えぺ
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いつも仕事ばかりの僕だが、今日は珍しくなんの予定もない。久々の自由な時間を謳歌したいところだが、いざ暇となると何をして過ごしたものか悩ましく思えてくる。
たまには目的を定めずに街を歩くのも悪くないかと思い立って、勢いよく飛び出してみた。けれど数分もしないうちに見知った顔に出会して、あてのない旅は中断となる。
「やあ、マキネッタさん。今日は休暇かい」
「こんにちは、ソマーズ博士。まあそんなところです」
レジェンドの一人、マリー・ソマーズ博士がこちらへ向かってくる。偉大な科学者である彼女は、かつてアウトランズを襲ったエネルギー問題を解決に導いた立役者だという。
しかも本人は不慮の事故によってとはいえ、ブラックホールによる時空の歪みを超えてこの時代に降りたというのだから驚愕するしかない。
「そうか…じゃあ、いい機会だからちょっとお茶でもしよう。奢るからさ。アンタには聞かなきゃいけないことがあるからね」
「…わかりました」
物々しい口ぶりで、ソマーズ博士はそう告げる。普段の優しい表情からはかけ離れた浮かない顔をしているせいで、これから何について語るつもりかが察せられてしまう。
陰鬱な気分になりながらも、僕がここで拒否する方が不義理だと諦めて彼女の提案を承諾する。喫茶店に向かうまでの道中、博士は努めて明るく話してくれてこそいたが、その足取りは決して軽くなかった。
「アタシのおすすめの店が近くにあるんだ。お茶を飲むと頭が冴えるから、きっとアンタも気に入るはずだよ」
「ありがとうございます。僕は普段ほとんど水分補給自体積極的にしないから新鮮です」
「おや…そうなのかい? それは良くないねぇ。ちゃんと水分を採って頭に栄養を回さないと」
やがて彼女が言っていた店に到着し、キャストの案内の元、僕達はテラス席に隣合って座る。
下手に向かい合うよりも緊張せずに済みそうだと思いながら、僕はメニュー表で顔を隠しつつ博士の様子を窺う。
いつもと同じものをと決めていた彼女はテラス席から見える雑踏の風景をぼんやりと眺め、僕が何を選ぶか待っているようだ。
「紅茶って…こんなに択が多いんですね」
見ているだけで目が眩むような、膨大な量のお品書き。これが全て紅茶と言うのだから恐ろしい。
実際に飲んでみれば味も香りも全然違うのだろうが、それらを片っ端から試すには時間も胃袋も足りない。
選びようがないのに待たせ続けるのも憚られ、僕は素直にソマーズ博士に教えを乞うことにした。
「博士はどれがお好きですか」
「ん? ああ、そうだねぇ…アタシがよく飲むのはこの銘柄なんだけど、慣れてないと少し苦味が強いかもね。甘さが程よくてお茶菓子に合うのはこの辺りだよ」
唐突に声をかけられたことによる多少の動揺を見せつつも、欲しかった情報を的確に与えてくれる博士。
「ご教授感謝します、でしたら今日はこのセットにしようかと」
彼女が勧めてくれた甘いほうのお茶と一緒にパンケーキが着いてくるセットメニューを見つけ、それに決める。
それぞれ注文を済ませると、間もなく出来たてのパンケーキと紅茶のいい香りを運ぶキャストの人が爽やかな笑みを浮かべながら近付いてくる。
俗世から隔絶されているかのようなどこかゆったりとした時間の流れを感じ、不思議な気分になる。
もしかして、この独特の雰囲気が好きで彼女はこの店を愛顧しているのだろうか。僕は世紀を跨いで生きていないから、前の時代がどんなものか全く想像つかないが。
「さ、冷めないうちに飲みな。あぁでも火傷しないように気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
子を持つ母らしい、世話焼きな台詞。両親の記憶が一切ない僕には、その温かさに少し胸が痛い思いがした。
紅茶自体の熱さは博士が案ずるほど危険なものではなく、僕には丁度いいものだった。喉越しもよく一気に飲み干してしまいそうになるところを慌てて堪えて、それを誤魔化すようにパンケーキに手を伸ばす。
