えぺ
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「僕が怒っている理由はわかるよね、レヴ」
ラボの一角に、僕は一人のシミュラクラムを半ば幽閉して詰問する。しかし彼は一切悪びれることなく、僕の苛立ちを増幅させる言葉を投げてくる。
「貴様にそんな激昂する権利などない筈だが」
「あるよ。何の相談もなく勝手にこの地を去ろうとするなんて、今まで君を直してきた僕に対する酷い冒涜だ」
「私を直すのは貴様が仕事として仕方なく行っていたことだろう。私は貴様に直してくれと頭を下げた覚えはないぞ」
巧妙で狡猾な言い回しで、自分の非を僕に押し付ける。頭を下げるなんて殊勝なことは確かにしていないが、体の不調を修復しろと騒いだことは数え切れないほどある。
それに、仕事で渋々直していたというのも気に入らない。他のエンジニアはそうだったとしても、僕はレヴを拒む気は最初からなく、快く受け入れていたというのに。
いや、そんなことを言いたいんじゃない。彼の不遜な態度につられて、僕までどうにも嫌味な言い回しの応酬をしようとしてしまう。
「…僕がレヴを直すのは、それが責務だからじゃない」
苦し紛れにそれだけ言って、唾を呑む。レジェンドとしてのレヴナントが大事で、僕の前から居なくなって欲しくないからだと、そんな簡単なことがどうしても言えなかった。
「では金の為か? 私は嫌われ者だからな。シンジケートから特別な報酬が出ていたとしても不思議はない」
「それも違う…」
そんな危険手当みたいなもの聞いた事ないし、たとえあったとしても受け取る気もない。
この頑固な殺戮兵器は、自分が悪役 に徹しすぎて人からの好意をストレートに受け入れられなくなっているのか。
歪んだ人格の少しでもいいから僕に矯正する技術があれば、こんな押し問答を繰り返す必要などないと言うのに。
「ならば何故私を振り回し続ける、クオレ・マキネッタ…貴様も地獄に送られたいか」
「いいよ。どうせ僕は天国に行けるような善行はしていない」
憤怒に満ちた声音で僕に鋭く尖らせた手刀を突きつけるが、あまりにも堂々と彼の殺意を肯定したせいでだろうか、捻くれ者のレヴは目線を逸らし振り上げた手を降ろす。
しかし我ながら無様な答えだとも思う。こう言えばレヴが僕の命を奪うことがないと知った上で、敢えて強がることしか出来なかった自分が情けない。
「…フン。命乞いさえしないのだな」
「僕はレヴに殺されるなら本望だから」
本音半分嘘半分でそう告げる。死ぬのは怖い。死にたくないが故にいろんな悪事に手を染めた自覚があるし、いつかその報いを受けねばならないことも重々承知しているつもりだ。
だけど、それが他ならぬレヴによって手を下されるのなら、苦しむことなくきっと安らかに逝けるのではないかと思ってしまう。
「ほう…その肩の震えさえなければ、貴様の嘘を信じて息の根を止めてやっても良かったのだが」
僕を横目で見て、しかし目を合わせようとはしてくれず視線を逸らされる。死を恐れていること自体はどうやら見透かされているらしい。
数え切れないほどの屍の山を築き上げた彼から見れば、恐怖による些細な脈拍の変化が手に取るようにわかるのだろう。
「まあいい。使える駒を潰すにはまだ惜しい、私の目的を果たす為にはな」
「…僕にグリッドアイアンへ同行しろと?」
「珍しく物分りが良いじゃないか」
そもそもレヴがこの地を去ろうとした理由、それは古参レジェンドの一人、バンガロール氏の帰郷に同行する為だった。
しかし、彼女は新入りであるニューキャッスル氏に何か思うところあるらしく、故郷グリッドアイアンへは帰らず結果ここに残ることになった。
同行者が居なくなったことで、なし崩し的にレヴの渡航も立ち消えになったが、この様子から察するに諦めきれない理由があるようだ。
