ぎんたま
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真選組としての任務を終え、家路に着いた鴨太郎。帰宅早々、彼の"妻"が熱心に何か作業をしているのを見つけ、小さく笑みを零した。
「…楽しそうだな、祈莉」
「あっ! す、すみません気付かなくて…おかえりなさい、鴨さん。ご飯食べますか」
「心配ない。外で食べてきた」
広げていた紙くずを慌てて隠すように片付け始める祈莉を制止し、鴨太郎は机に転がる完成品らしきものをひとつ手に取って彼女に問い掛ける。
「これは?」
「紙飛行機…のつもり、です」
「いや、そうではなく…」
顔を赤らめて答えるのは、その不出来を恥じているからか。折り目が合わずに歪な形を作ってしまったその紙飛行機に、彼は病弱故に不器用だった双子の兄を思い出す。
子供の頃の記憶は彼にとって忌々しさしかなく、その幼い時分を想起させる紙飛行機にも苛立ちが募る中、それを表には出さぬように細心の注意を払って祈莉に改めて尋ねるのだった。
「…僕が聞きたいのは、何故君がこのようなものを作っているのかについてなのだが」
「あ、そっちですか。今日の配達先のひとつに寺子屋があったんですけど…そこで子供たちが色々なものを折ってるのを見て、久しぶりに私も試したくなっちゃって」
「そうか。確かに懐かしくはあるな」
彼女の童心に返った遊びにノスタルジックな感覚を抱きつつ、しかしどこか浮かない表情を浮かべる鴨太郎に、祈莉は不安げな様子で問うてくる。
「あの…不快にさせてしまいましたか」
「…大丈夫だ、気を悪くしたのならすまない」
帰宅直後の疲労感による相乗効果で不安に感じさせてしまったことを詫びながら、鴨太郎は優しく"妻"の頭を撫でる。
鴨太郎が怒っているわけでないことを感じ取り、祈莉は安堵の笑みを浮かべ、それから彼の前に一枚の和紙を差し出す。
「せっかくですし、鴨さんも何か折ってみます?」
唐突な提案に面食らいつつも、決してそれが嫌ではないと感じている自分に内心驚く鴨太郎。
ゆっくりと頷いて彼女の向かいに座り、皺をつけてしまわないようにそっと紙を受け取り、そして何を折るか考え込む。
「…いざ紙を前にすると何を作るか悩ましいな」
「どこかの展覧会に出すものでもないですし、好きに折っていいんですよ」
気負う鴨太郎の緊張を解そうと、熱心に手を動かしながら柔らかい口調で微笑む祈莉。
児戯など物心着いた頃には不要だと斬り捨ててきた彼には、折り紙ひとつでさえ、人に認められる物が作れないのなら無意味だと思っていた。
その固定観念を根底から覆すような発言に耳を疑った鴨太郎は、思わず祈莉を凝視する。
「えっと…鴨さん?」
あまりにも鬼気迫る表情で自分を見つめる鴨太郎に、祈莉が困惑した様子で首を傾げる。
少し怯えたような瞳に、ようやく己の眉が皺だらけになっていることに気付き、そしてその苛立ちにまた自己嫌悪が生まれてしまう。
「…すまない。やはり君とは育ってきた環境が違いすぎて、何かと驚かされてばかりだな、と」
「やっぱり鴨さんにとっては…折り紙なんて幼稚な遊びでしたか?」
不安を口にする祈莉に、努めて平静を装いつつ応える鴨太郎。胸の奥底で騒めくかつての劣等感と屈折した片割れへの憎しみが混ざり合い、彼は罪を告白するかのように呟く。
「そもそも遊びだとさえ思っていなかった、と言うのが正しいか…昔の僕ならば、君の折ったこの紙飛行機のような些細な歪みさえ許せなかったのだからね」
歪な形であろうと褒められる兄と、どれだけ完璧に近付けても見向きもされない自分。誰一人として鴨太郎という人間を見ようとしなかった過去の、彼女はその一切を知らない。
そして、それでいいと思っていた。祈莉に憐憫の念を込めた眼差しで見つめられることを、いつしか鴨太郎は他の何よりも恐れていた。
