ぎんたま
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
七月八日。七夕の一日後、それが総悟くんの誕生日である。武州に居た頃から、毎年この日のためにミツバ姉と私の二人で総悟くんにプレゼントを用意するのが通例だった。
けれど今年はそれも出来なくなってしまい、どうすればいいかわからず途方に暮れながら、今日も仕事を終えて家路に着く。
「ただいまー」
「おう、邪魔してるぜ」
先に帰っていたお兄に声を掛ける。だけど、何故かお兄とは全く違うぶっきらぼうな声が返ってくる。
居間に足を踏み入れて確かめると、お兄の向かいに近藤さん、そしてその隣に土方さんがどっかりと座っていた。
「あれっ近藤さんに土方さん? こんばんは、お兄と晩酌ですか」
「おかえり祈莉。それも少しあったけれど、今日の本題は別件だよ」
お兄に呼び止められ、近藤さんと土方さんの間に挟まるように座らされる。それを見るや否や近藤さんは私の背を叩いて、思わぬ言葉を投げかけてくるのだった。
「水くせェぞ祈莉。もうすぐ総悟の誕生日なんだってな、俺達にも何か祝わせてくれよ。なァ一識、トシ」
近藤さんに同意を求められ頷くお兄。私はと言うと、総悟くん本人から口止めされていたはずの土方さんと近藤さんの二人になぜ誕生日が知られているのかわけがわからず狼狽する。
「って、近藤さん達がなんでそれを…?」
「おまえがあまりに唸って悩んでたものだからつい、ね。今年は総悟君にとっても色々あったことだし…私も力になりたいと思って」
「うーん、それを言われると弱いなぁ」
言葉を濁しつつも、お兄は総悟くんの哀しみに対して人一倍敏感に反応しているのだろうことがわかる。
もしかして、総悟くんにも、私には見せずに隠している仲間内だけにしか明かさない面があるのだろうか。
少し疎外感が残るけれど、そればかりはどうやっても埋められないものなので、嘆いても仕方ない。
「それで祈莉、いつもは何やってたんだ?」
「えーと…確か去年は」
土方さんに問われて思い出そうとして、しかし答えるのが憚られてしまい口ごもる。前回の誕生日は、武州に戻ってミツバ姉と祝った最後の誕生日だった。
「…去年は、ミツバ姉と三人で大きなケーキを囲んでたっけ」
楽しそうな笑みの沖田姉弟の姿を思い起こして、もうその光景を見ることが叶わない非情に涙が零れそうになる。
重苦しい空気になるのが嫌で無理矢理に笑んでみせて、それ以上は三人とも何も言わないでくれた。
「あぁそうそう、大体いつもは総悟くんが使ってくれそうな物を贈ってたよ。ちゃんと大事にしてくれてるのかまではわからないけど…」
「多分それは…大事にしすぎて俺達にゃ見せてくれたこともねェかもな」
「え」
近藤さんがしみじみと呟く。役に立てて欲しいと思って私達がプレゼントした物が使ってもらえていないというのは、さすがにショックが大きい。
「まあそう落胆することはないよ。男は皆そういうものだ、私もおまえが小さい頃にくれた飴玉が未だに食べられずに部屋の奥にしまってあるからな」
「一識、そりゃもう腐ってるぞ。はやく捨てちまえそんなモン。っつか小さい頃にもらったってこたァわざわざ武州から持ってきたのか?」
酒が入っているせいかよくわからないことを騒ぐお兄と土方さんを横目に、近藤さんが私を慰める。
「まぁそれはともかくだ、総悟のヤツもああ見えてテレ屋なところがあるからな。表立って素直に喜んじゃくれなくとも、ちゃんとお前の気持ちは伝わってるさ」
「だといいけど…」
「だから、今年は私達の番だ。だろう? 十四郎君、近藤さん」
しみじみとお茶を啜りながらそう勇むお兄に同意する、満面の笑みの近藤さんと、渋々という表情をしつつも満更でもない様子の見え隠れする土方さん。
酸いも甘いも共に乗り越えてきた、悪友。そう評するに相応しい、太い絆で結ばれたみんなの目は、なんだか何かを企んでいるようにしか見えなかった。