「いくらレヴの頼みでもそれは無理だ。そんな遠い星に行くには余程の理由と…相当の時間がないと」
ソラスからグリッドアイアンへ普通の手段で向かうには、二十年もかかると言う話を聞いたことがある。
何百年と生きてきたレヴにはたかが二十年かもしれないが、二十年から少しはみ出す程度しかまだ生きていない僕には、想像もつかない長旅になるのは間違いない。
「貴様もそれを理由に拒むか、くだらん…やはりあの軍曹を引き摺ってでも故郷へ帰すべきだった」
「…レヴ、君はどうしてそこまでグリッドアイアンに執着するの?」
こうまで固執するからにはただ行くだけでは当然ないのだろうが、頑なに誰かを同行させようとする理由がわからない。
極端な話、レヴが一人ででも旅立つのなら止められる者は居ない。僕の個人的感情としては嫌だが、彼をこの地に縛る権利は誰にもない。
だけど、そうはせず同行者が居なくなった途端、彼も渡航を取り止めた。恐らくは、そこに何か秘密が隠されているのだろう。
「…」
発声部位から漏れる深い嘆息の音がラボに響き、やがて止まる。静寂からなる耳鳴りに、何か嫌な予感が僕の脳裏で騒めく。
レヴは仔細を語りたくないらしく暫くは押し黙っていたが、隠し通すことが出来ないと悟りようやく重い口を開いた。
「あそこにはローバによって飛ばされた私のソースコードがある。あれを壊せば全てが終わる。だが私自身の手では触れることすら出来ぬのだ」
なんだって? 頭の整理が追いつかなくて、声が出なくなっていた。動悸がどんどん増していく。レヴは今、なんと言った?
「…どうした。私が自らの死を求めていることがそんなに意外か」
「それもあるけど、より的確に表すなら…憤怒だ」
玉のような汗を浮かべる僕に、レヴが身を屈ませて顔色を窺う。そんな殊勝な態度自体が、普段の彼からは考えようもなくて吐き気がする。
握り締めた拳から血が出ても違和感はないほどに、いつからか無意識に力を込めていた。
そのせいで血流が止まってることに気付いて慌てて掌を広げたが、既に手の感覚がなくなっていた。
「二十年も掛けて旅をして、その終点に僕を独りにすると…残されることがどれだけ残酷か、君は知らないから簡単にそう言えるんだろう」
「孤独を拒むのなら、私の後を追っても構わんのだぞ」
「追い掛けてどうなる? 死後の世界で君に会えるのか?」
そもそもレヴ自身が永遠の命を具現化した存在で、僕はまだ生身の人間だ。死という概念にさえ越えようのない壁がある。
彼が完全に機動停止した後どうなるのか、スピリチュアルな言い方をすれば魂がちゃんと回帰するのか。後のことが何もわからないのに、よく簡単に追って来ればいいなどと言えたものだ。
「さあ、どうだろうな。私の知ったことではない」
投げやりな態度なのは対話を放棄しているからか、あるいは。どちらにせよ僕が翻弄されているのは確かで、現状を打破出来る程の饒舌さは持ち合わせておらず、歯を食いしばって軋ませるしか出来なかった。
「…クオレ・マキネッタ。そもそも貴様は何故私をそこまで生き永らえさせようとするのだ? シンジケートからの命令か?」
「そんな命令 ない」
「ならば何故だ! 貴様もローバと同じように私を苦しめる為か!?」
声を荒げて叫ぶレヴ。確かに彼女と理由は違えど、レヴを生かし続けたいという目的は一致している。
でも僕がレヴの眠りを妨げたい理由はもっと低俗で単純な、ただのエゴによるものだ。それこそローバ女史に聞かれたら、僕が彼女に殺されかねない程の。
「それも違う。ローバ女史には悪いけど、彼女とは真逆とも言える」
訳が分からないと言いたげな鋭く冷たい視線がこちらに向く。機械の体でなければ、きっと表情や呼吸でもっとそれがわかりやすかっただろう。
