ぎんたま
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「あっ、祈莉さん、お勤めご苦労様です」
祈莉が真選組の屯所の敷居を跨ぐと同時に、入り口にて隊士達とミントンに興じていた観察方の山崎が声をかける。
自身の兄や大切な同志達のために出来ることはないかと、飛脚として武州と江戸を行ったり来たりの日々を送るのが彼女の仕事だった。
「山崎さんこんにちは〜。これ、今月のミツバ姉からの仕送り。みんなに分けてください」
言いながら段ボール箱の山をいくつも山崎たちの目の前に積み上げていく祈莉。
その箱には武州にて暮らす沖田総悟の姉、ミツバがこよなく愛する激辛せんべいが詰められており、隊士達の士気を高めるのに一役買っているとかいないとか。
「それから…土方さんって今どこにいます?」
「ええと、副長なら今日は確かずっと書類仕事だったはずです。いつもの部屋にいるんじゃないかと」
遠回しに、直接敷地内に足を踏み入れて会いに行くことを認める山崎。真選組立ち上げ時からの旧知である彼女を止める理由は、彼にはなかった。
「ありがとう山崎さん。私、奥まで行ってみますね」
「ちょっ、えぇー!? まって祈莉さん! これ俺たちが開けるんすか!?」
山崎の制止を無視し、祈莉は小走りで建屋の廊下へと向かう。何度も通い詰めた道のりには、見慣れた、しかし目的の人物とは異なる顔が見えた。
「おや。今日は配達の日でしたかィ」
耳に突き刺さるイヤホンから漏れる落語の音声に、不気味な柄のアイマスク。彼女の武州の頃よりの仲の一人、沖田総悟が柱を背に惰眠を貪っていた。
「総悟くん…またそうやってサボってるの? 土方さんに言いつけちゃうよ」
「そいつは勘弁してくだせェ、祈莉ネェさん。ところで例のアレはどうしやした?」
例のアレ呼ばわりしつつも、大好きな姉の頼みで運ばれてくるせんべいの行方には興味があるらしく問うてくる。
敢えて隠す理由もなく、祈莉は素直に大量の荷物の行方を話して、それを皮切りに二人はしばし談笑に花を咲かせた。
「ミツバ姉のおせんべいなら、山崎さん達に任せてきたよ」
「あざす。いつも姉上のワガママ聞いてもらって感謝してますぜ」
「どうだか。言う割には総悟くんアレ食べないじゃない」
「まァ、そりゃ俺の口にゃ合いやせんからね」
会話の最中にも口腔に隠されていたらしい、お気に入りの風船ガムを膨らませる総悟。
どちらかと言えば甘党なのだろうか、彼は幾度となく送られてくる姉の仕送りに手をつけたことは祈莉の知る限りなかった。
「んで、俺なんかじゃなくて土方さんに用があんでしょ祈莉ネェさん」
「そうそう、忘れるとこだった。いつもの奥の部屋に居る?」
「厠に行ってない限りは恐らく。ただ今日はえらく不機嫌だったんで、下手に近づくと祈莉ネェさんでも斬られちまうかもしれやせんぜ」
常日頃から彼に極悪非道な仕打ちを繰り返す総悟をして不機嫌と言わしめるほどの状態が、一体どれほどなのか祈莉には想像もつかなかった。
そんな一触即発の渦中に飛び込むのは嫌だと落胆に肩を落とすが、仕事を請け負う以上ここで会わずに帰るわけにも行かず彼女は深く溜息を零す。
「あのさ総悟くん、一緒に来てくれたり…する?」
「今あの人ん所になんか行ったらサボりがバレちまいまさァ。そんなんで死にたかねェです」
駄目元で総悟を連れ立って向かう案を上げるものの、自身の命を惜しむ彼に素っ気なく断られてしまう。
「だよねぇー…うーんどうしよう怖いなぁ、でも明日は他の仕事でこっちには来れないし…」
うんうん唸りながら悩み続ける祈莉。そんな彼女の願いを知ってか知らずか、背後から聞き慣れた声が彼女の耳に入る。
「せんべいの匂いがするからもしやと思ったが、やっぱりか。祈莉、久しぶりだな」
「救世主!」
隣にいる総悟と喜びを分かち合うつもりで視線を向けるが、サボりがバレるのを恐れた彼は既に脱兎のごとく逃げ仰せた後で。
