えぺ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
僕にとっての英雄、それはきっとあのゲームに参加する人たちのような輝かしい存在のことを指すのだと思う。だからこそ、最大限の敬意を持って僕は今日も機材の調整に勤しむのだ。
「もう、誰ですかこんなボロボロにしたの…」
見るも無惨な姿に変貌した、ホログラム生成用のマシンを抱え上げ僕は芝居がかったような大袈裟な動きで噓泣きに咽ぶ。
それを傍らで見るのは、マシンの持ち主。APEXゲーム参戦レジェンドのひとり、エリオット"ミラージュ"ウィット氏張本人である。
「ははっ、いつも悪いなあ」
「悪いと思ってるなら大事に使ってください。直すの楽じゃないの、一番よく知ってるのがミラージュさんでしょうに」
全く悪びれてるようには思えない生返事で、ミラージュ氏は僕の作業を見守る。信じて任せているのか、憤慨している姿を見てこれ以上面倒ごとを起こさないために遠慮しているのかは横目で見た表情からは探り切れなかった。
「それにしても執拗に傷つけられてるような…どこでそういう恨みを買ってるんですかほんとにもう」
レジェンド達の個性でもあり特徴でもある戦いの華"戦術"と"アルティメット"。彼らの得意分野を生かした多彩な技の源は、超能力でもなんでもない、現代までに先人達の努力によって築かれてきた崇高な技術に基づいたものだ。
尤も本人の才能によるものや、この世界の理屈では説明のつかないものもあるので一概に技術だけと言いくるめることは出来ないけれど。
超常現象や魔法の類でないということは、つまりは緻密な調整を必要とする、と置換することができる。彼らが常に万全の状態でゲームに参加するために、僕たち裏方は尽力せねばならない。
「俺が恨まれる理由なんかどこにあるんだ、あるのは嫉妬か八つ当たりだけだぞ」
「ああ、そういうことですか…はぁ」
ミラージュ氏の言から、僕にはいくつかの心当たりが生まれる。レジェンドの皆様方の関係は、軽口を言い合う仲から試合の外でも殺し合う一歩手前の険悪な間柄まで多岐にわたる。
おそらくは彼の冗談を本気にして怒りを露にした誰かが、あるいは彼の素直で裏表のない態度が眩しく見えた誰かが、ホログラムから生成したデコイでもお構いなしに何発も弾を撃ったのだろう。
ま、べつに直すのが僕の仕事だから壊されること自体はいいんだけどね。彼のような繊細さを隠す人相手だと、直すのよりも"治す"ほうが大変だからあまりやってほしくないっていうだけで。
「…僕はミラージュ氏の戦い方、好きですよ」
慰めになるかも曖昧な、些か雑さの目立つ賞賛。仮調整の終わったホログラムが、心底嬉しそうに笑むのは果たして彼の本心なのだろうか。
「ほんと? ファンがまた増えちまったなぁ。サイン要るか?」
「ふふっ、いくらで売れますかね」
「おいおい、売るなんてとんでもない。俺のサインはそこら中にバラまいてるから値段なんてつかねーぞ」
僕の冗談に彼は笑いながら強がってみせるが、心の中では絶対に悲しんでいるのがわかる。迂闊な発言をしてしまったことを後悔しつつ、それを悟られぬよう僕はホログラムに向き直る。
暫く互いに無言の時間が続き、僕はひたすらマシンの最終調整に掛かりきりに、手持ち無沙汰になったミラージュ氏はあちらこちらへと視線を動かす。
僕の作業をまじまじと見つめてくることはなく、遠慮がちに一瞥してはすぐに背を向けるというのを繰り返されては、流石に集中出来なくて煩わしいとさえ思ってしまう。
「…気になるなら見ていていいですから」
「あ、ああ…いいのか? 邪魔したら悪いと思ってたんだが」
「邪魔だなんてとんでもない。レジェンドの皆様方が満足のいくチューンナップを施すのが僕たちの使命ですから」
僕が慌てて手を振って拒んでいないことをアピールしてみせると、彼は餌をちらつかせた時の捨て犬のような、尾が生えていれば千切れんばかりに振っていそうな声音で近寄ってくる。
「やったぜ! 専門家でもないのにこれだけの技術を持ってるお前の腕前を間近で見てみたかったんだ」
「お褒めに預かり光栄です。でも僕たちは頂いているデータを基にやってるだけなんで、氏が見ても参考にはならないんじゃないかな…」
