ぎんたま
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「配達ですー…ってあれ、近藤さん?」
「おっ! ご苦労さん祈莉。いつも助かる、ここまで運ぶのは重かったろ?」
荷物を届けに来た祈莉を、偶然入口付近に居た勲が出迎える。図らずも局長直々の歓迎となった今回の仕事に少しだけ驚きを見せつつ、彼女は苦労を全く感じさせぬ笑みで返す。
「いえいえ、今日も大した量じゃないですから。最近は攘夷浪士の人たちも大人しくて平和でいいですね」
備品の減りが遅くなったことから察せられる状況に、一般人としての目線から見れば喜ばしいことだと彼女が語る。
その感想に勲は一旦は同意を見せるが、真選組の隊士達をまとめる長である身から感じる苦悩を零すのだった。
「だな。まあ暴れるのが好きな連中なんかはヒマだって嘆いてたりもするが」
「あぁ〜…なんとなく想像つきます」
故郷の武州に暮らしていた頃から血気盛んな男共と長年連れ添ってきた祈莉にとって、彼らが平和によって力を持て余す様を想像するのは容易く。
「あと、そのせいでとっつぁんが毎晩しつこくてなァ…お妙さんに合法的に会いに行けるのはいいが、財政状況考えるとキツイものがあるというか、単純に毎日呑むのもしんどくなってきたというか」
とっつぁん、と勲がそう呼称するのは真選組の更に上に立つ存在である警視庁総監、松平片栗虎のこと。
ただの野良犬の集まりに過ぎなかった男達を、真選組という狼に育て上げたと言っても過言ではない、局長の立場でさえ逆らえない恐ろしい存在でもあった。
「は、はは…松平のおじ様、相変わらずみたいですね」
「良くも悪くも変わらんなァあの人は。ああそういや、少し前に祈莉ともまた呑みてェって言ってたぞ」
「私? 次の日休みのときなら大丈夫ですけど…もうお兄は居ないのに、皆と混ざってもいいのかなあ」
真選組の総長を勤めていた兄を通じて互いに面識こそあれど、過去の事件によってその兄を失った今、接点らしい接点がないはずの片栗虎と祈莉。
そんな彼から直々に酒を酌み交わしたいと願われる理由があるのか、真選組の宴の席に混じってもいいのだろうかと彼女は思い悩む。
「そりゃ勿論。一識 の妹だからじゃなく…お前も大事な仲間だと皆思ってんだ。たまにゃ遠慮せずに来い」
「…もう、そんな風に言われたら断れないじゃないですか」
兄を通じてだけでない絆の糸が今も尚繋がっているのを感じ、祈莉は思わず瞳を潤ませ喜びを露わにする。
しかし今は雑談に花咲かせるほど緩やかな状況とはいえ勤務時間の真っ只中。歓喜の念はそこそこに、緩む頬を軽く叩いて意識を切り替える。
「よっ…と」
談笑の際に地に降ろしていた荷物を抱え、いつものように屯所に運び入れるべく足を踏み入れようとする祈莉。
しかし今日は勲がそれを制止し、暇を持て余した隊士を呼び付けて奪うように荷を受け取り運ばせるのだった。
「って、 近藤さん?」
「ヒマな奴らが多いからな。忙しいお前さんの手を煩わせるまでもないのさ」
「いえそんな、これが私の仕事ですし…」
気を遣わせてしまったかと慌てふためく祈莉だが、真選組の局長は意にも介さず豪快に笑んで、彼女が杞憂を抱く隙を与える間もなく話題を転換させる。
「んじゃ今日は空いた時間で別の仕事の話をするぞ。来月からまた隊士が増えるんでな、新入り共を迎える準備をせねばならんだろう?」
半ば強引に祈莉を客間に押し込み、屯所に偶然置いてあったとはとても思えない豪華な菓子折りを差し出す勲。
あまりに用意周到な様に驚き言葉もなくなった彼女を、彼はどこか満足げに見つめていた。
「…あの、これは一体」
「一応さっき伝えた今度の入隊準備に向けてお前さんに世話になるためにって、トシが用意してくれたモンだ」