存在した形跡さえ一切残さず去って行った彼にお灸を据えてもらうべく、祈莉は包み隠すことなく伝えるのだった。
「ん? 誰かと一緒だったのか?」
「さっきまで総悟くんと話してたんですけど、行っちゃったみたい」
「はっはっは、逃げ足ばかり早くなるなぁアイツ」
だが、彼女の思惑とは裏腹に彼は密告など気にすることなく豪快に笑い飛ばしてスルーしてしまう。
真選組を束ねる長でありながら、身内には甘いこの器の大きさこそが近藤勲という男を表していた。
「もう、あんまり悪さばかりしてたらミツバ姉に言いつけようかな」
「まあまあ、そう言わんでやってくれ。総悟も祈莉の前じゃ素直になれないだけさ」
「なら良いんですけどね。ところで近藤さん、土方さんのところに行くのに着いて来てもらえます?」
唐突な提案に、珍しさも相まって理由が把握出来ず首を傾げる勲。祈莉は先の総悟との会話で得た情報を伝え、それからもう一度同行を願い出る。
「総悟くんが言うには、土方さん相当ご機嫌ナナメらしくて…一人ではちょっと行きたくないなぁと。近藤さんが一緒なら安心なんですが」
「なるほど、そういうことなら構わんぞ。だがトシが不機嫌になるなんざよくあることだが、総悟が祈莉に忠告するほどたぁ一体どうしたんだろうな」
「ありがとうございます近藤さん。あの人タバコとマヨネーズ切らすと露骨に怖いからその辺だと思いますけどねぇ。こんなことなら荷物と一緒に土方さん用の品も持ってくるべきでした」
二人で廊下を歩きながら、十四郎について口々に言い合う。武州の頃から変わらないやりとりが、彼女には心地よく感じられていた。
やがて目的の場所まで辿り着いたところで、近藤は躊躇なく襖を開き部屋に籠る十四郎を呼びつけるのだった。
「トシ、お前に客だぞ」
「あァ? …ってなんだアンタらか」
抜き身の刀を想起させる、鋭い眼光が走る。だが十四郎は声の主とその後ろに隠れているのが誰かを把握すると、すぐさま警戒を解いて二人を部屋に招き入れた。
「思ってたほど怖くありませんでしたね。近藤さん、ありがとうございました」
「おう。またなんか困ったことがあれば呼んでくれ」
祈莉が感謝を示すと、勲はそう言ってすぐに立ち去ってしまう。彼にも仕事が山積みなのだろうと納得し、十四郎と二人で男を見送った。
尤も、今回の件に関しては彼に気を遣った故であることを、大らかで、ある意味で鈍感な彼女は知る由もなく。
「お前が来たってことは、いつものだろ」
暫しの沈黙の後、意を決して口を開く十四郎。祈莉が彼の頼みで屯所を訪れる理由は、ひとつしかなかった。
「はい。今もう貰えるならありがたいんですけど」
「…ちょっと待ってろ、あと少しかかる。もっかいその辺ぶらついて来い」
「わかりました。三十分後にまた来ますから、ちゃんと書き上げてくださいね?」
彼女が来る度に繰り返される、決まりきったやり取り。しかし彼女は文句一つ言うことなく、静かに微笑んでその場を立ち去る。
十四郎の頼み、それは彼の兄である為五郎へ送る手紙を祈莉に託すというものだった。
彼には為五郎が手紙を心から楽しみにしていることを幾度となく伝えたのだが、自らが犯した罪の負い目からか手渡すことは出来ぬらしく、頑なに彼女を間に挟ませていた。
「…さて。今日はどうしようかな」
部屋を出て、彼女は独り言ちる。三十分と口にこそしたものの、その僅かな時間で十四郎が文を書き終えるはずもないと知る祈莉は、彼が納得いくまでの暇をどう潰すかを考えていた。
それから彼女は、懐かしい顔をひとつまだ見ていないことを思い出す。寡黙で何を思うかも知れぬミステリアスな青年、斉藤終。歳が近い故か、彼女は終に対し一方的ながら友情を信じ切っていた。
「そうだ。終兄さんのところにでも行こうっと」
楽しげに鼻歌を交え、祈莉は歩き出す。真選組の面々と自分。それぞれが互いに持ちつ持たれつ、平和に暮らしているこの日々が永遠に続くと願いながら。
