えぺ
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その日は生憎の雨模様だった。野鳥が低く飛ぶと翌日は雨と言う古くからの教えを丁度数日前に聞いたばかりだったのだが、正にその通りになったことに心底驚いた。
「ブラハさんが教えてくれた通りでしたね」
同じ部屋で外の雨空を見つめるのは、僕に先刻の教えを授けたレジェンドの一人"ブラッドハウンド"氏。
本名や経歴だけでなく、その性別さえ自分からは公表していない謎に満ちたレジェンドだが、独特の口調や姿形からは考えにくい気さくさもあって、親しみを込めて"ブラハさん"と呼んでいる。
余談だがこの愛称は新しくシンジケート入りした惑星・サルボから来た初のレジェンド"ヒューズ"氏の考案によるもので、僕と彼以外に呼ぶ者はまだいない。もっと広まっていい愛称だと思うのだが。
「…ああ。かつて私の暮らしていた部族では、そうやって天気を観察していた」
ブラハさんは、今でこそ生活に密着し無くてはならない物となったと大多数の者が感じている"機械"を拒み、それらに頼らない原始的な暮らしを営む部族で育ったという。
時折織り交ぜる難解な言語や名乗りを上げる時に使う名"ブロス・フゥンダル"も、恐らくその部族に由来するものなのだろう。
機械があったから生きて来れた僕にとっては機械 がない暮らしなど考えられないが、全くの未知だからこそ、かの部族についての興味は尽きなかった。
「外れることも勿論あるんですよね」
「そうだ」
当てにしすぎてはいけない、ということか。それもそうか。全ては鳥の気分次第で、彼らが僕達に降雨を教える為に低く飛んでいるのではないのだから。
機械が何年もかけて集めたデータを基に予測した場合でさえ、その結果を覆すことがあるのだから、もっと信憑性のない方法での推測なら当然だ。
「…だが、私は彼らを信じている。もし当てが外れたとしても、裏切られたとは思わない」
臆することなく言う姿に、思わず気圧される。それだけ長い時間を経て野生の動物たちと信頼を築いてきたということだろう。
僕は動物と暮らしたことはないが、ナタリーの飼っている猫は彼女に完全に甘えきっているし、オクタンのウサギも過去の動画を見せてもらった限りでは彼に心を許していた。
ブラハさん達の部族にとっては、自然の中に生きる獣たちとの交流が彼らのそれと同じなのだと思う。互いを信じ真摯に向き合い、そうして助け合って生きている。
「獣も人も、生命のあるもの。心を通わせることが出来る」
「…だと、いいですけど」
いつだったか、アッシュの傍に居るネズミを触ろうとして威嚇されてしまったことを思い出す。
僕を敵とみなして鳴いたのは理解出来るが、別にアッシュに何をしようとしたわけでもないのに威嚇されるのは何故だろうと悲壮を感じたのを覚えている。
諦めずに懐柔を試みれば、いつかはあの子にも僕が味方と知ってもらえる日が来るだろうか。
「動物は苦手?」
まるで心を読んでいるかのような的確な指摘に、思わず身体がびくりと跳ねる。
「そう…ですね。猫やネズミ…犬もウサギも、可愛くて好きではあるんですが。苦手と言うのは概ね正しい表現だと思います」
分かりやすくパターン化された機械たちに慣れきってしまった僕にとって、動物たちはちっとも行動が読めないのだ。
喜ぶと思って与えた玩具や餌をないがしろにされたり、かと思えば彼らの主人と話しているにもかかわらず僕にじゃれ着いて離れようとしなかったり。
友人達のパートナーである小さなペットでそれなのだから、大自然に生きる巨大な獣など尚更どう対応すべきかわからない。
「クオレ・マキネッタ。それは決して悪いことではない。獣達を恐れるということは、彼らが持つ怖さを正しく認識出来ているということなのだから」
「まあ、そうとも言えます…かね」
自信のない腑抜けた声で答える。確かに彼らはその気になれば人間など簡単に殺せるというのは理解しているが、それだけが理由ではないとも思う。
「…」
話題が途切れ、僕らの居る空間に一時的な静寂が訪れる。正確には雨音が絶えず鳴り響いていた筈だが、既にそれは意識の外にあった。
外の景色は昼間とは思えないほど暗く、まるでこの雨が夜通し降り続けることを示唆しているようだった。