「手先はあんまり器用じゃなくて…お恥ずかしい限りです」
「責めるつもりはない。君にとってこれは楽しむことに重点を置いて作り上げたというだけで、たとえ不出来だったとしても立派な作品には違いないだろう」
「ありがとうございます、でも…一応これでも頑張って作ったつもりなんですよ?」
鴨太郎の皮肉めいた賞賛に、冗談交じりに不貞腐れてみせる祈莉。彼女なりに頑張って作ったのだと主張するが、とてもそうは見えない。罵倒を吐き捨てたくなるのを押し殺して、彼は。
「…努力だけは認める」
それだけ告げ、鴨太郎もまた祈莉と同じく紙飛行機を折り始める。寸分の狂いもなく手早く折ってみせて、その手際の良さに祈莉が感嘆の声を上げた。
「わ…すごい」
「久々だとやはりこの程度の出来にしかならないか」
「先生、どこがダメか全くわかりません」
素人目に見ても何が不満なのか全く理解出来ない精巧な紙飛行機を指して、彼は深く息を吐き出す。
すかさず祈莉が鴨太郎を寺子屋の師と見立てて挙手して質問を投げかけ、笑顔で彼がその小芝居に便乗してくれるのを待つ。
夜も遅いこの時間のはずなのに、その期待に充ちた眼差しが無性に眩しく思えた鴨太郎は、照れ臭そうに咳き込みながら、渋々彼女の道楽に付き合うのだった。
「この形だと…祈莉、君の折ったものと比べても僕のものは空気の抵抗を受けやすく距離が稼げない。飛ばしてみればわかるはずだ」
「そんなに違いますかね…?」
鴨太郎の教導を疑いつつも、祈莉は居間と玄関先を遮る戸を開けて紙飛行機を飛ばすのに充分な長さを確保して、それから二つの紙飛行機を手に取り、そっと空中に浮かべる。
結果は当然というべきか、鴨太郎の言った通り祈莉が作ったものがより遠くまで飛び、鴨太郎のものは上へ上へと飛んでしまい、最終的に彼女の手が届く近場で落ちてしまった。
「…おー、なるほど」
実際にこの目で見てようやく納得した祈莉が、うんうんと唸りながら紙飛行機を拾いに向かう。
軽快な足取りで進む彼女はどこか楽しそうで、その様子を背後から見る鴨太郎は、自らの胸中が揺らぐのを感じていた。
「鴨さん?」
両の手に一機ずつ紙飛行機を掴んで持って来る祈莉。険しい表情で自身を見つめる鴨太郎を案じ声をかけるが、彼はすぐには気付かずに無言で考え込む。
「…あぁ、すまない」
「大丈夫ですよ。それにしても…鴨さんの紙飛行機は飛ばしたあとも綺麗な形でいいですね」
持ち帰ってきた紙飛行機を見比べながら、祈莉は鴨太郎の作ったそれの頑丈さに微笑む。
一方で彼女のものはたった一度の飛行にもかかわらず不時着したらしく、先端が折れ曲がり完成時よりも更に形が崩れてしまっていた。
「恐らくは飛距離の都合だろう。ロクに飛んでいないのに壊れるはずがない」
「そうなんですか? 鴨さんが綺麗に折ったからだとばかり」
徹底的なまでに自己否定する鴨太郎と、それに反するようにとことんまで褒めちぎる祈莉。苛立ちが募る彼の表情を見て、祈莉は。
「…よく飛ぶのだけが、いい紙飛行機ってわけじゃないと思うんです。鴨太郎さんが作ったこれだって、私にはすごく素敵なものに見えています」
改まって彼の名を愛称でなく正しく呼んで、反応を待つ。対する鴨太郎は、祈莉の考えを受け入れるには今はまだ時間が必要であるらしく、ハッキリと肯定はせず曖昧に頷くだけだった。
「そうかもしれないな」
鴨太郎が抱える深く根付いた怨恨を壊しきるには難く、それを察した彼女の表情にも曇りが見える。
だが、彼を笑顔にするという願いがすぐに叶わなくとも、祈莉はこれからも諦めるつもりは無かった。
何も知らぬからこそ、"妻"として、自分を選んでくれた"夫"をただ愛すのだと誓いながら、ゆっくりと彼に寄り添って。