「あ、おいしい」
紅茶もそうだったが、少し口にしただけでわかる質の高さに思わず感嘆の声が零れる。これは他の人にも勧めたくなるわけだ。
味の分、値段も相応なのではないかと居た堪れない気になるが、今からそれを確認するのも賎しいように思えてメニュー表には手を出せなかった。
「気に入ってくれたようで何より。さて…一息ついたところで、そろそろ本題に入ろうか」
「…アッシュのこと、ですよね」
「ああ、でもそれだけじゃないけどね」
ソマーズ博士が神妙な顔つきに変わったのを皮切りに、僕は先手を打って彼女が口にしようとした名を告げる。
どうやら博士の話したいことはそれだけではないようだが、概ね間違いではなく同意を示す。
「シンジケートの技術者ってのはアンタ以外にも沢山居るんだろ。だけどアンタは、あの悪魔や死神の修理も請け負ってるそうじゃないか」
悪魔はアッシュとして、もう一人の"死神"というのはレヴのことだろう。どちらにせよ僕が彼らをサポートしているのは事実で、それを嘘をついてまで否定する意味もない。
ソマーズ博士の言葉に素直に頷いて、今思いついたそれらしい理由を適当に後付けする。
「そうですね。色々な意味で気難しい性質な彼らなので、サポートに当たれるメンバーが限られていますから」
「あんな…ハッキリ言って狂った奴らの言うことを聞くなんて、嫌だとは思わないのかい?」
「はい。"リード博士"を恨むソマーズ博士からすれば不愉快なことかもしれませんが、僕は"アッシュ"には返さねばならない恩がある身でもあります」
アッシュの修復。それは、フロンティア戦争の真っ只中、両親の居ない幼い僕のちっぽけな命が守られた理由のひとつだ。
それがなければこんなに長く生きられなかっただろうと考えると、やはり僕はアッシュだけでなく、彼らのようなシミュラクラム達を憎むことなど出来なかった。
「…そう。あの機械が恩なんて着せるヤツには…アタシは思えないけど、アンタが言うならきっと…そうなんだろう」
普段の明朗さとはかけ離れた、覇気のない語り口。自分を貶めた極悪人が、それとは真逆のそんな慈愛に満ちたことをするとは信じ難いのだろう。
「すみません、少し言葉足らずでした。僕が勝手に恩を感じているだけで、アッシュは恩を売ったとさえ思ってないはずです」
実際はアッシュが僕の為に特別な何かをしたわけではない。彼女は自分のすべきことをしただけで、そのついでで僕は守られたようなものだ。
半ば誤解しているソマーズ博士にそう伝えると、存外すんなりと溜飲が下がったらしい。少し怖さを感じる笑い方でひとしきり笑った後、大きく溜息を吐いていた。
「皮肉なもんだね…アイツの悪意によってアタシはあんな目に遭ったってのに、アイツの意思とは全然関係ないところで、アンタみたいに救われちまう子がいるなんて」
「そうですね。ですが…僕がアッシュに対しての感じ方がそうであるからと言って、貴方がとんでもない目に遭った悪行までをも肯定するつもりはありません」
尤も、あくまで"リード博士"のしたことを今の"アッシュ"に償わせることが出来るとも思えなかった。
アッシュはいつ頃からか、自分の中でもうひとつ別の声がすると嘆いていた。だが、僕が未熟なせいでプログラムコードをどれだけ探ってもその原因は見つけられなかった。
しかしそれ故に、僕はその声の主こそがリード博士であり、僕が知るシミュラクラムとしてのアッシュとは別にあの中で人格が存在しているのではないかと推測した。
もしそうだとすれば、リード博士だった頃のことはアッシュには無関係ということになるはずだ。身体はひとつでも、二人は別人なのだから、と。
とはいえ唐突にこんな突拍子もないことを言ったところで、アッシュと親しい僕が彼女を庇う為の嘘としか思われないだろうが。
「いいんだよ。これは忘れてたかったこと、だけど…一緒に組んで研究してた頃のリード博士は、紛れもなくアタシの親友だったんだ」
