リベサガ短編
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モンスターが集う氷海とその先に続く"ラストダンジョン"の調査、険しい道のりから一時撤退してきた一行は、城下町で束の間の休息を得ることとなる。
戻って早々に解散を命じ、ジルベールは真っ先に許嫁の姿を探すも、彼女も丁度休憩中なのか大学構内には見当たらず。
落胆と共に帝都の中心部へと踵を返したところ、進軍に同行させていたヤウダの忍びが背後から嬉々とした声で話し掛けてきた。
「陛下! アリスさんを探してるんですか? お手伝いしますよ!」
「必要ない…と言ったところで、君は聞き入れないのだろうな」
「そりゃあもちろん。あたし達一族は、陛下に末代まで恩を返す義務がありますから」
アバロンに仕える忍者、彼女自身の名はナズナ。先祖となるアザミがチョントウ城で囚われていたのを先帝が救ったのを切っ掛けに、代々帝国付きの忍びとなった一族だった。
が、得てして寡黙な仕事人というイメージとはかけ離れた賑やかな性格をしており、彼女も例に漏れず皇帝ジルベールと許嫁の恋の行方を追う一人で。
「…くれぐれも彼女に粗相のないように」
「やったー! アバロン万歳!」
申し出を渋々認めると、ナズナは腕を振り上げて楽しげに飛び跳ねては喜悦を露わにする。
淑女という言葉を体現した存在と言っても過言ではないアリスとは異なる自由奔放さ、それもまた個性のひとつと小さく嘆息を吐いて、極めて限定的な捜索隊がここに結成される運びとなった。
「大学には居なかったんでしょ? なら、自宅に戻ってるとか…」
まず初めに彼女が見出した可能性、それはアリスが昼食を家で摂っているパターン。
帝都の外食産業も悪くはないが、やはり落ち着いた自宅で一人優雅にアフタヌーンを堪能したい日もあるだろう。
そんな風にさも名推理と言わんばかりにニコニコと笑む忍者へ、ジルベールは冗談めかして制止を言い渡す。
「もしそうだとすれば、君を同行させる訳にはいかなくなるな」
「ええっ!? どうしてですか、あたしまだお役に立ちたいのに」
「彼女のプライベートを侵害するつもりか?」
「ぐっ…そう言われると何も言い返せない…」
少し考えれば当然の摂理、だがそれを綺麗さっぱり失念していたナズナが頭を抱えて落胆を示す。
とは言え彼も臣下の善意を軽視するつもりはなく、始めの牽制を撤回すると共に発破をかける。
「安心していい、彼女の家は他でどうしても見つからなかった場合、最後に向かう場所だ。務めを果たしたいのなら、是非それまでにアリスを見つけてくれ」
「ホントですか! 良かった〜、やっぱり陛下はロンギット海より広い心をお持ちなんですね!」
受け継いだ記憶の片隅に残る先祖の台詞と同等の、歯の浮くような賛辞に半目で返すと、彼女はすぐに不穏を悟り真剣な表情で考え込む。
「でも他に行く場所というと…術研ですかねぇ? 確かアリスさんって、戦闘技術の座学を担当しているお人だったような…」
「ほう、流石に情報収集能力には長けているか」
「えっへん! これでも忍者ですから」
続けて出してきた候補は、学問的にもアリスと密接な関係を持つ術法の研究所。
特に冥術に関する分館は完成からまだ日が浅いというのもあり、彼女が足繁く通うには打ってつけの場所とも言える。
主張の通り、当てずっぽうではないらしい推理力に、お調子者の忍びにも思ったよりは知性があると認識を改め、次なる目的地へと歩みを進めていく。
「なら君の言う通り、術法研究所へ向かうとしよう」
道中では特に語ることもないと、ジルベール自ら口を開くことはなかったが、沈黙を嫌った忍者は探し人と彼の関係についてを話し始める。
「陛下はアリスさんのこと、本当に大好きですよねぇ」
「ああ。全て彼女の為だと思えば、辛い戦いも苦ではない」
どうあっても無視出来ない好奇の眼差し、既にすっかり開き直っている男は堂々と頷く。
その真に迫る表情を前にナズナが言えることはそう多くなく、緩む頬を押さえてその熱意を揶揄する。
