げんすい
夢小説設定
この章の夢小説設定太陽暦450年に起こったノースウィンドゥ襲撃事件の生き残り
ビクトールに命を救われ、共に仇討ちの旅に出る
常に物腰は柔らかく、誰に対しても温和
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山岳での野営のさなか、暗がりと焚火による翳りに違和感を覚えたレインが、この場における最年長者の身なりを見つめ感慨を零す。
「ビクトールさん、だいぶ髪が伸びましたね」
今夜の夕餉における話題の中心となったのは、自身の美醜に興味のない無精者が無造作に伸ばした黒髪について。
以前から同行者の二人よりも長々と枝垂れていたそれは、気付けば肩に触れる位置までになっており、流石の彼女も戦闘での悪影響があるのではと暗に指摘せざるを得ず。
「ああ、確かにな。元々だらしないとは思っちゃいたが…改めて言われると、よく邪魔にならないな」
本人よりも先に同意を示したのはフリック、悪態を交じえつつも暴言にはならない絶妙なラインの疑念を吐く。
二人から口々に言われたことで、男は不貞腐れた様子で解決策を勘案するも、彼らの反応は芳しくないという程度では済まなかった。
「わーってるよ、その内切るつもりだったんだが、麓の村にゃ切れるやつがいなかったんだ。だからどうしたもんかと…今日は夜通しで下山するか?」
「絶対に嫌だ」
間髪入れずの即答を否で返したのもまた、門の紋章戦争以来の腐れ縁となった青年で。
一方で共に焚火を囲む才媛は、突拍子もない提案には慣れたものと表情には出さず静々と沈黙を保つ。
あくまで男性陣に判断を委ねるという姿勢ではあれど、ビクトールはその無言の圧力には逆らえず、拗ねたように腕を組み自らの発言を撤回した。
「…ちぇっ」
炎がぱちぱちと爆ぜ鮮やかに煌めく中、早くも話題が途切れた三人の間に暫しの静寂が訪れる。
それぞれが食べ終えた携帯食を誰からともなく片付けて、寝支度を始めるかどうかといったタイミングで、不意に凛とした音吐が響く。
「ビクトールさん」
静けさを断ち切って、徐に男の名を呼ぶレイン。その手には彼女の愛用とは形状を異にする短刀が握られており、青年は次に放たれるであろう言葉を想起し息を呑む。
「私でよければ切りますよ」
「出来るのかよ? だったらもっと早く…」
「待った。レイン、少しいいか」
嬉々として申し出を受けようとする熊の化身を遮って、フリックがもう一人へと視線を送る。
突然のことに吃驚を見せる彼女を手招きし、他者の髪に触れるという行為の意味を耳打ちした。
「結婚もしてないのに、あいつの髪なんか触っていいのか。戦士の村じゃ、家族以外で異性の髪を切るのはご法度だぜ」
「私たちの故郷では、そのような慣習は聞いたことありませんね」
憤る青年に合わせ声を潜め、彼女は文化の違いに不満とも納得ともつかない返答を口にする。
元より長年の旅路で積み重ねてきた絆の深さからか、あるいは。禁忌だと聞かされても尚、レインは短刀を懐には戻さず、逡巡の眼差しでそれを見つめていた。
「…ですが」
深呼吸し一拍置いて、それから困ったように笑みを向ける。
「一理ある、とは思ってしまいました」
「だったらやめとけ」
下がった眉とほんのり赤らんだ頬に、青年は彼女の中にあるビクトールへの恩義だけではない思慕の深さを察知し、有無を言わさず短刀を下ろさせる。
尤も今この瞬間に本人へと改めてそれを指摘し、二人の関係性を深めてやるでも良かったが、そんな情けをかけてやる義理はどこにもない。
