ぎんたま
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「あ、あっ…あのぉ!」
いつもの様に配達を終え、真選組屯所の門を潜り帰路に着こうとした祈莉を引き止める弱々しい声がひとつ。
「はい、なんでしょうか?」
ゆっくりと振り返った祈莉はその声の主の目を真っ直ぐに見つめ、何用かと問い掛けるべく首を傾げる。
柔らかな笑みを浮かべてこそいるものの、彼女は自分に声を掛けてきた気弱そうな青年に見覚えは一切なく、また彼も祈莉と面と向かって話すのはこれが初めてだった。
「もしよければ、コレ…っ!」
そう言って差し出したのは、二枚のチケット。しかし彼女はそれが何に関わるものなのかを判別するよりも早く、すぐさま両手を突き出してそれを拒む。
「えっと…気持ちはありがたいんですが、そういうのはちょっと」
あからさまに落胆する青年に唯々申し訳なく思いながらも、彼女はそれでも彼の好意を受け入れることが出来なかった。
全くの善意からなるプレゼントだからこそ、安易に受け取ってしまう訳にはいかないと彼女は心の奥で強くそう感じていた。
別離の前触れさえなく大切な人を失ったあの苦しみが、今もなお血の滴る傷である以上は。
「本当にごめんなさい」
深々と頭を下げ非を詫びる祈莉。その仕草を皮切りに、まるで一部始終を見ていたかのような絶妙なタイミングで、二人が想像だにしていなかった怠惰だが剣呑な声が響く。
「おーいそこの新入り、仕事終わりのネェさん捕まえて何してんでィ」
「ひっ、沖田隊長!? なっなんでもないです! し、し、失礼しましたッ!」
気だるそうな足取りで祈莉達に近付くのは、結果的に彼女とは互いに一番古くからの腐れ縁となった少年こと沖田総悟。
同じく二人と旧知であり鬼の副長と恐れられる十四郎程ではないにしろ、下々の隊員にとっては畏怖の対象たるには充分すぎる彼だが、彼女にとっては今も小さな頃と変わらず"守るべき弟分"だった。
自分を見るや否や一目散に逃げ出していった新入り隊士の背を見つめながら、それを追う気も咎める気も彼にはなかった。
突然の告白紛いの挙動に困惑していた祈莉へと向き直ると、総悟は静かに問題の青年の代わりに彼女へ謝罪の言葉を零した。
「さーせん、アイツ新見の兄さんを知らねー新参者でさァ。ま、だからこそ…物怖じせずネェさんにこんなモン寄越そうなんて思ったんだろーけども」
言いながら、慌てて逃げ出した際に青年が落としたチケットを拾い上げる総悟。
土埃を払って詳細を確かめて、その紙切れが祈莉にとっては何の感動にも繋がらないちっぽけなものであることに彼は密かに安堵した。
「…そっか。そういう人も増えてきてるんだね」
真選組と祈莉の繋がりを強固なものにした一紡ぎである彼女の兄にして、かつて真選組の総長を務めていた男、新見一識。
普段は聖人君子のような優しすぎる性格だが、先刻の彼のように妹へと想いを寄せる輩には一切の容赦をしないという、重度の妹馬鹿 でもあった。
そうした理由も相俟って、彼の存命中の祈莉は色恋沙汰からは一切遮断された状態とも言えた。
しかしそんな兄が既にこの世を去ってから既に幾日もの日々が経ってしまった今、動乱より後に入隊した隊士が彼ら兄妹のことを詳しく知る由もなく、故に今回のように無謀にも告白を試みる漢気を持った者が現れたのだろう。
真選組の未来を担う隊士達の世代が次々と変わっていく様を聞いた祈莉の瞳は憂いを帯びて微かに潤むが、悲愴をひた隠しにして無理矢理に笑みを浮かべた。
「じゃあ、総悟くんも隊長として皆の手本になるよう頑張らないと」
「俺ァそんな柄じゃねーでしょ、そういうのは土方さんが一人で頑張りゃいーんすよ」
「まあそれもそうかも。総悟くんのような子が増えちゃ、それこそ土方さんが大変だろうし。ね、総悟くん?」
他愛ない冗談を交わして、不意に思い出してしまった兄の喪失という痛みを必死に心の奥に押し込む祈莉。