「…はぁ。総悟くんにバレたら何言われるかわかったもんじゃないなぁコレ」
ま、非難は全部お兄に横流ししようそうしよう。私悪くない。そう割り切ることに決めたら心がみるみる軽くなった気がする。
「それで…どうするのが良いだろうね、祈莉?」
「みんな集まったんなら、いっそ真選組総出で盛大にお祝いするとかいいんじゃない」
「そりゃ流石に無理があるだろ。隊士何人いると思ってんだ」
丸投げしてくるお兄に軽く殺意が湧きつつ適当に案を出してみるけれども、土方さんに即座に却下される。そりゃそうだ。
それにそういうときの総悟くんは何をするかわかったもんじゃないので、たとえ隊士が揃ったとしてもやめたほうがいい気さえしてくる。
「じゃあ土方さんならどうする?」
「そうだな、俺だったら…」
ぶっきらぼうに突き放すかと思いきや、存外真面目に考え始める土方さん。何度も衝突を繰り返してこそいるけれど、やはり総悟くんを大切に想っているのには変わりないらしい。
「ケーキの生クリーム部分をマヨネーズに変えたヤツとかどうだ。あのバカにゃそんくらいが丁度いいだろ」
「却下。もしかしなくても私のこともバカにしてますよねソレ?」
「トシ…そりゃお前が食いたいだけじゃねーか、そういうのはプレゼントにならんぞ」
「…ッ、じゃあ近藤さんなんか案出してくれよ」
私達から口々にもたらされる非難に、反論出来ない土方さんは堪らず近藤さんに振る。
腕を組んで唸りながら考え出したのは、普段ガサツな近藤さんには珍しく綿密な計画による作戦だった。
「そうさなァ、俺達はいつも通り何も知らんフリをして総悟の前に色々誘導する何かを置いてって、そんでこの新見家まで連れて来て、その後ここに集まった皆で祝う…とかどうだ?」
「ほう…悪くないね。屯所で会を開くのは流石に目立つし、この家でなら多少の騒ぎも気にならないかな」
「だがよォ近藤さん、どうやってここまで総悟をおびき出すってんだ? 俺達が何かしようとしたときのアイツの嗅覚はやべーぞ」
中々に楽しそうな作戦だけど、確かに土方さんの言う通り総悟くんがこちらの思惑通りに動いてくれるというのは難しい気がする。
私達からのプレゼントは毎年毎年繰り返してきてるからさすがに諦めて受け取るようになってくれたけど、ミツバ姉の居ない今年もそうなのかはまだわからないし。
「そこだよねぇ。ねえお兄、何にだったら釣られてくれるかな?」
「うーむ…下手に何かを仕掛けるより、説明せずに最初から家に呼ぶ方が早いようにも思うね」
それですんなり行けば一番早いのは確かだけど、そういう提案をすると適当に難癖としか言えないような文句を言い出すのがこの二人でもあって。
「そりゃ味気ないだろ、せっかく総悟に何かしてやれるまたとない機会だぜ? 日頃の感謝を込めて前段階からしっかり祝ってやらねェとなぁ?」
「そうだぞ一識、トシの言う通りだ。ヤンチャなバカ弟の晴れの日の一回くらい、ちゃんとやりたいじゃないか」
「…わかったわかった。だがそう言うからには全力を尽くしてもらうよ。祈莉も、良いね?」
結局いつも通り流されるお兄。本人がそれをどう思ってるのかはわからないけど、私に対する口調から見る限りはどこか嬉しそうにも見えるし、まぁいいか。
―
そんなこんなで迎えた総悟くんの誕生日当日。近藤さんとお兄はこの日のためにと有給休暇まで使って準備に精を出している。
土方さんは土方さんで、総悟くんと一緒に仕事をこなすことで秘密裏に彼を誘導する役目を負ってくれたというのだから、よっぽど今日が楽しみだったのだろう。
「ケーキも無事に用意出来たし、とりあえず俺達の仕事はこんなモンか」
ささやかながら雰囲気作りのために飾り付けをしていたところに、近藤さんが誕生日会によく合うホールケーキを抱えて戻って来る。
美味しそうな甘い匂いが漂うそれを冷蔵庫で冷やしてもらい、私も残りの仕事を片付けて、居間に三人で集まり土方さんが総悟くんを連れてくるのを待つ。
