ぎんたま
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
風の哭く夕方、祈莉は曇天の空を見上げる。仕事を終え帰路に向かう最中での、何気ない所作のひとつだった。
「…ねーちゃん、こんな所で突っ立ってたら悪いオッサンに襲われちまうぜ」
「ふふっ。心配してくれてありがとうございます、銀さん。でも大丈夫ですよ、多少は腕に覚えがあるので」
壊れかけたスクーターに跨る白髪の万事屋、坂田銀時。祈莉とは互いの仕事での交友と、真選組にまつわる諸々による腐れ縁とも呼べる仲である。
そんな彼のぶっきらぼうな警告に笑顔で応え、彼女は男の横に並び歩く。それに合わせ銀時もスクーターの速度を落として、夜道をエスコートするように寄り添った。
「あれだけのことがあったってのに…相変わらず真面目に働いてるんだな、アンタ」
「えぇ、まあ。元々火の車で、兄の遺産なんてなかったですし」
「…あーいや、そっちじゃなくて」
寸前まで言いかけて、銀時は彼女の踏み入れてはいけないラインを越えてしまうことを危惧し口ごもる。
だが彼女は存外あっけらかんとした表情で、男に何事もなかったかのように笑みを向けるのだった。
「鴨さんとのことは、真選組では総悟くんしか知りません。それに、正式な手続きを踏む前にあんなことになっちゃいましたから、遺産も何ももらえなかったんです。だから銀さんも、みんなには内密にお願いしますね」
「あ、あぁ。そうかい…そんなら良いんだけどよ」
真選組の存亡を賭けた動乱の、一番の被害者であるはずの彼女はそれでも誰を恨むこともなく静かに微笑んで、秘密を共有すべく人差し指を立てる。
反乱の首謀者である男、伊東鴨太郎。祈莉は彼に利用価値を見出され偽りの夫婦として暮らしていたはずだが、彼女は男と本当の夫婦になることは叶わず、独り遺して伊東は逝ったのだと言う。
危うく未亡人になってしまうところだったと安堵する彼女を前に、銀時は彼の心情を耳にした新八や神楽から伝え聞いた印象とはやはり違うのだと思慮に耽る。
「…薄情な女と思いました?」
「遺されたアンタは何も悪くねェさ。他人のままでいることを選んだ奴の選択も、後々を考えりゃそれが最善だっただろうよ」
真面目な会話には無関心と言わんばかりに、腑抜けた顔を臆することなく晒し鼻の手入れに勤しむ銀時。
彼なりに伊東鴨太郎という男に思う所こそあれど、それを吐露したところで彼女に何の益もないことをよく知っていた。
「責めないでくれるんですね、鴨さんのこと」
「俺もヤローにゃ巻き込まれただけで、ヤローのことなんざ何にも知らねェからな。アンタにとっちゃ良い"旦那"だっただろう奴を頭ごなしに責める気にはなれないね」
「…ありがとうございます。そう言ってくれるだけでも救われる気がします」
果たして救われるのは、彼女か、伊東か。銀時は引っ掛かりを覚えつつもそれを追求することなく黙り、続く祈莉の言葉を待った。
「それにしても、銀さんには…ミツバ姉のときといい、今回といい。またお世話になっちゃいましたね」
「そうか? 俺なんかしたっけ」
真選組については確かに自分が助けたと言えるかもしれないが、祈莉に直接何かが出来たとは全く思えず首を傾げる銀時。
だが、そんな彼だからこそ祈莉は自らの抱く感情を明け透けに出来るのだと感じていた。
「…私は、江戸に居ちゃいけない人種なんでしょうか」
悲惨な事件などなかったように気丈に振る舞いこそしている祈莉だが、やはり心の奥底では後悔が渦巻き続けているらしくぽつりとそう零す。
「どうしてまたそんな風に思ったんだ?」
「簡単に人を信じて、何度も裏切られて。今回のように、大事な人たちさえ巻き込んで…それでもまだ、誰のことも疑いたくないと思ってしまうんです。馬鹿みたいでしょ」
自虐を吐き捨てて、他人事と言わんばかりに彼女は嘲笑する。銀時も世辞で否定することはせず、懐から何やら甘い物の包み紙を取り出して口に含み、彼女へと笑ってみせる。
「…甘ェな。だがそういう甘さは、俺の大好物だぜ」
一聞では頓珍漢にも思える答えに、祈莉は理解が追い付かずしばし考え込み立ち止まる。
だがすぐに、彼なりに励まそうとしているのだと気付き彼を追って、感謝の意を示す。
「奇遇ですね。私も甘い物大好きですよ。仕事終わりのパフェ一杯、いかがです?今日のお礼に奢らせて下さい」
「おっ、そいつは良いねェ。なんかオススメの店とか知ってるか?」
それから祈莉は今にも夕立の来そうな空を再び見やる。相変わらず風の音がひどく耳に突き刺さるが、寸でのところで雨は降らず、暗雲が流されていく。