謙遜しつつ再びホログラムマシンを弄り始めると、氏は食い入るように見つめてくる。近すぎて鼻息が荒いように感じて、正直少し怖いとさえ思う。まあ、それでもまだレジェンド達の中でも彼は相当温和で親しみやすいほうではあるのだが。
「それにしても大事そうに触るな。もうちょっと強気に弄ってくれても構わないぜ?」
「…僕にとって皆様方のメンテナンスは仕事であると同時に、エンジニアとしての誇りなんです。だからこうして機材を預からせてもらえるだけでも凄く嬉しいんです、うっかり壊すようなことはとても出来ませ…」
言いかけた矢先に、回路がショートして電流が奔る。幸いにもマシンに異常はなかったものの、もし僕のせいで故障させてしまったらと思うと恐ろしすぎる。
「ご、ごめんなさ…」
慌てて頭を下げる。どんなに詰られてもおかしくない大失態で、エンジニアとしては絶対にやってはならないことだ。
けれど、非を詫びる言葉を言い終えるよりも早くミラージュ氏は僕を抱き締める。咄嗟の行動だったのだろうけども、これでは別の意味で震えが止まらなくなってしまう。
「大丈夫。大丈夫だ」
先とは全く違う強い語気。おどけたり茶化したりの普段の彼からは想像もつかない雄々しさに満ちた抱擁を受けて、僕はどうしようもない無力さを味わう。
「あ、あの…ミラージュ、さん…苦しいです」
「おっとすまない、わざとじゃないんだ。その…気を悪くしたなら謝る」
ミラージュ氏は慌てて僕から離れると、申し訳なさそうに顔を伏せる。勢いに任せすぎた結果、お互いに頭の処理が追い付いていないのかもしれない。
でもそもそも僕が失態を起こさなければこんな奇妙な気まずさは生まれなかったわけで、悪いのはやっぱり僕だと思う。
「いえ、謝るのは僕のほうでしょう、大事なホログラムマシンに…その、傷をつけてしまったんですから…」
しどろもどろになって、言葉もうまく紡げない。自分のアイデンティティであるべき分野で失敗するということの恐ろしさが僕を襲う。
「マキナ。多少回路が焼けた程度じゃ、俺のデコイは壊れやしない。安心して調整してくれていいんだ。なんだったらクリプちゃんのドローンなんかを壊してくれちゃったりしても…」
「クスッ…不正は駄目ですよ。ブリスクおじさんに僕が叱られちゃう」
どこまで本気かわからない冗談に、思わず噴き出してしまった。重苦しい空気の漂う場を和ませることにかけては、ミラージュ氏の長年の経験が活きるのだろう。
だがそれと同時に、申し訳ないなとも思ってしまう。彼の優しさに甘えてばかりで、何の恩も返せないのだから。
「うお、マジか。最高権威が相手になられちゃあ、お手上げだ。それは困るな…もしかしてさっきのやり取りも含めて記録取られてたりすんのか?」
「それは大丈夫です。プライバシーにはちゃんと配慮してますので、オフの日の行動そのものについては特に監視してません。ああでも、今回みたいにマシンメンテとして来てる場合は僕の方での調整記録を残す必要はありますけど」
マシンエンジニアとしての活動の為に携行を義務付けられた記録用デバイスを掲げ、氏にもわかるように前回施した調整記録を見せる。
それからデバイスを他のモードに切り替えて、これまでのやり取りは録画されていることも通信を通して誰かに見せていることもないことを証明する。
正直ここまで僕達のことについて詳細を語る必要はないとは思うのだが、堰を切ったように口が動く。
きっとそれが懺悔にもならない言い訳のつもりだったのだと、僕はずっと後になってから気付いた。
「そうかそうか、そいつは良いこと聞いた。さっきみたいにウッカリ…遺憾…とにかくあんなことをしたのが皆に知られちまったら…なあ?」
肩を竦めて、安堵の表情を見せる。言い澱んだまま 途中で諦めて僕に同意を求めてきたのは、適切な言葉が見つからなかったからだろう。
「迂闊なこと、でしょうか」
「…ああそれだ。けど、あの状況で何もしないってのは流石に出来ないだろ?」
「優しい人なんですね、本当に」
僕がそう零すと、彼は不思議そうに目を見開く。そこまでおかしなことを言ったつもりはないのにそんな態度を見せられると、正直これこそ迂闊な発言だったのかもしれないと困惑してしまう。
余計なことまで気になり始めてしまい、緊張から心臓の鼓動が速まっていくのを感じる。そういった僕の焦燥を打ち破るのは、デバイスから鳴り響くアラートだった。
「うお、なんだなんだ」
「…ごめんなさい、他のレジェンドの方から急ぎの依頼が入ったようです。参ったな…まだこっちの作業終わってないのに、どうしよう」
