ぎんたま
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「すみません、ドジやらかしちゃいました」
悪名高い攘夷志士とされる男、桂小太郎。情けない話なのだけれど、私は仕事の帰り道に、真選組から逃亡する彼の引き起こした事故に巻き込まれてしまった。
幸いにも重傷には至らず、はっきりとわかりやすく怪我をしたと言えるのは右手だけで、他は多少の擦過傷のみで済んだのだった。
一応の検査も込みで入院こそしたものの、今晩中にも退院出来るんじゃないかと思いたくなるくらいには、私は驚くほど元気だった。
「全く桂め、無害な民間人である祈莉をこんな目に遭わせるたぁふてェ野郎だ! なぁ総悟、お前もそう思うだろ?」
「…そうすね」
上手く動かすことの出来なくなった私の右手を取り、近藤さんは憤慨して総悟くんに同意を求める。
その横で、何かを察知しているらしい総悟くんの答えは生返事で、怒るでもなく悲しむでもなく、じっと窓の外を見つめていた。
「とりあえず、祈莉ネェさんは新見の兄さんが来るまで俺が見てまさァ。近藤さんは仕事に戻ってくだせェ」
総悟くんが、こちらを僅かに一瞥する。おそらく、近藤さんに外してもらったあとに何か話したいことがあるのだろう。
私はその合図に小さく頷いて、厄介払いと言うには聞こえが悪いけれど、とにかく近藤さんに一礼して。
「近藤さん、あの…お見舞いありがとうございました! お仕事邪魔しちゃってすみません、私はもう大丈夫ですから」
「あぁ…何も出来なくてすまんな祈莉。総悟、あとは頼んだぞ」
幸運にも、近藤さんは普段のように食い下がることなく、総悟くんに任せることを決めて病室を去る。
後悔を露わにする彼の背中を見送った後、私の隣で見舞い人用に設えられた椅子に堂々と座る総悟くんが、徐にこちらを向いて一言呟く。
「祈莉ネェさん、その傷は…桂の爆弾に巻き込まれて負った傷じゃなく、ヤローが俺ら真選組の砲撃からネェさんを庇いきれなかったせいで負ったものなんじゃねーんですかィ」
厳重すぎるほどに包帯を巻かれた右手を指して告げる。それを見る瞳は、やはり何を思うか計り知れず、けれどそれでも私は素直に頷くことは出来なかった。
「どうしてそう思ったの?」
「通りすがりに爆発に巻き込まれたにしちゃあ怪我が軽すぎまさァ。つまり弾が爆ぜた瞬間、とっさに誰かが守ったとしか思えねェ」
まるで自分も現場にいたかのような、的確な推理であっという間に真実を解き明かしてしまう。
ただ、それが全容ではない。たった数秒間の出来事の中にも、もう少し知られざる秘密というものがあった。
「…流石は総悟くん。でも庇ってもらったというのは結果論だよ。たまたま騒動に気付かずに、私が彼に話しかけようとしたから、関係ない私を巻き込まないために身を呈してくれた…そんなところだと思う」
「昔からネェさんは嘘が下手でいけねェや、なんだってあんな大罪人に話しかけようなんて思ったんだ」
「う、それは…」
睨むような視線が突き刺さる。言っても言わなくても結果は変わらないであろう恐怖に震えつつ、私は勇気を振り絞って答える。
「その…桂さん、髪が短くなってて…山崎さんだと思って間違えちゃった」
一分程だろうか、私も総悟くんも黙ったまま動かなかった。おそらくはあまりにもアホくさい理由で、理解が追いつかなかったんだと思う。
自我を取り戻した総悟くんは徐に携帯電話を取り出して、ここが病院であることも構わず通話をし始めるのだった。
「おい山崎ィ今すぐ大江戸病院まで来い、てめーも病院のベッド に送ってやらァ」
「わーっ待って待って、山崎さんは悪くないからやめてあげて!」
とばっちりも良いところな暴挙を慌てて制止して、ポーカーフェイスを保ちながらも密かに本気で怒っているらしい彼を落ち着かせる。
「後ろ姿だけだと本当にそっくりだったんだからね。総悟くんも一瞬見ただけだったらきっと間違えるよ」
