ぎんたま
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「あっ、銀さんらぁ〜。ここで会うのは久しぶりですねぇ」
ふらりと立ち寄った居酒屋で、銀時は唐突に一人の女性に微笑みかけられる。気さくに声を掛けてきた彼女の名は新見祈莉。
主に真選組の面々と親しいはずの彼女だが、銀時に対しては初対面の頃から一切嫌悪することなく親しげに接してくる相手だった。
そんな彼女との意外な場所での邂逅に、銀時は何を言われるわけでもないのに僅かに身構えてしまう。酒を飲んでいる状態の彼女が自分に危害を加えたことなど、ただの一度もなかった筈なのに。
「お、おぅ…珍しくだいぶ酔ってんな」
「そうなんですよお、そんなに沢山飲んだわけじゃないんだけどなぁ」
「ホントかよ…」
呂律の安定しない様子にたじろぐ銀時に、ほろ酔いで陽気な祈莉が明らかに嘘としか思えない謙遜を吐く。
独白にも近い疑問符を居酒屋の主人に投げて一瞥すると、主人は銀時の想像通りに首を横に大きく振ってみせた。
「だろーな。けど祈莉ちゃんよォ、なんだってそんなになるまで飲んだんだ?」
「うーん、なんででしょう」
質問に質問で返され、まだ席に着いたばかりで素面の銀時は酔っ払いの戯言に苛立ちが募っていく。
だがそんな程度の低い呆けた状態の相手に合わせてしまうのはプライドが許さず、着席と共に運ばれてきたパフェを肘をついて食しながら静かに彼女の言葉が続くのを待った。
「なんか、色々頭でごちゃごちゃしてたんですけど…お酒飲んだせいで、余計わからなくなっちゃいました」
頭を抱え、深い溜息を零す祈莉。結局銀時には彼女の悩みが何なのかはひとつも伝わって来ず、その不安定さに思わず銀時は彼女の馴染みである真選組の面々の心情を慮って。
「おいおい大丈夫か…あんま無理してっとまた真選組 が心配すんぞ」
「えー、銀さんは心配してくれないんですかぁ?」
平時であれば素直に同意して気を引き締めるはずの彼女とは全く異なる、あまりにも魅惑的で妖艶な瞳が男を見つめていた。
酔いがそうさせるのだろう無自覚な誘惑から、咄嗟に視線を逸らしどう答えるべきか考えあぐねる。
「…」
迷惑を被るくらいならと突き放そうとして、祈莉を安易に傷つける訳にも行かず押し黙る。
いくら酔いが回っているとはいえ、彼女が自分に対して信頼の感情を抱いていなければ決して出てこない言葉を前に、銀時はその好意を無下には出来ず、杯を煽ってアルコールで誤魔化すことに決めた。
「俺は別にお前の心配なんざしてねーよ。ただ何かあったらウチのガキ共が黙っちゃいねーだろうから…その、なんだ」
一気飲みした酒の勢いに任せて調子よく語り始めたものの、次第に恥ずかしさが勝ってしまい締まり悪く言い淀む銀時。
全く格好のつかない無様な醜態を見せて尚、祈莉はその裏に隠れた真意を感じ取れたようで嬉しそうに顔を綻ばせた。
「えへへ。やったぁ」
祈莉から自然と出る笑みに、釣られて銀時も胸の奥が熱くなる。酒のせいだけではない火照りを隠そうと、生温くなったパフェの残りを掻き込む。
「…ねえ銀さん。私にもそのパフェ、ひと口ください」
「もうねーよ。自分で頼め」
猫撫で声の要求には頑として頷かずに食べ尽くして、手で追い払うような動作をして否を突きつける。
祈莉自身も冗談だったようで特に悔しがる様子を見せることもなく、銀時の言う通り自ら主人を呼び甘味と追加の酒を注文した。
「ってお前まだ飲む気かよ…二日酔いでぶっ倒れても知らねーぞ」
「大丈夫ですよぉ、私ものすごーくお酒強いんで」
「それにしちゃさっきからグニャグニャじゃねーか」