調整を誰がいつ行うかは明確に決められてはおらず、レジェンドの方々の気まぐれや緊急性の高さ次第で僕達はいつでもお呼びがかかる可能性があるシステムだ。
ミラージュ氏は自身のバー経営もあるからなのか事前に日時を今日に指定してくれていたが、今コールしてきた人のように唐突に呼び出してくる場合も、まあ少なくはない。
その為運が悪いと、こうしてブッキングしてしまうこともある。誰でも出来ることと蔑まずに僕個人を必要としてもらえるのはとても有難いので、文句は全くない。
ただ先客、今回で言えばミラージュ氏に対する非礼に当たるというのは重々承知の上で立ち回らねばならないことは認識しておく必要があると思っている。
「大丈夫さ、後は俺が自分で直しておく。記録が必要だってんなら、そいつに送信すればいい。簡単だろ?」
「そう、ですね。じゃあ…ミラージュ氏の通信機から、僕のデータベースに繋がるようにしますよ。記録はそこに保存するようにお願いします」
普段僕らを呼び出すのに用いている通信機を借り受けて、僕が記録を保存するのに使っているフォルダへのデータ送信権限を与える。
別にアクセス権をあげても良かったのだけれど、ミラージュ氏が相手だとちょっと恥ずかしいと思ったので、そこまでするのは止めておいた。
「これでよし…と。試しに写真でも送ってみてもらえますか」
「送ったぞ。どうだマキナ、カッコイイ俺様のオフショットが届いてるか?」
そう言って僕のフォルダに送られてきたのは、想像していたのとは全く異なる真面目なバーテンダーの姿だった。
右下に記載されている日付とロゴを見るに、機械の身でありながらレジェンドの一人に数えられる稀有な個体、パスファインダーがつい一昨日撮影したばかりのもののようだ。
「ええバッチリです。では、すみませんが僕はこれで」
「おう、またよろしくな」
深く頭を下げて、僕はミラージュ氏のラボを後にする。笑って見送ってくれた彼に感謝しながら駆け足で次の目的地に向かう。
ちなみにこれは後日談なのだが、これを機にミラージュ氏からの写真が頻繁に送られてくるようになってしまった。
ファンとしては喜ばしい貴重なカットではあると言える分、拒むに拒めなくて質が悪い。こうして、いつの間にか彼の底知れない魅力に惹かれている。ずるいなあ。
「もう、誰ですかこんなボロボロにしたの…」
見るも無惨な姿に変貌した、ホログラム生成用のマシンを抱え上げ僕は芝居がかったような大袈裟な動きで噓泣きに咽ぶ。
それを傍らで見るのは、マシンの持ち主。APEXゲーム参戦レジェンドのひとり、エリオット"ミラージュ"ウィット氏張本人である。
「ははっ、いつも悪いなあ」
「悪いと思ってるなら大事に使ってください。直すの楽じゃないの、一番よく知ってるのがミラージュさんでしょうに」
全く悪びれてるようには思えない生返事で、ミラージュ氏は僕の作業を見守る。信じて任せているのか、憤慨している姿を見てこれ以上面倒ごとを起こさないために遠慮しているのかは横目で見た表情からは探り切れなかった。
「それにしても執拗に傷つけられてるような…どこでそういう恨みを買ってるんですかほんとにもう」
レジェンド達の個性でもあり特徴でもある戦いの華"戦術"と"アルティメット"。彼らの得意分野を生かした多彩な技の源は、超能力でもなんでもない、現代までに先人達の努力によって築かれてきた崇高な技術に基づいたものだ。
尤も本人の才能によるものや、この世界の理屈では説明のつかないものもあるので一概に技術だけと言いくるめることは出来ないけれど。
超常現象や魔法の類でないということは、つまりは緻密な調整を必要とする、と置換することができる。彼らが常に万全の状態でゲームに参加するために、僕たち裏方は尽力せねばならない。
「俺が恨まれる理由なんかどこにあるんだ、あるのは嫉妬か八つ当たりだけだぞ」
「ああ、そういうことですか…はぁ」
ミラージュ氏の言から、僕にはいくつかの心当たりが生まれる。レジェンドの皆様方の関係は、軽口を言い合う仲から試合の外でも殺し合う一歩手前の険悪な間柄まで多岐にわたる。
おそらくは彼の冗談を本気にして怒りを露にした誰かが、あるいは彼の素直で裏表のない態度が眩しく見えた誰かが、ホログラムから生成したデコイでもお構いなしに何発も弾を撃ったのだろう。
