ぎんたま
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「誕生日…ねェ」
妙に目が冴えてしまい、自分でも驚くほど早く起きた朝。いつものソファにその身を預けながら、万事屋という小さな城の主は独り言ちる。
きっかけは、数日前の何気ない少女達の会話にあった。柳生家にて開かれた誕生日会に招かれた経験から、誕生日とは祝うものなのだということを知った神楽と、それに便乗して身を乗り出してきた祈莉。
彼女らの女子特有のテンションに流されるままに、銀時は咄嗟に思いついた日を誕生日にしてしまったのだった。
『ねー銀ちゃん、銀ちゃんの誕生日っていつアルか』
『あっそれ私も気になります。せっかくですしお祝いさせてください』
『誕生日ィ? いいよべつに…この年になって誕生日なんて嬉しくもなんともねーんだよ』
『そんなのダメですよ、いくつになったって誕生日は大事な日ですから。で、いつなんです?』
祈莉に詰め寄られ、銀時は視線をカレンダーへと向ける。印象深く目に焼き付いた数字を、呪詛のように捻り出した。
『…十月十日』
『十日っていうと…あと二週間しかないじゃないですか』
『それだけあれば十分ネ祈莉ちゃん。銀ちゃん、誕生日当日楽しみにしててヨ』
『お、おう。ありがとな』
直前に控えていることを知り慌てる祈莉を宥めながら嬉しそうに張り切る神楽の表情に、彼は本当のことを告げるわけにもいかずただ頷くしかなく。
「はぁ〜、なんだって女は人の誕生日なんて祝いたがるんだか…俺がいつ生まれたかなんて、俺だって知らねーよんなもん」
ぶっきらぼうに吐き捨て、ソファの背に更に体重をかける。それもそのはず、孤児であり物心ついた時には既に親などいなかった銀時が、自分の誕生日を知る機会などなかったのだから。
「…そういや確か、あの日も十月十日だったとかなんとか…何年か経ってから先生が言ってたっけな」
深層に眠っていた、幼少の記憶を思い起こす。白と黒、そして赤しかなかった彼の世界に初めて色が付いた瞬間。
己の人生を変えさせた師である、吉田松陽に出会ったその運命の日が、十月十日だったのだと。
「ま、今はもう関係ねーか…」
机に伏して、無理矢理にでも眠ろうと視界を遮る。だが呼び覚まされた旧い記憶が脳裏を駆け巡り、彼の心臓が大きく脈動する。
銀時が飛び起きると同時に、誰かが万事屋の戸を小さく叩く音が鳴り響く。営業時間を不定にしているとはいえ、あまりにも早い来客に戸惑いながらも、先の焦燥を忘れるためにも銀時は渋々玄関口へと歩みを進めた。
「あれ? おはようございます銀さん。珍しく起きてたんですね」
戸を開け目に入ったのは、ある意味今回の騒動の発端とも言える女性。彼女は銀時が応対に出てきたことに少し驚いた顔をしつつ、屈託のない笑みを彼に向ける。
「…たまにゃ俺も起きてることだってあるさ。んで、こんな時間にどしたよ祈莉ちゃん?」
「配達です。いつも大体このくらいの時間に来るときって、新八くんが出てくれるか誰も出ないかのどっちかだったので…今日は銀さんが出てきてちょっとビックリしちゃいました」
嬉しそうな表情を見せる祈莉に対し申し訳ない気持ちが勝り、銀時はバツが悪そうに後頭部を掻きながら彼女から視線を逸らす。
「ああ…そうだったのか、いつも悪ぃな。俺も神楽も朝は苦手だからよォ、もっと遅い時間に来てくれていいんだぜ」
「そうしたいのは山々なんですけど、ほかの場所との兼ね合いもありますから中々難しくて…すみません」
腕に着けた時計を横目に非を詫びて、恐らくは次の配達に向かうための順路を考え始める祈莉。
銀時の気のままに営んでいる万事屋稼業と違い、あらゆる場所に荷を運ぶべく奔走する彼女の、その繁忙ぶりは推して知るべしであった。