テーブルに溶けてしまいそうなほどに緩んだ姿勢で告げる祈莉の言葉を全く信じられず、銀時は彼女へと運ばれてきた酒瓶を横から取り上げる。
「あっ! 銀さん何するんですかっ」
「これ以上はやめとけ、何かあってからじゃ遅いからな」
本心から身を案じる銀時の真剣な眼差しに、祈莉は虫の居所が悪くなったのか突っ伏して腕に頭を埋め、男から完全に顔を背けてしまう。
不貞腐れる祈莉に居た堪れなさを感じつつも、酒で酷い失敗をした過去を持つ身として深酒を阻止するのは自分の義務だと感じていた。
「…あのなあ、お前さっき俺が言ったこともう忘れたのか」
「それとこれとは違いますー、ちゃんと自制して飲んでるんで本当に大丈夫なんですっ」
「嘘こけバカタレ、ベロンベロンに酔ってる奴はみんなそう言うんだ。俺もよくやるからわかるんだよ」
酔っ払いの『大丈夫』という言葉ほど当てにならないものはないという自覚がある銀時が、祈莉の自負は悪い酒飲みのやり口と同じだと咎める。
「うぅっ…そう言われると急に罪悪感が」
「だろ? だからコレは代わりに俺が飲んでやっから」
埋めていた顔を出し腕に顎を載せて、祈莉は己の愚かさを恥じる。アルコールによって昂揚し真っ赤に染まった頬は、今度は羞恥によって赤らんでいく。
普段は哀しい過去を乗り越え溌剌と振る舞う彼女をそこまで泥酔させる程の出来事が銀時には全く想像出来なかったが、考えたくないと思わせる事象を無理に問い正すのも憚られ、彼はそれ以上何も聞くことなく祈莉から奪った酒を呷る。
「…けどま、どっかの太夫みてーに酔って暴れ出さないだけまだアンタはマシな方なのかもな」
吉原の自警団である百華の頂点に立つ女性でありながら、非常に酒に弱い一面を持つ死神太夫こと月詠を思い起こす銀時。
彼女が酒乱によって万事屋一行を散々な目に遭わせた記憶が蘇り、そのトラウマによる寒気から彼は身を震わせ、横にいる娘が月詠と違い暴行を加えてこないことに喜びを噛み締めた。
「あれ、月詠さんってお酒ダメなんですか?」
「そ。ああ見えて酒癖の悪さはお妙やお前の比じゃねェからな」
「えっと…お妙さん以上ってなると相当ですよねソレ」
酔い覚ましの冷水を口にしながら、意外そうな目で祈莉が月詠の酒癖の悪さについて真偽を問う。
それに対し、これまた勤務中に酒を嗜む仕事に就いているにも拘らず酒癖の悪い女子である志村妙の名を出し納得させる。
彼女の絡み酒には真選組の面々が幾度となく憂き目に遭っていることをよく知る祈莉は、それを遥かに超えるという月詠の酒乱ぶりに落胆を隠せなかった。
「…でも、そうでもなきゃ百華のお頭なんて務まらないんでしょうね。人の上に立つ方として、誰よりも強くなきゃいけないわけですから」
「流石にあの局長 を側で長年見てきてるだけあって褒めるねェ。本人が聞いたら照れ隠しに俺が刺されそうだ」
月詠の欠点としか言えないような面にも、理由があるからだと認めそれを正面から肯定する祈莉。
しかしその賞賛を耳にして尚、彼女の軽口を叩くのを止めない銀時に、どこか嫉妬心のようなものが芽生えるのを感じ挑発的に語って見せた。
「なんだか銀さん、月詠さんのこと話すとき凄く楽しそう」
「そりゃ気のせいだろ。別にいつもと変わらねーよ」
敢えて祈莉の挑発には乗らなかったのか、それともそれが彼の本心なのか判別のつかない返答。
彼が内に秘める想いを引き出そうとする言葉を巧みに躱すのは、誰も傷つけない為だろうと察した祈莉はそれ以上は何も言えなかった。
「っつーか、そーゆーお前さんだって土方 と沖田 とじゃ話す時のテンション全然違ェーからな? わかってんのか?」