「かもじゃなくて、そうなんです。だから、もっと素直に喜んでいいんですよ」
「…楽しそうだな、祈莉」
「あっ! す、すみません気付かなくて…おかえりなさい、鴨さん。ご飯食べますか」
「心配ない。外で食べてきた」
広げていた紙くずを慌てて隠すように片付け始める祈莉を制止し、鴨太郎は机に転がる完成品らしきものをひとつ手に取って彼女に問い掛ける。
「これは?」
「紙飛行機…のつもり、です」
「いや、そうではなく…」
顔を赤らめて答えるのは、その不出来を恥じているからか。折り目が合わずに歪な形を作ってしまったその紙飛行機に、彼は病弱故に不器用だった双子の兄を思い出す。
子供の頃の記憶は彼にとって忌々しさしかなく、その幼い時分を想起させる紙飛行機にも苛立ちが募る中、それを表には出さぬように細心の注意を払って祈莉に改めて尋ねるのだった。
「…僕が聞きたいのは、何故君がこのようなものを作っているのかについてなのだが」
「あ、そっちですか。今日の配達先のひとつに寺子屋があったんですけど…そこで子供たちが色々なものを折ってるのを見て、久しぶりに私も試したくなっちゃって」
「そうか。確かに懐かしくはあるな」
彼女の童心に返った遊びにノスタルジックな感覚を抱きつつ、しかしどこか浮かない表情を浮かべる鴨太郎に、祈莉は不安げな様子で問うてくる。
「あの…不快にさせてしまいましたか」
「…大丈夫だ、気を悪くしたのならすまない」
帰宅直後の疲労感による相乗効果で不安に感じさせてしまったことを詫びながら、鴨太郎は優しく"妻"の頭を撫でる。
鴨太郎が怒っているわけでないことを感じ取り、祈莉は安堵の笑みを浮かべ、それから彼の前に一枚の和紙を差し出す。
「せっかくですし、鴨さんも何か折ってみます?」
唐突な提案に面食らいつつも、決してそれが嫌ではないと感じている自分に内心驚く鴨太郎。
ゆっくりと頷いて彼女の向かいに座り、皺をつけてしまわないようにそっと紙を受け取り、そして何を折るか考え込む。
「…いざ紙を前にすると何を作るか悩ましいな」
「どこかの展覧会に出すものでもないですし、好きに折っていいんですよ」
気負う鴨太郎の緊張を解そうと、熱心に手を動かしながら柔らかい口調で微笑む祈莉。
児戯など物心着いた頃には不要だと斬り捨ててきた彼には、折り紙ひとつでさえ、人に認められる物が作れないのなら無意味だと思っていた。
その固定観念を根底から覆すような発言に耳を疑った鴨太郎は、思わず祈莉を凝視する。
「えっと…鴨さん?」
あまりにも鬼気迫る表情で自分を見つめる鴨太郎に、祈莉が困惑した様子で首を傾げる。
少し怯えたような瞳に、ようやく己の眉が皺だらけになっていることに気付き、そしてその苛立ちにまた自己嫌悪が生まれてしまう。
「…すまない。やはり君とは育ってきた環境が違いすぎて、何かと驚かされてばかりだな、と」
「やっぱり鴨さんにとっては…折り紙なんて幼稚な遊びでしたか?」
不安を口にする祈莉に、努めて平静を装いつつ応える鴨太郎。胸の奥底で騒めくかつての劣等感と屈折した片割れへの憎しみが混ざり合い、彼は罪を告白するかのように呟く。
「そもそも遊びだとさえ思っていなかった、と言うのが正しいか…昔の僕ならば、君の折ったこの紙飛行機のような些細な歪みさえ許せなかったのだからね」
歪な形であろうと褒められる兄と、どれだけ完璧に近付けても見向きもされない自分。誰一人として鴨太郎という人間を見ようとしなかった過去の、彼女はその一切を知らない。
そして、それでいいと思っていた。祈莉に憐憫の念を込めた眼差しで見つめられることを、いつしか鴨太郎は他の何よりも恐れていた。
「手先はあんまり器用じゃなくて…お恥ずかしい限りです」
