ぎんたま
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灯りのない部屋の片隅で、鼻を啜る音が鳴るのが聞こえる。少年はただ己が命を果たすために、部屋の主の状況など全て無視して襖を開き勝手に上がり込む。
「…また泣いてるんですかィ、祈莉ネェさん。ほら、食いもん持って来やしたよ」
「泣いてないもん。ごはん、総悟くんが食べていいよ」
「いや、俺ァこんな猫の餌食いたくねェでさァ」
子供の反抗期のごとく、間髪入れずに反論する。顔を上げることなく膝を抱えたままの彼女の言葉を、総悟と呼ばれた少年は容易く聞き入れることは出来なかった。
それは、彼女のために用意された食事が一般人には理解の及ばぬ甘さに包まれた劇物にも似た代物であるからでは決してなく、彼女に対する彼なりの贖罪だった。
「…ごめん。やっぱりもう少し一人にさせて」
「残念だがそいつも聞けない相談でしてねェ、祈莉ネェさん。近藤さんに頼まれてんだ、『俺のせいで死なせちまった兄貴の代わりにちゃんとメシ食わせてやってくれ』って」
「お兄は真選組を…近藤さんを裏切ったのに…私だって、企みも何も知らずに鴨さんを慕っていたのに、どうして」
真選組の内乱に見せかけ局長暗殺を企てた伊東鴨太郎が引き起こした先の動乱にて討死した、祈莉の兄。
唯一の肉親であった彼を喪った彼女の苦しみは、ミツバと言う姉を喪った総悟にとっても痛いほどによくわかるものであった。
だからこそ、彼は局長命令という形式を装いつつも彼女の元を離れることなく、その哀しみに寄り添う所存でいた。
「裏切った?」
「…だって総悟くんが斬ったってことはそうなんでしょ? 違うの…?」
「新見の兄さんは…誰も裏切っちゃいねェですよ」
総悟の放った衝撃の言葉に、祈莉の目が見開かれる。伊東派として斬られたことに間違いはないはずなのに、なぜ斬った本人であるはずの彼がそんなことを言うのかと、祈莉は呆然と声を失う。
「…おっといけねェ、余計なこと喋っちまった」
戯言をと慌てて口を塞ぐ総悟だが、彼女はその手を強く掴んで離さなかった。
無理矢理にでも引き剥がして真実を語らせようと、握る拳に次第に力が込められていく。
「総悟くん」
「…わかりやしたよ」
必死に抗う姿にいつものような加虐心が芽生える総悟だが、彼女の激昂した表情に冗談を交える余裕はないと知り、存外素直に口を開くのだった。
「確かに俺が兄さんを斬り伏せた。そいつは間違いねェ。ただ…本心から伊東派に着いてた訳じゃありやせんでした」
「それって…もしかして」
何かを察した祈莉に、少年が静かに頷く。伊東鴨太郎という男が、真選組を手中に収めるためにならばどんな手をも使おうとあらゆる面で画策していたのを、彼女はその身を持って知ってしまう。
既に巨大な組織となった真選組において、近藤が武州で暮らしていた頃よりの付き合いである人間は割合で言えばそう多くはなく、その中でも数少ない親友とも呼べる新見家の兄妹に、伊東が目を付けないはずもないのだと、絶望的な事実に気付いてしまった。
「…総悟くん、刀、貸して」
「嫌でさァ。ヤローにもらったとはいえ、こいつは俺の大事な愛刀なんでィ。こいつを汚させねーでくだせェ」
過ちを濯ぐべく自らの手で命を絶とうとする彼女を、不器用な口振りで制止する総悟。
こうなることを見越していたからこそ、真実を告げずに胸に秘めようとしていたのにと、ままならない惨状を憂う歯痒さが少年の胸を締め付けて止まない。
「…なんで死なせてくれないの…私、近藤さんに顔向けできないよ」
「あの人がそんなこと気にするタマだとお思いですかィ、祈莉ネェさん」
「それは…そうかもしれない、けど」
込み上げる想いに、涙が混じり始める。近藤を、真選組を大切に思うからこそ、祈莉は自分が知らずに犯してしまった罪に耐えられなかった。
「別にアンタがヤローに本心から惚れてたって訳でもあるめェし、利用されてたからどうこうなんて言い出したら…俺も同じだ」
「…同じじゃないよ」
かつてミツバを巡って起こった騒動にまつわる悪しき記憶が蘇る総悟。だが、彼女は自分の罪が総悟のそれとは似て非なるものと首を振る。
「そりゃどういう意味でィ」
