えぺ
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「オビさん、そろそろ足が吊りそうなんだけど」
「もう少しですよマキネッタさん。美を追求する為には時に我慢が必要ですから」
一言で表すなら"酔狂"、そんな姿勢で僕は彼のマイクロドローンの調整の為に立ち続けていた。
捉えた相手の詳細なデータを伝える精密さを維持する為とはいえ、流石に変な姿勢を続けていて体が痛くなってきた。
彼、"シア"ことオビ・エドラシムは、その物腰の柔らかさに似合わずとても熱い反抗の炎を心の内に秘めた人だった。
それを野心と言うと聞こえが悪いかもしれないが、少なくとも他のレジェンドに負けず劣らずの気骨の持ち主であることは間違いない。
「我慢…と言われてもな」
かれこれ三十分は同じ姿勢を強いられている。元々コンピュータ業務で座り続けるのには慣れているが、立ちっぱなしで動けない状態は流石にきつい。
これ、オビさんに立っていてもらって、僕が調整するべきだったのではなかろうか。体幹がよくて身体の軟らかい彼の方が色んなポーズが出来たはずだ。
「というか、そもそもなんでこんな体勢を?」
「ああすみません。私の趣味です…貴方のような方に相応しいポーズだと思いまして」
「…オビさんそれ、公私混同になるから止めて」
少しだけ怒りをぶつけるように、敢えて低く意識した声音で告げる。だが、悪びれもなくオビさんは僕に自らの考える美について再び説くのだった。
「美というものは、常に意識すべきものなのです。貴方が自分で気付いていない美しさがそこにある以上、私にはそれを知らせる義務がある」
「僕にはよくわからないな…」
芸術的な感覚というものが全く培われずに今日まで生きてきたから、どうにも彼の言うことがピンと来ない。
オリンパスから見る景色がキレイだとか、毛並みの整った大型犬は可愛いよりも美しく見えるとか、そういうものと同じ括りでいいのだろうか。尋ねるまでもなく、違うとは思うが。
「…まあ、今はそれでいいでしょう。ありがとうございますマキネッタさん、楽にしてください」
ようやくこの謎の姿勢から解放され、自分でも驚く程にとてつもなく大きな安堵の溜息が漏れる。
「ふう…」
「お疲れのようですね。少し休みますか?」
「あー、大丈夫…いやありがとう、そうさせてもらうかな」
疲れたのはオビさんに強いられていた変な姿勢のせいだとも言えず、苦笑いを浮かべ誤魔化しつつ提案を受け入れる。
悪い人ではないのは確かだが、だからこそだろうか。純粋な気持ちから放たれる言葉のひとつひとつが眩しく思えて、汚れきった心に刺さってくる。
「私の顔に何か?」
まじまじと見つめてしまっていたからか、不思議そうに尋ねてくるオビさん。それでも嫌そうな顔ひとつしない辺り、やはり他の参加者とは異なる性質を感じずにはいられなかった。
「オビさんは…ゲームに参加してる中では珍しいタイプの人だな、と」
「と、言いますと?」
「ゲーム参加者は皆、自己顕示だったりお金稼ぎだったり、殆どが自分の為に戦ってる。オビさんのように、誰かの為にと立ち上がった人は…他にそう多くはいないんじゃないかな」
僕の知る中で少数名存在する、"家族の為"という人がどちらに含まれるかは一旦論じないこととしても、他人を助けたり勇気付ける為の参戦というのは、彼以外にはジブさんくらいしか知らない。
ああいや、一応ライフラ姉さんもそうと言っていいかもしれない。半分はご両親への反発が含まれている気もするので微妙なところだけれど。
「…そんなことはありませんよ。私は全ての虐げられし者の為と言いつつ、まず自分が救われる為に戦っているのですから」
彼は少し俯いて、そう自嘲する。純然たる気持ちではなく邪念が入っていることを恥じているのかもしれないが、それの何が悪いというのだろうか。
他者に対する慈しみの感情さえ自分をよく見せる為だけの紛い物でしかない人間が数多くいる中で、本心から誰かの幸せを願えるのは凄いことだ。
「それでも、オビさんに救われた人は沢山いる。自信持っていいと思う」
「ありがとうございますクオレ。やはり貴方は美しい心の持ち主ですね」
突拍子もないことを言われ、思わず心臓が大きく跳ねる。世辞で言っているのではない本心からの想いというのが、何だか気恥ずかしさを増してくる。
「…やだなあ、褒めても何も出ないよ」
「煽てたつもりはありません。技師の皆様も、私に対して当たりが強い方や…自身の欲の為に心にもない賞賛を浴びせる方など様々ですから」