「引く手数多の人気者は大変だねェ、あんま働き詰めだとその内ぶっ倒れちまうぞ?」
「ふふっ、心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。これも好きでやってることですから」
意味深な言葉を零しながら、祈莉は持っていた大量の荷物を銀時に引き渡し、彼はそれを受け取る。
鍛えているはずの銀時ですら両手で抱えるのが精一杯の重量に思わず声を上げそうになるが、早朝という時間帯を思い出し必死に堪える。
「いやあのコレ、めっちゃ重くね…? 並の女子が軽々と持てる重さじゃなくね…?」
吊りそうになる腕を震わせる銀時がか細く絞り出した声に、祈莉は不思議そうな表情で首を傾げる。
「うーん、そんなに言うほど重かったっけ。あんまり実感ありませんでしたけど」
「マジか…お妙と言い神楽と言い、俺の周りの女はおっかねー奴らばっかりだな」
どこか感傷的な気分になっているのか、普段なら容赦なく出てくる露骨な罵倒はせず、幾分か柔らかい言葉で畏怖の念を露わにする銀時。
祈莉はそのしおらしい態度の銀時に調子を乱されつつも、友人達が銀時にそう言われるような謂れはないだろうと、すかさず彼の言葉を訂正する。
「酷いなあ銀さん、私はともかく…神楽ちゃんもお妙さんも、みんな優しい子達ですよ」
「どーだかねえ。俺からしたら、こうやってまともに会話が成り立つだけアンタのがよっぽどマシに思えるんだが」
「うーん…?」
彼女らが話も聞かずに激昂する場面など想像もつかない祈莉には、銀時の冷めた評価を肯定するには難しいらしく、眉間に皺を寄せ唸り始めてしまった。
「まぁ女同士のときは猫被ってお淑やかなもんだからな、知らねーのも無理はねーわ」
万事屋の玄関口に荷物を降ろし、銀時がしみじみと語る。彼が荷物の受領印を押すための判子を出そうと戸棚を漁る最中、その騒音に気付いたらしい少女が勢いよく駆けつけ、そして。
「朝からガタガタうるっせェーんじゃボケェェェ!!」
宇宙最強と称される夜兎族の蹴りが、銀時の側頭部に直撃する。当然ながら戸棚もろとも犠牲になり、図らずも朱肉要らずとなる。
そんな状況を引き起こした破壊神はというと、ストレス発散して満足したのか来訪している祈莉にも気付くことなく、そのまま踵を返して再び自身の寝床へと戻ってしまった。
「…な?」
「なるほど、銀さんの言ってたことはわかりました。あぁ銀さん、いま包帯巻きますからそのまま座っててください」
目の前で起きた凄惨な流血沙汰の事件にも全く動じず、熟達した所作で傷の手当をし始める祈莉。
彼女もまた真選組の面々との古い付き合いの中で、日常的に誰かが怪我をする状況に慣れてしまっているのだと気付き、銀時は深く溜め息を吐いて苦笑を零す。
「そういや真選組の奴らと長い付き合いのねーちゃんだったわ、そりゃウチの女共にゃ動じねーか」
これまで何度も自身の兄や沖田、土方達の手当をしてきたのであろう手捌きに、祈莉の積年の苦労を垣間見る。
だが、特に何を語るでもなく無言のまま手を動かす彼女が、実のところは相当に緊張していたのだと、このときの銀時は知る由もなかった。
「…よし、これでもう大丈夫です」
「時間無い中悪ぃな、助かったぜ」
「いえいえ。荷物は渡しましたが、今度は私がもらわないといけないものがありますし…」
言いにくそうに上目遣いで告げる彼女の言葉に、神楽による暴動のせいで未だ受取印を押していなかったことに気付く銀時。
慌てて傷口を開いてでも血判を押そうと頭に手を伸ばすが、祈莉に全力で制止され踏みとどまる。
「さすがに血判では受領出来ませんから…判子が見つからないようでしたら手書きのサインでお願いします」
「お、おう」
頭を蹴られたせいで正常な思考が働かない銀時をフォローするように、祈莉が手持ちの万年筆を彼に渡す。