「…どーだか。山崎と桂のヤローじゃ身長差が結構あるはずですぜ、山崎の奴なんて確か俺より小せェし」
「そ、そうだっけ…? でも格好もオフの日の山崎さんに似てたし、少なくとも私が勘違いするくらいだからやっぱり身長もあんまり変わらないんじゃないかと思うけど」
半信半疑な様子の総悟くんに、私はいかに彼らの姿が似通っていたかを力説する。
変装が得意だとか隠密が得意だとか、そういう次元では説明しきれないくらいには瓜二つだったのだけれども。
「いや、んなこたァどーでもいいか…それよりもネェさん、利き手が使えねーんじゃ何かと不便でしょ」
「あー…うん。そう、だね」
返答に迷いつつも、渋々同意する。確かに右手が不自由なことは生活にも多少なりとも支障が出るのは間違いないので、申し出自体は非常に嬉しい。
けれどもそれ以上に、彼の思考が見えてしまって、素直に喜ぶことが出来ず遠慮して彼を椅子から立たせようとしてしまう私がいた。
「でも大丈夫だよ、左手はなんともないし。それに総悟くんもそろそろ仕事に戻らないとでしょ」
わざとらしく、ヒラヒラと左手を振ってみせる。どうせ私を看病するという口実の元に、自分のするべき仕事をすっぽかす腹積もりなのだろうと思うと、とても世話を頼む気にはなれなかった。
「チッ、バレちまいやしたか」
「はぁ…何年経ってもそれだけは変わらないんだから」
武州で道場に通っていた頃から、彼は何かと理由をつけてはサボったり、真面目な振りをしつつ手を抜いたりしていたのを思い出す。
それでも剣の腕前だけは超一流で、誰にも文句を言わせない実力を確かに持っているから尚のこと厄介なのだとも。
「…まぁでも、その方が総悟くんらしいかな」
途端に何もかもが懐かしく思えて、どこか感慨深い気持ちになる。何年経とうとも変わることのない彼のその茶目っ気が、私はどうしても憎めなかった。
「ひでーモンだ、俺が常日頃から真面目に働いてないと?」
「えっ、違うの?」
「たりめーでィ。これでも江戸の平和守るために寝る間も惜しんで働いてるんですぜ」
本当だろうかと疑いたくなるようなことを嘯く総悟くん。とはいえ、その業務を遮らせてまで話し続けている私には反論する権利なんて持ち合わせていないのだけども。
「…ま、今日のノルマはとっくに終わってるし、大丈夫でさァ。それに、近藤さんも『あとは頼んだぞ』って言ってくれやしたし」
「言われてみればそうだった、近藤さんのお墨付きじゃ文句は言えないや」
総悟くんの言葉に、私はたかだか十分そこらのことも忘れていたことを思い出す。
真選組の局長であり、人生におけるたった一人の師とも言える近藤さんの頼みならば、総悟くんはたとえ私が拒絶してもここに居続けるだろう。
そう考えてみると、無理をして気を張る必要なんてないのだと気付き、私の肩から急激に力が抜けていくのを感じる。
「総悟くん。今日はありがとね」
改めて感謝を口にした途端に、なんだか急に恥ずかしさが増していく。身長を追い抜かれる前から知っているはずの顔を、いつの間にか直視出来なくなっていた。
それを察知してか、あるいはいつの頃からか芽生えたよくわからない加虐心を燻らせているのか、私の言葉に対して総悟くんも何も言わずにいる。
病院の個室にはこれ以上ない程に相応しい静寂が無性に苦しくて、別の病気が発症してしまいそうだった。
「…ぐう」
「って、寝ちゃってるし」
間の抜けた寝息に、私は自分一人で舞い上がってしまっていたことに気付き思わず吹き出す。病気ではないにしろ、弱っているときは変なことを考えさせてよくない。
器用に眠る総悟くんを暫し見た後、私も眠気が増してきたのを合図にゆっくりと布団へ潜り込む。
あの姿勢が崩れて椅子から落ちやしないかだけが少し不安だけれども、惰眠を貪るプロの彼なら大丈夫だと信じてそのまま寝かせることにする。
私の抱いた淡い想いは、きっと一時の気の迷いだろうと無理矢理に意識を鎮める。総悟くんは大事な幼なじみで、それ以上でもそれ以下でもないはずなのだから。