ま、べつに直すのが僕の仕事だから壊されること自体はいいんだけどね。彼のような繊細さを隠す人相手だと、直すのよりも"治す"ほうが大変だからあまりやってほしくないっていうだけで。
「…僕はミラージュ氏の戦い方、好きですよ」
慰めになるかも曖昧な、些か雑さの目立つ賞賛。仮調整の終わったホログラムが、心底嬉しそうに笑むのは果たして彼の本心なのだろうか。
「ほんと? ファンがまた増えちまったなぁ。サイン要るか?」
「ふふっ、いくらで売れますかね」
「おいおい、売るなんてとんでもない。俺のサインはそこら中にバラまいてるから値段なんてつかねーぞ」
僕の冗談に彼は笑いながら強がってみせるが、心の中では絶対に悲しんでいるのがわかる。迂闊な発言をしてしまったことを後悔しつつ、それを悟られぬよう僕はホログラムに向き直る。
暫く互いに無言の時間が続き、僕はひたすらマシンの最終調整に掛かりきりに、手持ち無沙汰になったミラージュ氏はあちらこちらへと視線を動かす。
僕の作業をまじまじと見つめてくることはなく、遠慮がちに一瞥してはすぐに背を向けるというのを繰り返されては、流石に集中出来なくて煩わしいとさえ思ってしまう。
「…気になるなら見ていていいですから」
「あ、ああ…いいのか? 邪魔したら悪いと思ってたんだが」
「邪魔だなんてとんでもない。レジェンドの皆様方が満足のいくチューンナップを施すのが僕たちの使命ですから」
僕が慌てて手を振って拒んでいないことをアピールしてみせると、彼は餌をちらつかせた時の捨て犬のような、尾が生えていれば千切れんばかりに振っていそうな声音で近寄ってくる。
「やったぜ! 専門家でもないのにこれだけの技術を持ってるお前の腕前を間近で見てみたかったんだ」
「お褒めに預かり光栄です。でも僕たちは頂いているデータを基にやってるだけなんで、氏が見ても参考にはならないんじゃないかな…」
謙遜しつつ再びホログラムマシンを弄り始めると、氏は食い入るように見つめてくる。近すぎて鼻息が荒いように感じて、正直少し怖いとさえ思う。まあ、それでもまだレジェンド達の中でも彼は相当温和で親しみやすいほうではあるのだが。
「それにしても大事そうに触るな。もうちょっと強気に弄ってくれても構わないぜ?」
「…僕にとって皆様方のメンテナンスは仕事であると同時に、エンジニアとしての誇りなんです。だからこうして機材を預からせてもらえるだけでも凄く嬉しいんです、うっかり壊すようなことはとても出来ませ…」
言いかけた矢先に、回路がショートして電流が奔る。幸いにもマシンに異常はなかったものの、もし僕のせいで故障させてしまったらと思うと恐ろしすぎる。
「ご、ごめんなさ…」
慌てて頭を下げる。どんなに詰られてもおかしくない大失態で、エンジニアとしては絶対にやってはならないことだ。
けれど、非を詫びる言葉を言い終えるよりも早くミラージュ氏は僕を抱き締める。咄嗟の行動だったのだろうけども、これでは別の意味で震えが止まらなくなってしまう。
「大丈夫。大丈夫だ」
先とは全く違う強い語気。おどけたり茶化したりの普段の彼からは想像もつかない雄々しさに満ちた抱擁を受けて、僕はどうしようもない無力さを味わう。
「あ、あの…ミラージュ、さん…苦しいです」
「おっとすまない、わざとじゃないんだ。その…気を悪くしたなら謝る」
ミラージュ氏は慌てて僕から離れると、申し訳なさそうに顔を伏せる。勢いに任せすぎた結果、お互いに頭の処理が追い付いていないのかもしれない。
でもそもそも僕が失態を起こさなければこんな奇妙な気まずさは生まれなかったわけで、悪いのはやっぱり僕だと思う。
「いえ、謝るのは僕のほうでしょう、大事なホログラムマシンに…その、傷をつけてしまったんですから…」
しどろもどろになって、言葉もうまく紡げない。自分のアイデンティティであるべき分野で失敗するということの恐ろしさが僕を襲う。
「マキナ。多少回路が焼けた程度じゃ、俺のデコイは壊れやしない。安心して調整してくれていいんだ。なんだったらクリプちゃんのドローンなんかを壊してくれちゃったりしても…」
「クスッ…不正は駄目ですよ。ブリスクおじさんに僕が叱られちゃう」
どこまで本気かわからない冗談に、思わず噴き出してしまった。重苦しい空気の漂う場を和ませることにかけては、ミラージュ氏の長年の経験が活きるのだろう。