旧知の仲であれど、共に剣を振るうだけが正解ではないと感じた祈莉が独自に見出した道、それが運び屋という職である。
真選組の職務に用いる武器や隊服、果ては屯所での生活までその全てを支える基盤となる仕事を請け負うのは、あくまで形式上は個人ではなく企業であり、当然金銭を含めた多くのしがらみが付いてくる。
彼女が真選組の隊士達の為に東奔西走することを厭わなくとも、無償での仕事は道理が通らない、それを彼女の兄 から叩き込まれた勲と十四郎だからこその菓子折りだった。
「…こんな回りくどいことしなくても、普通に今まで通り請けますよ」
「おう、いつもすまんな」
菓子折りから包みを取り出して頬張りながら、祈莉が承諾の意を告げる。しかし、勲の真の狙いは仕事の話を通すことだけではなく。
「で、それはそれとして…だ。祈莉、今日お前をここに連れて来たのには別の理由がある」
「別の理由…?」
胡座に両手を載せ改まって、彼女へと真剣な眼差しを向ける勲。鬼気迫る彼の威厳に気圧された祈莉が、生唾を呑んで恐る恐る何事かを問うと、彼は徐に眉間の皺を解して深い息を吐く。
それから湯呑を勢いよく呷って、祈莉へと彼が抱いていた想いを吐露する。かつて生きる標を失い道に迷っていた彼女達兄妹を救ったときと同じように。
「…もっと俺らを頼ってくれ、と…それだけどうしても言いたくてな。昔っからお前ら兄妹は何かと抱え込んでばっかりだから、また無茶してんじゃねーかって気が気じゃねェんだ」
「ありがとう、近藤さん。でも本当に大丈夫ですよ? 皆以外にもちゃんと頼れる人がいますから。銀さんとか」
祈莉が何気なく挙げた意外な名に、予想だにしていなかった勲は思わず狼狽してしまう。
最初は彼を恋敵と勘違いしたところから始まった奇妙な縁は、いつしか自分だけでなく祈莉にも太く絡みついていたことを、勲は改めて実感するのだった。
「お、おう…そうか。万事屋か…まあ確かに、ミツバ殿の件でも世話になってるし…おかしくはないのか」
「はい。あとそれにほら、銀さんも甘党なんで一緒にご飯食べたりして」
「え、そうなの? お前らいつの間にそんな仲になってたんだ…お父さんあんなプーさんは認めんぞ」
祈莉の言葉から、万事屋こと坂田銀時と彼女の仲睦まじい男女の光景を想起したのか、まるで娘が嫁ぐのを拒む父のごとく騒ぎ立てる勲。
だが勲の怒りをやんわりと宥める彼女はそういった感情を抱いていることなどない、全くの杞憂であると念を押して懸念を振り払う。
「やだなあ、そんなんじゃないですよ」
笑いながら密かに、彼女は自らの拳を震わせる。いっそ親友 の件をきっかけに銀時と本当に恋仲になっていたならば。そんな悲壮が過ぎってしまい、彼女は無理矢理に話題を切り替える。
「そういう近藤さんこそ、最近お妙さんとはどうなんですか」
「俺? そうさなァ…うーん…ここ暫くは進展らしい進展は無いな…」
そう言って数々苦悩を思い出して項垂れる勲。そこに局長としての勇ましさは微塵もなく、ただの情けない劣等ゴリラの姿だけが祈莉の瞳に映る。
彼が法に触れる行いを繰り返してまで惚れ込む女性、志村妙。彼女もまた幼い頃に両親を亡くし弟の新八と二人で苦難を乗り越えてきたというどこかで聞いたことのある境遇だが、親から受け継いだ侍の心を持つ芯の強い女性だった。
尤もそれはあくまで志の話であり、彼女の現状の立場を客観視してしまうと勲とは悪い意味で身分の違いすぎる相手なのだが、そうした一切の道理を無視してでも振り向かせたいと願うほどに、彼はお妙を一人の女性として意識し、心を奪われていた。
「あれだけしつこくストーカーしてて嫌われきってないってのも、それはそれで怖いくらいなんですけどね…」