「おやすみ、総悟くん…」
悪名高い攘夷志士とされる男、桂小太郎。情けない話なのだけれど、私は仕事の帰り道に、真選組から逃亡する彼の引き起こした事故に巻き込まれてしまった。
幸いにも重傷には至らず、はっきりとわかりやすく怪我をしたと言えるのは右手だけで、他は多少の擦過傷のみで済んだのだった。
一応の検査も込みで入院こそしたものの、今晩中にも退院出来るんじゃないかと思いたくなるくらいには、私は驚くほど元気だった。
「全く桂め、無害な民間人である祈莉をこんな目に遭わせるたぁふてェ野郎だ! なぁ総悟、お前もそう思うだろ?」
「…そうすね」
上手く動かすことの出来なくなった私の右手を取り、近藤さんは憤慨して総悟くんに同意を求める。
その横で、何かを察知しているらしい総悟くんの答えは生返事で、怒るでもなく悲しむでもなく、じっと窓の外を見つめていた。
「とりあえず、祈莉ネェさんは新見の兄さんが来るまで俺が見てまさァ。近藤さんは仕事に戻ってくだせェ」
総悟くんが、こちらを僅かに一瞥する。おそらく、近藤さんに外してもらったあとに何か話したいことがあるのだろう。
私はその合図に小さく頷いて、厄介払いと言うには聞こえが悪いけれど、とにかく近藤さんに一礼して。
「近藤さん、あの…お見舞いありがとうございました! お仕事邪魔しちゃってすみません、私はもう大丈夫ですから」
「あぁ…何も出来なくてすまんな祈莉。総悟、あとは頼んだぞ」
幸運にも、近藤さんは普段のように食い下がることなく、総悟くんに任せることを決めて病室を去る。
後悔を露わにする彼の背中を見送った後、私の隣で見舞い人用に設えられた椅子に堂々と座る総悟くんが、徐にこちらを向いて一言呟く。
「祈莉ネェさん、その傷は…桂の爆弾に巻き込まれて負った傷じゃなく、ヤローが俺ら真選組の砲撃からネェさんを庇いきれなかったせいで負ったものなんじゃねーんですかィ」
厳重すぎるほどに包帯を巻かれた右手を指して告げる。それを見る瞳は、やはり何を思うか計り知れず、けれどそれでも私は素直に頷くことは出来なかった。
「どうしてそう思ったの?」
「通りすがりに爆発に巻き込まれたにしちゃあ怪我が軽すぎまさァ。つまり弾が爆ぜた瞬間、とっさに誰かが守ったとしか思えねェ」
まるで自分も現場にいたかのような、的確な推理であっという間に真実を解き明かしてしまう。
ただ、それが全容ではない。たった数秒間の出来事の中にも、もう少し知られざる秘密というものがあった。
「…流石は総悟くん。でも庇ってもらったというのは結果論だよ。たまたま騒動に気付かずに、私が彼に話しかけようとしたから、関係ない私を巻き込まないために身を呈してくれた…そんなところだと思う」
「昔からネェさんは嘘が下手でいけねェや、なんだってあんな大罪人に話しかけようなんて思ったんだ」
「う、それは…」
睨むような視線が突き刺さる。言っても言わなくても結果は変わらないであろう恐怖に震えつつ、私は勇気を振り絞って答える。
「その…桂さん、髪が短くなってて…山崎さんだと思って間違えちゃった」
一分程だろうか、私も総悟くんも黙ったまま動かなかった。おそらくはあまりにもアホくさい理由で、理解が追いつかなかったんだと思う。
自我を取り戻した総悟くんは徐に携帯電話を取り出して、ここが病院であることも構わず通話をし始めるのだった。
「おい山崎ィ今すぐ大江戸病院まで来い、てめーも
「わーっ待って待って、山崎さんは悪くないからやめてあげて!」
とばっちりも良いところな暴挙を慌てて制止して、ポーカーフェイスを保ちながらも密かに本気で怒っているらしい彼を落ち着かせる。
「後ろ姿だけだと本当にそっくりだったんだからね。総悟くんも一瞬見ただけだったらきっと間違えるよ」
「…どーだか。山崎と桂のヤローじゃ身長差が結構あるはずですぜ、山崎の奴なんて確か俺より小せェし」