「あとは十四郎君の働き次第だね。上手く誘導出来てると良いんだが…」
「そういや何か仕掛けを用意するとか騒いでたけど、その辺って結局どうなったの?」
「それなんだが、屯所に俺達の用意したプレゼントを隠そうとしたところを、ザキの奴に見つかっちまって諦めるしかなくてな」
偶然なのか、それとも総悟くんが探らせていたのか。どちらにせよ山崎さんに知られると話が大きくなりすぎるのは必然なので、悲しいけど仕方ない。
「なるほどね。山崎さん、変なところで鼻が良いからなぁ…」
鼻が良いだけならともかく、そのあとのしつこさも流石は監察と言うだけある根性なのでタチが悪い。
気になっていたところの確認も終わり手持ち無沙汰になったところで、家の備え付けのチャイムが鳴り響く。総悟くんたちが来たのだろう。
「おっ、主役のお出ましだな」
「私が出迎えるよ。祈莉と近藤さんはクラッカーの用意を頼む」
広い家ではないので、玄関口から三人の会話がチラホラ聞こえる。気怠い態度を隠しもしない総悟くんが、疑心に満ちた声音で土方さんに悪態を吐いていた。
「ったくなんでィ土方さん、新見の兄さん家に来させるんなら、最初っから言ってくれりゃ手土産のひとつも持ってきたのに」
「ああ、確かにな~、あの一識が有休なんて心配だもんな~」
ここから叫んで罵倒してしまいたくなる程に大根すぎる土方さんの芝居に笑いを堪えつつ、私と近藤さんはクラッカーを構える。
というかお兄、どう言って休みなんて取ったのかと思ってたけど、仮病だったのか。まあでもそれが一番妥当だもんね。
「あれ? 兄さん、大丈夫なんですかィ。祈莉ネェさんはまだ仕事してんすか」
「え、あ…ゲホゲホ。そ…そうなんだ、今日はわざわざすまないね。なんのもてなしも出来ないが、せっかくだから上がってくれ」
土方さんと同等のわざとらしい咳き込み方に、近藤さんが耐え切れずにお腹を抑え始める。
私はと言うと、全部知ったあとの総悟くんがどう思うか、何をしてくるかが気がかりで、それどころじゃない気持ちになっていた。
「そろそろ来ますよ、近藤さん」
「ププッ…悪ィ悪ィ。よし、準備OKだ」
小声でそんなやりとりして、足音を頼りにタイミングを待つ。総悟くんが居間の襖を開けたところで、私達は勢いよくクラッカーの紐を引いた。
「総悟、誕生日おめでとう」
居ないはずの私と近藤さんが居ることにか、クラッカーの破裂音にか、あるいは。
全く予想外の事態に心底驚いた様子の総悟くんは、呆然と口を開いたまましばらくその場を動くことなく固まっていた。
「今年は何も言ってこないからおかしいなと思ったら、祈莉ネェさん…随分粋な真似してくれるじゃねーか」
僅かに怒りの見え隠れする口ぶりで、彼は私の方を向く。多分総悟くんの中でも、頭の処理が追いついてないのだろう。だからこそ、私は声高々に告げる。
「私はなにもしてないよ。今回のは全部…三人が自主的にやってくれたことだよ」
「ま、そういうこった。ちなみに誕生日を俺達にバラしたのも祈莉じゃなくて一識だしな。なァ総悟、たまにゃこういうのも悪くないだろ」
肩に寄りかかって同意を求める土方さん。普段そんなことしない土方さんにしては珍しく、弟を宥めるような優しい目で総悟くんを見ていた。
さてそれを受けた総悟くんはと言うと、諦めにも似た笑みを浮かべ、彼の特等席へと進む。すれ違い様に見えた口角は、微かに上向きに釣り上がっていた。
「…そうすね。貴重な土方さんと新見の兄さんの猿芝居も見れたことだし、今日はたっぷり甘えさせてもらいやしょうかね」
―おまけ
「さ、猿…近藤さん、十四郎君はともかく…そんなに私の演技は酷かったかい」
「おい一識てめェ俺はともかくってなんだ、わざとらしい咳しやがってよくアレで騙せると思ったな」
「どっちもひでぇもんだったぞ。トシも一識も、やっぱ昔っから嘘が下手だな~」