勲の間違った方向の積極性による変質者紛いの粘着にも真っ向から立ち向かい、時には過剰防衛になるほどの強さで対抗する彼女。
共通の知人が多いために意外と顔を合わせる機会の多い祈莉から見たお妙は、同じ女子としての目線からは彼女の方が年下ながらも、内に秘めた二面性も相俟ってかどこか畏怖の対象に程近かった。
「それってつまり、お妙さんも俺のこと…」
「まあ、悪しからず思ってくれているのは間違いなさそうですよね。ただの金づるとしてかもしれませんけど」
勲への態度が接待の一環に過ぎない可能性を持ち出し、入れ込み過ぎて身を滅ぼさぬよう釘を刺す。
しかしとうの昔にそんな段階は飛び越えてしまっているらしく、それでも構わないと反発されてしまった。
「お妙さんが幸せなら俺はそれでもいい!」
「あ、これもう何言ってもダメなやつだ。うーんどうしよっかな」
話を聞かず暴走する勲の様子を尻目に、迂闊にこの話題を振ってしまったことを心の底から後悔する祈莉。
局長としての彼は旧友という下駄を差し引いても輝いて見えるほど魅力的であるはずなのに、色恋が絡むとどうしてここまで堕落してしまうのだろうかと、彼女は頭を抱えるしかなかった。
「…そんなにお妙さんの事が好きなら、こっそり付き纏うんじゃなくて正々堂々とデートにでも誘ってみたらどうですか」
「馬鹿野郎祈莉お前、俺にそんなこと出来る訳ないだろう!」
「いやそこは威張るとこじゃありませんよ! というかストーカーは出来るのにデートに誘えないとかおかしいですからね」
直球にも程がある正論を投げるが、勲は開き直って胸を張る。よく言えば奥手なのかもしれないが、普段の破天荒なアプローチを知っている以上祈莉はその及び腰を認める訳にはいかなかった。
「きっかけが要るなら手伝いますから、一度くらい普通に攻めてみましょうよ」
「わ…わかった。お前がそんだけ強く言うんなら…力貸してもらうか」
ようやく観念したらしく、祈莉の言葉に頷く勲。それでその場は丸く収まったが、彼女はこの約束が後に再び受難を呼び起こしてしまうことを今はまだ知らなかった。
「おっ! ご苦労さん祈莉。いつも助かる、ここまで運ぶのは重かったろ?」
荷物を届けに来た祈莉を、偶然入口付近に居た勲が出迎える。図らずも局長直々の歓迎となった今回の仕事に少しだけ驚きを見せつつ、彼女は苦労を全く感じさせぬ笑みで返す。
「いえいえ、今日も大した量じゃないですから。最近は攘夷浪士の人たちも大人しくて平和でいいですね」
備品の減りが遅くなったことから察せられる状況に、一般人としての目線から見れば喜ばしいことだと彼女が語る。
その感想に勲は一旦は同意を見せるが、真選組の隊士達をまとめる長である身から感じる苦悩を零すのだった。
「だな。まあ暴れるのが好きな連中なんかはヒマだって嘆いてたりもするが」
「あぁ〜…なんとなく想像つきます」
故郷の武州に暮らしていた頃から血気盛んな男共と長年連れ添ってきた祈莉にとって、彼らが平和によって力を持て余す様を想像するのは容易く。
「あと、そのせいでとっつぁんが毎晩しつこくてなァ…お妙さんに合法的に会いに行けるのはいいが、財政状況考えるとキツイものがあるというか、単純に毎日呑むのもしんどくなってきたというか」
とっつぁん、と勲がそう呼称するのは真選組の更に上に立つ存在である警視庁総監、松平片栗虎のこと。
ただの野良犬の集まりに過ぎなかった男達を、真選組という狼に育て上げたと言っても過言ではない、局長の立場でさえ逆らえない恐ろしい存在でもあった。
「は、はは…松平のおじ様、相変わらずみたいですね」
「良くも悪くも変わらんなァあの人は。ああそういや、少し前に祈莉ともまた呑みてェって言ってたぞ」
「私? 次の日休みのときなら大丈夫ですけど…もうお兄は居ないのに、皆と混ざってもいいのかなあ」