どれだけ彼女が笑顔を貼り付けて取り繕おうとも、その悲愴を知る総悟にとっては何の意味もない虚勢でしかなかったが、それを指摘することは己の無力さをよく知る少年には出来そうもなかった。
「にしても、さっきの新入り…ネェさんのことなんざ顔以外ロクに知らねーだろうに、勇気あんなァ」
このまま仕事について詰られるばかりでは居られないと思いつつも話題の転換先に困った総悟が、ふとその手に先刻の青年が落としたチケットがあったことを思い出す。
その二枚の小さな紙を風に靡かせて弄んで、淡々と彼の行動力の高さに対して感想を独り言ちる。
「ありがたいことなんだけどね。でもやっぱりまだ…大事な人が突然いなくなったら、って不安が先に来ちゃって」
「…」
ぎこちない笑みで俯く祈莉の声音の震えに、押し黙ることしか出来なくなる総悟。
多くの想いが胸中で綯い交ぜになり苛立ちが募っていくのを感じた彼は、精神を落ち着かせるべく瞳を閉じて彼女の言葉に耳を傾けた。
「あとね…正直に言うと、恋とか愛とか…ぜんぜんわかんない。大切な人を想う気持ちに、どうしてそんな差があるんだろう…って思っちゃうの」
「ほーん。するってぇとネェさんは、大切な人が相手なら全員とも同じように接せるってんですかぃ」
脆いと言う表現さえ不当な、あまりにも粗末な持論に反発すべく、少年は不敵に笑んで拗ねた子供のように突っぱねる。
思わぬ角度から突きつけられた矛盾に、祈莉はこれまで考えもよらなかったことを想像し顔を赤らめた。
「うっ、確かに。そう言われると反論出来ないや…どんなに大事に思ってたって、流石に近藤さんと同じ布団では寝られないなあ」
「…でしょーね。俺も死んでもゴメンでさァ」
素っ頓狂な比喩に、思わず冷めた口調で返す総悟。どんな思考回路からそのような発言に至ったのか、脳を裂いて確かめたくなるような、全くもって理解し難い発想だった。
「ってか、なんだってそんなゲスな発想になったんで?」
「それは…ほら、その…なんていうか。例えばの話だし…そこは、ね…?」
祈莉の声は次第に萎んでいき、有無を言わせず誤魔化そうとする強い意志を露わにする。
真っ赤に染まった頬は蒸気が出そうな程に熱く、暮れに向かう空の茜と同化しかねないほどの羞恥に溢れていた。
総悟は自分がかつて見たことのない彼女の照れ方に、自分をまだ子供扱いしているのを感じ、思わず嫉妬から大嫌いな親友の名を挙げて彼女の反応を試す。
「…近藤さんは嫌だってことは、土方さんならアリなんですかィ」
「うーん、私がどうとかより土方さんの方が嫌がりそうな気がするなあ」
「そーじゃなくて、アンタ自身がヤローと同じ所で寝ても平気なのか聞いてるんでェ」
彼女の有耶無耶な答に、総悟は苛立たしさの混じった静かな怒声をぶつける。幾度となく己のコンプレックスを刺激して止まない目の上の瘤 への妬みに満ちた声には、年相応の幼さが露呈していた。
しかし祈莉は少年が自分へ執着心を向けていることなど気付きすらせず、真っ直ぐに彼を見つめて頷いてみせた。
「うん。だって土方さんなら、まかり間違っても何も起きないでしょ」
十四郎に対する、ある意味での絶対の信頼。寸前まで殺気に満ちていた総悟はその答に全ての毒気を抜かれてしまった。
祈莉に十四郎への一切の恋愛感情がないと断言され、彼が自分の前に立ちはだかる障壁となることのないその事実に胸を撫で下ろす。
そして、一瞬でもそんな相手へ負い目を感じたことを恥じるように、彼女へ同意すると共に密かに悪態を吐き捨てる。
「…まあ、確かに。姉上と祈莉ちゃんじゃ月とスッポンみてーなもんか」
互いに惹かれ合う間柄にありながら、終ぞ想いを伝えること叶わず悲劇的な別離を経た総悟の姉ミツバと十四郎。
彼のミツバへの想いの強さは総悟もよく知るところであり、そんな相手が居る以上、祈莉では比べるべくもなく眼中に入らないだろうと推察出来た。