祈莉が真選組の屯所の敷居を跨ぐと同時に、入り口にて隊士達とミントンに興じていた観察方の山崎が声をかける。
自身の兄や大切な同志達のために出来ることはないかと、飛脚として武州と江戸を行ったり来たりの日々を送るのが彼女の仕事だった。
「山崎さんこんにちは〜。これ、今月のミツバ姉からの仕送り。みんなに分けてください」
言いながら段ボール箱の山をいくつも山崎たちの目の前に積み上げていく祈莉。
その箱には武州にて暮らす沖田総悟の姉、ミツバがこよなく愛する激辛せんべいが詰められており、隊士達の士気を高めるのに一役買っているとかいないとか。
「それから…土方さんって今どこにいます?」
「ええと、副長なら今日は確かずっと書類仕事だったはずです。いつもの部屋にいるんじゃないかと」
遠回しに、直接敷地内に足を踏み入れて会いに行くことを認める山崎。真選組立ち上げ時からの旧知である彼女を止める理由は、彼にはなかった。
「ありがとう山崎さん。私、奥まで行ってみますね」
「ちょっ、えぇー!? まって祈莉さん! これ俺たちが開けるんすか!?」
山崎の制止を無視し、祈莉は小走りで建屋の廊下へと向かう。何度も通い詰めた道のりには、見慣れた、しかし目的の人物とは異なる顔が見えた。
「おや。今日は配達の日でしたかィ」
耳に突き刺さるイヤホンから漏れる落語の音声に、不気味な柄のアイマスク。彼女の武州の頃よりの仲の一人、沖田総悟が柱を背に惰眠を貪っていた。
「総悟くん…またそうやってサボってるの? 土方さんに言いつけちゃうよ」
「そいつは勘弁してくだせェ、祈莉ネェさん。ところで例のアレはどうしやした?」
例のアレ呼ばわりしつつも、大好きな姉の頼みで運ばれてくるせんべいの行方には興味があるらしく問うてくる。
敢えて隠す理由もなく、祈莉は素直に大量の荷物の行方を話して、それを皮切りに二人はしばし談笑に花を咲かせた。
「ミツバ姉のおせんべいなら、山崎さん達に任せてきたよ」
「あざす。いつも姉上のワガママ聞いてもらって感謝してますぜ」
「どうだか。言う割には総悟くんアレ食べないじゃない」
「まァ、そりゃ俺の口にゃ合いやせんからね」
会話の最中にも口腔に隠されていたらしい、お気に入りの風船ガムを膨らませる総悟。
どちらかと言えば甘党なのだろうか、彼は幾度となく送られてくる姉の仕送りに手をつけたことは祈莉の知る限りなかった。
「んで、俺なんかじゃなくて土方さんに用があんでしょ祈莉ネェさん」
「そうそう、忘れるとこだった。いつもの奥の部屋に居る?」
「厠に行ってない限りは恐らく。ただ今日はえらく不機嫌だったんで、下手に近づくと祈莉ネェさんでも斬られちまうかもしれやせんぜ」
常日頃から彼に極悪非道な仕打ちを繰り返す総悟をして不機嫌と言わしめるほどの状態が、一体どれほどなのか祈莉には想像もつかなかった。
そんな一触即発の渦中に飛び込むのは嫌だと落胆に肩を落とすが、仕事を請け負う以上ここで会わずに帰るわけにも行かず彼女は深く溜息を零す。
「あのさ総悟くん、一緒に来てくれたり…する?」
「今あの人ん所になんか行ったらサボりがバレちまいまさァ。そんなんで死にたかねェです」
駄目元で総悟を連れ立って向かう案を上げるものの、自身の命を惜しむ彼に素っ気なく断られてしまう。
「だよねぇー…うーんどうしよう怖いなぁ、でも明日は他の仕事でこっちには来れないし…」
うんうん唸りながら悩み続ける祈莉。そんな彼女の願いを知ってか知らずか、背後から聞き慣れた声が彼女の耳に入る。
「せんべいの匂いがするからもしやと思ったが、やっぱりか。祈莉、久しぶりだな」
「救世主!」
隣にいる総悟と喜びを分かち合うつもりで視線を向けるが、サボりがバレるのを恐れた彼は既に脱兎のごとく逃げ仰せた後で。
存在した形跡さえ一切残さず去って行った彼にお灸を据えてもらうべく、祈莉は包み隠すことなく伝えるのだった。