「うーん藪蛇。あんまりにもアツアツ過ぎて、聞いてるあたしの方が恥ずかしくなってきちゃう」
代々帝国に仕える忍者と言えどまだ少女、絵空事のような仁愛に憧れるのも無理はない年頃で。
皇帝として、自分とアリスが臣民にとっていい目標足り得るのであれば僥倖と微笑し、彼は近付いてきた術法研究所の本館を見上げる。
「いやー、いつ見ても大きいですね、ここ」
「異なる術法ごとにそれぞれ専門家が着き、更に実験用の個室が用意されているからな。君も何か学んでみるか?」
「それが陛下の助けになるなら考えてもいいですけど…あたし魔法は苦手だからなぁ」
遠慮がちに謙遜を吐いて、遠回しに術を覚えるのは嫌だと示すナズナ。実際には彼女は本職の術師には及ばずとも先祖と比べ決して魔力が低い方ではなく、身に着けさえすれば多くの術法を使いこなせる才能の持ち主なのだが。
「…じゃなくて、今はアリスさんを探すんでしょ。だったら早く冥研の方に」
自分のことはいいからと奥にある分館の方を指を差した瞬間、何かが破裂したかのような鈍い音がその方角から響く。
まさかこの指が原因かと思い血の気が引くのも束の間、瞬時に皇帝の命によって現実へと引き戻される。
「! ナズナ、急ぐぞ!」
「は、はい!」
蹴破る勢いで冥術研究所の扉を開き、轟音の出元を確かめるべく周囲を見渡すジルベール。
視線の先では探し求めていた彼女が青褪めた様子で振り向き、その奥には粉々になった"何か"があった。
「一体どうした?」
「あっ、陛下…その…」
「彼女は今、気が動転しています。私の口から説明を」
隣で一部始終を見ていたらしい陰陽師が、すかさずアリスを庇い立てるようにして腕を広げる。
その所作に皇帝があからさまに顔を顰めたのを忍者は見逃さず、まさかこの青年は彼らの関係を知らないのかと密かに肝が冷える想いを抱く。
しかし有事に気が立っている二人の間に割って入る訳にも行かず、失態に消沈するアリスへと目配せして彼女を宥めることしか出来なかった。
「戯れにアリス殿の理力を測ったところ、理力計が計測可能数値の限界を超えてしまいまして。彼女の高い理力に耐えられなかったが為に、機器が壊れたものと見られます」
「そうか。他の被害は?」
小さく頷いて、淡々と事務的に尋問を進めるジルベール。耳を傾けてこそいながらも、陰陽師の目を一瞥さえしないのは、やはり彼の所業が皇帝陛下の逆鱗に触れたからだろうか。
背後に隠されてしまったアリスは許婚の声音から不穏な気配を機敏に察知し、自らこの場を収めねばと二人の顔を見上げるも、一触即発の状態はとても口を挟むどころではなく。
「いえ、今のところは何も」
「なら大きな騒ぎになる前に、その壊れた理力計を片付けちゃった方がいいんじゃない?」
「…一理あります」
陰陽師からの報告に意を決してナズナが声を上げると、彼らは存外素直に少女の発言を受け入れる。
その様子を見たアリスもまた、沈黙を保っていては何も解決しないと青年の陰から一歩踏み出し、事態の収束に向けて最も適切な措置を講じる構えを見せた。
「研究所の方々には、わたくしから直接謝罪いたします。理力計を新たに作製する費用の相談もしないといけませんし」
「費用? そんなものは後でどうにでもなる。君の身体に害がないか調べる方が先だ」
国庫を預かる皇帝として、というよりかは許嫁を案じる想いが逸り過ぎてしまうが故に。
辛抱堪らずジルベールは隙を突いて彼女の腕を掴み、己の元へと引き寄せてはそう吼える。
突然現れての横暴に、新参者の陰陽師は相手が国長であることも厭わず反発心を露わにし、冥術に対する疑心を解こうと言葉を連ねる。
「お言葉ですが陛下、いくら冥術は研究途上とは言えそのような…」
「ちょいとセイメイさん、そこは陛下の気持ちを汲んでやってよ。陛下はとにかく彼女が心配なんだよ」
「陛下の気持ち…?」
憤る陰陽師を遮り、ナズナが腕を引く。そこまで言われてもまだ察しの悪い中に耳打ちしてようやく、彼は自身のしていたことの罪深さを実感したようだった。