「私は…たとえ自分が利用されてたとしても、鴨さんのことを嫌いになりたくない。嘘でも私を好きだと言ってくれたあの人を、恨む事なんて出来ない…」
「てめーの兄貴があのヤローに殺されたり…近藤さんが危険な目に遭ったりしたってのにですかィ?」
答えることの出来ない祈莉に痺れを切らし、語気を強め荒ぶる口調で総悟が静かに吼える。
もう決して手の届かないものを求める彼女の姿に、このままでは取り返しのつかないことになるような気がして少年の中で苛立ちが増していく。
「…なァ、祈莉ネェさん。アンタ…大事な物見失っちまってらァ」
「そうかもしれない…ごめんね」
涙がとめどなく流れ、それを拭うことすら拒む祈莉。震える手で総悟の腕を掴み、震える声で彼女は。
「私は、総悟くんみたいに強くないから…わからないの。みんなが大好きで、誰も失いたくなかったのに…どうしてこんなことになっちゃったの…?」
兄を斬り、同志を斬り、汚れきってしまったこの手では彼女を抱き締めることすら適わず、総悟は嗚咽を漏らす祈莉の前でただ立ち尽くす。
今ここにいるのが自分でなく近藤勲なら、彼女を躊躇いなく抱き締められただろうか。土方十四郎なら、冷たく突き放してしまうことが出来ただろうか。
近藤勲でも土方十四郎でもない、沖田総悟という齢十八の少年にはそのどちらも選ぶことが出来なかった。
「…俺にもわかりやせんよ、んなこと。けど…」
力なくそれだけ呟いて、総悟は祈莉の腕をそっと引き剥がす。それから、涙でボロボロになってしまった彼女の顔を真っ直ぐに見つめて。
「涙でグシャグシャで…見るに堪えねェ顔してやすぜ、祈莉ネェさん。アンタにそんな表情は似合わねェや」
そう言って少年はぎこちなく笑む。平時と変わらない悪態を吐いて茶化すことこそが、彼にとっての精一杯の誠意だった。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、祈莉は堰を切ったように笑い、そして。
「ありがとう、総悟くん…泣いたり笑ったり忙しくて、なんだかお腹空いちゃった。持ってきてくれたごはん、一緒に食べよっか」
「いや、俺ァそんな猫の餌食いたくねェでさァ」
「…また泣いてるんですかィ、祈莉ネェさん。ほら、食いもん持って来やしたよ」
「泣いてないもん。ごはん、総悟くんが食べていいよ」
「いや、俺ァこんな猫の餌食いたくねェでさァ」
子供の反抗期のごとく、間髪入れずに反論する。顔を上げることなく膝を抱えたままの彼女の言葉を、総悟と呼ばれた少年は容易く聞き入れることは出来なかった。
それは、彼女のために用意された食事が一般人には理解の及ばぬ甘さに包まれた劇物にも似た代物であるからでは決してなく、彼女に対する彼なりの贖罪だった。
「…ごめん。やっぱりもう少し一人にさせて」
「残念だがそいつも聞けない相談でしてねェ、祈莉ネェさん。近藤さんに頼まれてんだ、『俺のせいで死なせちまった兄貴の代わりにちゃんとメシ食わせてやってくれ』って」
「お兄は真選組を…近藤さんを裏切ったのに…私だって、企みも何も知らずに鴨さんを慕っていたのに、どうして」
真選組の内乱に見せかけ局長暗殺を企てた伊東鴨太郎が引き起こした先の動乱にて討死した、祈莉の兄。
唯一の肉親であった彼を喪った彼女の苦しみは、ミツバと言う姉を喪った総悟にとっても痛いほどによくわかるものであった。
だからこそ、彼は局長命令という形式を装いつつも彼女の元を離れることなく、その哀しみに寄り添う所存でいた。
「裏切った?」
「…だって総悟くんが斬ったってことはそうなんでしょ? 違うの…?」
「新見の兄さんは…誰も裏切っちゃいねェですよ」
総悟の放った衝撃の言葉に、祈莉の目が見開かれる。伊東派として斬られたことに間違いはないはずなのに、なぜ斬った本人であるはずの彼がそんなことを言うのかと、祈莉は呆然と声を失う。
「…おっといけねェ、余計なこと喋っちまった」
戯言をと慌てて口を塞ぐ総悟だが、彼女はその手を強く掴んで離さなかった。
無理矢理にでも引き剥がして真実を語らせようと、握る拳に次第に力が込められていく。
「総悟くん」
「…わかりやしたよ」