その上、もう一方の当事者の腹はいまだに全く読めないままなのだ――万が一にもこの三人での旅に亀裂が生じ、居心地が悪くなるという状況になるのは絶対に避けねばならないフリックは、意味深に笑んでは鞄を漁り始める。
「安心しな。代わりに俺がやってやるよ」
「えっ」
引き止める間もなく彼は男の方へと向き直り、自身の髪を整える際に用いる鋏を持ち出す。
そして開いては閉じを繰り返してシャキシャキと刃を鳴らしてみせ、今にも丸坊主にしかねない勢いでにじり寄る。
「おいビクトール。そんだけ適当に伸ばしてるってことは、切るのも適当で構わないんだろう」
「まあ、そこまでこだわりはないが…っておい、ちょっと待てよ、なんだその顔は?」
見たこともないような満面の笑み、何か良からぬことを考えているとしか思えないその容貌に、恟々と身構えるビクトール。
感じた悪寒は言うまでもなく見事に的中し、まるで鍔迫り合いを始めるが如く青年は鋏を突き出した。
「いい機会だから、俺が綺麗にしてやろうと思ってよ。ほら、さっさとツラ貸しな」
「うぉっ!? あぶねーだろうが!!」
刃先を寸でで避け、男は臨戦態勢に入る。髪を切られること自体に忌避感はなかった彼だが、その鬼気迫る勢いに何か裏があるのではと警戒を解けず。
「とりあえず落ち着けフリック、なんだってそんなおれの髪を切りたがってんだ?」
せめてもの抵抗として、意気揚々といった様子の青年を落ち着かせるべくそう問い掛ける。
が、返ってきたのは意外にも熱意とは程遠い回答であり、ビクトールはますます訳が分からないといった怪訝な表情を浮かべるしかなかった。
「いや、特に深い意味はない。別に俺がどうしても切りたいってわけじゃないしな。ただ、戦いになった際にその髪でお前の視界が悪くなったせいで負傷でもされたんじゃ、俺たちにも迷惑がかかるだろ」
「…そうですね。とはいえ、無理強いは禁物だとは思いますが」
唐突に振られこそすれ、レインはいたって平静を装い首肯しては、奇行にも等しい先ほどの攻防を諫める。
一応は本人の意思を尊重した中立に見せているようでいて、実際にはフリックの零した言葉に同調している深層心理を読み取った男は遂に観念し二人から背を向け、伸びた後ろ髪を切りやすいよう首を傾け始めた。
「ま、自分で切るよかマシだろ。んじゃよろしく頼むぜ、色男さんよ」
「レイン、こいつの頭…未来永劫切る必要がないようにしてやってもいいか?」
「駄目です。ご自分で言い出したんですから、発言には責任を持ってください」
言ってはならない禁句に表情筋を引き攣らせ、怒りを露わにとんでもない問いを投げる青年。
当然尋ねられた彼女の答えは否であり、自分では手出しできないもどかしさの混じった憤懣の声で返す。
「ちっ、仕方ねえな…と言っても、俺も他人の髪を切ってやるなんて初めてだから、不格好になっても文句は言うなよ」
「安心しな、山を越えたら本業のやつにちゃんと頼むさ。だから今日は、髪の量をほんのちょっと軽くしてくれるだけで十分だ」
緊張を解す軽口の叩き合いののち二人は互いに押し黙り、それぞれ散髪する、されるの作業に集中し始める。
閑散とした山林の中腹で鋏の音を響かせるのを前に、レインは何も出来ないままその光景を眺めるのみ。
「…」
固唾を呑んで見守る、と言えば聞こえはいいものの、実態としては彼女はずっとフリックの故郷――戦士の村での風習についてを熟考していた。
以前の戦時中に仇敵を討つべく偶然訪れたあの村では、人の髪という代物がいかに大切なものとして扱われているかを改めて噛みしめ、今はまだ触れられない歯がゆさに口を引き結ぶ。
どうして自分ではなく、たった数年の交流しか持たない彼が。羨望とも煩悶ともつかない胸の騒めきに、才媛の視線は下へ下へと傾いていく。