使い慣れないことと、頭が揺れることによりまともに字が書けなくなっている銀時が覚束無い手でどうにか毛虫のような象形文字を書いて漸く、彼女の万事屋での仕事は完了した。
「ありがとうございます、すごい字だけど…まぁきっと大丈夫なはず…」
とても"読む"ことは出来そうもないサインに、祈莉が少し不安を露わにしつつそれを受け取る。
神楽が割り込んだ以外は何気ないいつものやりとりのはずだったが、彼女はどこか上の空な面持ちで受領書を見つめていた。
「どうかしたか?」
「ふぇっ!? あ…えーっと」
万事屋での仕事は終えたはずにもかかわらず、何かを言いたげに留まり続けている祈莉に声を掛けると、彼女は驚愕に素っ頓狂な声を上げ、慌てて銀時から目を逸らした。
「…なんだよ、何かあるんなら早くしてくれ。さっきので頭が痛ェから寝たいんだが」
鈍く響いてきた頭痛に、僅かな苛立ちをぶつけながら銀時は口ごもる彼女を煽り、口を割らせる。
観念した祈莉が銀時の眼前に突き出したのは、彼へ贈るための個人的なプレゼントだった。
「す、すみません…じゃあ遠慮なく。これ、少し早いけど銀さんの誕生日にと思って持ってきたんです。受け取ってくれますか?」
「あぁ…あんがとよ。そういやそんな話をこの前来た時にしてたのを思い出したわ。てっきり神楽と何か企んでるのかと思ってたが…」
照れくさそうにその小さな箱を受け取って、銀時はその喜びを隠すようにもう一人の事の発端である少女の名を出す。
だが祈莉は寂しそうに翳りのある笑みを浮かべると、その日にはここへ来ることが出来ない事情があることを語った。
「そのつもりでいたんですが、遠出の仕事が入っちゃいまして…銀さんの誕生日に戻って来れるかわからないし、今のうちに渡しておきたかったんです」
彼女の物憂げな表情に、どこか儚さを感じる銀時。今生の別れを彷彿とさせる言い回しは、彼を不安にさせるには十分だった。
「おいおい…そんな死亡フラグみてーな言い方すんなって、アンタが戻ってからいくらでも祝われてやるよ」
「ほんとですか?」
それまでの悲壮感がまるで嘘のように、祈莉が眼を輝かせて銀時を見つめる。
本当の誕生日がいつか分からない、などとはとても言い出せる雰囲気ではなく、彼は波に呑まれるまま彼女の期待に応えるしかなくなってしまう。
「お…おう。だからコレも一旦返すぜ」
数分前に一度は受け取った箱を突き返そうとするが、祈莉は頑なに返却を認めようとはせず手を振るばかりで。
「あっそれは大丈夫です。というか返さないでください」
「どういうこった?」
「開けてみればわかります」
訝しむ銀時に、彼女が開封を促す。言われるがままに包みを剥がしてみると、中から銀時にとっては雲の上の存在にも等しい高級洋菓子店の限定商品が現れ、思わず彼の喉がゴクリと音を立てる。
輝きを放っているようにすら見えるその甘味を指し、微かに上擦った声で、自身と同じく甘党である祈莉へ改めて問い掛ける。
彼女は僅かにはにかむ仕草を見せつつも、銀時の緊張を茶化すことなくまっすぐに彼を見つめて力強く頷き肯定した。
「どれどれ…ってコレ、クソ高ェヤツじゃねーか! こんな貴重なモン、俺が貰っちまって本当にいいのかよ?」
「はい。銀さんにはいつもお世話になってますから。せっかくですし、今ここで食べて感想聞かせてください」
抗えぬ糖分への渇望と目の前で妙齢の女性に食事を注視されることへの羞恥とが入り混じり、素直に喜びを露わにすることが出来ない銀時だったが、彼女の突き刺さる視線に負け諦めてその菓子に手を伸ばす。
無言で咀嚼する銀時の表情がみるみる内に変化していくのを前に、祈莉もまた嬉しそうにその様子を見つめていた。
「マジで美味ェな…一気に食べ切っちまったのがもったいないぐらいだわ」