「んもー、そんなことより早くケーキ食べようよ! お酒飲んで駄弁るだけなら今日じゃなくても出来るでしょ?」
「ネェさん、一応今日の主役は俺なんすけど…ま、いいか」
けれど今年はそれも出来なくなってしまい、どうすればいいかわからず途方に暮れながら、今日も仕事を終えて家路に着く。
「ただいまー」
「おう、邪魔してるぜ」
先に帰っていたお兄に声を掛ける。だけど、何故かお兄とは全く違うぶっきらぼうな声が返ってくる。
居間に足を踏み入れて確かめると、お兄の向かいに近藤さん、そしてその隣に土方さんがどっかりと座っていた。
「あれっ近藤さんに土方さん? こんばんは、お兄と晩酌ですか」
「おかえり祈莉。それも少しあったけれど、今日の本題は別件だよ」
お兄に呼び止められ、近藤さんと土方さんの間に挟まるように座らされる。それを見るや否や近藤さんは私の背を叩いて、思わぬ言葉を投げかけてくるのだった。
「水くせェぞ祈莉。もうすぐ総悟の誕生日なんだってな、俺達にも何か祝わせてくれよ。なァ一識、トシ」
近藤さんに同意を求められ頷くお兄。私はと言うと、総悟くん本人から口止めされていたはずの土方さんと近藤さんの二人になぜ誕生日が知られているのかわけがわからず狼狽する。
「って、近藤さん達がなんでそれを…?」
「おまえがあまりに唸って悩んでたものだからつい、ね。今年は総悟君にとっても色々あったことだし…私も力になりたいと思って」
「うーん、それを言われると弱いなぁ」
言葉を濁しつつも、お兄は総悟くんの哀しみに対して人一倍敏感に反応しているのだろうことがわかる。
もしかして、総悟くんにも、私には見せずに隠している仲間内だけにしか明かさない面があるのだろうか。
少し疎外感が残るけれど、そればかりはどうやっても埋められないものなので、嘆いても仕方ない。
「それで祈莉、いつもは何やってたんだ?」
「えーと…確か去年は」
土方さんに問われて思い出そうとして、しかし答えるのが憚られてしまい口ごもる。前回の誕生日は、武州に戻ってミツバ姉と祝った最後の誕生日だった。
「…去年は、ミツバ姉と三人で大きなケーキを囲んでたっけ」
楽しそうな笑みの沖田姉弟の姿を思い起こして、もうその光景を見ることが叶わない非情に涙が零れそうになる。
重苦しい空気になるのが嫌で無理矢理に笑んでみせて、それ以上は三人とも何も言わないでくれた。
「あぁそうそう、大体いつもは総悟くんが使ってくれそうな物を贈ってたよ。ちゃんと大事にしてくれてるのかまではわからないけど…」
「多分それは…大事にしすぎて俺達にゃ見せてくれたこともねェかもな」
「え」
近藤さんがしみじみと呟く。役に立てて欲しいと思って私達がプレゼントした物が使ってもらえていないというのは、さすがにショックが大きい。
「まあそう落胆することはないよ。男は皆そういうものだ、私もおまえが小さい頃にくれた飴玉が未だに食べられずに部屋の奥にしまってあるからな」
「一識、そりゃもう腐ってるぞ。はやく捨てちまえそんなモン。っつか小さい頃にもらったってこたァわざわざ武州から持ってきたのか?」
酒が入っているせいかよくわからないことを騒ぐお兄と土方さんを横目に、近藤さんが私を慰める。
「まぁそれはともかくだ、総悟のヤツもああ見えてテレ屋なところがあるからな。表立って素直に喜んじゃくれなくとも、ちゃんとお前の気持ちは伝わってるさ」
「だといいけど…」
「だから、今年は私達の番だ。だろう? 十四郎君、近藤さん」
しみじみとお茶を啜りながらそう勇むお兄に同意する、満面の笑みの近藤さんと、渋々という表情をしつつも満更でもない様子の見え隠れする土方さん。
酸いも甘いも共に乗り越えてきた、悪友。そう評するに相応しい、太い絆で結ばれたみんなの目は、なんだか何かを企んでいるようにしか見えなかった。
「…はぁ。総悟くんにバレたら何言われるかわかったもんじゃないなぁコレ」