「そうだね…色んな人が居るからね。殆どは善良なサポーターである筈だけれど、酷く歪んだ性格を持った人間はどこにでも一定数存在している」
そういった人種が他人に危害を加えるのなら看過できないが、自己保身だとか昇進を目的としている場合は難しい。
変に刺激しなければ問題を起こさない以上、こちらからどうこうする訳にも行かない厄介な存在だと言える。
「…と、ごめん。辛気臭い話題になっちゃったな。そろそろ作業に戻ろう」
「そうですね。では、今度はこちらのハートチャンバーを観ていただけますか」
気持ちを切り替えるべくそう伝えると、オビさんは普段は胸部に収納している装置を取り外して、僕に差し出す。
これを中心に発動するアルティメットアビリティ"ショーケース"を阻害する為に壊す、という戦術を採る者も居り、何度か直したこともある。
「今日は見た限り装甲に弾痕がないから大丈夫そうだけど…ん?」
目立った傷はないと思いつつひっくり返してみると、少しだけだが擦れた跡の様なものがあった。オビさんはこれを気にしていたのか。
「撃たれて壊されぬようにと投げ入れる際に物陰に隠したつもりが、勢い余ってしまったようでして」
「ああ、それは災難だったね…フィールド上で人や物が攻撃以外の手段で怪我しないようには防護してるけど、こういう損傷の仕方は対応してないのか…」
戦場に遮蔽物として置かれたオブジェクトや建物には、普通に暮らしている際に起こりうる怪我の原因がいくつも潜んでいる。
そうした事故による負傷を敗北の原因にはさせない為に、僕達はあらゆる危険を排除しているはずだった。
だが、どうやら今回のハートチャンバーのような軽微な傷は避けられないらしい。仕方がないとはいえ心苦しい。
「ほんの少しだけ研磨すれば、傷自体は目立たなくはなると思う。若干とはいえ重量が減るから、使用感に関わるし僕からは勧めにくいけど…どうする?」
そう説明して、オビさんの反応を窺う。彼は暫しの間悩んでいたが、やがて答えを決めたようで静かに頷いた。
「これは私の心臓の一部のようなもの、些細な傷でも残したままにはしておけません。処置をお願いします」
「わかった」
ハートチャンバーを受け取り、早速作業に取り掛かる。と言っても傷自体はそこまで深刻なものでは決して無く、そう多くの時間を要することもないだろう。
僕が黙々と作業を続ける中、オビさんはじっとこちらを見つめてくる。作業している僕の姿の何がそんなに珍しいのだろうか。
「…オビさん?」
あまりに視線が気になってしまい、思わず手を止めて問い掛ける。すると彼は慌てるでもなく淡々と、しかしどこか嬉しそうな声音で答える。
「失礼、貴方の真剣な眼差しに見惚れていました」
「そ…そう。面と向かって言われると気恥ずかしいな」
息をするように褒めてくる辺り、彼がこういったことを言い慣れているのがわかる。
僕は僕で、そうした甘い囁きに不慣れである余り顔が火照るのを感じる。心が乱されるとまではいかないが、緊張でいつもより作業が捗らないような気がする。
「…とりあえずこのくらいでどうかな」
「ふむ…いい具合ですね。ありがとうございますクオレ」
「いえいえ。じゃあ、これで調整完了ということで記録しておくよ」
加工後の状態を写真に撮って、データを最新版に書き換える。過去の記録に残っていた名に見覚えがないか調べようかとも思ったが、有象無象居るエンジニアの中で知っている顔なんていくつもなく、渋々諦める。
「もし使ってて違和感があるようなら遠慮なく言ってくれると嬉しい、またすぐに治す」
「ええ、わかりました。それでは早速試してみましょう」
オビさんは言うが早いか、彼の故郷ボレアスで開かれるアリーナへの参加を申し込む。
確かに実践的な調整をするには手っ取り早いが、少々血気盛ん過ぎやしないか。僕は困惑を隠せなかった。
「…おや、試合は明日ですか。残念ですが仕方ありませんね、今日はこれで失礼します。良い夢を、クオレ」
「あ…うん。頑張って」
返事もままならない内に、彼は颯爽と去ってしまった。ちなみに彼が参加した翌日の試合は、絶好調のアルティメットが光り八面六臂の活躍で完勝したことを、試合が終了してすぐに報告を受けた。
しきりに僕に感謝してくれるオビさんに、何度もういいからと言ったか思い出せない。
けど、たとえ微力だとしてもやはりレジェンドの助けが出来るのが嬉しい。これからも僕が出来ることを地道に続けるべきだと改めて思った。
