らずに使っているということでしょうか」
「それは断じて違う。私が編み出した完璧な変数によって組み立てられた最高傑作について、私自身が仔細を知らぬ筈がないだろう」
かかった。"ミハイル・コースティック"であるはずの人物が今、自分がNOXガスを作り上げたと白状した。それはつまり、眼前にいるこの男性が名を偽り、死すらも偽っていることの証明となる。
大量殺人に使ったものと同じガスを堂々と使ってAPEXゲームで殺戮を繰り広げているその度胸には驚くばかりだが、自身が別人だと騙しきれる自信の現れだろう。
実際、僕も今に至るまでコースティック博士が既に死んだとされるアレクサンダー・ノックスだとは全く思っていなかった。なんの疑いもなく、彼の言葉を信じていた。
報道によってあらゆる情報が筒抜けになるレジェンドの立場において、自己を偽るのはリスクが大きすぎるからだ。
「あれは過去に存在した殺傷能力の高いガスを参考に独自に改良を施し、より急速な死へと導くことが出来るよう進化を遂げたものだ」
罠師でもあるはずの彼がここまで見事に罠に嵌るとは全く思っていなかったが、激昂気味に語る姿を見るにどうやら自分の失言にもまだ気付いていないようだ。
僕が真実を知ってしまったことが博士に勘づかれた最後、命はないと肝に命じておかなければならない。
「素晴らしい技術なんですね」
心を無にして賞賛の言葉を告げる。ガスそのものに対しても、博士に対しても。どれだけ非人道的で残虐性に満ちたものでも、APEXゲームにおいては審査を通っている以上は合法となる。
それに、僕自身もまた他者の命を糧に生き長らえてきた側の人間。彼に道徳を説く資格なんてどこにもない。
「そうだ。凡人には辿り着けぬ領域だ」
「…本当にその通りだと思います。ところで、そろそろ改良案について詳細を確認しても?」
博士の気が変わらないうちにと、本人が言っていた用件について尋ねる。少しだけ額に皺が寄るのが見えたが、構わず手を差し出し要求する。
この様子からして僕に直接資料を見せてくれるかは五分以下だが、僕の友達が苦しむ姿をこれ以上見ずに済む為にも一縷の望みを掛けるしかなかった。
「技師上がりの小娘に理解出来るとは思えないが、見るだけなら構わないだろう」
「っと…と。すみません、博士の物なら何も問題ないとは思いますが…打診を受けた以上は目を通しておかないと、何かあった際に僕の責任になってしまいますからね」
「殊勝な心掛けだな、クオレ・マキネッタ。シンジケートに属しているのが惜しい存在だ」
博士が珍しく人を褒めているのを横耳で聞き流しながら、僕は齧り付くように彼から投げ渡されたデバイスに記載された資料を読み耽る。
やはりと言うべきかその資料には、ガスを構成する成分や何故博士自身には影響が及ばないのか、それらを含めた僕のように下々の人間には与えられていない情報、つまり初めて知ることばかりが羅列されていた。
この目に焼き付けるだけではとても足りない膨大なデータ量に、思わず息を飲むしかなくなる。隙を見てバックアップの生成が出来ればそれが最善だが、果たしてそう上手くいくだろうか。
「思った以上に量が多いですね…読み切れるか不安だな」
「これでも簡潔に纏めた方だが」
僕の零した愚痴に苛立ち不貞腐れる博士。これが技術者と科学者の認識の差だろうか。しかしこのタイミングで彼の機嫌を損ねたのは非常にまずい。
このままでは、糸口を見つけられないまま取り上げられてしまう。僕は咄嗟に思いついた一つの提案を口にする。
「失礼、難解だと言いたい訳では決してないのですが…文章ばかりでは
咄嗟の提案にしては我ながら合理的だと思う。これで首を縦に振ってくれなければどうしようもない。
腕を組んで悩む様子を見せ、博士は暫しの間黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開く。
「…そうだな。図面の描写は私にとっては確かに専門外だ。不安要素があるのは否めないが、その提案を受け入れざるを得ない」
「ありがとうございます。では僕の方で早速資料の追加作業を始めます。完成には二日から三日、出来上がり次第改めて博士に連絡、そこで擦り合わせを行った後に改めて運営に報告書を提出する形になるかと」
「ああ…わかった。クオレ・マキネッタ、貴様がただの小娘ではないことを私に証明するいい機会だ。結果を楽しみにしている」
あくまでも優位に立ったと確信したまま、彼は全てを委ね去っていった。一連の会話を終えて緊張が解け、心の中でほっと胸を撫で下ろす。
「…ふう」
それにしても、こんなに肝が冷える取引は久々だった。僕のことを警戒しているにしては不用意すぎる失態の数々に、全て見透かした上で泳がされている可能性すら浮かんでくる。
だがそのおかげで当初の計画は遂行出来そうだ。パスとレヴに使える抗体が用意出来れば、試合の後に彼らを直す際に幾分か楽が出来るというものだ。
とは言えども、問題は山積みだった。NOXガスについて僕が元々持っていた情報は少ない。パス達の為の対策を練る以前に、引き受けた仕事を完遂させねば全てが水の泡だ。
まずはガストラップの設置から注入までの過程を知る為にも、博士が残した資料を隅々まで読解するところから始まる。
「ん、アガトキシン…? 初めて聞く単語だな…これも毒素の一種か何かか」
それに通常の業務もいくらでも降ってくる。先の取引では多少の余裕を見て日時を指定したつもりだが、今日のコースティック博士がそうだったように、僕のクライアントは僕の忙しさなどお構い無しだ。
急な依頼にもすぐに対応出来るよう、準備を万全に整えておかなければならない。とは言いつつ、依頼は常にケースバイケースだ。心構えはしておくにせよ、実態は気合いだけでどうにかするしかない。
「さて、改めて…
――これは後日談なのだが、僕の計画は確かに一度は成功した。レヴとパスの二人がNOXガスによって受けるダメージを軽減することが出来たのだ。
だがそれは長くは続かなかった。機械への効き目が悪くなっていることに気付いた博士は、いち早くNOXガスに更なる改良を施した。
これ以上の攻防を繰り返すのは困難だと悟り、早々に敗北を認めることにした。レヴからはいくつか罵倒を受けたが、一時とはいえ彼を欺けたのだからそれで充分だ。
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