あっという間に完食し、銀時が驚嘆の声を零す。それを見た祈莉は今回のプレゼントが自分本位の選定だったことを懺悔する。
「…よかったぁ、完全に私の好みで選んじゃったので、銀さんにとって美味しいかは実は結構不安だったんです」
「本当かよ? 事前にリサーチしてたとしか思えないぐらい俺好みの味だったんだが…」
特に好物である素材が入っていることを信じて疑わない銀時が成分表を探るも、プレゼント用の包帯紙には記載されているはずもなく、祈莉が慌てて代替案を持ちかける。
だが彼はそれを断固として認めず、あくまで独占する姿勢を崩そうとはしなかった。
「じゃ、じゃあ、また買ってきます。今度はみんなと一緒に食べるために」
「いいっていいって。どーせウチのガキ共にこんな良いトコの菓子食わせたところで良さなんてわかんねーよ」
「うーん…銀さんがそこまで言うならそうなのかもですけど…」
口だけは達者な銀時にうまく言いくるめられている気がしつつも、反論出来ず語気が弱まる祈莉。
ないがしろにしているとまでは言わずとも、神楽達に疎外感を与えてしまわないか不安を抱かずにはいられなかった。
「…ま、とにかくそういうこった。そろそろ次のとこ向かわないと時間やべーんじゃねーのか?」
彼女の腕に巻かれた時計を指して、銀時が祈莉を案じる。しかし彼女は銀時の焦る気持ちとは裏腹に随分と落ち着いた様子で腕時計を見つめ、深く頭を下げた。
「そうですね。改めて、今日はありがとうございました」
「礼を言うのはこっちさ、今度お前さんの誕生日も祝ってやるよ」
「あはは…嬉しいですけど、少し恥ずかしいかな…気持ちだけありがたく受け取っておきます」
臆面もなく口説き文句にも近いセリフを口にする銀時に、彼女は顔を真っ赤にし逃げるように去っていく。
一瞬で小さくなったその背を見送って、改めて祈莉から受け取ったプレゼントの残骸を横目に、彼はどこか上機嫌に笑って。
「…たまには、こういうのも悪かねーかもな」
妙に目が冴えてしまい、自分でも驚くほど早く起きた朝。いつものソファにその身を預けながら、万事屋という小さな城の主は独り言ちる。
きっかけは、数日前の何気ない少女達の会話にあった。柳生家にて開かれた誕生日会に招かれた経験から、誕生日とは祝うものなのだということを知った神楽と、それに便乗して身を乗り出してきた祈莉。
彼女らの女子特有のテンションに流されるままに、銀時は咄嗟に思いついた日を誕生日にしてしまったのだった。
『ねー銀ちゃん、銀ちゃんの誕生日っていつアルか』
『あっそれ私も気になります。せっかくですしお祝いさせてください』
『誕生日ィ? いいよべつに…この年になって誕生日なんて嬉しくもなんともねーんだよ』
『そんなのダメですよ、いくつになったって誕生日は大事な日ですから。で、いつなんです?』
祈莉に詰め寄られ、銀時は視線をカレンダーへと向ける。印象深く目に焼き付いた数字を、呪詛のように捻り出した。
『…十月十日』
『十日っていうと…あと二週間しかないじゃないですか』
『それだけあれば十分ネ祈莉ちゃん。銀ちゃん、誕生日当日楽しみにしててヨ』
『お、おう。ありがとな』
直前に控えていることを知り慌てる祈莉を宥めながら嬉しそうに張り切る神楽の表情に、彼は本当のことを告げるわけにもいかずただ頷くしかなく。
「はぁ〜、なんだって女は人の誕生日なんて祝いたがるんだか…俺がいつ生まれたかなんて、俺だって知らねーよんなもん」
ぶっきらぼうに吐き捨て、ソファの背に更に体重をかける。それもそのはず、孤児であり物心ついた時には既に親などいなかった銀時が、自分の誕生日を知る機会などなかったのだから。
「…そういや確か、あの日も十月十日だったとかなんとか…何年か経ってから先生が言ってたっけな」