「責めるつもりはない。君にとってこれは楽しむことに重点を置いて作り上げたというだけで、たとえ不出来だったとしても立派な作品には違いないだろう」
「ありがとうございます、でも…一応これでも頑張って作ったつもりなんですよ?」
鴨太郎の皮肉めいた賞賛に、冗談交じりに不貞腐れてみせる祈莉。彼女なりに頑張って作ったのだと主張するが、とてもそうは見えない。罵倒を吐き捨てたくなるのを押し殺して、彼は。
「…努力だけは認める」
それだけ告げ、鴨太郎もまた祈莉と同じく紙飛行機を折り始める。寸分の狂いもなく手早く折ってみせて、その手際の良さに祈莉が感嘆の声を上げた。
「わ…すごい」
「久々だとやはりこの程度の出来にしかならないか」
「先生、どこがダメか全くわかりません」
素人目に見ても何が不満なのか全く理解出来ない精巧な紙飛行機を指して、彼は深く息を吐き出す。
すかさず祈莉が鴨太郎を寺子屋の師と見立てて挙手して質問を投げかけ、笑顔で彼がその小芝居に便乗してくれるのを待つ。
夜も遅いこの時間のはずなのに、その期待に充ちた眼差しが無性に眩しく思えた鴨太郎は、照れ臭そうに咳き込みながら、渋々彼女の道楽に付き合うのだった。
「この形だと…祈莉、君の折ったものと比べても僕のものは空気の抵抗を受けやすく距離が稼げない。飛ばしてみればわかるはずだ」
「そんなに違いますかね…?」
鴨太郎の教導を疑いつつも、祈莉は居間と玄関先を遮る戸を開けて紙飛行機を飛ばすのに充分な長さを確保して、それから二つの紙飛行機を手に取り、そっと空中に浮かべる。
結果は当然というべきか、鴨太郎の言った通り祈莉が作ったものがより遠くまで飛び、鴨太郎のものは上へ上へと飛んでしまい、最終的に彼女の手が届く近場で落ちてしまった。
「…おー、なるほど」
実際にこの目で見てようやく納得した祈莉が、うんうんと唸りながら紙飛行機を拾いに向かう。
軽快な足取りで進む彼女はどこか楽しそうで、その様子を背後から見る鴨太郎は、自らの胸中が揺らぐのを感じていた。
「鴨さん?」
両の手に一機ずつ紙飛行機を掴んで持って来る祈莉。険しい表情で自身を見つめる鴨太郎を案じ声をかけるが、彼はすぐには気付かずに無言で考え込む。
「…あぁ、すまない」
「大丈夫ですよ。それにしても…鴨さんの紙飛行機は飛ばしたあとも綺麗な形でいいですね」
持ち帰ってきた紙飛行機を見比べながら、祈莉は鴨太郎の作ったそれの頑丈さに微笑む。
一方で彼女のものはたった一度の飛行にもかかわらず不時着したらしく、先端が折れ曲がり完成時よりも更に形が崩れてしまっていた。
「恐らくは飛距離の都合だろう。ロクに飛んでいないのに壊れるはずがない」
「そうなんですか? 鴨さんが綺麗に折ったからだとばかり」
徹底的なまでに自己否定する鴨太郎と、それに反するようにとことんまで褒めちぎる祈莉。苛立ちが募る彼の表情を見て、祈莉は。
「…よく飛ぶのだけが、いい紙飛行機ってわけじゃないと思うんです。鴨太郎さんが作ったこれだって、私にはすごく素敵なものに見えています」
改まって彼の名を愛称でなく正しく呼んで、反応を待つ。対する鴨太郎は、祈莉の考えを受け入れるには今はまだ時間が必要であるらしく、ハッキリと肯定はせず曖昧に頷くだけだった。
「そうかもしれないな」
鴨太郎が抱える深く根付いた怨恨を壊しきるには難く、それを察した彼女の表情にも曇りが見える。
だが、彼を笑顔にするという願いがすぐに叶わなくとも、祈莉はこれからも諦めるつもりは無かった。
何も知らぬからこそ、"妻"として、自分を選んでくれた"夫"をただ愛すのだと誓いながら、ゆっくりと彼に寄り添って。
「かもじゃなくて、そうなんです。だから、もっと素直に喜んでいいんですよ」
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