僅かな沈黙を反撃のチャンスと捉えた銀時が、ここぞとばかりに祈莉を捲し立てる。すると彼女は、予想だにしていなかったと言わんばかりに困惑した表情で頬を染めるのだった。
「え、そ…そうなんですか…」
「マジかよ気付いてなかったの?! っかァー…若いっていいねェ」
まるで現役を退いた老人のような若さの欠片も無い反応で、男は実際には殆ど年の差などないはずの眼前の娘の純粋無垢な心を羨んでみせる。
自分自身が爛れている自覚があるせいか、祈莉が幼馴染の少年へ抱く想いが銀時にはどうしようもなく眩しく見えていた。
しかしその声音の差を認識出来ていなかった彼女は恋慕から生まれる幸福より困惑の想いがより強かったようで、眉を下げて愛想笑いを零すのみだった。
「でも、総悟くんには総悟くんの選んだ人と結ばれて欲しいですし」
あの少年がどう感じているかはともあれ、彼の持つ嗜虐性を受け止めきれる相手など祈莉の他には居ない、そう強く感じる銀時。
だがそれを告げるよりも早く、彼女の深奥に秘められていた悲愴が露になる。浴びるほどに酒を呑んでも、どれだけ長い月日を経ようとも、決して忘れることの出来ない深い哀傷が。
「それに、私に総悟くんと一緒になって幸せになる資格なんて…あるんでしょうか」
直接的に言及することこそなかったものの、彼女は自分が原因の一端となった過去の事件の数々による自己嫌悪が今も尾を引いているのが見て取れた。
どれもが祈莉本人には何の罪もない、彼女を取り巻く人間の悪意が巻き起こしたもののはずだったが、それ故に彼女にとってはどんなに濯いでも落とせない穢れと化していた。
「さぁな。んなモン俺がわかるわけねーだろ」
「ふふっ…銀さんらしい返しですね」
是も否もない、清濁を綯い交ぜに突き放した言葉。非難を待つ祈莉の願いを決して叶えることなく、しかし安易に聞こえのいい言葉で慰めるようなこともなく。
「でも、おかげで少しだけ元気出ました。ありがとう銀さん」
蓄積していた不安や苛立ちが幾分か解消されたのか、祈莉は謙遜気味な言葉とは裏腹に晴れ晴れとした表情で銀時に謝辞を述べる。
それを見た銀時は氷が溶け味の薄くなった酒杯をカラコロと音を立てて揺らしながら、彼女が普段の明るさを取り戻したことを喜ぶ。
「そりゃ良かった。女は笑ってる方が魅力的だからな」
「…へぇ、いつもそうやって女の人を口説いてるんですか?」
銀時の何気ない言い回しに興味津々で身を乗り出す祈莉。いつの間にか彼女も再び酒が入っており、そのせいか厭に積極的になっているようだった。
「だったらどーするよ」
ぶっきらぼうに言い放つが、その挑発的な態度すらも彼女にとっては甘い囁きに変換されたらしく本気になって考え込む。
予想外に満更でもない素振りを見せる祈莉に慌てて本気でないと弁明すると、彼女は一瞬だけ目を見開いて、そして何事もなかったかのように肩を竦めて笑った。
「うーん。そうですねぇ…」
「え、あぁいや…冗談のつもりだったんだが。もしかして本気にしちまった?」
「…いえいえ、わかってますよ。お互いお酒入ってて、どこまで本気か全く当てになりませんもんねー」
気に留めていないと言わんばかりに同意を求める祈莉だが、泥酔した彼女の視線の先にあるのは白髪の侍ではなく。
「…あのー、それパフェのグラスなんだけど。俺はこっち」
酩酊により人と器物の区別すら出来なくなった朧な視界を正すように、自らの顔に指を差し示す銀時。
初めは男と食器を違えていることすら気付いてなかった祈莉が不思議そうに首を傾げるが、次第に正常な判断が出来るようになるにつれ彼女の表情が慌ただしく変貌していく。
「うぅ、お恥ずかしい限りです…すみません銀さん」