「ところでフリック、さっきあいつを止めたのは何だったんだ?」
「ん? まあ、ちょっとな。いくらお前らが長い付き合いだからって、小間使いってんでもないのに身の回りの世話までやらせるのは酷だろ」
何気ない疑問に対し、青年はわざとらしくレインを一人の女性として見ている体で語る。
人格の尊重を喜ぶべき瞬間であるにも拘らず、彼女の心は晴れぬまま、いっそ隷属的な関係でも構わないから己を求めてくれまいかなどと邪念が過ってしまう。
「小間使いって…おれはレインに嫌がることををムリヤリやらせたことなんて一度もないぞ。あいつが勝手におれの世話を焼きたがるんだ」
青年の揶揄を否む呆れた声は、後半に差し掛かるにつれどこか嬉しそうにも聞こえる気がして。
かつて彼に救われた娘は目頭が熱を持ち始めたのを必死で堪え、その傍に居られる幸福に随喜する。
しかし会話の中に仕込まれた唯一の嘘に関してだけは何としてでも訂正せねばと、足で土を擦り意識をこちらに向けさせ、それから。
「嘘はいけませんよ、ビクトールさん」
ゆったりとした動作で沸かした湯を注ぎ茶を淹れ、あくまで過去の禍根だと示す穏やかな面持ちで彼女はかつての裏切りについてを語る。
「離れ離れになるのは嫌だと言っても聞かず、私をグランマイヤー様の下に預けたじゃないですか」
「だから、あれはお前の為を思って…」
「馬鹿野郎、危ないだろうが!」
すかさずの反論、勢いよく振り返ろうとして鋏の刃が肌に触れそうになり、フリックが声を荒げる。
が、即座に血の上った頭をクールダウンさせ、二人の間に存在していた確執の仔細を知りたいと目配せした。
「…悪かった。続けてくれ」
「続けろと言われてもな…レイン、お前が話せ」
叫ばれた手前ばつが悪いのか、それとも。普段は豪快で明朗闊達な男は珍しく言い淀み、本人の口から告げるよう促す。
「ネクロードに村が襲われた当時、私はまだ未熟な子供でした」
背中越しに一瞥され、彼女は大きく頷いて大きく息を吸いこみ、己の半生をなぞるように口を開く。
解放軍に参加していたメンバーでも恐らく知る者はほとんどいないであろうその壮絶な旅路の始まりは、意外にも絆とは無縁だったらしかった。
「仇を討つと口では軽々と言えども、そのころの私には力がありませんでしたから。足手まといを連れて行けるほど旅は甘くない…フリックさんもそれはわかりますよね」
「まあ、一応は」
「でも当然、私自身にも矜持があります。どんな危険があるとしても、たとえ道半ばで斃れることになろうとも…ビクトールさんを独りで行かせたくはなかったんです」
堰を切ったように思いの丈を吐き出すレイン、今にも泣き出してしまいかねない震える声に、男はこれまで長い間言えずにいた自身の心境を打ち明かした。
「おれも似たようなものさ。せっかく助かった命だ、むざむざ投げ捨てるなんてバカなことされてたまるか…そう思ってたんだ」
「ふーん…だとしたらお前、どういう経緯があって心を入れ替えてこいつと旅をするようになったんだ?」
髪を切る手は止めず、冷静に現状との矛盾を突くフリック。明らかにビクトールへの向けての尋問ながらも、答えたのは彼ではなく。
「単身でサウスウィンドゥを出たビクトールさんをこっそり追い掛けたところ…モンスターたちに囲まれてピンチになっていたのを見つけたんです」
「けど、さっきは…いったいどうやって加勢出来たんだ?」
湧き出た謎を解明せずにはいられず、青年は意味深長に勿体ぶる才媛の話を遮って説明を要求する。
まるで子供のように興味津々といった様子に彼女はくすくすと笑んで、右手――より正確に言うなら、そこに宿した紋章――を誇示して見せた。