「小さい頃から機械に囲まれて、機械に助けて貰って生き延びてきた僕にとってはね、レヴ。たとえ殺戮マシーンでも、どれだけ傲慢な態度でも…大切な存在なんだ。勝手に居なくなられたら寂しい」
「…理解出来ぬ。皮付きだった頃から全てを壊し殺し続けてきた私は、憤怒と憎悪しか向けられず忌避されてきたからな」
頭を抱え静かに悲愴を零すレヴ。ああそうか、敵意だけを数え切れないほど受けてきた彼にとっては、自分を警戒さえしない僕やパスのような存在自体が稀有なのか。
まあそれも当然だろう、彼はレジェンドとしてのAPEXゲーム参加権さえも、他者を報道の真っ只中で殺して得た程の根っからの殺戮者だ。
そんな相手を前に恐怖や危機感を抱かない人間はそう居ない。今でこそこんなにレヴに執着するようになった僕でさえ、初めて対面した時はその全方位への殺意に身が震えたのだから。
「そうだね…レヴがどれだけ忌み嫌われてきたか僕には想像も出来ないから、それについては簡単に慰めるようなことは言えない」
ローバ女史のようにレヴによって大切な人を喪い、彼を憎むようになった者が居ることはよく知っている。
だからレヴへの憎悪に対する安易な否定は決して出来ない。矛盾しているとわかっていて、それでも僕自身のエゴは溢れ出る。
「でも、僕はレヴを喪うことによってその悼みを味わうのは辛い。あんな心が苦しい想いはそう何度も味わいたくない」
「そうか。ならば貴様の為にも生きねばな…こう言えば満足か? クオレ・マキネッタ」
「完璧な回答だよ、レヴ。嫌味も含めてね」
そう嘲笑って、これ以上は何も言うことがない僕はソファに撓垂れかかる。色んな感情が奔流して、何だか疲れてしまった。
襲って来る眠気に欠伸を我慢出来ず、情けない声が漏れる。だが今眠ってしまうとレヴもラボに閉じ込めてしまうことになる。寸でで耐えて、鍵だけでも解錠しようとして、妙に優しく制止される。
「眠りたければ眠ればいい。私の目の前で眠れるのならば、な」
「脅してるつもりかい、それ…ぁふ」
「勘違いするな、私も休息が欲しいのだ。この場所であれば、恨みを持った皮付きに追い立てられることもないだろう」
ゲームに参加していない時のレヴは、やはりと言うべきか、どうやらちゃんとした住居で暮らしているわけではないようだ。
いや、滞在出来る場所自体はあるのかもしれないが、この口振りからするに決してそこが安寧の地ではないのだろう。
レヴは戦闘後、他の戦士に横槍を入れられない限りほぼ必ず、敗者の息の根を完全に止める。処刑された者の遺族が憎しみを持って彼の家を襲撃するというのは、決して有り得ない話ではない。
「そうだクオレ・マキネッタ…膝枕をしてやっても構わんぞ?」
どんな企みを内に秘めているのかと問い詰めたくなるような、恐怖の体現者としての面からは想像もつかない誘い。
いっそその誘いに乗りたいとも思ったが、生憎手狭な僕のラボでは実現出来そうな場所がなかった。
「狭いから無理だよ…」
「フハハ! 面白いな、断る理由がそれか」
「というかレヴ、うるさい…なんでもいいから寝かせて欲しいんだけど」
脳に直接響くような声が、眠気を妨げる。このまま起きてベッドに向かえればベストなのだが、身体がまるで泥にでも呑まれたかのように重い。
「本当にいいのか? それが永遠の眠りになるのだぞ」
「そうなることはないと信じてるから大丈夫」
今のように殺す殺すと脅してくる間は、彼は本当に実行に移すことは恐らくない。絶対とは言いきれないが、殆ど確信に近いものがあった。
「ああ、そうそう。レヴも眠るのなら、その辺に充電ケーブルが伸びてるはずだから…好きに使って」
それだけ言い残して、活動限界を迎え眠りに落ちる。その後レヴがどうしたかは僕にはわからない。
ただ、ひとつだけ言えるのは、予想通りレヴは僕を殺すことはなかった。翌朝、鍵が開いたラボの中で僕は独り残されていたから。