「別に間違われたことはどーでもいいんだけどよォ、そんなんで家帰れんのか?」
「かっ帰れます。大丈夫ですっ」
銀時の指摘に反発するように、徐に椅子から立ち上がって心配無用だと意気込む祈莉。
気合十分の凛とした表情と共に力強く握り拳を握って見せる上半身に対し、その身体を支える両の足は吹けば折れそうな程に弱々しく震えていた。
「いやどー見ても足ガクガクじゃねェーかソレ」
「やっぱり銀さんもそう思います?」
立ち上がりこそしたものの、その次の一歩が踏み出せる気がしない祈莉が苦笑を零して項垂れる。
それでも閉店時間を過ぎて店を追い出される前にどうにか会計を済ませ自らの退路を断つ姿を、男は見るに耐えず追いかけた。
「ほら、手ェ出せ。今回だけだぞ」
足取りの覚束ない娘を先導すべく、手を差し伸べる銀時。仄かに染まった頬はアルコールによる火照りか、それとも。
「…へへ。じゃあ、お言葉に甘えて」
はにかんだ笑みで恥じらいながらも、祈莉は一切遠慮することなく銀時の手を掴みそのまま腕にしがみつく。
慣れない片側だけの重みから伝わる温もりに自身も体温が上がるのを感じ、男は内に芽生えたその邪念を打ち払うべく月並みな言葉で娘を詰った。
「ったく…しょうがねー奴だな」
「うっ、返す言葉もないです…」
「自覚があるならもうちょっとしっかり歩いてくんない? 俺までまっすぐ歩けなくなりそうなんだけど」
祈莉が掛ける重心の傾きによって足取りが曲がりくねっていき、揃って千鳥足になる二人。
その重みに負けて倒れそうになる度に、銀時は祈莉を支えているのとは逆側の足を踏み締めて力を込め平衡状態に収めるが、それにも限界が近かった。
「あ、じゃあ銀さんおぶってくださいよ。そしたら少なくとも、重心が片方に偏って転びそうになることもないですし。ねっ」
名案とばかりに意気揚々と笑んで、普段は遠慮がちで奥ゆかしい印象が強い彼女にしては珍しく図々しい態度でそう告げる。
尤も祈莉の提案は腕から血の気が引きつつある今の銀時には渡りに舟の非常に理に適った申し出であり、断る理由はどこにもなく。
「わ、本当にいいんですか?」
「オメーが言い出したんだろォォ! ホラ、早くしねーと置いてくぞ」
ハイテンションで喜ぶ割にすぐには飛びついて来ない祈莉に、中背に身体への負荷と共に苛立ちが募る銀時が彼女に負けじと叫び返して背中に来るよう急かす。
「…よっ、と」
「なんだ思ったよか重てぇな…安請け合いすんじゃなかったぜ」
小柄な体躯から想起されるよりもずっしりとした重みに、デリカシーの欠片もない愚痴を零す銀時。
祈莉は同意を示すように笑ってみせるが内心ではやはり女性として深く傷ついたらしく、無防備な銀時の首に腕を搦めて今にも締めようと力を込める。
「えぇまあ、仕事柄…多少なりとも鍛えられてますから。ねえ、銀さん?」
「サーセン」
彼女の逆鱗に触れたことを悟り、すかさず非を詫びてどうにか事なきを得る。背中から伝わる緊張感は消え、男は安堵の息を零した。
尤もここで銀時を気絶させたが最後、祈莉自身も安全に帰る手立てを失う以上、彼女が本気で彼に危害を加えるような未来は万に一つもなかったのだが。
「けどよォ、鍛えられてるって言い張るにしちゃあ今度は軽すぎるような…」
少しだけ祈莉の方へ首を振り向かせて、否定ともつかぬ疑問を投げ掛ける。しかし彼女は一向に彼の声に応えることはなく。
「すぅ、すぅ…むにゃむにゃ」
「…って寝てやがんのかよ。ま、あんだけ飲んで騒いだら仕方ねえか」
電池の切れた玩具のように深い眠りにつき、銀時の背中で小気味よく寝息を立てる祈莉。