総悟にとっても、たった一人の肉親であり幾つになっても頭の上がらない存在だったミツバ。
自分を育ててくれた実姉への敬意の大きさと、彼女の代わりになると豪語して以来姉貴分を気取る祈莉に対する靄がかった感情は、やはり比較しようがないものとしか言えず、思わず皮肉に満ちた表現を零さずにはいられなかった。
「ねえちょっと総悟くん今すごく失礼なこと言わなかった? 気のせい?」
本人が聞けば罵倒でしかない最低な批評だが、それは幸いにもほぼ彼女の耳には入らなかったらしく、祈莉は訝しげに口を尖らせて総悟を問い詰める。
「俺ァなんも言ってませんぜ、ネェさんの気のせいでしょ」
「そっか。ならいいや」
誤魔化そうとさえしていない適当な返事だったが、それで納得したのか、あるいは最初から問い質すのを諦めていたのか、彼女はそれ以上追求することはなかった。
「…近藤さんはアウト、土方さんは何も無いからオッケーで…まァそれは別にどーでもいいんですが。ネェさんにとって、俺はどっちなんでィ?」
祈莉が何も言わないのを逆手に、総悟は自らの欲求に正直に、これまでになくストレートに問う。
自分のことを弟分としてしか見ていない彼女なら、例え仮定の話だとしても拒む理由はどこにもないだろう、そう信じての問いだった。
しかし、彼の中では半ば確定しきっていた想定とは全く異なる反応に、思わず少年は声を失っていた。
「え、だ…だめ。やだ。絶対一緒に寝ない」
ハッキリとした拒絶。総悟から背を向け、頑なに表情を見せない祈莉の声だけではその真意を探ることは出来ず、彼女がただ照れているだけであることにも気付けなかった。
「…まさかそこまで断固拒否されるとは思いやせんでした。ちなみに、理由は?」
険悪な空気を呼び起こさぬよう、心音がもたらす不快なノイズをかき消すべく、努めて柔らかい口調を保ちながら改めて尋ねる。
だが、そんな困惑と不安に唾を飲む少年の杞憂の甲斐もなく、彼女は振り向き様に頬を膨らませては、自身の気持ちを包み隠さずぶつけて、逃げるように駆け出していった。
「恥ずかしい、から!」
いつもの様に配達を終え、真選組屯所の門を潜り帰路に着こうとした祈莉を引き止める弱々しい声がひとつ。
「はい、なんでしょうか?」
ゆっくりと振り返った祈莉はその声の主の目を真っ直ぐに見つめ、何用かと問い掛けるべく首を傾げる。
柔らかな笑みを浮かべてこそいるものの、彼女は自分に声を掛けてきた気弱そうな青年に見覚えは一切なく、また彼も祈莉と面と向かって話すのはこれが初めてだった。
「もしよければ、コレ…っ!」
そう言って差し出したのは、二枚のチケット。しかし彼女はそれが何に関わるものなのかを判別するよりも早く、すぐさま両手を突き出してそれを拒む。
「えっと…気持ちはありがたいんですが、そういうのはちょっと」
あからさまに落胆する青年に唯々申し訳なく思いながらも、彼女はそれでも彼の好意を受け入れることが出来なかった。
全くの善意からなるプレゼントだからこそ、安易に受け取ってしまう訳にはいかないと彼女は心の奥で強くそう感じていた。
別離の前触れさえなく大切な人を失ったあの苦しみが、今もなお血の滴る傷である以上は。
「本当にごめんなさい」
深々と頭を下げ非を詫びる祈莉。その仕草を皮切りに、まるで一部始終を見ていたかのような絶妙なタイミングで、二人が想像だにしていなかった怠惰だが剣呑な声が響く。
「おーいそこの新入り、仕事終わりのネェさん捕まえて何してんでィ」
「ひっ、沖田隊長!? なっなんでもないです! し、し、失礼しましたッ!」
気だるそうな足取りで祈莉達に近付くのは、結果的に彼女とは互いに一番古くからの腐れ縁となった少年こと沖田総悟。
同じく二人と旧知であり鬼の副長と恐れられる十四郎程ではないにしろ、下々の隊員にとっては畏怖の対象たるには充分すぎる彼だが、彼女にとっては今も小さな頃と変わらず"守るべき弟分"だった。
自分を見るや否や一目散に逃げ出していった新入り隊士の背を見つめながら、それを追う気も咎める気も彼にはなかった。