「…言いたいことだけ好き放題吐き出した後、本当に私を放置し眠るとは。面白い…お前を殺すのは最期にしよう」
ラボの一角に、僕は一人のシミュラクラムを半ば幽閉して詰問する。しかし彼は一切悪びれることなく、僕の苛立ちを増幅させる言葉を投げてくる。
「貴様にそんな激昂する権利などない筈だが」
「あるよ。何の相談もなく勝手にこの地を去ろうとするなんて、今まで君を直してきた僕に対する酷い冒涜だ」
「私を直すのは貴様が仕事として仕方なく行っていたことだろう。私は貴様に直してくれと頭を下げた覚えはないぞ」
巧妙で狡猾な言い回しで、自分の非を僕に押し付ける。頭を下げるなんて殊勝なことは確かにしていないが、体の不調を修復しろと騒いだことは数え切れないほどある。
それに、仕事で渋々直していたというのも気に入らない。他のエンジニアはそうだったとしても、僕はレヴを拒む気は最初からなく、快く受け入れていたというのに。
いや、そんなことを言いたいんじゃない。彼の不遜な態度につられて、僕までどうにも嫌味な言い回しの応酬をしようとしてしまう。
「…僕がレヴを直すのは、それが責務だからじゃない」
苦し紛れにそれだけ言って、唾を呑む。レジェンドとしてのレヴナントが大事で、僕の前から居なくなって欲しくないからだと、そんな簡単なことがどうしても言えなかった。
「では金の為か? 私は嫌われ者だからな。シンジケートから特別な報酬が出ていたとしても不思議はない」
「それも違う…」
そんな危険手当みたいなもの聞いた事ないし、たとえあったとしても受け取る気もない。
この頑固な殺戮兵器は、自分が
歪んだ人格の少しでもいいから僕に矯正する技術があれば、こんな押し問答を繰り返す必要などないと言うのに。
「ならば何故私を振り回し続ける、クオレ・マキネッタ…貴様も地獄に送られたいか」
「いいよ。どうせ僕は天国に行けるような善行はしていない」
憤怒に満ちた声音で僕に鋭く尖らせた手刀を突きつけるが、あまりにも堂々と彼の殺意を肯定したせいでだろうか、捻くれ者のレヴは目線を逸らし振り上げた手を降ろす。
しかし我ながら無様な答えだとも思う。こう言えばレヴが僕の命を奪うことがないと知った上で、敢えて強がることしか出来なかった自分が情けない。
「…フン。命乞いさえしないのだな」
「僕はレヴに殺されるなら本望だから」
本音半分嘘半分でそう告げる。死ぬのは怖い。死にたくないが故にいろんな悪事に手を染めた自覚があるし、いつかその報いを受けねばならないことも重々承知しているつもりだ。
だけど、それが他ならぬレヴによって手を下されるのなら、苦しむことなくきっと安らかに逝けるのではないかと思ってしまう。
「ほう…その肩の震えさえなければ、貴様の嘘を信じて息の根を止めてやっても良かったのだが」
僕を横目で見て、しかし目を合わせようとはしてくれず視線を逸らされる。死を恐れていること自体はどうやら見透かされているらしい。
数え切れないほどの屍の山を築き上げた彼から見れば、恐怖による些細な脈拍の変化が手に取るようにわかるのだろう。
「まあいい。使える駒を潰すにはまだ惜しい、私の目的を果たす為にはな」
「…僕にグリッドアイアンへ同行しろと?」
「珍しく物分りが良いじゃないか」
そもそもレヴがこの地を去ろうとした理由、それは古参レジェンドの一人、バンガロール氏の帰郷に同行する為だった。
しかし、彼女は新入りであるニューキャッスル氏に何か思うところあるらしく、故郷グリッドアイアンへは帰らず結果ここに残ることになった。
同行者が居なくなったことで、なし崩し的にレヴの渡航も立ち消えになったが、この様子から察するに諦めきれない理由があるようだ。
「いくらレヴの頼みでもそれは無理だ。そんな遠い星に行くには余程の理由と…相当の時間がないと」
ソラスからグリッドアイアンへ普通の手段で向かうには、二十年もかかると言う話を聞いたことがある。