唯一の話し相手を失った男は、かぶき町では珍しく厭に明るい満点の星々が輝く夜空を見上げ、誰に向けるでもなく独り言ちる。
「変に気負わないで済むこういう関係も…案外、悪くねーモンだな」
ふらりと立ち寄った居酒屋で、銀時は唐突に一人の女性に微笑みかけられる。気さくに声を掛けてきた彼女の名は新見祈莉。
主に真選組の面々と親しいはずの彼女だが、銀時に対しては初対面の頃から一切嫌悪することなく親しげに接してくる相手だった。
そんな彼女との意外な場所での邂逅に、銀時は何を言われるわけでもないのに僅かに身構えてしまう。酒を飲んでいる状態の彼女が自分に危害を加えたことなど、ただの一度もなかった筈なのに。
「お、おぅ…珍しくだいぶ酔ってんな」
「そうなんですよお、そんなに沢山飲んだわけじゃないんだけどなぁ」
「ホントかよ…」
呂律の安定しない様子にたじろぐ銀時に、ほろ酔いで陽気な祈莉が明らかに嘘としか思えない謙遜を吐く。
独白にも近い疑問符を居酒屋の主人に投げて一瞥すると、主人は銀時の想像通りに首を横に大きく振ってみせた。
「だろーな。けど祈莉ちゃんよォ、なんだってそんなになるまで飲んだんだ?」
「うーん、なんででしょう」
質問に質問で返され、まだ席に着いたばかりで素面の銀時は酔っ払いの戯言に苛立ちが募っていく。
だがそんな程度の低い呆けた状態の相手に合わせてしまうのはプライドが許さず、着席と共に運ばれてきたパフェを肘をついて食しながら静かに彼女の言葉が続くのを待った。
「なんか、色々頭でごちゃごちゃしてたんですけど…お酒飲んだせいで、余計わからなくなっちゃいました」
頭を抱え、深い溜息を零す祈莉。結局銀時には彼女の悩みが何なのかはひとつも伝わって来ず、その不安定さに思わず銀時は彼女の馴染みである真選組の面々の心情を慮って。
「おいおい大丈夫か…あんま無理してっとまた
「えー、銀さんは心配してくれないんですかぁ?」
平時であれば素直に同意して気を引き締めるはずの彼女とは全く異なる、あまりにも魅惑的で妖艶な瞳が男を見つめていた。
酔いがそうさせるのだろう無自覚な誘惑から、咄嗟に視線を逸らしどう答えるべきか考えあぐねる。
「…」
迷惑を被るくらいならと突き放そうとして、祈莉を安易に傷つける訳にも行かず押し黙る。
いくら酔いが回っているとはいえ、彼女が自分に対して信頼の感情を抱いていなければ決して出てこない言葉を前に、銀時はその好意を無下には出来ず、杯を煽ってアルコールで誤魔化すことに決めた。
「俺は別にお前の心配なんざしてねーよ。ただ何かあったらウチのガキ共が黙っちゃいねーだろうから…その、なんだ」
一気飲みした酒の勢いに任せて調子よく語り始めたものの、次第に恥ずかしさが勝ってしまい締まり悪く言い淀む銀時。
全く格好のつかない無様な醜態を見せて尚、祈莉はその裏に隠れた真意を感じ取れたようで嬉しそうに顔を綻ばせた。
「えへへ。やったぁ」
祈莉から自然と出る笑みに、釣られて銀時も胸の奥が熱くなる。酒のせいだけではない火照りを隠そうと、生温くなったパフェの残りを掻き込む。
「…ねえ銀さん。私にもそのパフェ、ひと口ください」
「もうねーよ。自分で頼め」
猫撫で声の要求には頑として頷かずに食べ尽くして、手で追い払うような動作をして否を突きつける。
祈莉自身も冗談だったようで特に悔しがる様子を見せることもなく、銀時の言う通り自ら主人を呼び甘味と追加の酒を注文した。
「ってお前まだ飲む気かよ…二日酔いでぶっ倒れても知らねーぞ」
「大丈夫ですよぉ、私ものすごーくお酒強いんで」
「それにしちゃさっきからグニャグニャじゃねーか」
テーブルに溶けてしまいそうなほどに緩んだ姿勢で告げる祈莉の言葉を全く信じられず、銀時は彼女へと運ばれてきた酒瓶を横から取り上げる。