「ん? 誰かと一緒だったのか?」
「さっきまで総悟くんと話してたんですけど、行っちゃったみたい」
「はっはっは、逃げ足ばかり早くなるなぁアイツ」
だが、彼女の思惑とは裏腹に彼は密告など気にすることなく豪快に笑い飛ばしてスルーしてしまう。
真選組を束ねる長でありながら、身内には甘いこの器の大きさこそが近藤勲という男を表していた。
「もう、あんまり悪さばかりしてたらミツバ姉に言いつけようかな」
「まあまあ、そう言わんでやってくれ。総悟も祈莉の前じゃ素直になれないだけさ」
「なら良いんですけどね。ところで近藤さん、土方さんのところに行くのに着いて来てもらえます?」
唐突な提案に、珍しさも相まって理由が把握出来ず首を傾げる勲。祈莉は先の総悟との会話で得た情報を伝え、それからもう一度同行を願い出る。
「総悟くんが言うには、土方さん相当ご機嫌ナナメらしくて…一人ではちょっと行きたくないなぁと。近藤さんが一緒なら安心なんですが」
「なるほど、そういうことなら構わんぞ。だがトシが不機嫌になるなんざよくあることだが、総悟が祈莉に忠告するほどたぁ一体どうしたんだろうな」
「ありがとうございます近藤さん。あの人タバコとマヨネーズ切らすと露骨に怖いからその辺だと思いますけどねぇ。こんなことなら荷物と一緒に土方さん用の品も持ってくるべきでした」
二人で廊下を歩きながら、十四郎について口々に言い合う。武州の頃から変わらないやりとりが、彼女には心地よく感じられていた。
やがて目的の場所まで辿り着いたところで、近藤は躊躇なく襖を開き部屋に籠る十四郎を呼びつけるのだった。
「トシ、お前に客だぞ」
「あァ? …ってなんだアンタらか」
抜き身の刀を想起させる、鋭い眼光が走る。だが十四郎は声の主とその後ろに隠れているのが誰かを把握すると、すぐさま警戒を解いて二人を部屋に招き入れた。
「思ってたほど怖くありませんでしたね。近藤さん、ありがとうございました」
「おう。またなんか困ったことがあれば呼んでくれ」
祈莉が感謝を示すと、勲はそう言ってすぐに立ち去ってしまう。彼にも仕事が山積みなのだろうと納得し、十四郎と二人で男を見送った。
尤も、今回の件に関しては彼に気を遣った故であることを、大らかで、ある意味で鈍感な彼女は知る由もなく。
「お前が来たってことは、いつものだろ」
暫しの沈黙の後、意を決して口を開く十四郎。祈莉が彼の頼みで屯所を訪れる理由は、ひとつしかなかった。
「はい。今もう貰えるならありがたいんですけど」
「…ちょっと待ってろ、あと少しかかる。もっかいその辺ぶらついて来い」
「わかりました。三十分後にまた来ますから、ちゃんと書き上げてくださいね?」
彼女が来る度に繰り返される、決まりきったやり取り。しかし彼女は文句一つ言うことなく、静かに微笑んでその場を立ち去る。
十四郎の頼み、それは彼の兄である為五郎へ送る手紙を祈莉に託すというものだった。
彼には為五郎が手紙を心から楽しみにしていることを幾度となく伝えたのだが、自らが犯した罪の負い目からか手渡すことは出来ぬらしく、頑なに彼女を間に挟ませていた。
「…さて。今日はどうしようかな」
部屋を出て、彼女は独り言ちる。三十分と口にこそしたものの、その僅かな時間で十四郎が文を書き終えるはずもないと知る祈莉は、彼が納得いくまでの暇をどう潰すかを考えていた。
それから彼女は、懐かしい顔をひとつまだ見ていないことを思い出す。寡黙で何を思うかも知れぬミステリアスな青年、斉藤終。歳が近い故か、彼女は終に対し一方的ながら友情を信じ切っていた。
「そうだ。終兄さんのところにでも行こうっと」
楽しげに鼻歌を交え、祈莉は歩き出す。真選組の面々と自分。それぞれが互いに持ちつ持たれつ、平和に暮らしているこの日々が永遠に続くと願いながら。
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