必死に抗う姿にいつものような加虐心が芽生える総悟だが、彼女の激昂した表情に冗談を交える余裕はないと知り、存外素直に口を開くのだった。
「確かに俺が兄さんを斬り伏せた。そいつは間違いねェ。ただ…本心から伊東派に着いてた訳じゃありやせんでした」
「それって…もしかして」
何かを察した祈莉に、少年が静かに頷く。伊東鴨太郎という男が、真選組を手中に収めるためにならばどんな手をも使おうとあらゆる面で画策していたのを、彼女はその身を持って知ってしまう。
既に巨大な組織となった真選組において、近藤が武州で暮らしていた頃よりの付き合いである人間は割合で言えばそう多くはなく、その中でも数少ない親友とも呼べる新見家の兄妹に、伊東が目を付けないはずもないのだと、絶望的な事実に気付いてしまった。
「…総悟くん、刀、貸して」
「嫌でさァ。ヤローにもらったとはいえ、こいつは俺の大事な愛刀なんでィ。こいつを汚させねーでくだせェ」
過ちを濯ぐべく自らの手で命を絶とうとする彼女を、不器用な口振りで制止する総悟。
こうなることを見越していたからこそ、真実を告げずに胸に秘めようとしていたのにと、ままならない惨状を憂う歯痒さが少年の胸を締め付けて止まない。
「…なんで死なせてくれないの…私、近藤さんに顔向けできないよ」
「あの人がそんなこと気にするタマだとお思いですかィ、祈莉ネェさん」
「それは…そうかもしれない、けど」
込み上げる想いに、涙が混じり始める。近藤を、真選組を大切に思うからこそ、祈莉は自分が知らずに犯してしまった罪に耐えられなかった。
「別にアンタがヤローに本心から惚れてたって訳でもあるめェし、利用されてたからどうこうなんて言い出したら…俺も同じだ」
「…同じじゃないよ」
かつてミツバを巡って起こった騒動にまつわる悪しき記憶が蘇る総悟。だが、彼女は自分の罪が総悟のそれとは似て非なるものと首を振る。
「そりゃどういう意味でィ」
「私は…たとえ自分が利用されてたとしても、鴨さんのことを嫌いになりたくない。嘘でも私を好きだと言ってくれたあの人を、恨む事なんて出来ない…」
「てめーの兄貴があのヤローに殺されたり…近藤さんが危険な目に遭ったりしたってのにですかィ?」
答えることの出来ない祈莉に痺れを切らし、語気を強め荒ぶる口調で総悟が静かに吼える。
もう決して手の届かないものを求める彼女の姿に、このままでは取り返しのつかないことになるような気がして少年の中で苛立ちが増していく。
「…なァ、祈莉ネェさん。アンタ…大事な物見失っちまってらァ」
「そうかもしれない…ごめんね」
涙がとめどなく流れ、それを拭うことすら拒む祈莉。震える手で総悟の腕を掴み、震える声で彼女は。
「私は、総悟くんみたいに強くないから…わからないの。みんなが大好きで、誰も失いたくなかったのに…どうしてこんなことになっちゃったの…?」
兄を斬り、同志を斬り、汚れきってしまったこの手では彼女を抱き締めることすら適わず、総悟は嗚咽を漏らす祈莉の前でただ立ち尽くす。
今ここにいるのが自分でなく近藤勲なら、彼女を躊躇いなく抱き締められただろうか。土方十四郎なら、冷たく突き放してしまうことが出来ただろうか。
近藤勲でも土方十四郎でもない、沖田総悟という齢十八の少年にはそのどちらも選ぶことが出来なかった。
「…俺にもわかりやせんよ、んなこと。けど…」
力なくそれだけ呟いて、総悟は祈莉の腕をそっと引き剥がす。それから、涙でボロボロになってしまった彼女の顔を真っ直ぐに見つめて。
「涙でグシャグシャで…見るに堪えねェ顔してやすぜ、祈莉ネェさん。アンタにそんな表情は似合わねェや」
そう言って少年はぎこちなく笑む。平時と変わらない悪態を吐いて茶化すことこそが、彼にとっての精一杯の誠意だった。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、祈莉は堰を切ったように笑い、そして。
「ありがとう、総悟くん…泣いたり笑ったり忙しくて、なんだかお腹空いちゃった。持ってきてくれたごはん、一緒に食べよっか」
「いや、俺ァそんな猫の餌食いたくねェでさァ」
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