「…失敬、無礼をお許しください」
一切の迷いなく膝を着き、陰陽師は皇帝とその許嫁の両名に許しを乞うべく深々と頭を下げる。
許嫁のこととなると我を忘れがちなジルベールにはまだ若干の憤りが残っていたが、その暴走度合いをよく知るアリスが彼を制して宥免を告げた。
「頭を上げてください、セイメイさま。そもそも初めからセイメイさまに非はありません」
「アリス殿…」
隣の皇帝はとてもそうは思っていないようだが――目に見える懸念をぐっと飲み込んで、陰陽師は頷く。
「理力計のことは、ひとまずお気になさらず。あなたが思うほど高価なものでもなし、すぐに新しいものを用意出来ます」
「そうか、なら事後処理を頼んでも良いか?」
「…ええ。お任せください」
大事にならないと判断した途端に割って入った男による皇帝らしい強引な希求に、陰陽師の肩が小刻みに震える。
「ん? どうかしたの、セイメイさん…まさか冥術の影響でおかしくなっちゃった?!」
「いや? 私はまだ帝国軍に入って間もない故、"皇帝"というものがどういうものか把握しかねていましたが…改めて陛下を見ていると、これほど面白い人もそう居ないなと」
突然の抱腹に焦燥を覚え、慌ただしく不安を吐き出すナズナ。気丈に振る舞い道化を演じるも隠し切れない恐怖に、セイメイは即座に平静を取り戻して深呼吸する。
それからジルベールとその傍らに立つ許嫁へと向き直り、彼女の存在あってこその最終皇帝 なのだという実感を語った。
「アリス殿。あなたは先程、戦地に赴けない身であることを悔いておられましたが…共に肩を並べることは出来ずとも、陛下の支えにはなれることを我々が証明いたしましょう」
「ええと、セイメイさま、それはどういう…?」
続けざまに陰陽師の青年が持ち出してきたのは、皇帝と忍者が現れるより前に零していた寂寥。
悲愴に苛まれるあまり自らの役割を正しく認識出来なくなっていた彼女を励ますべく、青年は壊れた理力計に視線を落とす。
「論より証拠、とでも申しますか…陛下、ナズナ殿、今から私が詠唱する術をよく見ていてください」
そう告げた直後、セイメイは簡単な詠唱の後に勢いよく凄み、己の影を実体化させる。
シャドウサーバント――本来であれば冥術を極めた者のみが扱える深淵の法を前に、少女が羨望を向けはしゃぐ。
「すごい! 分身の術なんて、まさに絵物語の忍者みたいじゃん!」
「ええ、これこそが冥術の神髄…ですが今の帝国なら、たとえ資質がなくとも、少し鍛えればこのように強力な術を得ることも可能です」
伝承法の陰に隠れてこそいるものの、研鑽を重ねた兵たちも、彼らが戦士たる実力を得るべく技術の研究を続けている指導員たちも、皆が一丸となって帝国の為に生きている。
大氷海への遠征に選ばれたナズナのような精鋭以外にも、それこそアリスのように戦えない者であっても。
誰もが打倒七英雄を悲願としている結束力こそが、帝国の、ひいては皇帝の活力となり得るのだと、陰陽師はそう力説する。
「これは術法研究所の皆々様は勿論、あなたのような優秀な指南者がいるお陰です、アリス殿。バレンヌ帝国の名を世界に轟かせているのは、何も皇帝陛下の働きだけが全てではない」
「そんな…わたくしには勿体のないお言葉です…」
壊れた理力計を見つめ、自己嫌悪に満ちた謙遜を口にする。今まさに帝国の利に反する失態を犯したこの場で、称賛を受ける資格などないという悲嘆が彼女から見え隠れしていた。
「アリスさん、理力計のことは陛下がどうにかしてくれるんだからさ。あんまり気に病み過ぎると幸せが逃げちゃうよ」
沈鬱な空気を払拭するのは、可憐な少女の一声。アリスはその励ましに驚愕した表情で顔を上げ、憂いてばかりでは平穏へは程遠いと小さく拳を握り締める。
「ふふ…っ、ありがとうございます。ナズナさまのような天真爛漫な方にまでお気を遣わせてしまっては、教職に就く身として示しがつきませんね」