「あっ! 銀さん何するんですかっ」
「これ以上はやめとけ、何かあってからじゃ遅いからな」
本心から身を案じる銀時の真剣な眼差しに、祈莉は虫の居所が悪くなったのか突っ伏して腕に頭を埋め、男から完全に顔を背けてしまう。
不貞腐れる祈莉に居た堪れなさを感じつつも、酒で酷い失敗をした過去を持つ身として深酒を阻止するのは自分の義務だと感じていた。
「…あのなあ、お前さっき俺が言ったこともう忘れたのか」
「それとこれとは違いますー、ちゃんと自制して飲んでるんで本当に大丈夫なんですっ」
「嘘こけバカタレ、ベロンベロンに酔ってる奴はみんなそう言うんだ。俺もよくやるからわかるんだよ」
酔っ払いの『大丈夫』という言葉ほど当てにならないものはないという自覚がある銀時が、祈莉の自負は悪い酒飲みのやり口と同じだと咎める。
「うぅっ…そう言われると急に罪悪感が」
「だろ? だからコレは代わりに俺が飲んでやっから」
埋めていた顔を出し腕に顎を載せて、祈莉は己の愚かさを恥じる。アルコールによって昂揚し真っ赤に染まった頬は、今度は羞恥によって赤らんでいく。
普段は哀しい過去を乗り越え溌剌と振る舞う彼女をそこまで泥酔させる程の出来事が銀時には全く想像出来なかったが、考えたくないと思わせる事象を無理に問い正すのも憚られ、彼はそれ以上何も聞くことなく祈莉から奪った酒を呷る。
「…けどま、どっかの太夫みてーに酔って暴れ出さないだけまだアンタはマシな方なのかもな」
吉原の自警団である百華の頂点に立つ女性でありながら、非常に酒に弱い一面を持つ死神太夫こと月詠を思い起こす銀時。
彼女が酒乱によって万事屋一行を散々な目に遭わせた記憶が蘇り、そのトラウマによる寒気から彼は身を震わせ、横にいる娘が月詠と違い暴行を加えてこないことに喜びを噛み締めた。
「あれ、月詠さんってお酒ダメなんですか?」
「そ。ああ見えて酒癖の悪さはお妙やお前の比じゃねェからな」
「えっと…お妙さん以上ってなると相当ですよねソレ」
酔い覚ましの冷水を口にしながら、意外そうな目で祈莉が月詠の酒癖の悪さについて真偽を問う。
それに対し、これまた勤務中に酒を嗜む仕事に就いているにも拘らず酒癖の悪い女子である志村妙の名を出し納得させる。
彼女の絡み酒には真選組の面々が幾度となく憂き目に遭っていることをよく知る祈莉は、それを遥かに超えるという月詠の酒乱ぶりに落胆を隠せなかった。
「…でも、そうでもなきゃ百華のお頭なんて務まらないんでしょうね。人の上に立つ方として、誰よりも強くなきゃいけないわけですから」
「流石にあの
月詠の欠点としか言えないような面にも、理由があるからだと認めそれを正面から肯定する祈莉。
しかしその賞賛を耳にして尚、彼女の軽口を叩くのを止めない銀時に、どこか嫉妬心のようなものが芽生えるのを感じ挑発的に語って見せた。
「なんだか銀さん、月詠さんのこと話すとき凄く楽しそう」
「そりゃ気のせいだろ。別にいつもと変わらねーよ」
敢えて祈莉の挑発には乗らなかったのか、それともそれが彼の本心なのか判別のつかない返答。
彼が内に秘める想いを引き出そうとする言葉を巧みに躱すのは、誰も傷つけない為だろうと察した祈莉はそれ以上は何も言えなかった。
「っつーか、そーゆーお前さんだって
僅かな沈黙を反撃のチャンスと捉えた銀時が、ここぞとばかりに祈莉を捲し立てる。すると彼女は、予想だにしていなかったと言わんばかりに困惑した表情で頬を染めるのだった。
「え、そ…そうなんですか…」
「マジかよ気付いてなかったの?! っかァー…若いっていいねェ」