「ひとつはこの水の紋章ですね。グランマイヤー様が授けてくれました。まあ…宿したのは自分でですけど」
苦笑と共に己の手を焼き焦がした紋章を撫で、幼い子供故の過ちをひっそりと呟くレイン。
紋章師の力を借りずに独自の方法で宿したそれは、まるで宿主に寄生するかの如く彼女の身体と密接に絡みついてしまい、どうあがいても封印球に戻すことの出来ない代物となっていた。
「…」
「で? 少なくとも、もうひとつあるんだろ」
十数年旅を共にしながらも、今まで一度も知らずにいた秘密を耳にした男が眉を顰める傍らで、その小さな呻きに気付きすらしなかったフリックは更なる詳細を急く。
尤もその反応もごくごく自然、現に彼自身も解放軍で共闘していた頃から幾度となくその癒しの力に助けられており、今更驚くものでもなかったからだ。
それを見越していたレインの続けての回答は、ジェスチャーを伴わないストレートな言葉。
純粋な武力ではない別の手段を巧みに操り、命の恩人に報いることが出来た第一歩を感慨深げに語ってみせた。
「知識です。昔読んだ兵法書に記されていた対応策を講じ、ビクトールさんを囲んでいたモンスターたちの注意を引き付けることで窮地を脱しました」
「ははっ、たしかに脳みそまで筋肉で出来てるビクトールじゃあ、到底思いつかない方法だったんだろうな」
「なんだと! …いやまあ、実際あの時はわりと本気で驚いたけどよ」
言われてみればこれほどまでに昭然な種明かしに、思わず破顔してビクトールを揶揄する青年。
男は初めこそ憤慨して視線を上げ背後の彼を見遣るものの、言い返す余地も特にないと嘆息を吐き、その件が彼女に頭を上げられなくなった発端だと認める。
「持ちつ持たれつ、ってやつだな。 …っとほら、だいぶさっぱりしただろ」
かつて一人の女性に恋をし、彼女の為に尽くした身として思うところがあるのか、フリックはしみじみと零す。
あの輝きを失った後悔によって心が重くなるのを嫌い、気分を一新する意味も込めて男の背を叩いては、散髪の完了を告げた。
「おお! 思ったよりもずいぶん短くなったが…これはこれで悪くないな。どうだレイン、カッコよくなったか?」
「…はい。似合ってますよ」
鏡を見せてもらっての結果に満足げな笑みを浮かべ同意を求めると、レインは微かに頬を赤らめる。
"さっぱりした"と青年が称した通り、確かにこれまでの彼からすれば相当に長さは失われてはいるのだが、その分清潔感が増したことで無骨さが薄れ好印象を与えやすい風貌へと様変わりしていた。
「なら良かったぜ。いやー助かった、これなら今後もお前に頼むとするか」
「お断りだ。切られてるお前は暇でも、こっちは神経研ぎ澄ませてやってやったんだぞ」
「まあまあ、フリックさん。今日はそのくらいで」
「はぁ、そうだな…俺は疲れた。ビクトール、火の番はお前に任せたからな」
またも言い争いになりかけたところを一方的に宥められ、多勢に無勢を悟った青年は丁寧に敷いた布団へ身を滑らせる。
男は大役を果たした彼を呼び止めはせず素直に就寝させてやり、傍観に徹していたもう一人へニヤリと笑む。
「へいへい。 …ってもレイン、お前も見てただけだから交代は出来るだろ?」
「ええ、構いませんよ。折角ですから、フリックさんに話した際には敢えて省いた部分について語りましょうか」
屈託のない笑みを返し、彼女は木々に隠れ見えない星を仰ぐ。波乱に満ちた運命、けれど大切な人の隣にいられるのなら。
恋とも愛とも呼べぬ不可思議な感情を胸に秘め、これから先の未来でも決して離れはしないと誓うように喉を震わせ、そして。