ま、非難は全部お兄に横流ししようそうしよう。私悪くない。そう割り切ることに決めたら心がみるみる軽くなった気がする。
「それで…どうするのが良いだろうね、祈莉?」
「みんな集まったんなら、いっそ真選組総出で盛大にお祝いするとかいいんじゃない」
「そりゃ流石に無理があるだろ。隊士何人いると思ってんだ」
丸投げしてくるお兄に軽く殺意が湧きつつ適当に案を出してみるけれども、土方さんに即座に却下される。そりゃそうだ。
それにそういうときの総悟くんは何をするかわかったもんじゃないので、たとえ隊士が揃ったとしてもやめたほうがいい気さえしてくる。
「じゃあ土方さんならどうする?」
「そうだな、俺だったら…」
ぶっきらぼうに突き放すかと思いきや、存外真面目に考え始める土方さん。何度も衝突を繰り返してこそいるけれど、やはり総悟くんを大切に想っているのには変わりないらしい。
「ケーキの生クリーム部分をマヨネーズに変えたヤツとかどうだ。あのバカにゃそんくらいが丁度いいだろ」
「却下。もしかしなくても私のこともバカにしてますよねソレ?」
「トシ…そりゃお前が食いたいだけじゃねーか、そういうのはプレゼントにならんぞ」
「…ッ、じゃあ近藤さんなんか案出してくれよ」
私達から口々にもたらされる非難に、反論出来ない土方さんは堪らず近藤さんに振る。
腕を組んで唸りながら考え出したのは、普段ガサツな近藤さんには珍しく綿密な計画による作戦だった。
「そうさなァ、俺達はいつも通り何も知らんフリをして総悟の前に色々誘導する何かを置いてって、そんでこの新見家まで連れて来て、その後ここに集まった皆で祝う…とかどうだ?」
「ほう…悪くないね。屯所で会を開くのは流石に目立つし、この家でなら多少の騒ぎも気にならないかな」
「だがよォ近藤さん、どうやってここまで総悟をおびき出すってんだ? 俺達が何かしようとしたときのアイツの嗅覚はやべーぞ」
中々に楽しそうな作戦だけど、確かに土方さんの言う通り総悟くんがこちらの思惑通りに動いてくれるというのは難しい気がする。
私達からのプレゼントは毎年毎年繰り返してきてるからさすがに諦めて受け取るようになってくれたけど、ミツバ姉の居ない今年もそうなのかはまだわからないし。
「そこだよねぇ。ねえお兄、何にだったら釣られてくれるかな?」
「うーむ…下手に何かを仕掛けるより、説明せずに最初から家に呼ぶ方が早いようにも思うね」
それですんなり行けば一番早いのは確かだけど、そういう提案をすると適当に難癖としか言えないような文句を言い出すのがこの二人でもあって。
「そりゃ味気ないだろ、せっかく総悟に何かしてやれるまたとない機会だぜ? 日頃の感謝を込めて前段階からしっかり祝ってやらねェとなぁ?」
「そうだぞ一識、トシの言う通りだ。ヤンチャなバカ弟の晴れの日の一回くらい、ちゃんとやりたいじゃないか」
「…わかったわかった。だがそう言うからには全力を尽くしてもらうよ。祈莉も、良いね?」
結局いつも通り流されるお兄。本人がそれをどう思ってるのかはわからないけど、私に対する口調から見る限りはどこか嬉しそうにも見えるし、まぁいいか。
―
そんなこんなで迎えた総悟くんの誕生日当日。近藤さんとお兄はこの日のためにと有給休暇まで使って準備に精を出している。
土方さんは土方さんで、総悟くんと一緒に仕事をこなすことで秘密裏に彼を誘導する役目を負ってくれたというのだから、よっぽど今日が楽しみだったのだろう。
「ケーキも無事に用意出来たし、とりあえず俺達の仕事はこんなモンか」
ささやかながら雰囲気作りのために飾り付けをしていたところに、近藤さんが誕生日会によく合うホールケーキを抱えて戻って来る。
美味しそうな甘い匂いが漂うそれを冷蔵庫で冷やしてもらい、私も残りの仕事を片付けて、居間に三人で集まり土方さんが総悟くんを連れてくるのを待つ。
「あとは十四郎君の働き次第だね。上手く誘導出来てると良いんだが…」