深層に眠っていた、幼少の記憶を思い起こす。白と黒、そして赤しかなかった彼の世界に初めて色が付いた瞬間。
己の人生を変えさせた師である、吉田松陽に出会ったその運命の日が、十月十日だったのだと。
「ま、今はもう関係ねーか…」
机に伏して、無理矢理にでも眠ろうと視界を遮る。だが呼び覚まされた旧い記憶が脳裏を駆け巡り、彼の心臓が大きく脈動する。
銀時が飛び起きると同時に、誰かが万事屋の戸を小さく叩く音が鳴り響く。営業時間を不定にしているとはいえ、あまりにも早い来客に戸惑いながらも、先の焦燥を忘れるためにも銀時は渋々玄関口へと歩みを進めた。
「あれ? おはようございます銀さん。珍しく起きてたんですね」
戸を開け目に入ったのは、ある意味今回の騒動の発端とも言える女性。彼女は銀時が応対に出てきたことに少し驚いた顔をしつつ、屈託のない笑みを彼に向ける。
「…たまにゃ俺も起きてることだってあるさ。んで、こんな時間にどしたよ祈莉ちゃん?」
「配達です。いつも大体このくらいの時間に来るときって、新八くんが出てくれるか誰も出ないかのどっちかだったので…今日は銀さんが出てきてちょっとビックリしちゃいました」
嬉しそうな表情を見せる祈莉に対し申し訳ない気持ちが勝り、銀時はバツが悪そうに後頭部を掻きながら彼女から視線を逸らす。
「ああ…そうだったのか、いつも悪ぃな。俺も神楽も朝は苦手だからよォ、もっと遅い時間に来てくれていいんだぜ」
「そうしたいのは山々なんですけど、ほかの場所との兼ね合いもありますから中々難しくて…すみません」
腕に着けた時計を横目に非を詫びて、恐らくは次の配達に向かうための順路を考え始める祈莉。
銀時の気のままに営んでいる万事屋稼業と違い、あらゆる場所に荷を運ぶべく奔走する彼女の、その繁忙ぶりは推して知るべしであった。
「引く手数多の人気者は大変だねェ、あんま働き詰めだとその内ぶっ倒れちまうぞ?」
「ふふっ、心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。これも好きでやってることですから」
意味深な言葉を零しながら、祈莉は持っていた大量の荷物を銀時に引き渡し、彼はそれを受け取る。
鍛えているはずの銀時ですら両手で抱えるのが精一杯の重量に思わず声を上げそうになるが、早朝という時間帯を思い出し必死に堪える。
「いやあのコレ、めっちゃ重くね…? 並の女子が軽々と持てる重さじゃなくね…?」
吊りそうになる腕を震わせる銀時がか細く絞り出した声に、祈莉は不思議そうな表情で首を傾げる。
「うーん、そんなに言うほど重かったっけ。あんまり実感ありませんでしたけど」
「マジか…お妙と言い神楽と言い、俺の周りの女はおっかねー奴らばっかりだな」
どこか感傷的な気分になっているのか、普段なら容赦なく出てくる露骨な罵倒はせず、幾分か柔らかい言葉で畏怖の念を露わにする銀時。
祈莉はそのしおらしい態度の銀時に調子を乱されつつも、友人達が銀時にそう言われるような謂れはないだろうと、すかさず彼の言葉を訂正する。
「酷いなあ銀さん、私はともかく…神楽ちゃんもお妙さんも、みんな優しい子達ですよ」
「どーだかねえ。俺からしたら、こうやってまともに会話が成り立つだけアンタのがよっぽどマシに思えるんだが」
「うーん…?」
彼女らが話も聞かずに激昂する場面など想像もつかない祈莉には、銀時の冷めた評価を肯定するには難しいらしく、眉間に皺を寄せ唸り始めてしまった。
「まぁ女同士のときは猫被ってお淑やかなもんだからな、知らねーのも無理はねーわ」
万事屋の玄関口に荷物を降ろし、銀時がしみじみと語る。彼が荷物の受領印を押すための判子を出そうと戸棚を漁る最中、その騒音に気付いたらしい少女が勢いよく駆けつけ、そして。
「朝からガタガタうるっせェーんじゃボケェェェ!!」