まるで現役を退いた老人のような若さの欠片も無い反応で、男は実際には殆ど年の差などないはずの眼前の娘の純粋無垢な心を羨んでみせる。
自分自身が爛れている自覚があるせいか、祈莉が幼馴染の少年へ抱く想いが銀時にはどうしようもなく眩しく見えていた。
しかしその声音の差を認識出来ていなかった彼女は恋慕から生まれる幸福より困惑の想いがより強かったようで、眉を下げて愛想笑いを零すのみだった。
「でも、総悟くんには総悟くんの選んだ人と結ばれて欲しいですし」
あの少年がどう感じているかはともあれ、彼の持つ嗜虐性を受け止めきれる相手など祈莉の他には居ない、そう強く感じる銀時。
だがそれを告げるよりも早く、彼女の深奥に秘められていた悲愴が露になる。浴びるほどに酒を呑んでも、どれだけ長い月日を経ようとも、決して忘れることの出来ない深い哀傷が。
「それに、私に総悟くんと一緒になって幸せになる資格なんて…あるんでしょうか」
直接的に言及することこそなかったものの、彼女は自分が原因の一端となった過去の事件の数々による自己嫌悪が今も尾を引いているのが見て取れた。
どれもが祈莉本人には何の罪もない、彼女を取り巻く人間の悪意が巻き起こしたもののはずだったが、それ故に彼女にとってはどんなに濯いでも落とせない穢れと化していた。
「さぁな。んなモン俺がわかるわけねーだろ」
「ふふっ…銀さんらしい返しですね」
是も否もない、清濁を綯い交ぜに突き放した言葉。非難を待つ祈莉の願いを決して叶えることなく、しかし安易に聞こえのいい言葉で慰めるようなこともなく。
「でも、おかげで少しだけ元気出ました。ありがとう銀さん」
蓄積していた不安や苛立ちが幾分か解消されたのか、祈莉は謙遜気味な言葉とは裏腹に晴れ晴れとした表情で銀時に謝辞を述べる。
それを見た銀時は氷が溶け味の薄くなった酒杯をカラコロと音を立てて揺らしながら、彼女が普段の明るさを取り戻したことを喜ぶ。
「そりゃ良かった。女は笑ってる方が魅力的だからな」
「…へぇ、いつもそうやって女の人を口説いてるんですか?」
銀時の何気ない言い回しに興味津々で身を乗り出す祈莉。いつの間にか彼女も再び酒が入っており、そのせいか厭に積極的になっているようだった。
「だったらどーするよ」
ぶっきらぼうに言い放つが、その挑発的な態度すらも彼女にとっては甘い囁きに変換されたらしく本気になって考え込む。
予想外に満更でもない素振りを見せる祈莉に慌てて本気でないと弁明すると、彼女は一瞬だけ目を見開いて、そして何事もなかったかのように肩を竦めて笑った。
「うーん。そうですねぇ…」
「え、あぁいや…冗談のつもりだったんだが。もしかして本気にしちまった?」
「…いえいえ、わかってますよ。お互いお酒入ってて、どこまで本気か全く当てになりませんもんねー」
気に留めていないと言わんばかりに同意を求める祈莉だが、泥酔した彼女の視線の先にあるのは白髪の侍ではなく。
「…あのー、それパフェのグラスなんだけど。俺はこっち」
酩酊により人と器物の区別すら出来なくなった朧な視界を正すように、自らの顔に指を差し示す銀時。
初めは男と食器を違えていることすら気付いてなかった祈莉が不思議そうに首を傾げるが、次第に正常な判断が出来るようになるにつれ彼女の表情が慌ただしく変貌していく。
「うぅ、お恥ずかしい限りです…すみません銀さん」
「別に間違われたことはどーでもいいんだけどよォ、そんなんで家帰れんのか?」
「かっ帰れます。大丈夫ですっ」
銀時の指摘に反発するように、徐に椅子から立ち上がって心配無用だと意気込む祈莉。