何百年と生きてきたレヴにはたかが二十年かもしれないが、二十年から少しはみ出す程度しかまだ生きていない僕には、想像もつかない長旅になるのは間違いない。
「貴様もそれを理由に拒むか、くだらん…やはりあの軍曹を引き摺ってでも故郷へ帰すべきだった」
「…レヴ、君はどうしてそこまでグリッドアイアンに執着するの?」
こうまで固執するからにはただ行くだけでは当然ないのだろうが、頑なに誰かを同行させようとする理由がわからない。
極端な話、レヴが一人ででも旅立つのなら止められる者は居ない。僕の個人的感情としては嫌だが、彼をこの地に縛る権利は誰にもない。
だけど、そうはせず同行者が居なくなった途端、彼も渡航を取り止めた。恐らくは、そこに何か秘密が隠されているのだろう。
「…」
発声部位から漏れる深い嘆息の音がラボに響き、やがて止まる。静寂からなる耳鳴りに、何か嫌な予感が僕の脳裏で騒めく。
レヴは仔細を語りたくないらしく暫くは押し黙っていたが、隠し通すことが出来ないと悟りようやく重い口を開いた。
「あそこにはローバによって飛ばされた私のソースコードがある。あれを壊せば全てが終わる。だが私自身の手では触れることすら出来ぬのだ」
なんだって? 頭の整理が追いつかなくて、声が出なくなっていた。動悸がどんどん増していく。レヴは今、なんと言った?
「…どうした。私が自らの死を求めていることがそんなに意外か」
「それもあるけど、より的確に表すなら…憤怒だ」
玉のような汗を浮かべる僕に、レヴが身を屈ませて顔色を窺う。そんな殊勝な態度自体が、普段の彼からは考えようもなくて吐き気がする。
握り締めた拳から血が出ても違和感はないほどに、いつからか無意識に力を込めていた。
そのせいで血流が止まってることに気付いて慌てて掌を広げたが、既に手の感覚がなくなっていた。
「二十年も掛けて旅をして、その終点に僕を独りにすると…残されることがどれだけ残酷か、君は知らないから簡単にそう言えるんだろう」
「孤独を拒むのなら、私の後を追っても構わんのだぞ」
「追い掛けてどうなる? 死後の世界で君に会えるのか?」
そもそもレヴ自身が永遠の命を具現化した存在で、僕はまだ生身の人間だ。死という概念にさえ越えようのない壁がある。
彼が完全に機動停止した後どうなるのか、スピリチュアルな言い方をすれば魂がちゃんと回帰するのか。後のことが何もわからないのに、よく簡単に追って来ればいいなどと言えたものだ。
「さあ、どうだろうな。私の知ったことではない」
投げやりな態度なのは対話を放棄しているからか、あるいは。どちらにせよ僕が翻弄されているのは確かで、現状を打破出来る程の饒舌さは持ち合わせておらず、歯を食いしばって軋ませるしか出来なかった。
「…クオレ・マキネッタ。そもそも貴様は何故私をそこまで生き永らえさせようとするのだ? シンジケートからの命令か?」
「そんな
「ならば何故だ! 貴様もローバと同じように私を苦しめる為か!?」
声を荒げて叫ぶレヴ。確かに彼女と理由は違えど、レヴを生かし続けたいという目的は一致している。
でも僕がレヴの眠りを妨げたい理由はもっと低俗で単純な、ただのエゴによるものだ。それこそローバ女史に聞かれたら、僕が彼女に殺されかねない程の。
「それも違う。ローバ女史には悪いけど、彼女とは真逆とも言える」
訳が分からないと言いたげな鋭く冷たい視線がこちらに向く。機械の体でなければ、きっと表情や呼吸でもっとそれがわかりやすかっただろう。
「小さい頃から機械に囲まれて、機械に助けて貰って生き延びてきた僕にとってはね、レヴ。たとえ殺戮マシーンでも、どれだけ傲慢な態度でも…大切な存在なんだ。勝手に居なくなられたら寂しい」
「…理解出来ぬ。皮付きだった頃から全てを壊し殺し続けてきた私は、憤怒と憎悪しか向けられず忌避されてきたからな」