「もう少しですよマキネッタさん。美を追求する為には時に我慢が必要ですから」
一言で表すなら"酔狂"、そんな姿勢で僕は彼のマイクロドローンの調整の為に立ち続けていた。
捉えた相手の詳細なデータを伝える精密さを維持する為とはいえ、流石に変な姿勢を続けていて体が痛くなってきた。
彼、"シア"ことオビ・エドラシムは、その物腰の柔らかさに似合わずとても熱い反抗の炎を心の内に秘めた人だった。
それを野心と言うと聞こえが悪いかもしれないが、少なくとも他のレジェンドに負けず劣らずの気骨の持ち主であることは間違いない。
「我慢…と言われてもな」
かれこれ三十分は同じ姿勢を強いられている。元々コンピュータ業務で座り続けるのには慣れているが、立ちっぱなしで動けない状態は流石にきつい。
これ、オビさんに立っていてもらって、僕が調整するべきだったのではなかろうか。体幹がよくて身体の軟らかい彼の方が色んなポーズが出来たはずだ。
「というか、そもそもなんでこんな体勢を?」
「ああすみません。私の趣味です…貴方のような方に相応しいポーズだと思いまして」
「…オビさんそれ、公私混同になるから止めて」
少しだけ怒りをぶつけるように、敢えて低く意識した声音で告げる。だが、悪びれもなくオビさんは僕に自らの考える美について再び説くのだった。
「美というものは、常に意識すべきものなのです。貴方が自分で気付いていない美しさがそこにある以上、私にはそれを知らせる義務がある」
「僕にはよくわからないな…」
芸術的な感覚というものが全く培われずに今日まで生きてきたから、どうにも彼の言うことがピンと来ない。
オリンパスから見る景色がキレイだとか、毛並みの整った大型犬は可愛いよりも美しく見えるとか、そういうものと同じ括りでいいのだろうか。尋ねるまでもなく、違うとは思うが。
「…まあ、今はそれでいいでしょう。ありがとうございますマキネッタさん、楽にしてください」
ようやくこの謎の姿勢から解放され、自分でも驚く程にとてつもなく大きな安堵の溜息が漏れる。
「ふう…」
「お疲れのようですね。少し休みますか?」
「あー、大丈夫…いやありがとう、そうさせてもらうかな」
疲れたのはオビさんに強いられていた変な姿勢のせいだとも言えず、苦笑いを浮かべ誤魔化しつつ提案を受け入れる。
悪い人ではないのは確かだが、だからこそだろうか。純粋な気持ちから放たれる言葉のひとつひとつが眩しく思えて、汚れきった心に刺さってくる。
「私の顔に何か?」
まじまじと見つめてしまっていたからか、不思議そうに尋ねてくるオビさん。それでも嫌そうな顔ひとつしない辺り、やはり他の参加者とは異なる性質を感じずにはいられなかった。
「オビさんは…ゲームに参加してる中では珍しいタイプの人だな、と」
「と、言いますと?」
「ゲーム参加者は皆、自己顕示だったりお金稼ぎだったり、殆どが自分の為に戦ってる。オビさんのように、誰かの為にと立ち上がった人は…他にそう多くはいないんじゃないかな」
僕の知る中で少数名存在する、"家族の為"という人がどちらに含まれるかは一旦論じないこととしても、他人を助けたり勇気付ける為の参戦というのは、彼以外にはジブさんくらいしか知らない。
ああいや、一応ライフラ姉さんもそうと言っていいかもしれない。半分はご両親への反発が含まれている気もするので微妙なところだけれど。
「…そんなことはありませんよ。私は全ての虐げられし者の為と言いつつ、まず自分が救われる為に戦っているのですから」
彼は少し俯いて、そう自嘲する。純然たる気持ちではなく邪念が入っていることを恥じているのかもしれないが、それの何が悪いというのだろうか。
他者に対する慈しみの感情さえ自分をよく見せる為だけの紛い物でしかない人間が数多くいる中で、本心から誰かの幸せを願えるのは凄いことだ。
「それでも、オビさんに救われた人は沢山いる。自信持っていいと思う」
「ありがとうございますクオレ。やはり貴方は美しい心の持ち主ですね」
突拍子もないことを言われ、思わず心臓が大きく跳ねる。世辞で言っているのではない本心からの想いというのが、何だか気恥ずかしさを増してくる。
「…やだなあ、褒めても何も出ないよ」
「煽てたつもりはありません。技師の皆様も、私に対して当たりが強い方や…自身の欲の為に心にもない賞賛を浴びせる方など様々ですから」
「そうだね…色んな人が居るからね。殆どは善良なサポーターである筈だけれど、酷く歪んだ性格を持った人間はどこにでも一定数存在している」