ふと気になって、僕は籠の中で休んでいるアルトゥルを見に席を立ったブラハさんに対し思ったことを訊ねる。ジメジメした空気に対する嫌悪を少しでも緩和しようと思いながら。
「ブラハさん、その…マスクの中は大丈夫ですか? 湿気が増してきて苦しくなっては」
「心配はいらない。こう見えて通気性は充分だ」
少しだけ何かが違うような、些細な違和感のある言葉のトーンで僕の言葉を遮る。
怒りを露わにするまでは行かないものの、触れられたくない部分に踏み込もうとしてしまったと気付き、慌てて非を詫びる。
「失礼しました」
「…すまない。少し意地悪な言い方をしてしまった」
「いえ、僕の方こそ無神経でしたから。申し訳ないです」
そう言いつつも、やはりその仮面の下に隠された顔について触れられるのは避けたいらしく、完全に背を向けられてしまった。
「戦いにおいて、私は全ての勝利を主神に捧げる為に立ち上がっている。そこに私という個を主張する必要はない。そう思っていた。…だが私の志とは裏腹に、勝ち上がる度に私への興味を抱く者が増えていく」
寂しそうに零す後ろ姿に、僕は何も言い返せなかった。何故なら僕自身もまた、ブラハさんのことが気になってしまうのだ。
眼前に立つのが彼なのか彼女なのか知りたい、どんな素顔をしているのか見てみたい。そうした望まぬ詮索をしようとしてしまう、愚かな内の一人だった。
「教えて欲しい、クオレ・マキネッタ。何故、皆が私にそこまで執心するのかを」
「何故、か…簡単な話だ、そうさせてしまうほどの魅力が、貴方にはあるからですよ。憧れ、崇拝する対象について…もっと知りたいと、少しでも近付きたいと願うのは自然なことでしょう?」
レジェンド・ブラッドハウンドは、アウトランズ内で最高の狩人として参戦した。だが、そもそもこのテクノロジーに満ちた世界では既に"狩人"という肩書自体が稀有なものだ。
そして更に言うならブラハさんは、何百年も前に失われて久しいと思われていた信仰や、人間のエゴによる偽りのそれとは全く異なる、本来の形での自然との共存を体現する正真正銘の強者だ。
そんな人が、自己顕示欲の欠片もなくインタビューを断り、プロフィールさえ明かさない。謎に包まれた存在となっているのに対して、興味を持つなと言う方が無理な話だと僕は思う。
「…そうか。それは困ったものだ」
落胆のような、恥じらいのような、何とも言えない口ぶりでそう零す。注目を集めることを生き甲斐に思っているミラージュ氏やオクタンからすれば考えられないことだろう。
けれど、思い返してみれば確かにその通りだとも思う。ブラハさんは自分が他のレジェンド達から一目置かれても、嬉しさよりも困惑を露わにしていたような記憶が蘇る。
「APEXゲームを運営する上で肝要なのはコンテンツとしての人口です。参加者を集めるのは勿論、観戦している衆人を魅了する為には…多少過度な報道も必要悪ではありますから」
ブラハさんに納得してもらおうと、僕は少しだけ嘘を吐いた。人口も大事な要素には違いないが、それよりも重要なことがあるのは隠さざるを得なかった。
流石に、参加者である人間に面と向かって『貴方達を使って集めている金が一番だ』とは口が裂けても言えない。
尤も、全てを見通す目をアビリティに持つブラハさんと、その信仰の頂に立つ主神とやらの前で、そういった薄汚れた思惑があるのを隠しきれているかは僕にはわからないが。
「そういう目的なら、私より適任がいくらでも居るだろう」
「いや…そうでもないと思いますよ。著名なレジェンドの中で、タロスの出身であるのは貴方くらいですから」
今はサルボのシンジケート入りによってサルボとヒューズ氏のブームが起きてこそいるが、今はまだサルボに一般人が気軽に行けるわけでもなく、シンジケート入りを猛反対する"マッドマギー"なる人物による数々の妨害工作も現在進行形で多くの者の頭を悩ませている。
そのマッドマギーの妨害によって船が大破し大騒ぎのキングスキャニオンだけでなく、ついこの前認可されたばかりのオリンパスもまだ戦地としては不安定な要素や不満点が多い。
他の地域はそういった繊細な問題を抱えているのに対し、ワールズエッジという恵まれた環境の戦場がある地にもかかわらず、タロスにはブラッドハウンド以外に名高いレジェンドが居ない。
そういった意味でも唯一無二の存在であるブラハさんが絶えず注目されてしまうのは、ある意味で必然とも言える。