宇宙最強と称される夜兎族の蹴りが、銀時の側頭部に直撃する。当然ながら戸棚もろとも犠牲になり、図らずも朱肉要らずとなる。
そんな状況を引き起こした破壊神はというと、ストレス発散して満足したのか来訪している祈莉にも気付くことなく、そのまま踵を返して再び自身の寝床へと戻ってしまった。
「…な?」
「なるほど、銀さんの言ってたことはわかりました。あぁ銀さん、いま包帯巻きますからそのまま座っててください」
目の前で起きた凄惨な流血沙汰の事件にも全く動じず、熟達した所作で傷の手当をし始める祈莉。
彼女もまた真選組の面々との古い付き合いの中で、日常的に誰かが怪我をする状況に慣れてしまっているのだと気付き、銀時は深く溜め息を吐いて苦笑を零す。
「そういや真選組の奴らと長い付き合いのねーちゃんだったわ、そりゃウチの女共にゃ動じねーか」
これまで何度も自身の兄や沖田、土方達の手当をしてきたのであろう手捌きに、祈莉の積年の苦労を垣間見る。
だが、特に何を語るでもなく無言のまま手を動かす彼女が、実のところは相当に緊張していたのだと、このときの銀時は知る由もなかった。
「…よし、これでもう大丈夫です」
「時間無い中悪ぃな、助かったぜ」
「いえいえ。荷物は渡しましたが、今度は私がもらわないといけないものがありますし…」
言いにくそうに上目遣いで告げる彼女の言葉に、神楽による暴動のせいで未だ受取印を押していなかったことに気付く銀時。
慌てて傷口を開いてでも血判を押そうと頭に手を伸ばすが、祈莉に全力で制止され踏みとどまる。
「さすがに血判では受領出来ませんから…判子が見つからないようでしたら手書きのサインでお願いします」
「お、おう」
頭を蹴られたせいで正常な思考が働かない銀時をフォローするように、祈莉が手持ちの万年筆を彼に渡す。
使い慣れないことと、頭が揺れることによりまともに字が書けなくなっている銀時が覚束無い手でどうにか毛虫のような象形文字を書いて漸く、彼女の万事屋での仕事は完了した。
「ありがとうございます、すごい字だけど…まぁきっと大丈夫なはず…」
とても"読む"ことは出来そうもないサインに、祈莉が少し不安を露わにしつつそれを受け取る。
神楽が割り込んだ以外は何気ないいつものやりとりのはずだったが、彼女はどこか上の空な面持ちで受領書を見つめていた。
「どうかしたか?」
「ふぇっ!? あ…えーっと」
万事屋での仕事は終えたはずにもかかわらず、何かを言いたげに留まり続けている祈莉に声を掛けると、彼女は驚愕に素っ頓狂な声を上げ、慌てて銀時から目を逸らした。
「…なんだよ、何かあるんなら早くしてくれ。さっきので頭が痛ェから寝たいんだが」
鈍く響いてきた頭痛に、僅かな苛立ちをぶつけながら銀時は口ごもる彼女を煽り、口を割らせる。
観念した祈莉が銀時の眼前に突き出したのは、彼へ贈るための個人的なプレゼントだった。
「す、すみません…じゃあ遠慮なく。これ、少し早いけど銀さんの誕生日にと思って持ってきたんです。受け取ってくれますか?」
「あぁ…あんがとよ。そういやそんな話をこの前来た時にしてたのを思い出したわ。てっきり神楽と何か企んでるのかと思ってたが…」
照れくさそうにその小さな箱を受け取って、銀時はその喜びを隠すようにもう一人の事の発端である少女の名を出す。
だが祈莉は寂しそうに翳りのある笑みを浮かべると、その日にはここへ来ることが出来ない事情があることを語った。
「そのつもりでいたんですが、遠出の仕事が入っちゃいまして…銀さんの誕生日に戻って来れるかわからないし、今のうちに渡しておきたかったんです」
彼女の物憂げな表情に、どこか儚さを感じる銀時。今生の別れを彷彿とさせる言い回しは、彼を不安にさせるには十分だった。