親友、という響きに驚きを隠せず、僕は思わず一瞬硬直する。二人にそんな良好な関係だった時代があったのか。
「確かに嫌な思いも何度もしたけど、助けになってくれたことも多かった。ニュートンの世話もしてくれたしね。尤も、どこまでがアタシ達を騙して出し抜くための演技だったかわかりゃしないけど」
「…もし全部が演技だったとしたら、職選びを間違えてるレベルの大女優ですよ。彼女の中にも、良心が全くなかったわけではないと…僕はそう思っています」
そしてその良心は、アッシュにも間違いなくあるものだと僕は信じている。否、信じたいと願っている。
幼かった頃、色々と悪戯をして迷惑をかけた僕を叱りこそしても嫌だとは言わずに守ってくれていた彼女が、見返りや打算だけで動いていたとはとても思えなかった。
「そうだねえ…」
博士がお茶を飲んで苦い顔をしながら、同意の言葉を零す。そう言えば僕が頼んだ紅茶もすっかり冷めてしまった。
その冷めた紅茶を飲み干して、オーダー前に用意されていた水と一緒に残ったパンケーキに手をつける。
紅茶自体は冷めていても味が落ちておらず、冷やして飲んでも美味しく飲めそうな茶葉なのがわかった。次はアイスティーで飲んでみたい。
「ご馳走様でした」
「どうも。本当はもう少し話したかったけど、お茶も飲み終わっちまったし潮時かね。続きはまた今度にするとしようか」
名残惜しい雰囲気を醸し出しつつも、ソマーズ博士は席を立つ。その表情は快晴とまでは行かなかったが、確かに晴れやかなものではあった。
きっと、彼女の中でひとつの気持ちが整理出来たのだろう。僕の言葉によって考えをいい方向に変えられたのなら、それはとても嬉しいことだ。
「こちらこそ今日はありがとうございました。次に来る時は、僕にご馳走させてください」
「ああ、楽しみにしてるよ。それじゃあね」
「ええ、また」
会計を済ませ、改めて謝辞を述べる。再びお茶を飲む約束を交わし、僕達はそれぞれ帰路に着く。
美味しい紅茶のおかげか、頭がスッキリしている気がする。今日は久しぶりによく眠れそうだ。
たまには目的を定めずに街を歩くのも悪くないかと思い立って、勢いよく飛び出してみた。けれど数分もしないうちに見知った顔に出会して、あてのない旅は中断となる。
「やあ、マキネッタさん。今日は休暇かい」
「こんにちは、ソマーズ博士。まあそんなところです」
レジェンドの一人、マリー・ソマーズ博士がこちらへ向かってくる。偉大な科学者である彼女は、かつてアウトランズを襲ったエネルギー問題を解決に導いた立役者だという。
しかも本人は不慮の事故によってとはいえ、ブラックホールによる時空の歪みを超えてこの時代に降りたというのだから驚愕するしかない。
「そうか…じゃあ、いい機会だからちょっとお茶でもしよう。奢るからさ。アンタには聞かなきゃいけないことがあるからね」
「…わかりました」
物々しい口ぶりで、ソマーズ博士はそう告げる。普段の優しい表情からはかけ離れた浮かない顔をしているせいで、これから何について語るつもりかが察せられてしまう。
陰鬱な気分になりながらも、僕がここで拒否する方が不義理だと諦めて彼女の提案を承諾する。喫茶店に向かうまでの道中、博士は努めて明るく話してくれてこそいたが、その足取りは決して軽くなかった。
「アタシのおすすめの店が近くにあるんだ。お茶を飲むと頭が冴えるから、きっとアンタも気に入るはずだよ」
「ありがとうございます。僕は普段ほとんど水分補給自体積極的にしないから新鮮です」
「おや…そうなのかい? それは良くないねぇ。ちゃんと水分を採って頭に栄養を回さないと」
やがて彼女が言っていた店に到着し、キャストの案内の元、僕達はテラス席に隣合って座る。
下手に向かい合うよりも緊張せずに済みそうだと思いながら、僕はメニュー表で顔を隠しつつ博士の様子を窺う。
いつもと同じものをと決めていた彼女はテラス席から見える雑踏の風景をぼんやりと眺め、僕が何を選ぶか待っているようだ。