「私はタロスを代表しているつもりはないのだが」
「ええ。僕らはそう思ってますよ。ただ、大衆から…特にタロスの人々から見ると似たようなものになってしまう」
スポーツ観戦等においても、自分と共通するものを持っている選手に気持ちが偏ってしまうことはままあるだろう。
その共通点が出身であったり、信条だったり、些細なところでは年齢や身長でもそうだ。この際外見的要素でもいい。
同じ要素を持つ人間を好むという心理においても、謎が多い故にブラハさんについては幾らでも想像と創造が可能で、大衆の心情を操作しやすい面を持っていると言える。
勿論、まやかしには惑わされずに真実を知りたいと思う者も僕以外にも少なからず居るとは思う。
だが、多くの人間は自分が見たいものを見たいように見るだけで満足出来てしまう。彼らにとっては見えるものが本当かどうかなど関係ないのだ。
「もしそれが重荷であるのなら、報道機関に掛け合いましょうか」
「いや、いい。大丈夫だ…心配をかけてしまってすまない」
覚悟を持った瞳で、いや実際には仮面の下に隠されて見えないのだが、そう現すのが最も自然な雰囲気で凛と佇む。
「雨雲は流れて行った。じきに晴れる」
どうやら何かが吹っ切れたようだ。外の天気にリンクするかのように、纏う空気が晴れやかなものへと変わっていた。
アルトゥルもいつの間にか籠から出ており、心地良さげに喜びの声を上げながら飛び回り、やがてブラハさんの肩へと止まる。
「そうですね。アルトゥルも嬉しそうだ」
「ああ。クオレ・マキネッタ…いや、マキナ。今日はありがとう」
本名ではなく敢えてコードネームで僕を呼ぶ。僕を一人前と認めてくれたように感じて胸が高鳴る。
「…いえ、お礼を言うのは僕の方です。ブラハさんには多くのことを学ばせてもらいました」
「大したことではない。私で良ければいつでも教えを授けよう」
「次に会う時は、貴方の英雄譚を聞かせてください。楽しみにしていますよ」
差し出された手を繋ぎ、握手を交わす。厚い革手袋に包まれた手からは、性別など関係ないと思わせるシンプルな強さを感じさせた。
レジェンド"ブラッドハウンド"いや、最高の狩人ブロス・フゥンダル。その名がアウトランズ中に轟くのは自然の摂理なのだ、と。
「ブラハさんが教えてくれた通りでしたね」
同じ部屋で外の雨空を見つめるのは、僕に先刻の教えを授けたレジェンドの一人"ブラッドハウンド"氏。
本名や経歴だけでなく、その性別さえ自分からは公表していない謎に満ちたレジェンドだが、独特の口調や姿形からは考えにくい気さくさもあって、親しみを込めて"ブラハさん"と呼んでいる。
余談だがこの愛称は新しくシンジケート入りした惑星・サルボから来た初のレジェンド"ヒューズ"氏の考案によるもので、僕と彼以外に呼ぶ者はまだいない。もっと広まっていい愛称だと思うのだが。
「…ああ。かつて私の暮らしていた部族では、そうやって天気を観察していた」
ブラハさんは、今でこそ生活に密着し無くてはならない物となったと大多数の者が感じている"機械"を拒み、それらに頼らない原始的な暮らしを営む部族で育ったという。
時折織り交ぜる難解な言語や名乗りを上げる時に使う名"ブロス・フゥンダル"も、恐らくその部族に由来するものなのだろう。
機械があったから生きて来れた僕にとっては
「外れることも勿論あるんですよね」
「そうだ」
当てにしすぎてはいけない、ということか。それもそうか。全ては鳥の気分次第で、彼らが僕達に降雨を教える為に低く飛んでいるのではないのだから。
機械が何年もかけて集めたデータを基に予測した場合でさえ、その結果を覆すことがあるのだから、もっと信憑性のない方法での推測なら当然だ。
「…だが、私は彼らを信じている。もし当てが外れたとしても、裏切られたとは思わない」
臆することなく言う姿に、思わず気圧される。それだけ長い時間を経て野生の動物たちと信頼を築いてきたということだろう。
僕は動物と暮らしたことはないが、ナタリーの飼っている猫は彼女に完全に甘えきっているし、オクタンのウサギも過去の動画を見せてもらった限りでは彼に心を許していた。
ブラハさん達の部族にとっては、自然の中に生きる獣たちとの交流が彼らのそれと同じなのだと思う。互いを信じ真摯に向き合い、そうして助け合って生きている。