「そういや何か仕掛けを用意するとか騒いでたけど、その辺って結局どうなったの?」
「それなんだが、屯所に俺達の用意したプレゼントを隠そうとしたところを、ザキの奴に見つかっちまって諦めるしかなくてな」
偶然なのか、それとも総悟くんが探らせていたのか。どちらにせよ山崎さんに知られると話が大きくなりすぎるのは必然なので、悲しいけど仕方ない。
「なるほどね。山崎さん、変なところで鼻が良いからなぁ…」
鼻が良いだけならともかく、そのあとのしつこさも流石は監察と言うだけある根性なのでタチが悪い。
気になっていたところの確認も終わり手持ち無沙汰になったところで、家の備え付けのチャイムが鳴り響く。総悟くんたちが来たのだろう。
「おっ、主役のお出ましだな」
「私が出迎えるよ。祈莉と近藤さんはクラッカーの用意を頼む」
広い家ではないので、玄関口から三人の会話がチラホラ聞こえる。気怠い態度を隠しもしない総悟くんが、疑心に満ちた声音で土方さんに悪態を吐いていた。
「ったくなんでィ土方さん、新見の兄さん家に来させるんなら、最初っから言ってくれりゃ手土産のひとつも持ってきたのに」
「ああ、確かにな~、あの一識が有休なんて心配だもんな~」
ここから叫んで罵倒してしまいたくなる程に大根すぎる土方さんの芝居に笑いを堪えつつ、私と近藤さんはクラッカーを構える。
というかお兄、どう言って休みなんて取ったのかと思ってたけど、仮病だったのか。まあでもそれが一番妥当だもんね。
「あれ? 兄さん、大丈夫なんですかィ。祈莉ネェさんはまだ仕事してんすか」
「え、あ…ゲホゲホ。そ…そうなんだ、今日はわざわざすまないね。なんのもてなしも出来ないが、せっかくだから上がってくれ」
土方さんと同等のわざとらしい咳き込み方に、近藤さんが耐え切れずにお腹を抑え始める。
私はと言うと、全部知ったあとの総悟くんがどう思うか、何をしてくるかが気がかりで、それどころじゃない気持ちになっていた。
「そろそろ来ますよ、近藤さん」
「ププッ…悪ィ悪ィ。よし、準備OKだ」
小声でそんなやりとりして、足音を頼りにタイミングを待つ。総悟くんが居間の襖を開けたところで、私達は勢いよくクラッカーの紐を引いた。
「総悟、誕生日おめでとう」
居ないはずの私と近藤さんが居ることにか、クラッカーの破裂音にか、あるいは。
全く予想外の事態に心底驚いた様子の総悟くんは、呆然と口を開いたまましばらくその場を動くことなく固まっていた。
「今年は何も言ってこないからおかしいなと思ったら、祈莉ネェさん…随分粋な真似してくれるじゃねーか」
僅かに怒りの見え隠れする口ぶりで、彼は私の方を向く。多分総悟くんの中でも、頭の処理が追いついてないのだろう。だからこそ、私は声高々に告げる。
「私はなにもしてないよ。今回のは全部…三人が自主的にやってくれたことだよ」
「ま、そういうこった。ちなみに誕生日を俺達にバラしたのも祈莉じゃなくて一識だしな。なァ総悟、たまにゃこういうのも悪くないだろ」
肩に寄りかかって同意を求める土方さん。普段そんなことしない土方さんにしては珍しく、弟を宥めるような優しい目で総悟くんを見ていた。
さてそれを受けた総悟くんはと言うと、諦めにも似た笑みを浮かべ、彼の特等席へと進む。すれ違い様に見えた口角は、微かに上向きに釣り上がっていた。
「…そうすね。貴重な土方さんと新見の兄さんの猿芝居も見れたことだし、今日はたっぷり甘えさせてもらいやしょうかね」
―おまけ
「さ、猿…近藤さん、十四郎君はともかく…そんなに私の演技は酷かったかい」
「おい一識てめェ俺はともかくってなんだ、わざとらしい咳しやがってよくアレで騙せると思ったな」
「どっちもひでぇもんだったぞ。トシも一識も、やっぱ昔っから嘘が下手だな~」
「んもー、そんなことより早くケーキ食べようよ! お酒飲んで駄弁るだけなら今日じゃなくても出来るでしょ?」
「ネェさん、一応今日の主役は俺なんすけど…ま、いいか」
12/36ページ