「紅茶って…こんなに択が多いんですね」
見ているだけで目が眩むような、膨大な量のお品書き。これが全て紅茶と言うのだから恐ろしい。
実際に飲んでみれば味も香りも全然違うのだろうが、それらを片っ端から試すには時間も胃袋も足りない。
選びようがないのに待たせ続けるのも憚られ、僕は素直にソマーズ博士に教えを乞うことにした。
「博士はどれがお好きですか」
「ん? ああ、そうだねぇ…アタシがよく飲むのはこの銘柄なんだけど、慣れてないと少し苦味が強いかもね。甘さが程よくてお茶菓子に合うのはこの辺りだよ」
唐突に声をかけられたことによる多少の動揺を見せつつも、欲しかった情報を的確に与えてくれる博士。
「ご教授感謝します、でしたら今日はこのセットにしようかと」
彼女が勧めてくれた甘いほうのお茶と一緒にパンケーキが着いてくるセットメニューを見つけ、それに決める。
それぞれ注文を済ませると、間もなく出来たてのパンケーキと紅茶のいい香りを運ぶキャストの人が爽やかな笑みを浮かべながら近付いてくる。
俗世から隔絶されているかのようなどこかゆったりとした時間の流れを感じ、不思議な気分になる。
もしかして、この独特の雰囲気が好きで彼女はこの店を愛顧しているのだろうか。僕は世紀を跨いで生きていないから、前の時代がどんなものか全く想像つかないが。
「さ、冷めないうちに飲みな。あぁでも火傷しないように気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
子を持つ母らしい、世話焼きな台詞。両親の記憶が一切ない僕には、その温かさに少し胸が痛い思いがした。
紅茶自体の熱さは博士が案ずるほど危険なものではなく、僕には丁度いいものだった。喉越しもよく一気に飲み干してしまいそうになるところを慌てて堪えて、それを誤魔化すようにパンケーキに手を伸ばす。
「あ、おいしい」
紅茶もそうだったが、少し口にしただけでわかる質の高さに思わず感嘆の声が零れる。これは他の人にも勧めたくなるわけだ。
味の分、値段も相応なのではないかと居た堪れない気になるが、今からそれを確認するのも賎しいように思えてメニュー表には手を出せなかった。
「気に入ってくれたようで何より。さて…一息ついたところで、そろそろ本題に入ろうか」
「…アッシュのこと、ですよね」
「ああ、でもそれだけじゃないけどね」
ソマーズ博士が神妙な顔つきに変わったのを皮切りに、僕は先手を打って彼女が口にしようとした名を告げる。
どうやら博士の話したいことはそれだけではないようだが、概ね間違いではなく同意を示す。
「シンジケートの技術者ってのはアンタ以外にも沢山居るんだろ。だけどアンタは、あの悪魔や死神の修理も請け負ってるそうじゃないか」
悪魔はアッシュとして、もう一人の"死神"というのはレヴのことだろう。どちらにせよ僕が彼らをサポートしているのは事実で、それを嘘をついてまで否定する意味もない。
ソマーズ博士の言葉に素直に頷いて、今思いついたそれらしい理由を適当に後付けする。
「そうですね。色々な意味で気難しい性質な彼らなので、サポートに当たれるメンバーが限られていますから」
「あんな…ハッキリ言って狂った奴らの言うことを聞くなんて、嫌だとは思わないのかい?」
「はい。"リード博士"を恨むソマーズ博士からすれば不愉快なことかもしれませんが、僕は"アッシュ"には返さねばならない恩がある身でもあります」
アッシュの修復。それは、フロンティア戦争の真っ只中、両親の居ない幼い僕のちっぽけな命が守られた理由のひとつだ。
それがなければこんなに長く生きられなかっただろうと考えると、やはり僕はアッシュだけでなく、彼らのようなシミュラクラム達を憎むことなど出来なかった。
「…そう。あの機械が恩なんて着せるヤツには…アタシは思えないけど、アンタが言うならきっと…そうなんだろう」
普段の明朗さとはかけ離れた、覇気のない語り口。自分を貶めた極悪人が、それとは真逆のそんな慈愛に満ちたことをするとは信じ難いのだろう。