突然の告白紛いの挙動に困惑していた祈莉へと向き直ると、総悟は静かに問題の青年の代わりに彼女へ謝罪の言葉を零した。
「さーせん、アイツ新見の兄さんを知らねー新参者でさァ。ま、だからこそ…物怖じせずネェさんにこんなモン寄越そうなんて思ったんだろーけども」
言いながら、慌てて逃げ出した際に青年が落としたチケットを拾い上げる総悟。
土埃を払って詳細を確かめて、その紙切れが祈莉にとっては何の感動にも繋がらないちっぽけなものであることに彼は密かに安堵した。
「…そっか。そういう人も増えてきてるんだね」
真選組と祈莉の繋がりを強固なものにした一紡ぎである彼女の兄にして、かつて真選組の総長を務めていた男、新見一識。
普段は聖人君子のような優しすぎる性格だが、先刻の彼のように妹へと想いを寄せる輩には一切の容赦をしないという、重度の
そうした理由も相俟って、彼の存命中の祈莉は色恋沙汰からは一切遮断された状態とも言えた。
しかしそんな兄が既にこの世を去ってから既に幾日もの日々が経ってしまった今、動乱より後に入隊した隊士が彼ら兄妹のことを詳しく知る由もなく、故に今回のように無謀にも告白を試みる漢気を持った者が現れたのだろう。
真選組の未来を担う隊士達の世代が次々と変わっていく様を聞いた祈莉の瞳は憂いを帯びて微かに潤むが、悲愴をひた隠しにして無理矢理に笑みを浮かべた。
「じゃあ、総悟くんも隊長として皆の手本になるよう頑張らないと」
「俺ァそんな柄じゃねーでしょ、そういうのは土方さんが一人で頑張りゃいーんすよ」
「まあそれもそうかも。総悟くんのような子が増えちゃ、それこそ土方さんが大変だろうし。ね、総悟くん?」
他愛ない冗談を交わして、不意に思い出してしまった兄の喪失という痛みを必死に心の奥に押し込む祈莉。
どれだけ彼女が笑顔を貼り付けて取り繕おうとも、その悲愴を知る総悟にとっては何の意味もない虚勢でしかなかったが、それを指摘することは己の無力さをよく知る少年には出来そうもなかった。
「にしても、さっきの新入り…ネェさんのことなんざ顔以外ロクに知らねーだろうに、勇気あんなァ」
このまま仕事について詰られるばかりでは居られないと思いつつも話題の転換先に困った総悟が、ふとその手に先刻の青年が落としたチケットがあったことを思い出す。
その二枚の小さな紙を風に靡かせて弄んで、淡々と彼の行動力の高さに対して感想を独り言ちる。
「ありがたいことなんだけどね。でもやっぱりまだ…大事な人が突然いなくなったら、って不安が先に来ちゃって」
「…」
ぎこちない笑みで俯く祈莉の声音の震えに、押し黙ることしか出来なくなる総悟。
多くの想いが胸中で綯い交ぜになり苛立ちが募っていくのを感じた彼は、精神を落ち着かせるべく瞳を閉じて彼女の言葉に耳を傾けた。
「あとね…正直に言うと、恋とか愛とか…ぜんぜんわかんない。大切な人を想う気持ちに、どうしてそんな差があるんだろう…って思っちゃうの」
「ほーん。するってぇとネェさんは、大切な人が相手なら全員とも同じように接せるってんですかぃ」
脆いと言う表現さえ不当な、あまりにも粗末な持論に反発すべく、少年は不敵に笑んで拗ねた子供のように突っぱねる。
思わぬ角度から突きつけられた矛盾に、祈莉はこれまで考えもよらなかったことを想像し顔を赤らめた。
「うっ、確かに。そう言われると反論出来ないや…どんなに大事に思ってたって、流石に近藤さんと同じ布団では寝られないなあ」
「…でしょーね。俺も死んでもゴメンでさァ」
素っ頓狂な比喩に、思わず冷めた口調で返す総悟。どんな思考回路からそのような発言に至ったのか、脳を裂いて確かめたくなるような、全くもって理解し難い発想だった。
「ってか、なんだってそんなゲスな発想になったんで?」
「それは…ほら、その…なんていうか。例えばの話だし…そこは、ね…?」