「そ、そうだっけ…? でも格好もオフの日の山崎さんに似てたし、少なくとも私が勘違いするくらいだからやっぱり身長もあんまり変わらないんじゃないかと思うけど」
半信半疑な様子の総悟くんに、私はいかに彼らの姿が似通っていたかを力説する。
変装が得意だとか隠密が得意だとか、そういう次元では説明しきれないくらいには瓜二つだったのだけれども。
「いや、んなこたァどーでもいいか…それよりもネェさん、利き手が使えねーんじゃ何かと不便でしょ」
「あー…うん。そう、だね」
返答に迷いつつも、渋々同意する。確かに右手が不自由なことは生活にも多少なりとも支障が出るのは間違いないので、申し出自体は非常に嬉しい。
けれどもそれ以上に、彼の思考が見えてしまって、素直に喜ぶことが出来ず遠慮して彼を椅子から立たせようとしてしまう私がいた。
「でも大丈夫だよ、左手はなんともないし。それに総悟くんもそろそろ仕事に戻らないとでしょ」
わざとらしく、ヒラヒラと左手を振ってみせる。どうせ私を看病するという口実の元に、自分のするべき仕事をすっぽかす腹積もりなのだろうと思うと、とても世話を頼む気にはなれなかった。
「チッ、バレちまいやしたか」
「はぁ…何年経ってもそれだけは変わらないんだから」
武州で道場に通っていた頃から、彼は何かと理由をつけてはサボったり、真面目な振りをしつつ手を抜いたりしていたのを思い出す。
それでも剣の腕前だけは超一流で、誰にも文句を言わせない実力を確かに持っているから尚のこと厄介なのだとも。
「…まぁでも、その方が総悟くんらしいかな」
途端に何もかもが懐かしく思えて、どこか感慨深い気持ちになる。何年経とうとも変わることのない彼のその茶目っ気が、私はどうしても憎めなかった。
「ひでーモンだ、俺が常日頃から真面目に働いてないと?」
「えっ、違うの?」
「たりめーでィ。これでも江戸の平和守るために寝る間も惜しんで働いてるんですぜ」
本当だろうかと疑いたくなるようなことを嘯く総悟くん。とはいえ、その業務を遮らせてまで話し続けている私には反論する権利なんて持ち合わせていないのだけども。
「…ま、今日のノルマはとっくに終わってるし、大丈夫でさァ。それに、近藤さんも『あとは頼んだぞ』って言ってくれやしたし」
「言われてみればそうだった、近藤さんのお墨付きじゃ文句は言えないや」
総悟くんの言葉に、私はたかだか十分そこらのことも忘れていたことを思い出す。
真選組の局長であり、人生におけるたった一人の師とも言える近藤さんの頼みならば、総悟くんはたとえ私が拒絶してもここに居続けるだろう。
そう考えてみると、無理をして気を張る必要なんてないのだと気付き、私の肩から急激に力が抜けていくのを感じる。
「総悟くん。今日はありがとね」
改めて感謝を口にした途端に、なんだか急に恥ずかしさが増していく。身長を追い抜かれる前から知っているはずの顔を、いつの間にか直視出来なくなっていた。
それを察知してか、あるいはいつの頃からか芽生えたよくわからない加虐心を燻らせているのか、私の言葉に対して総悟くんも何も言わずにいる。
病院の個室にはこれ以上ない程に相応しい静寂が無性に苦しくて、別の病気が発症してしまいそうだった。
「…ぐう」
「って、寝ちゃってるし」
間の抜けた寝息に、私は自分一人で舞い上がってしまっていたことに気付き思わず吹き出す。病気ではないにしろ、弱っているときは変なことを考えさせてよくない。
器用に眠る総悟くんを暫し見た後、私も眠気が増してきたのを合図にゆっくりと布団へ潜り込む。
あの姿勢が崩れて椅子から落ちやしないかだけが少し不安だけれども、惰眠を貪るプロの彼なら大丈夫だと信じてそのまま寝かせることにする。
私の抱いた淡い想いは、きっと一時の気の迷いだろうと無理矢理に意識を鎮める。総悟くんは大事な幼なじみで、それ以上でもそれ以下でもないはずなのだから。
「おやすみ、総悟くん…」
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