「すみません、少し言葉足らずでした。僕が勝手に恩を感じているだけで、アッシュは恩を売ったとさえ思ってないはずです」
実際はアッシュが僕の為に特別な何かをしたわけではない。彼女は自分のすべきことをしただけで、そのついでで僕は守られたようなものだ。
半ば誤解しているソマーズ博士にそう伝えると、存外すんなりと溜飲が下がったらしい。少し怖さを感じる笑い方でひとしきり笑った後、大きく溜息を吐いていた。
「皮肉なもんだね…アイツの悪意によってアタシはあんな目に遭ったってのに、アイツの意思とは全然関係ないところで、アンタみたいに救われちまう子がいるなんて」
「そうですね。ですが…僕がアッシュに対しての感じ方がそうであるからと言って、貴方がとんでもない目に遭った悪行までをも肯定するつもりはありません」
尤も、あくまで"リード博士"のしたことを今の"アッシュ"に償わせることが出来るとも思えなかった。
アッシュはいつ頃からか、自分の中でもうひとつ別の声がすると嘆いていた。だが、僕が未熟なせいでプログラムコードをどれだけ探ってもその原因は見つけられなかった。
しかしそれ故に、僕はその声の主こそがリード博士であり、僕が知るシミュラクラムとしてのアッシュとは別にあの中で人格が存在しているのではないかと推測した。
もしそうだとすれば、リード博士だった頃のことはアッシュには無関係ということになるはずだ。身体はひとつでも、二人は別人なのだから、と。
とはいえ唐突にこんな突拍子もないことを言ったところで、アッシュと親しい僕が彼女を庇う為の嘘としか思われないだろうが。
「いいんだよ。これは忘れてたかったこと、だけど…一緒に組んで研究してた頃のリード博士は、紛れもなくアタシの親友だったんだ」
親友、という響きに驚きを隠せず、僕は思わず一瞬硬直する。二人にそんな良好な関係だった時代があったのか。
「確かに嫌な思いも何度もしたけど、助けになってくれたことも多かった。ニュートンの世話もしてくれたしね。尤も、どこまでがアタシ達を騙して出し抜くための演技だったかわかりゃしないけど」
「…もし全部が演技だったとしたら、職選びを間違えてるレベルの大女優ですよ。彼女の中にも、良心が全くなかったわけではないと…僕はそう思っています」
そしてその良心は、アッシュにも間違いなくあるものだと僕は信じている。否、信じたいと願っている。
幼かった頃、色々と悪戯をして迷惑をかけた僕を叱りこそしても嫌だとは言わずに守ってくれていた彼女が、見返りや打算だけで動いていたとはとても思えなかった。
「そうだねえ…」
博士がお茶を飲んで苦い顔をしながら、同意の言葉を零す。そう言えば僕が頼んだ紅茶もすっかり冷めてしまった。
その冷めた紅茶を飲み干して、オーダー前に用意されていた水と一緒に残ったパンケーキに手をつける。
紅茶自体は冷めていても味が落ちておらず、冷やして飲んでも美味しく飲めそうな茶葉なのがわかった。次はアイスティーで飲んでみたい。
「ご馳走様でした」
「どうも。本当はもう少し話したかったけど、お茶も飲み終わっちまったし潮時かね。続きはまた今度にするとしようか」
名残惜しい雰囲気を醸し出しつつも、ソマーズ博士は席を立つ。その表情は快晴とまでは行かなかったが、確かに晴れやかなものではあった。
きっと、彼女の中でひとつの気持ちが整理出来たのだろう。僕の言葉によって考えをいい方向に変えられたのなら、それはとても嬉しいことだ。
「こちらこそ今日はありがとうございました。次に来る時は、僕にご馳走させてください」
「ああ、楽しみにしてるよ。それじゃあね」
「ええ、また」
会計を済ませ、改めて謝辞を述べる。再びお茶を飲む約束を交わし、僕達はそれぞれ帰路に着く。
美味しい紅茶のおかげか、頭がスッキリしている気がする。今日は久しぶりによく眠れそうだ。
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