「そうだよ! あたしは馬鹿だから難しいことはわかんないけど、それでも帝国で暮らせて良かったって思うもん」
ナズナによる懸命な説得の末、"アリス先生"はようやく真の意味で普段の笑みを取り戻す。
彼女の性格上、決してそのような含みはないと理解しつつも、少女は一瞬だけ馬鹿にされたような気もして首を傾げるも、すぐに気持ちを切り替え陰陽師へと詰め寄る。
「…って、あれ? まぁいいや。とにかくセイメイさん、あたしもさっきの分身術覚えたい! どうやったら出来るかな」
「折角の申し出に厳しいことを言うようですが、あれは秘中の秘…まずは初歩の術で冥術に慣れてもらう必要があります」
冥術という術法そのものが長らく失われていた人の世に於いて、その先駆者的存在たる陰陽師の言は基本的には絶対となる。
が、その根底を覆せる識者がここに一人。アリスは合成術に可能性を見出し、少女の落胆を悲しい結末で終わらせまいと言葉を紡ぐ。
「もしくは、相反してしまう天術以外とミックスさせた合成術…でしょうか。エリクサーという地と水の合成術なら、魔力に関係なく一瞬であらゆる怪我や不調を治せますし、それを阻害しない冥術の合成術をいくつか学べば、大氷海の戦いでも大きな助けになるはずです」
候補として挙がり得るのは、毒を与えられる冥と水の初級合成術のポイゾナスブロウあたりか。
単純な威力だけを見るならば冥と火のヘルファイアという術の方が強力ではあるが、ナズナのような既に高い身体能力を有する忍びには、搦手を学んでもらうことで更なる躍進を遂げられるだろうというのが教師としての見込みだった。
「合成術か。旅先で得た書物を適当に預けて、実用化の研究については任せきりだったが…君達の話を聞く限りでは、私が受け継いだもの以外にも有用な術法が数多くあるのだな」
「はいっ。陛下が合成書を見つけてくださったものですと、他にはデブリスフローという術も…」
教職としての血が騒ぐのか、あるいは。加速度的に饒舌になって、先鋭たる二人に合成術についての詳細を語る。
彼女の言うことならと親身になって聞き入っていたジルベールは、やがて仲間の術構成の見直しを検討し始め、同行者の一人となるナズナに案を求めた。
「ふむ…そうなると、他の誰かにも冥術を会得してもらうべきか。ナズナ、君はどう思う」
「うーん。確かにそれなら、バランスは良くなりますけど…術師の人からしたら、またイチから鍛え直しになるのって結構大変じゃありません?」
「その点に関しては、本人のやる気次第でしょう。ナズナ殿のように、冥術を学ぶ意欲があれば問題にはなりません」
セイメイの後押しもあり、相談の結果白羽の矢が立つ者を見つけたジルベールがその人物を挙げる。
名を聞いた瞬間にアリスも同意し、今度は一切の悲愴なく再び理力計の残骸に目を向け首肯してみせた。
「ならば、エセンに頼むとしよう。彼は天術を覚えていないし、その面でも都合がいい」
「ええ。此度の行軍に携わる方の中では、わたくしもあの方が一番の適任だと思います。確か理力もいい数値を出していたはず…」
まるで長年傍で仕えた参謀のように、阿吽の呼吸で通じ合う二人。アバロンに残る"最後の皇帝"と、その許嫁が見せる意志の強さは、彼ならば戦乱の世を平和に導いてくれると信じられる力強さを秘めていた。
「セイメイさんセイメイさん、アリスさんが元気になってくれてよかったね」
「…そうですね。お二方の為に我々が出来ることは限られていますが…それでも、私もこの方に仕えられたことを光栄だと思いましたよ」
忍び娘による再びの耳打ちに、これも怪我の功名かと破損した理力計によって負った擦過傷を見つめ頷くセイメイ。
帝国大学内でも特に秀でた教師であるアリスの聡明さの根幹が、まさにこの国の頂点に通じていると知った今、青年の表情は晴れがましいものへと変容していた。
「ですが、彼女は…」
何故、理力計を壊してしまうほどに強大な理力を秘めているのか――陰陽師の疑念は尽きなかったが、その秘密を解明するには、容易には踏み込めない領域に足を踏み入れる覚悟が必要なのだろう。