気合十分の凛とした表情と共に力強く握り拳を握って見せる上半身に対し、その身体を支える両の足は吹けば折れそうな程に弱々しく震えていた。
「いやどー見ても足ガクガクじゃねェーかソレ」
「やっぱり銀さんもそう思います?」
立ち上がりこそしたものの、その次の一歩が踏み出せる気がしない祈莉が苦笑を零して項垂れる。
それでも閉店時間を過ぎて店を追い出される前にどうにか会計を済ませ自らの退路を断つ姿を、男は見るに耐えず追いかけた。
「ほら、手ェ出せ。今回だけだぞ」
足取りの覚束ない娘を先導すべく、手を差し伸べる銀時。仄かに染まった頬はアルコールによる火照りか、それとも。
「…へへ。じゃあ、お言葉に甘えて」
はにかんだ笑みで恥じらいながらも、祈莉は一切遠慮することなく銀時の手を掴みそのまま腕にしがみつく。
慣れない片側だけの重みから伝わる温もりに自身も体温が上がるのを感じ、男は内に芽生えたその邪念を打ち払うべく月並みな言葉で娘を詰った。
「ったく…しょうがねー奴だな」
「うっ、返す言葉もないです…」
「自覚があるならもうちょっとしっかり歩いてくんない? 俺までまっすぐ歩けなくなりそうなんだけど」
祈莉が掛ける重心の傾きによって足取りが曲がりくねっていき、揃って千鳥足になる二人。
その重みに負けて倒れそうになる度に、銀時は祈莉を支えているのとは逆側の足を踏み締めて力を込め平衡状態に収めるが、それにも限界が近かった。
「あ、じゃあ銀さんおぶってくださいよ。そしたら少なくとも、重心が片方に偏って転びそうになることもないですし。ねっ」
名案とばかりに意気揚々と笑んで、普段は遠慮がちで奥ゆかしい印象が強い彼女にしては珍しく図々しい態度でそう告げる。
尤も祈莉の提案は腕から血の気が引きつつある今の銀時には渡りに舟の非常に理に適った申し出であり、断る理由はどこにもなく。
「わ、本当にいいんですか?」
「オメーが言い出したんだろォォ! ホラ、早くしねーと置いてくぞ」
ハイテンションで喜ぶ割にすぐには飛びついて来ない祈莉に、中背に身体への負荷と共に苛立ちが募る銀時が彼女に負けじと叫び返して背中に来るよう急かす。
「…よっ、と」
「なんだ思ったよか重てぇな…安請け合いすんじゃなかったぜ」
小柄な体躯から想起されるよりもずっしりとした重みに、デリカシーの欠片もない愚痴を零す銀時。
祈莉は同意を示すように笑ってみせるが内心ではやはり女性として深く傷ついたらしく、無防備な銀時の首に腕を搦めて今にも締めようと力を込める。
「えぇまあ、仕事柄…多少なりとも鍛えられてますから。ねえ、銀さん?」
「サーセン」
彼女の逆鱗に触れたことを悟り、すかさず非を詫びてどうにか事なきを得る。背中から伝わる緊張感は消え、男は安堵の息を零した。
尤もここで銀時を気絶させたが最後、祈莉自身も安全に帰る手立てを失う以上、彼女が本気で彼に危害を加えるような未来は万に一つもなかったのだが。
「けどよォ、鍛えられてるって言い張るにしちゃあ今度は軽すぎるような…」
少しだけ祈莉の方へ首を振り向かせて、否定ともつかぬ疑問を投げ掛ける。しかし彼女は一向に彼の声に応えることはなく。
「すぅ、すぅ…むにゃむにゃ」
「…って寝てやがんのかよ。ま、あんだけ飲んで騒いだら仕方ねえか」
電池の切れた玩具のように深い眠りにつき、銀時の背中で小気味よく寝息を立てる祈莉。
唯一の話し相手を失った男は、かぶき町では珍しく厭に明るい満点の星々が輝く夜空を見上げ、誰に向けるでもなく独り言ちる。
「変に気負わないで済むこういう関係も…案外、悪くねーモンだな」
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