真選組の総長を勤めていた兄を通じて互いに面識こそあれど、過去の事件によってその兄を失った今、接点らしい接点がないはずの片栗虎と祈莉。
そんな彼から直々に酒を酌み交わしたいと願われる理由があるのか、真選組の宴の席に混じってもいいのだろうかと彼女は思い悩む。
「そりゃ勿論。
「…もう、そんな風に言われたら断れないじゃないですか」
兄を通じてだけでない絆の糸が今も尚繋がっているのを感じ、祈莉は思わず瞳を潤ませ喜びを露わにする。
しかし今は雑談に花咲かせるほど緩やかな状況とはいえ勤務時間の真っ只中。歓喜の念はそこそこに、緩む頬を軽く叩いて意識を切り替える。
「よっ…と」
談笑の際に地に降ろしていた荷物を抱え、いつものように屯所に運び入れるべく足を踏み入れようとする祈莉。
しかし今日は勲がそれを制止し、暇を持て余した隊士を呼び付けて奪うように荷を受け取り運ばせるのだった。
「って、 近藤さん?」
「ヒマな奴らが多いからな。忙しいお前さんの手を煩わせるまでもないのさ」
「いえそんな、これが私の仕事ですし…」
気を遣わせてしまったかと慌てふためく祈莉だが、真選組の局長は意にも介さず豪快に笑んで、彼女が杞憂を抱く隙を与える間もなく話題を転換させる。
「んじゃ今日は空いた時間で別の仕事の話をするぞ。来月からまた隊士が増えるんでな、新入り共を迎える準備をせねばならんだろう?」
半ば強引に祈莉を客間に押し込み、屯所に偶然置いてあったとはとても思えない豪華な菓子折りを差し出す勲。
あまりに用意周到な様に驚き言葉もなくなった彼女を、彼はどこか満足げに見つめていた。
「…あの、これは一体」
「一応さっき伝えた今度の入隊準備に向けてお前さんに世話になるためにって、トシが用意してくれたモンだ」
旧知の仲であれど、共に剣を振るうだけが正解ではないと感じた祈莉が独自に見出した道、それが運び屋という職である。
真選組の職務に用いる武器や隊服、果ては屯所での生活までその全てを支える基盤となる仕事を請け負うのは、あくまで形式上は個人ではなく企業であり、当然金銭を含めた多くのしがらみが付いてくる。
彼女が真選組の隊士達の為に東奔西走することを厭わなくとも、無償での仕事は道理が通らない、それを
「…こんな回りくどいことしなくても、普通に今まで通り請けますよ」
「おう、いつもすまんな」
菓子折りから包みを取り出して頬張りながら、祈莉が承諾の意を告げる。しかし、勲の真の狙いは仕事の話を通すことだけではなく。
「で、それはそれとして…だ。祈莉、今日お前をここに連れて来たのには別の理由がある」
「別の理由…?」
胡座に両手を載せ改まって、彼女へと真剣な眼差しを向ける勲。鬼気迫る彼の威厳に気圧された祈莉が、生唾を呑んで恐る恐る何事かを問うと、彼は徐に眉間の皺を解して深い息を吐く。
それから湯呑を勢いよく呷って、祈莉へと彼が抱いていた想いを吐露する。かつて生きる標を失い道に迷っていた彼女達兄妹を救ったときと同じように。
「…もっと俺らを頼ってくれ、と…それだけどうしても言いたくてな。昔っからお前ら兄妹は何かと抱え込んでばっかりだから、また無茶してんじゃねーかって気が気じゃねェんだ」
「ありがとう、近藤さん。でも本当に大丈夫ですよ? 皆以外にもちゃんと頼れる人がいますから。銀さんとか」
祈莉が何気なく挙げた意外な名に、予想だにしていなかった勲は思わず狼狽してしまう。
最初は彼を恋敵と勘違いしたところから始まった奇妙な縁は、いつしか自分だけでなく祈莉にも太く絡みついていたことを、勲は改めて実感するのだった。
「お、おう…そうか。万事屋か…まあ確かに、ミツバ殿の件でも世話になってるし…おかしくはないのか」