だがそれと同時に、申し訳ないなとも思ってしまう。彼の優しさに甘えてばかりで、何の恩も返せないのだから。
「うお、マジか。最高権威が相手になられちゃあ、お手上げだ。それは困るな…もしかしてさっきのやり取りも含めて記録取られてたりすんのか?」
「それは大丈夫です。プライバシーにはちゃんと配慮してますので、オフの日の行動そのものについては特に監視してません。ああでも、今回みたいにマシンメンテとして来てる場合は僕の方での調整記録を残す必要はありますけど」
マシンエンジニアとしての活動の為に携行を義務付けられた記録用デバイスを掲げ、氏にもわかるように前回施した調整記録を見せる。
それからデバイスを他のモードに切り替えて、これまでのやり取りは録画されていることも通信を通して誰かに見せていることもないことを証明する。
正直ここまで僕達のことについて詳細を語る必要はないとは思うのだが、堰を切ったように口が動く。
きっとそれが懺悔にもならない言い訳のつもりだったのだと、僕はずっと後になってから気付いた。
「そうかそうか、そいつは良いこと聞いた。さっきみたいにウッカリ…遺憾…とにかくあんなことをしたのが皆に知られちまったら…なあ?」
肩を竦めて、安堵の表情を見せる。言い澱んだまま 途中で諦めて僕に同意を求めてきたのは、適切な言葉が見つからなかったからだろう。
「迂闊なこと、でしょうか」
「…ああそれだ。けど、あの状況で何もしないってのは流石に出来ないだろ?」
「優しい人なんですね、本当に」
僕がそう零すと、彼は不思議そうに目を見開く。そこまでおかしなことを言ったつもりはないのにそんな態度を見せられると、正直これこそ迂闊な発言だったのかもしれないと困惑してしまう。
余計なことまで気になり始めてしまい、緊張から心臓の鼓動が速まっていくのを感じる。そういった僕の焦燥を打ち破るのは、デバイスから鳴り響くアラートだった。
「うお、なんだなんだ」
「…ごめんなさい、他のレジェンドの方から急ぎの依頼が入ったようです。参ったな…まだこっちの作業終わってないのに、どうしよう」
調整を誰がいつ行うかは明確に決められてはおらず、レジェンドの方々の気まぐれや緊急性の高さ次第で僕達はいつでもお呼びがかかる可能性があるシステムだ。
ミラージュ氏は自身のバー経営もあるからなのか事前に日時を今日に指定してくれていたが、今コールしてきた人のように唐突に呼び出してくる場合も、まあ少なくはない。
その為運が悪いと、こうしてブッキングしてしまうこともある。誰でも出来ることと蔑まずに僕個人を必要としてもらえるのはとても有難いので、文句は全くない。
ただ先客、今回で言えばミラージュ氏に対する非礼に当たるというのは重々承知の上で立ち回らねばならないことは認識しておく必要があると思っている。
「大丈夫さ、後は俺が自分で直しておく。記録が必要だってんなら、そいつに送信すればいい。簡単だろ?」
「そう、ですね。じゃあ…ミラージュ氏の通信機から、僕のデータベースに繋がるようにしますよ。記録はそこに保存するようにお願いします」
普段僕らを呼び出すのに用いている通信機を借り受けて、僕が記録を保存するのに使っているフォルダへのデータ送信権限を与える。
別にアクセス権をあげても良かったのだけれど、ミラージュ氏が相手だとちょっと恥ずかしいと思ったので、そこまでするのは止めておいた。
「これでよし…と。試しに写真でも送ってみてもらえますか」
「送ったぞ。どうだマキナ、カッコイイ俺様のオフショットが届いてるか?」
そう言って僕のフォルダに送られてきたのは、想像していたのとは全く異なる真面目なバーテンダーの姿だった。
右下に記載されている日付とロゴを見るに、機械の身でありながらレジェンドの一人に数えられる稀有な個体、パスファインダーがつい一昨日撮影したばかりのもののようだ。
「ええバッチリです。では、すみませんが僕はこれで」
「おう、またよろしくな」
深く頭を下げて、僕はミラージュ氏のラボを後にする。笑って見送ってくれた彼に感謝しながら駆け足で次の目的地に向かう。
ちなみにこれは後日談なのだが、これを機にミラージュ氏からの写真が頻繁に送られてくるようになってしまった。
ファンとしては喜ばしい貴重なカットではあると言える分、拒むに拒めなくて質が悪い。こうして、いつの間にか彼の底知れない魅力に惹かれている。ずるいなあ。
2/28ページ