「獣も人も、生命のあるもの。心を通わせることが出来る」
「…だと、いいですけど」
いつだったか、アッシュの傍に居るネズミを触ろうとして威嚇されてしまったことを思い出す。
僕を敵とみなして鳴いたのは理解出来るが、別にアッシュに何をしようとしたわけでもないのに威嚇されるのは何故だろうと悲壮を感じたのを覚えている。
諦めずに懐柔を試みれば、いつかはあの子にも僕が味方と知ってもらえる日が来るだろうか。
「動物は苦手?」
まるで心を読んでいるかのような的確な指摘に、思わず身体がびくりと跳ねる。
「そう…ですね。猫やネズミ…犬もウサギも、可愛くて好きではあるんですが。苦手と言うのは概ね正しい表現だと思います」
分かりやすくパターン化された機械たちに慣れきってしまった僕にとって、動物たちはちっとも行動が読めないのだ。
喜ぶと思って与えた玩具や餌をないがしろにされたり、かと思えば彼らの主人と話しているにもかかわらず僕にじゃれ着いて離れようとしなかったり。
友人達のパートナーである小さなペットでそれなのだから、大自然に生きる巨大な獣など尚更どう対応すべきかわからない。
「クオレ・マキネッタ。それは決して悪いことではない。獣達を恐れるということは、彼らが持つ怖さを正しく認識出来ているということなのだから」
「まあ、そうとも言えます…かね」
自信のない腑抜けた声で答える。確かに彼らはその気になれば人間など簡単に殺せるというのは理解しているが、それだけが理由ではないとも思う。
「…」
話題が途切れ、僕らの居る空間に一時的な静寂が訪れる。正確には雨音が絶えず鳴り響いていた筈だが、既にそれは意識の外にあった。
外の景色は昼間とは思えないほど暗く、まるでこの雨が夜通し降り続けることを示唆しているようだった。
ふと気になって、僕は籠の中で休んでいるアルトゥルを見に席を立ったブラハさんに対し思ったことを訊ねる。ジメジメした空気に対する嫌悪を少しでも緩和しようと思いながら。
「ブラハさん、その…マスクの中は大丈夫ですか? 湿気が増してきて苦しくなっては」
「心配はいらない。こう見えて通気性は充分だ」
少しだけ何かが違うような、些細な違和感のある言葉のトーンで僕の言葉を遮る。
怒りを露わにするまでは行かないものの、触れられたくない部分に踏み込もうとしてしまったと気付き、慌てて非を詫びる。
「失礼しました」
「…すまない。少し意地悪な言い方をしてしまった」
「いえ、僕の方こそ無神経でしたから。申し訳ないです」
そう言いつつも、やはりその仮面の下に隠された顔について触れられるのは避けたいらしく、完全に背を向けられてしまった。
「戦いにおいて、私は全ての勝利を主神に捧げる為に立ち上がっている。そこに私という個を主張する必要はない。そう思っていた。…だが私の志とは裏腹に、勝ち上がる度に私への興味を抱く者が増えていく」
寂しそうに零す後ろ姿に、僕は何も言い返せなかった。何故なら僕自身もまた、ブラハさんのことが気になってしまうのだ。
眼前に立つのが彼なのか彼女なのか知りたい、どんな素顔をしているのか見てみたい。そうした望まぬ詮索をしようとしてしまう、愚かな内の一人だった。
「教えて欲しい、クオレ・マキネッタ。何故、皆が私にそこまで執心するのかを」
「何故、か…簡単な話だ、そうさせてしまうほどの魅力が、貴方にはあるからですよ。憧れ、崇拝する対象について…もっと知りたいと、少しでも近付きたいと願うのは自然なことでしょう?」
レジェンド・ブラッドハウンドは、アウトランズ内で最高の狩人として参戦した。だが、そもそもこのテクノロジーに満ちた世界では既に"狩人"という肩書自体が稀有なものだ。
そして更に言うならブラハさんは、何百年も前に失われて久しいと思われていた信仰や、人間のエゴによる偽りのそれとは全く異なる、本来の形での自然との共存を体現する正真正銘の強者だ。
そんな人が、自己顕示欲の欠片もなくインタビューを断り、プロフィールさえ明かさない。謎に包まれた存在となっているのに対して、興味を持つなと言う方が無理な話だと僕は思う。
「…そうか。それは困ったものだ」
落胆のような、恥じらいのような、何とも言えない口ぶりでそう零す。注目を集めることを生き甲斐に思っているミラージュ氏やオクタンからすれば考えられないことだろう。