無理に危険を冒してまで、忌諱に触れることもない。そう考えた彼は、仲睦まじい皇帝たちの姿を見つめるに留め、それ以上は深く語らなかった。
戻って早々に解散を命じ、ジルベールは真っ先に許嫁の姿を探すも、彼女も丁度休憩中なのか大学構内には見当たらず。
落胆と共に帝都の中心部へと踵を返したところ、進軍に同行させていたヤウダの忍びが背後から嬉々とした声で話し掛けてきた。
「陛下! アリスさんを探してるんですか? お手伝いしますよ!」
「必要ない…と言ったところで、君は聞き入れないのだろうな」
「そりゃあもちろん。あたし達一族は、陛下に末代まで恩を返す義務がありますから」
アバロンに仕える忍者、彼女自身の名はナズナ。先祖となるアザミがチョントウ城で囚われていたのを先帝が救ったのを切っ掛けに、代々帝国付きの忍びとなった一族だった。
が、得てして寡黙な仕事人というイメージとはかけ離れた賑やかな性格をしており、彼女も例に漏れず皇帝ジルベールと許嫁の恋の行方を追う一人で。
「…くれぐれも彼女に粗相のないように」
「やったー! アバロン万歳!」
申し出を渋々認めると、ナズナは腕を振り上げて楽しげに飛び跳ねては喜悦を露わにする。
淑女という言葉を体現した存在と言っても過言ではないアリスとは異なる自由奔放さ、それもまた個性のひとつと小さく嘆息を吐いて、極めて限定的な捜索隊がここに結成される運びとなった。
「大学には居なかったんでしょ? なら、自宅に戻ってるとか…」
まず初めに彼女が見出した可能性、それはアリスが昼食を家で摂っているパターン。
帝都の外食産業も悪くはないが、やはり落ち着いた自宅で一人優雅にアフタヌーンを堪能したい日もあるだろう。
そんな風にさも名推理と言わんばかりにニコニコと笑む忍者へ、ジルベールは冗談めかして制止を言い渡す。
「もしそうだとすれば、君を同行させる訳にはいかなくなるな」
「ええっ!? どうしてですか、あたしまだお役に立ちたいのに」
「彼女のプライベートを侵害するつもりか?」
「ぐっ…そう言われると何も言い返せない…」
少し考えれば当然の摂理、だがそれを綺麗さっぱり失念していたナズナが頭を抱えて落胆を示す。
とは言え彼も臣下の善意を軽視するつもりはなく、始めの牽制を撤回すると共に発破をかける。
「安心していい、彼女の家は他でどうしても見つからなかった場合、最後に向かう場所だ。務めを果たしたいのなら、是非それまでにアリスを見つけてくれ」
「ホントですか! 良かった〜、やっぱり陛下はロンギット海より広い心をお持ちなんですね!」
受け継いだ記憶の片隅に残る先祖の台詞と同等の、歯の浮くような賛辞に半目で返すと、彼女はすぐに不穏を悟り真剣な表情で考え込む。
「でも他に行く場所というと…術研ですかねぇ? 確かアリスさんって、戦闘技術の座学を担当しているお人だったような…」
「ほう、流石に情報収集能力には長けているか」
「えっへん! これでも忍者ですから」
続けて出してきた候補は、学問的にもアリスと密接な関係を持つ術法の研究所。
特に冥術に関する分館は完成からまだ日が浅いというのもあり、彼女が足繁く通うには打ってつけの場所とも言える。
主張の通り、当てずっぽうではないらしい推理力に、お調子者の忍びにも思ったよりは知性があると認識を改め、次なる目的地へと歩みを進めていく。
「なら君の言う通り、術法研究所へ向かうとしよう」
道中では特に語ることもないと、ジルベール自ら口を開くことはなかったが、沈黙を嫌った忍者は探し人と彼の関係についてを話し始める。
「陛下はアリスさんのこと、本当に大好きですよねぇ」
「ああ。全て彼女の為だと思えば、辛い戦いも苦ではない」
どうあっても無視出来ない好奇の眼差し、既にすっかり開き直っている男は堂々と頷く。
その真に迫る表情を前にナズナが言えることはそう多くなく、緩む頬を押さえてその熱意を揶揄する。
「うーん藪蛇。あんまりにもアツアツ過ぎて、聞いてるあたしの方が恥ずかしくなってきちゃう」