祈莉の声は次第に萎んでいき、有無を言わせず誤魔化そうとする強い意志を露わにする。
真っ赤に染まった頬は蒸気が出そうな程に熱く、暮れに向かう空の茜と同化しかねないほどの羞恥に溢れていた。
総悟は自分がかつて見たことのない彼女の照れ方に、自分をまだ子供扱いしているのを感じ、思わず嫉妬から大嫌いな親友の名を挙げて彼女の反応を試す。
「…近藤さんは嫌だってことは、土方さんならアリなんですかィ」
「うーん、私がどうとかより土方さんの方が嫌がりそうな気がするなあ」
「そーじゃなくて、アンタ自身がヤローと同じ所で寝ても平気なのか聞いてるんでェ」
彼女の有耶無耶な答に、総悟は苛立たしさの混じった静かな怒声をぶつける。幾度となく己のコンプレックスを刺激して止まない
しかし祈莉は少年が自分へ執着心を向けていることなど気付きすらせず、真っ直ぐに彼を見つめて頷いてみせた。
「うん。だって土方さんなら、まかり間違っても何も起きないでしょ」
十四郎に対する、ある意味での絶対の信頼。寸前まで殺気に満ちていた総悟はその答に全ての毒気を抜かれてしまった。
祈莉に十四郎への一切の恋愛感情がないと断言され、彼が自分の前に立ちはだかる障壁となることのないその事実に胸を撫で下ろす。
そして、一瞬でもそんな相手へ負い目を感じたことを恥じるように、彼女へ同意すると共に密かに悪態を吐き捨てる。
「…まあ、確かに。姉上と祈莉ちゃんじゃ月とスッポンみてーなもんか」
互いに惹かれ合う間柄にありながら、終ぞ想いを伝えること叶わず悲劇的な別離を経た総悟の姉ミツバと十四郎。
彼のミツバへの想いの強さは総悟もよく知るところであり、そんな相手が居る以上、祈莉では比べるべくもなく眼中に入らないだろうと推察出来た。
総悟にとっても、たった一人の肉親であり幾つになっても頭の上がらない存在だったミツバ。
自分を育ててくれた実姉への敬意の大きさと、彼女の代わりになると豪語して以来姉貴分を気取る祈莉に対する靄がかった感情は、やはり比較しようがないものとしか言えず、思わず皮肉に満ちた表現を零さずにはいられなかった。
「ねえちょっと総悟くん今すごく失礼なこと言わなかった? 気のせい?」
本人が聞けば罵倒でしかない最低な批評だが、それは幸いにもほぼ彼女の耳には入らなかったらしく、祈莉は訝しげに口を尖らせて総悟を問い詰める。
「俺ァなんも言ってませんぜ、ネェさんの気のせいでしょ」
「そっか。ならいいや」
誤魔化そうとさえしていない適当な返事だったが、それで納得したのか、あるいは最初から問い質すのを諦めていたのか、彼女はそれ以上追求することはなかった。
「…近藤さんはアウト、土方さんは何も無いからオッケーで…まァそれは別にどーでもいいんですが。ネェさんにとって、俺はどっちなんでィ?」
祈莉が何も言わないのを逆手に、総悟は自らの欲求に正直に、これまでになくストレートに問う。
自分のことを弟分としてしか見ていない彼女なら、例え仮定の話だとしても拒む理由はどこにもないだろう、そう信じての問いだった。
しかし、彼の中では半ば確定しきっていた想定とは全く異なる反応に、思わず少年は声を失っていた。
「え、だ…だめ。やだ。絶対一緒に寝ない」
ハッキリとした拒絶。総悟から背を向け、頑なに表情を見せない祈莉の声だけではその真意を探ることは出来ず、彼女がただ照れているだけであることにも気付けなかった。
「…まさかそこまで断固拒否されるとは思いやせんでした。ちなみに、理由は?」
険悪な空気を呼び起こさぬよう、心音がもたらす不快なノイズをかき消すべく、努めて柔らかい口調を保ちながら改めて尋ねる。
だが、そんな困惑と不安に唾を飲む少年の杞憂の甲斐もなく、彼女は振り向き様に頬を膨らませては、自身の気持ちを包み隠さずぶつけて、逃げるように駆け出していった。
「恥ずかしい、から!」
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