「おいおい…そんな死亡フラグみてーな言い方すんなって、アンタが戻ってからいくらでも祝われてやるよ」
「ほんとですか?」
それまでの悲壮感がまるで嘘のように、祈莉が眼を輝かせて銀時を見つめる。
本当の誕生日がいつか分からない、などとはとても言い出せる雰囲気ではなく、彼は波に呑まれるまま彼女の期待に応えるしかなくなってしまう。
「お…おう。だからコレも一旦返すぜ」
数分前に一度は受け取った箱を突き返そうとするが、祈莉は頑なに返却を認めようとはせず手を振るばかりで。
「あっそれは大丈夫です。というか返さないでください」
「どういうこった?」
「開けてみればわかります」
訝しむ銀時に、彼女が開封を促す。言われるがままに包みを剥がしてみると、中から銀時にとっては雲の上の存在にも等しい高級洋菓子店の限定商品が現れ、思わず彼の喉がゴクリと音を立てる。
輝きを放っているようにすら見えるその甘味を指し、微かに上擦った声で、自身と同じく甘党である祈莉へ改めて問い掛ける。
彼女は僅かにはにかむ仕草を見せつつも、銀時の緊張を茶化すことなくまっすぐに彼を見つめて力強く頷き肯定した。
「どれどれ…ってコレ、クソ高ェヤツじゃねーか! こんな貴重なモン、俺が貰っちまって本当にいいのかよ?」
「はい。銀さんにはいつもお世話になってますから。せっかくですし、今ここで食べて感想聞かせてください」
抗えぬ糖分への渇望と目の前で妙齢の女性に食事を注視されることへの羞恥とが入り混じり、素直に喜びを露わにすることが出来ない銀時だったが、彼女の突き刺さる視線に負け諦めてその菓子に手を伸ばす。
無言で咀嚼する銀時の表情がみるみる内に変化していくのを前に、祈莉もまた嬉しそうにその様子を見つめていた。
「マジで美味ェな…一気に食べ切っちまったのがもったいないぐらいだわ」
あっという間に完食し、銀時が驚嘆の声を零す。それを見た祈莉は今回のプレゼントが自分本位の選定だったことを懺悔する。
「…よかったぁ、完全に私の好みで選んじゃったので、銀さんにとって美味しいかは実は結構不安だったんです」
「本当かよ? 事前にリサーチしてたとしか思えないぐらい俺好みの味だったんだが…」
特に好物である素材が入っていることを信じて疑わない銀時が成分表を探るも、プレゼント用の包帯紙には記載されているはずもなく、祈莉が慌てて代替案を持ちかける。
だが彼はそれを断固として認めず、あくまで独占する姿勢を崩そうとはしなかった。
「じゃ、じゃあ、また買ってきます。今度はみんなと一緒に食べるために」
「いいっていいって。どーせウチのガキ共にこんな良いトコの菓子食わせたところで良さなんてわかんねーよ」
「うーん…銀さんがそこまで言うならそうなのかもですけど…」
口だけは達者な銀時にうまく言いくるめられている気がしつつも、反論出来ず語気が弱まる祈莉。
ないがしろにしているとまでは言わずとも、神楽達に疎外感を与えてしまわないか不安を抱かずにはいられなかった。
「…ま、とにかくそういうこった。そろそろ次のとこ向かわないと時間やべーんじゃねーのか?」
彼女の腕に巻かれた時計を指して、銀時が祈莉を案じる。しかし彼女は銀時の焦る気持ちとは裏腹に随分と落ち着いた様子で腕時計を見つめ、深く頭を下げた。
「そうですね。改めて、今日はありがとうございました」
「礼を言うのはこっちさ、今度お前さんの誕生日も祝ってやるよ」
「あはは…嬉しいですけど、少し恥ずかしいかな…気持ちだけありがたく受け取っておきます」
臆面もなく口説き文句にも近いセリフを口にする銀時に、彼女は顔を真っ赤にし逃げるように去っていく。
一瞬で小さくなったその背を見送って、改めて祈莉から受け取ったプレゼントの残骸を横目に、彼はどこか上機嫌に笑って。
「…たまには、こういうのも悪かねーかもな」
18/36ページ