そういった人種が他人に危害を加えるのなら看過できないが、自己保身だとか昇進を目的としている場合は難しい。
変に刺激しなければ問題を起こさない以上、こちらからどうこうする訳にも行かない厄介な存在だと言える。
「…と、ごめん。辛気臭い話題になっちゃったな。そろそろ作業に戻ろう」
「そうですね。では、今度はこちらのハートチャンバーを観ていただけますか」
気持ちを切り替えるべくそう伝えると、オビさんは普段は胸部に収納している装置を取り外して、僕に差し出す。
これを中心に発動するアルティメットアビリティ"ショーケース"を阻害する為に壊す、という戦術を採る者も居り、何度か直したこともある。
「今日は見た限り装甲に弾痕がないから大丈夫そうだけど…ん?」
目立った傷はないと思いつつひっくり返してみると、少しだけだが擦れた跡の様なものがあった。オビさんはこれを気にしていたのか。
「撃たれて壊されぬようにと投げ入れる際に物陰に隠したつもりが、勢い余ってしまったようでして」
「ああ、それは災難だったね…フィールド上で人や物が攻撃以外の手段で怪我しないようには防護してるけど、こういう損傷の仕方は対応してないのか…」
戦場に遮蔽物として置かれたオブジェクトや建物には、普通に暮らしている際に起こりうる怪我の原因がいくつも潜んでいる。
そうした事故による負傷を敗北の原因にはさせない為に、僕達はあらゆる危険を排除しているはずだった。
だが、どうやら今回のハートチャンバーのような軽微な傷は避けられないらしい。仕方がないとはいえ心苦しい。
「ほんの少しだけ研磨すれば、傷自体は目立たなくはなると思う。若干とはいえ重量が減るから、使用感に関わるし僕からは勧めにくいけど…どうする?」
そう説明して、オビさんの反応を窺う。彼は暫しの間悩んでいたが、やがて答えを決めたようで静かに頷いた。
「これは私の心臓の一部のようなもの、些細な傷でも残したままにはしておけません。処置をお願いします」
「わかった」
ハートチャンバーを受け取り、早速作業に取り掛かる。と言っても傷自体はそこまで深刻なものでは決して無く、そう多くの時間を要することもないだろう。
僕が黙々と作業を続ける中、オビさんはじっとこちらを見つめてくる。作業している僕の姿の何がそんなに珍しいのだろうか。
「…オビさん?」
あまりに視線が気になってしまい、思わず手を止めて問い掛ける。すると彼は慌てるでもなく淡々と、しかしどこか嬉しそうな声音で答える。
「失礼、貴方の真剣な眼差しに見惚れていました」
「そ…そう。面と向かって言われると気恥ずかしいな」
息をするように褒めてくる辺り、彼がこういったことを言い慣れているのがわかる。
僕は僕で、そうした甘い囁きに不慣れである余り顔が火照るのを感じる。心が乱されるとまではいかないが、緊張でいつもより作業が捗らないような気がする。
「…とりあえずこのくらいでどうかな」
「ふむ…いい具合ですね。ありがとうございますクオレ」
「いえいえ。じゃあ、これで調整完了ということで記録しておくよ」
加工後の状態を写真に撮って、データを最新版に書き換える。過去の記録に残っていた名に見覚えがないか調べようかとも思ったが、有象無象居るエンジニアの中で知っている顔なんていくつもなく、渋々諦める。
「もし使ってて違和感があるようなら遠慮なく言ってくれると嬉しい、またすぐに治す」
「ええ、わかりました。それでは早速試してみましょう」
オビさんは言うが早いか、彼の故郷ボレアスで開かれるアリーナへの参加を申し込む。
確かに実践的な調整をするには手っ取り早いが、少々血気盛ん過ぎやしないか。僕は困惑を隠せなかった。
「…おや、試合は明日ですか。残念ですが仕方ありませんね、今日はこれで失礼します。良い夢を、クオレ」
「あ…うん。頑張って」
返事もままならない内に、彼は颯爽と去ってしまった。ちなみに彼が参加した翌日の試合は、絶好調のアルティメットが光り八面六臂の活躍で完勝したことを、試合が終了してすぐに報告を受けた。
しきりに僕に感謝してくれるオビさんに、何度もういいからと言ったか思い出せない。
けど、たとえ微力だとしてもやはりレジェンドの助けが出来るのが嬉しい。これからも僕が出来ることを地道に続けるべきだと改めて思った。
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