代々帝国に仕える忍者と言えどまだ少女、絵空事のような仁愛に憧れるのも無理はない年頃で。
皇帝として、自分とアリスが臣民にとっていい目標足り得るのであれば僥倖と微笑し、彼は近付いてきた術法研究所の本館を見上げる。
「いやー、いつ見ても大きいですね、ここ」
「異なる術法ごとにそれぞれ専門家が着き、更に実験用の個室が用意されているからな。君も何か学んでみるか?」
「それが陛下の助けになるなら考えてもいいですけど…あたし魔法は苦手だからなぁ」
遠慮がちに謙遜を吐いて、遠回しに術を覚えるのは嫌だと示すナズナ。実際には彼女は本職の術師には及ばずとも先祖と比べ決して魔力が低い方ではなく、身に着けさえすれば多くの術法を使いこなせる才能の持ち主なのだが。
「…じゃなくて、今はアリスさんを探すんでしょ。だったら早く冥研の方に」
自分のことはいいからと奥にある分館の方を指を差した瞬間、何かが破裂したかのような鈍い音がその方角から響く。
まさかこの指が原因かと思い血の気が引くのも束の間、瞬時に皇帝の命によって現実へと引き戻される。
「! ナズナ、急ぐぞ!」
「は、はい!」
蹴破る勢いで冥術研究所の扉を開き、轟音の出元を確かめるべく周囲を見渡すジルベール。
視線の先では探し求めていた彼女が青褪めた様子で振り向き、その奥には粉々になった"何か"があった。
「一体どうした?」
「あっ、陛下…その…」
「彼女は今、気が動転しています。私の口から説明を」
隣で一部始終を見ていたらしい陰陽師が、すかさずアリスを庇い立てるようにして腕を広げる。
その所作に皇帝があからさまに顔を顰めたのを忍者は見逃さず、まさかこの青年は彼らの関係を知らないのかと密かに肝が冷える想いを抱く。
しかし有事に気が立っている二人の間に割って入る訳にも行かず、失態に消沈するアリスへと目配せして彼女を宥めることしか出来なかった。
「戯れにアリス殿の理力を測ったところ、理力計が計測可能数値の限界を超えてしまいまして。彼女の高い理力に耐えられなかったが為に、機器が壊れたものと見られます」
「そうか。他の被害は?」
小さく頷いて、淡々と事務的に尋問を進めるジルベール。耳を傾けてこそいながらも、陰陽師の目を一瞥さえしないのは、やはり彼の所業が皇帝陛下の逆鱗に触れたからだろうか。
背後に隠されてしまったアリスは許婚の声音から不穏な気配を機敏に察知し、自らこの場を収めねばと二人の顔を見上げるも、一触即発の状態はとても口を挟むどころではなく。
「いえ、今のところは何も」
「なら大きな騒ぎになる前に、その壊れた理力計を片付けちゃった方がいいんじゃない?」
「…一理あります」
陰陽師からの報告に意を決してナズナが声を上げると、彼らは存外素直に少女の発言を受け入れる。
その様子を見たアリスもまた、沈黙を保っていては何も解決しないと青年の陰から一歩踏み出し、事態の収束に向けて最も適切な措置を講じる構えを見せた。
「研究所の方々には、わたくしから直接謝罪いたします。理力計を新たに作製する費用の相談もしないといけませんし」
「費用? そんなものは後でどうにでもなる。君の身体に害がないか調べる方が先だ」
国庫を預かる皇帝として、というよりかは許嫁を案じる想いが逸り過ぎてしまうが故に。
辛抱堪らずジルベールは隙を突いて彼女の腕を掴み、己の元へと引き寄せてはそう吼える。
突然現れての横暴に、新参者の陰陽師は相手が国長であることも厭わず反発心を露わにし、冥術に対する疑心を解こうと言葉を連ねる。
「お言葉ですが陛下、いくら冥術は研究途上とは言えそのような…」
「ちょいとセイメイさん、そこは陛下の気持ちを汲んでやってよ。陛下はとにかく彼女が心配なんだよ」
「陛下の気持ち…?」
憤る陰陽師を遮り、ナズナが腕を引く。そこまで言われてもまだ察しの悪い中に耳打ちしてようやく、彼は自身のしていたことの罪深さを実感したようだった。
「…失敬、無礼をお許しください」