けれど、思い返してみれば確かにその通りだとも思う。ブラハさんは自分が他のレジェンド達から一目置かれても、嬉しさよりも困惑を露わにしていたような記憶が蘇る。
「APEXゲームを運営する上で肝要なのはコンテンツとしての人口です。参加者を集めるのは勿論、観戦している衆人を魅了する為には…多少過度な報道も必要悪ではありますから」
ブラハさんに納得してもらおうと、僕は少しだけ嘘を吐いた。人口も大事な要素には違いないが、それよりも重要なことがあるのは隠さざるを得なかった。
流石に、参加者である人間に面と向かって『貴方達を使って集めている金が一番だ』とは口が裂けても言えない。
尤も、全てを見通す目をアビリティに持つブラハさんと、その信仰の頂に立つ主神とやらの前で、そういった薄汚れた思惑があるのを隠しきれているかは僕にはわからないが。
「そういう目的なら、私より適任がいくらでも居るだろう」
「いや…そうでもないと思いますよ。著名なレジェンドの中で、タロスの出身であるのは貴方くらいですから」
今はサルボのシンジケート入りによってサルボとヒューズ氏のブームが起きてこそいるが、今はまだサルボに一般人が気軽に行けるわけでもなく、シンジケート入りを猛反対する"マッドマギー"なる人物による数々の妨害工作も現在進行形で多くの者の頭を悩ませている。
そのマッドマギーの妨害によって船が大破し大騒ぎのキングスキャニオンだけでなく、ついこの前認可されたばかりのオリンパスもまだ戦地としては不安定な要素や不満点が多い。
他の地域はそういった繊細な問題を抱えているのに対し、ワールズエッジという恵まれた環境の戦場がある地にもかかわらず、タロスにはブラッドハウンド以外に名高いレジェンドが居ない。
そういった意味でも唯一無二の存在であるブラハさんが絶えず注目されてしまうのは、ある意味で必然とも言える。
「私はタロスを代表しているつもりはないのだが」
「ええ。僕らはそう思ってますよ。ただ、大衆から…特にタロスの人々から見ると似たようなものになってしまう」
スポーツ観戦等においても、自分と共通するものを持っている選手に気持ちが偏ってしまうことはままあるだろう。
その共通点が出身であったり、信条だったり、些細なところでは年齢や身長でもそうだ。この際外見的要素でもいい。
同じ要素を持つ人間を好むという心理においても、謎が多い故にブラハさんについては幾らでも想像と創造が可能で、大衆の心情を操作しやすい面を持っていると言える。
勿論、まやかしには惑わされずに真実を知りたいと思う者も僕以外にも少なからず居るとは思う。
だが、多くの人間は自分が見たいものを見たいように見るだけで満足出来てしまう。彼らにとっては見えるものが本当かどうかなど関係ないのだ。
「もしそれが重荷であるのなら、報道機関に掛け合いましょうか」
「いや、いい。大丈夫だ…心配をかけてしまってすまない」
覚悟を持った瞳で、いや実際には仮面の下に隠されて見えないのだが、そう現すのが最も自然な雰囲気で凛と佇む。
「雨雲は流れて行った。じきに晴れる」
どうやら何かが吹っ切れたようだ。外の天気にリンクするかのように、纏う空気が晴れやかなものへと変わっていた。
アルトゥルもいつの間にか籠から出ており、心地良さげに喜びの声を上げながら飛び回り、やがてブラハさんの肩へと止まる。
「そうですね。アルトゥルも嬉しそうだ」
「ああ。クオレ・マキネッタ…いや、マキナ。今日はありがとう」
本名ではなく敢えてコードネームで僕を呼ぶ。僕を一人前と認めてくれたように感じて胸が高鳴る。
「…いえ、お礼を言うのは僕の方です。ブラハさんには多くのことを学ばせてもらいました」
「大したことではない。私で良ければいつでも教えを授けよう」
「次に会う時は、貴方の英雄譚を聞かせてください。楽しみにしていますよ」
差し出された手を繋ぎ、握手を交わす。厚い革手袋に包まれた手からは、性別など関係ないと思わせるシンプルな強さを感じさせた。
レジェンド"ブラッドハウンド"いや、最高の狩人ブロス・フゥンダル。その名がアウトランズ中に轟くのは自然の摂理なのだ、と。
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