いつかなんの憂いもなく、江戸の晴天を拝める日は来るだろうか。そんなことを考えながら、彼女はこれから食べる甘味に想いを馳せるのだった。
「…ねーちゃん、こんな所で突っ立ってたら悪いオッサンに襲われちまうぜ」
「ふふっ。心配してくれてありがとうございます、銀さん。でも大丈夫ですよ、多少は腕に覚えがあるので」
壊れかけたスクーターに跨る白髪の万事屋、坂田銀時。祈莉とは互いの仕事での交友と、真選組にまつわる諸々による腐れ縁とも呼べる仲である。
そんな彼のぶっきらぼうな警告に笑顔で応え、彼女は男の横に並び歩く。それに合わせ銀時もスクーターの速度を落として、夜道をエスコートするように寄り添った。
「あれだけのことがあったってのに…相変わらず真面目に働いてるんだな、アンタ」
「えぇ、まあ。元々火の車で、兄の遺産なんてなかったですし」
「…あーいや、そっちじゃなくて」
寸前まで言いかけて、銀時は彼女の踏み入れてはいけないラインを越えてしまうことを危惧し口ごもる。
だが彼女は存外あっけらかんとした表情で、男に何事もなかったかのように笑みを向けるのだった。
「鴨さんとのことは、真選組では総悟くんしか知りません。それに、正式な手続きを踏む前にあんなことになっちゃいましたから、遺産も何ももらえなかったんです。だから銀さんも、みんなには内密にお願いしますね」
「あ、あぁ。そうかい…そんなら良いんだけどよ」
真選組の存亡を賭けた動乱の、一番の被害者であるはずの彼女はそれでも誰を恨むこともなく静かに微笑んで、秘密を共有すべく人差し指を立てる。
反乱の首謀者である男、伊東鴨太郎。祈莉は彼に利用価値を見出され偽りの夫婦として暮らしていたはずだが、彼女は男と本当の夫婦になることは叶わず、独り遺して伊東は逝ったのだと言う。
危うく未亡人になってしまうところだったと安堵する彼女を前に、銀時は彼の心情を耳にした新八や神楽から伝え聞いた印象とはやはり違うのだと思慮に耽る。
「…薄情な女と思いました?」
「遺されたアンタは何も悪くねェさ。他人のままでいることを選んだ奴の選択も、後々を考えりゃそれが最善だっただろうよ」
真面目な会話には無関心と言わんばかりに、腑抜けた顔を臆することなく晒し鼻の手入れに勤しむ銀時。
彼なりに伊東鴨太郎という男に思う所こそあれど、それを吐露したところで彼女に何の益もないことをよく知っていた。
「責めないでくれるんですね、鴨さんのこと」
「俺もヤローにゃ巻き込まれただけで、ヤローのことなんざ何にも知らねェからな。アンタにとっちゃ良い"旦那"だっただろう奴を頭ごなしに責める気にはなれないね」
「…ありがとうございます。そう言ってくれるだけでも救われる気がします」
果たして救われるのは、彼女か、伊東か。銀時は引っ掛かりを覚えつつもそれを追求することなく黙り、続く祈莉の言葉を待った。
「それにしても、銀さんには…ミツバ姉のときといい、今回といい。またお世話になっちゃいましたね」
「そうか? 俺なんかしたっけ」
真選組については確かに自分が助けたと言えるかもしれないが、祈莉に直接何かが出来たとは全く思えず首を傾げる銀時。
だが、そんな彼だからこそ祈莉は自らの抱く感情を明け透けに出来るのだと感じていた。
「…私は、江戸に居ちゃいけない人種なんでしょうか」
悲惨な事件などなかったように気丈に振る舞いこそしている祈莉だが、やはり心の奥底では後悔が渦巻き続けているらしくぽつりとそう零す。
「どうしてまたそんな風に思ったんだ?」
「簡単に人を信じて、何度も裏切られて。今回のように、大事な人たちさえ巻き込んで…それでもまだ、誰のことも疑いたくないと思ってしまうんです。馬鹿みたいでしょ」
自虐を吐き捨てて、他人事と言わんばかりに彼女は嘲笑する。銀時も世辞で否定することはせず、懐から何やら甘い物の包み紙を取り出して口に含み、彼女へと笑ってみせる。
「…甘ェな。だがそういう甘さは、俺の大好物だぜ」
一聞では頓珍漢にも思える答えに、祈莉は理解が追い付かずしばし考え込み立ち止まる。
だがすぐに、彼なりに励まそうとしているのだと気付き彼を追って、感謝の意を示す。
「奇遇ですね。私も甘い物大好きですよ。仕事終わりのパフェ一杯、いかがです?今日のお礼に奢らせて下さい」
「おっ、そいつは良いねェ。なんかオススメの店とか知ってるか?」
それから祈莉は今にも夕立の来そうな空を再び見やる。相変わらず風の音がひどく耳に突き刺さるが、寸でのところで雨は降らず、暗雲が流されていく。
いつかなんの憂いもなく、江戸の晴天を拝める日は来るだろうか。そんなことを考えながら、彼女はこれから食べる甘味に想いを馳せるのだった。
3/36ページ