「はい。あとそれにほら、銀さんも甘党なんで一緒にご飯食べたりして」
「え、そうなの? お前らいつの間にそんな仲になってたんだ…お父さんあんなプーさんは認めんぞ」
祈莉の言葉から、万事屋こと坂田銀時と彼女の仲睦まじい男女の光景を想起したのか、まるで娘が嫁ぐのを拒む父のごとく騒ぎ立てる勲。
だが勲の怒りをやんわりと宥める彼女はそういった感情を抱いていることなどない、全くの杞憂であると念を押して懸念を振り払う。
「やだなあ、そんなんじゃないですよ」
笑いながら密かに、彼女は自らの拳を震わせる。いっそ
「そういう近藤さんこそ、最近お妙さんとはどうなんですか」
「俺? そうさなァ…うーん…ここ暫くは進展らしい進展は無いな…」
そう言って数々苦悩を思い出して項垂れる勲。そこに局長としての勇ましさは微塵もなく、ただの情けない劣等ゴリラの姿だけが祈莉の瞳に映る。
彼が法に触れる行いを繰り返してまで惚れ込む女性、志村妙。彼女もまた幼い頃に両親を亡くし弟の新八と二人で苦難を乗り越えてきたというどこかで聞いたことのある境遇だが、親から受け継いだ侍の心を持つ芯の強い女性だった。
尤もそれはあくまで志の話であり、彼女の現状の立場を客観視してしまうと勲とは悪い意味で身分の違いすぎる相手なのだが、そうした一切の道理を無視してでも振り向かせたいと願うほどに、彼はお妙を一人の女性として意識し、心を奪われていた。
「あれだけしつこくストーカーしてて嫌われきってないってのも、それはそれで怖いくらいなんですけどね…」
勲の間違った方向の積極性による変質者紛いの粘着にも真っ向から立ち向かい、時には過剰防衛になるほどの強さで対抗する彼女。
共通の知人が多いために意外と顔を合わせる機会の多い祈莉から見たお妙は、同じ女子としての目線からは彼女の方が年下ながらも、内に秘めた二面性も相俟ってかどこか畏怖の対象に程近かった。
「それってつまり、お妙さんも俺のこと…」
「まあ、悪しからず思ってくれているのは間違いなさそうですよね。ただの金づるとしてかもしれませんけど」
勲への態度が接待の一環に過ぎない可能性を持ち出し、入れ込み過ぎて身を滅ぼさぬよう釘を刺す。
しかしとうの昔にそんな段階は飛び越えてしまっているらしく、それでも構わないと反発されてしまった。
「お妙さんが幸せなら俺はそれでもいい!」
「あ、これもう何言ってもダメなやつだ。うーんどうしよっかな」
話を聞かず暴走する勲の様子を尻目に、迂闊にこの話題を振ってしまったことを心の底から後悔する祈莉。
局長としての彼は旧友という下駄を差し引いても輝いて見えるほど魅力的であるはずなのに、色恋が絡むとどうしてここまで堕落してしまうのだろうかと、彼女は頭を抱えるしかなかった。
「…そんなにお妙さんの事が好きなら、こっそり付き纏うんじゃなくて正々堂々とデートにでも誘ってみたらどうですか」
「馬鹿野郎祈莉お前、俺にそんなこと出来る訳ないだろう!」
「いやそこは威張るとこじゃありませんよ! というかストーカーは出来るのにデートに誘えないとかおかしいですからね」
直球にも程がある正論を投げるが、勲は開き直って胸を張る。よく言えば奥手なのかもしれないが、普段の破天荒なアプローチを知っている以上祈莉はその及び腰を認める訳にはいかなかった。
「きっかけが要るなら手伝いますから、一度くらい普通に攻めてみましょうよ」
「わ…わかった。お前がそんだけ強く言うんなら…力貸してもらうか」
ようやく観念したらしく、祈莉の言葉に頷く勲。それでその場は丸く収まったが、彼女はこの約束が後に再び受難を呼び起こしてしまうことを今はまだ知らなかった。
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