一切の迷いなく膝を着き、陰陽師は皇帝とその許嫁の両名に許しを乞うべく深々と頭を下げる。
許嫁のこととなると我を忘れがちなジルベールにはまだ若干の憤りが残っていたが、その暴走度合いをよく知るアリスが彼を制して宥免を告げた。
「頭を上げてください、セイメイさま。そもそも初めからセイメイさまに非はありません」
「アリス殿…」
隣の皇帝はとてもそうは思っていないようだが――目に見える懸念をぐっと飲み込んで、陰陽師は頷く。
「理力計のことは、ひとまずお気になさらず。あなたが思うほど高価なものでもなし、すぐに新しいものを用意出来ます」
「そうか、なら事後処理を頼んでも良いか?」
「…ええ。お任せください」
大事にならないと判断した途端に割って入った男による皇帝らしい強引な希求に、陰陽師の肩が小刻みに震える。
「ん? どうかしたの、セイメイさん…まさか冥術の影響でおかしくなっちゃった?!」
「いや? 私はまだ帝国軍に入って間もない故、"皇帝"というものがどういうものか把握しかねていましたが…改めて陛下を見ていると、これほど面白い人もそう居ないなと」
突然の抱腹に焦燥を覚え、慌ただしく不安を吐き出すナズナ。気丈に振る舞い道化を演じるも隠し切れない恐怖に、セイメイは即座に平静を取り戻して深呼吸する。
それからジルベールとその傍らに立つ許嫁へと向き直り、彼女の存在あってこその
「アリス殿。あなたは先程、戦地に赴けない身であることを悔いておられましたが…共に肩を並べることは出来ずとも、陛下の支えにはなれることを我々が証明いたしましょう」
「ええと、セイメイさま、それはどういう…?」
続けざまに陰陽師の青年が持ち出してきたのは、皇帝と忍者が現れるより前に零していた寂寥。
悲愴に苛まれるあまり自らの役割を正しく認識出来なくなっていた彼女を励ますべく、青年は壊れた理力計に視線を落とす。
「論より証拠、とでも申しますか…陛下、ナズナ殿、今から私が詠唱する術をよく見ていてください」
そう告げた直後、セイメイは簡単な詠唱の後に勢いよく凄み、己の影を実体化させる。
シャドウサーバント――本来であれば冥術を極めた者のみが扱える深淵の法を前に、少女が羨望を向けはしゃぐ。
「すごい! 分身の術なんて、まさに絵物語の忍者みたいじゃん!」
「ええ、これこそが冥術の神髄…ですが今の帝国なら、たとえ資質がなくとも、少し鍛えればこのように強力な術を得ることも可能です」
伝承法の陰に隠れてこそいるものの、研鑽を重ねた兵たちも、彼らが戦士たる実力を得るべく技術の研究を続けている指導員たちも、皆が一丸となって帝国の為に生きている。
大氷海への遠征に選ばれたナズナのような精鋭以外にも、それこそアリスのように戦えない者であっても。
誰もが打倒七英雄を悲願としている結束力こそが、帝国の、ひいては皇帝の活力となり得るのだと、陰陽師はそう力説する。
「これは術法研究所の皆々様は勿論、あなたのような優秀な指南者がいるお陰です、アリス殿。バレンヌ帝国の名を世界に轟かせているのは、何も皇帝陛下の働きだけが全てではない」
「そんな…わたくしには勿体のないお言葉です…」
壊れた理力計を見つめ、自己嫌悪に満ちた謙遜を口にする。今まさに帝国の利に反する失態を犯したこの場で、称賛を受ける資格などないという悲嘆が彼女から見え隠れしていた。
「アリスさん、理力計のことは陛下がどうにかしてくれるんだからさ。あんまり気に病み過ぎると幸せが逃げちゃうよ」
沈鬱な空気を払拭するのは、可憐な少女の一声。アリスはその励ましに驚愕した表情で顔を上げ、憂いてばかりでは平穏へは程遠いと小さく拳を握り締める。
「ふふ…っ、ありがとうございます。ナズナさまのような天真爛漫な方にまでお気を遣わせてしまっては、教職に就く身として示しがつきませんね」
「そうだよ! あたしは馬鹿だから難しいことはわかんないけど、それでも帝国で暮らせて良かったって思うもん」
ナズナによる懸命な説得の末、"アリス先生"はようやく真の意味で普段の笑みを取り戻す。