頭を抱え静かに悲愴を零すレヴ。ああそうか、敵意だけを数え切れないほど受けてきた彼にとっては、自分を警戒さえしない僕やパスのような存在自体が稀有なのか。
まあそれも当然だろう、彼はレジェンドとしてのAPEXゲーム参加権さえも、他者を報道の真っ只中で殺して得た程の根っからの殺戮者だ。
そんな相手を前に恐怖や危機感を抱かない人間はそう居ない。今でこそこんなにレヴに執着するようになった僕でさえ、初めて対面した時はその全方位への殺意に身が震えたのだから。
「そうだね…レヴがどれだけ忌み嫌われてきたか僕には想像も出来ないから、それについては簡単に慰めるようなことは言えない」
ローバ女史のようにレヴによって大切な人を喪い、彼を憎むようになった者が居ることはよく知っている。
だからレヴへの憎悪に対する安易な否定は決して出来ない。矛盾しているとわかっていて、それでも僕自身のエゴは溢れ出る。
「でも、僕はレヴを喪うことによってその悼みを味わうのは辛い。あんな心が苦しい想いはそう何度も味わいたくない」
「そうか。ならば貴様の為にも生きねばな…こう言えば満足か? クオレ・マキネッタ」
「完璧な回答だよ、レヴ。嫌味も含めてね」
そう嘲笑って、これ以上は何も言うことがない僕はソファに撓垂れかかる。色んな感情が奔流して、何だか疲れてしまった。
襲って来る眠気に欠伸を我慢出来ず、情けない声が漏れる。だが今眠ってしまうとレヴもラボに閉じ込めてしまうことになる。寸でで耐えて、鍵だけでも解錠しようとして、妙に優しく制止される。
「眠りたければ眠ればいい。私の目の前で眠れるのならば、な」
「脅してるつもりかい、それ…ぁふ」
「勘違いするな、私も休息が欲しいのだ。この場所であれば、恨みを持った皮付きに追い立てられることもないだろう」
ゲームに参加していない時のレヴは、やはりと言うべきか、どうやらちゃんとした住居で暮らしているわけではないようだ。
いや、滞在出来る場所自体はあるのかもしれないが、この口振りからするに決してそこが安寧の地ではないのだろう。
レヴは戦闘後、他の戦士に横槍を入れられない限りほぼ必ず、敗者の息の根を完全に止める。処刑された者の遺族が憎しみを持って彼の家を襲撃するというのは、決して有り得ない話ではない。
「そうだクオレ・マキネッタ…膝枕をしてやっても構わんぞ?」
どんな企みを内に秘めているのかと問い詰めたくなるような、恐怖の体現者としての面からは想像もつかない誘い。
いっそその誘いに乗りたいとも思ったが、生憎手狭な僕のラボでは実現出来そうな場所がなかった。
「狭いから無理だよ…」
「フハハ! 面白いな、断る理由がそれか」
「というかレヴ、うるさい…なんでもいいから寝かせて欲しいんだけど」
脳に直接響くような声が、眠気を妨げる。このまま起きてベッドに向かえればベストなのだが、身体がまるで泥にでも呑まれたかのように重い。
「本当にいいのか? それが永遠の眠りになるのだぞ」
「そうなることはないと信じてるから大丈夫」
今のように殺す殺すと脅してくる間は、彼は本当に実行に移すことは恐らくない。絶対とは言いきれないが、殆ど確信に近いものがあった。
「ああ、そうそう。レヴも眠るのなら、その辺に充電ケーブルが伸びてるはずだから…好きに使って」
それだけ言い残して、活動限界を迎え眠りに落ちる。その後レヴがどうしたかは僕にはわからない。
ただ、ひとつだけ言えるのは、予想通りレヴは僕を殺すことはなかった。翌朝、鍵が開いたラボの中で僕は独り残されていたから。
「…言いたいことだけ好き放題吐き出した後、本当に私を放置し眠るとは。面白い…お前を殺すのは最期にしよう」
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