彼女の性格上、決してそのような含みはないと理解しつつも、少女は一瞬だけ馬鹿にされたような気もして首を傾げるも、すぐに気持ちを切り替え陰陽師へと詰め寄る。
「…って、あれ? まぁいいや。とにかくセイメイさん、あたしもさっきの分身術覚えたい! どうやったら出来るかな」
「折角の申し出に厳しいことを言うようですが、あれは秘中の秘…まずは初歩の術で冥術に慣れてもらう必要があります」
冥術という術法そのものが長らく失われていた人の世に於いて、その先駆者的存在たる陰陽師の言は基本的には絶対となる。
が、その根底を覆せる識者がここに一人。アリスは合成術に可能性を見出し、少女の落胆を悲しい結末で終わらせまいと言葉を紡ぐ。
「もしくは、相反してしまう天術以外とミックスさせた合成術…でしょうか。エリクサーという地と水の合成術なら、魔力に関係なく一瞬であらゆる怪我や不調を治せますし、それを阻害しない冥術の合成術をいくつか学べば、大氷海の戦いでも大きな助けになるはずです」
候補として挙がり得るのは、毒を与えられる冥と水の初級合成術のポイゾナスブロウあたりか。
単純な威力だけを見るならば冥と火のヘルファイアという術の方が強力ではあるが、ナズナのような既に高い身体能力を有する忍びには、搦手を学んでもらうことで更なる躍進を遂げられるだろうというのが教師としての見込みだった。
「合成術か。旅先で得た書物を適当に預けて、実用化の研究については任せきりだったが…君達の話を聞く限りでは、私が受け継いだもの以外にも有用な術法が数多くあるのだな」
「はいっ。陛下が合成書を見つけてくださったものですと、他にはデブリスフローという術も…」
教職としての血が騒ぐのか、あるいは。加速度的に饒舌になって、先鋭たる二人に合成術についての詳細を語る。
彼女の言うことならと親身になって聞き入っていたジルベールは、やがて仲間の術構成の見直しを検討し始め、同行者の一人となるナズナに案を求めた。
「ふむ…そうなると、他の誰かにも冥術を会得してもらうべきか。ナズナ、君はどう思う」
「うーん。確かにそれなら、バランスは良くなりますけど…術師の人からしたら、またイチから鍛え直しになるのって結構大変じゃありません?」
「その点に関しては、本人のやる気次第でしょう。ナズナ殿のように、冥術を学ぶ意欲があれば問題にはなりません」
セイメイの後押しもあり、相談の結果白羽の矢が立つ者を見つけたジルベールがその人物を挙げる。
名を聞いた瞬間にアリスも同意し、今度は一切の悲愴なく再び理力計の残骸に目を向け首肯してみせた。
「ならば、エセンに頼むとしよう。彼は天術を覚えていないし、その面でも都合がいい」
「ええ。此度の行軍に携わる方の中では、わたくしもあの方が一番の適任だと思います。確か理力もいい数値を出していたはず…」
まるで長年傍で仕えた参謀のように、阿吽の呼吸で通じ合う二人。アバロンに残る"最後の皇帝"と、その許嫁が見せる意志の強さは、彼ならば戦乱の世を平和に導いてくれると信じられる力強さを秘めていた。
「セイメイさんセイメイさん、アリスさんが元気になってくれてよかったね」
「…そうですね。お二方の為に我々が出来ることは限られていますが…それでも、私もこの方に仕えられたことを光栄だと思いましたよ」
忍び娘による再びの耳打ちに、これも怪我の功名かと破損した理力計によって負った擦過傷を見つめ頷くセイメイ。
帝国大学内でも特に秀でた教師であるアリスの聡明さの根幹が、まさにこの国の頂点に通じていると知った今、青年の表情は晴れがましいものへと変容していた。
「ですが、彼女は…」
何故、理力計を壊してしまうほどに強大な理力を秘めているのか――陰陽師の疑念は尽きなかったが、その秘密を解明するには、容易には踏み込めない領域に足を踏み入れる覚悟が必要なのだろう。
無理に危険を冒してまで、忌諱に触れることもない。そう考えた彼は、仲睦まじい皇帝たちの姿を見つめるに留め、それ以上は深く語らなかった。