げんすい
夢小説設定
この章の夢小説設定太陽暦450年に起こったノースウィンドゥ襲撃事件の生き残り
ビクトールに命を救われ、共に仇討ちの旅に出る
常に物腰は柔らかく、誰に対しても温和
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戦が続いているわけでもない、リーダーが仲間を集めるために東奔西走あちこち出歩いているでもない。
軍の重鎮であるビクトールやレインたちにとって、つかの間の休暇である。
ある意味で暇をもて余したいい大人たちが、昼間から酒を飲んでは堕落した生活をしているこの場にそぐわぬ少年が一人。
「よっ、ビクトール」
「珍しいな、シーナ? レオナにでも甘えに来たのか」
まあそれもいいけどね、などと笑って、レインの隣の席に堂々と腰を落ち着けるシーナ。
ジョッキ片手に、正面に座られる形となったビクトールが彼の言葉に疑問を浮かべる。
「この際だから、ハッキリ聞いておこうと思って。」
意味深な笑みに悪寒がして、思わず立ち去りたくなるレイン。しかしそうも行かず平常を装って、仕方なくグラスを仰ぎ話し半分に耳を傾ける。
残念なことに、彼女のその嫌な予感は的中した。この放蕩少年が放った問いは、自分達の曖昧な関係を掻き乱すあまりにも危険なものであった。
「レインとビクトールって、結局付き合ってるの? それともただの腐れ縁?」
「それを本人の目の前で聞くかよ…」
「本人の目の前だからこそ聞くんだよ。コソコソしたって仕方ないじゃん」
あまりにも不躾な問いに睨みを利かせるビクトールだが、シーナはそれでも物怖じすることなく答える。
やけに挑戦的な視線に、何かが壊れてしまうような気さえしつつも、レインは深々と息を吐いて覚悟を決めた。
「あの…ビクトールさ」
男がレインの言葉を遮るも、そこからが続く様子はない。ビクトール自身、どう答えていいのか悩んでいるのが見て取れる。
微かに息を飲む仕草を見逃すことなく見守って、彼女はそれ以上何も言わず流れに任せることにするしかなかった。
「…なーんか、曖昧だよな。見てるとさあ、何年も一緒に過ごしてきてたってわりに仲が良いとも言い切れないって言うか」
胸が痛む音がする。実際、シーナの言葉は的を射ているのだ。幾千の死線を潜り抜け、共に仇を討ち取った同胞。その認識は互いに共有されているものだった。
しかし、それ以上の感情が、果たしてビクトールにはあるのだろうか。今日に至るまでのレインは、そこに踏み込む勇気がなかったのだ。
可能性の話でだけならば、旅を通じて想いを通じ合わせ、彼と結ばれる機会はあったのかもしれない。
だがそうはならず、結果として第三者どころかこの複雑な想いを知りもしないであろうシーナに、こうして指摘されてしまうような、曖昧で不安定な関係が続いている。
それをこの無骨で粗野な朴念仁は、一体どう思っているのだろうか。
「レインは…」
「レインさんは?」
煽る口振り。あからさまなやり口なのはわかりきっているのに、それでも焦る気持ちが治まりそうもなかった。
暫しの間。何分、何秒経っただろうか、既にレインにはわからなくなっていた。
言葉はないまま、時間だけが過ぎていく。周囲の喧騒が耳鳴りにもなりそうなほどに、この空間だけは静寂が続いていて。
緊張から喉が乾く。酒で潤されるのは一時だけで、すぐに余計にひりつくとわかっていても、この時ばかりは飲まずには居られなかった。
グラスに手をかけるレイン。身体が震えていたのに気付かず、手が滑りグラスがテーブルに打ち付けられる。
「おい、大丈夫か!」
「レインさん、怪我とかしてない?」
突然響いたその音にシーナとビクトールも慌てた様子でレインを心配する。
注がれていた安酒はテーブル全体を湿らせ、落とした衝撃で散ったガラス片が指を掠め、血が滲んでいた。
何よりも、彼女にとって触れるべきでない腫れ物のような傷を広げてしまったのだと、ビクトールは呆然とする彼女の様子から察した。
「…かすり傷ですから、問題ありませんが…ごめんなさい、飲食の場で流血は御法度でしょう。失礼します」
体のいい言い訳を見つけた、とそのまま離席するレイン。慌てたシーナが後を追おうと駆け出したのを、ビクトールは止められずに見送るしかなく。
「…チッ」
どうすることも出来ない自分を呪いながら、このまま荒れたテーブルを放置するわけにも行かず酒場の給仕を呼びつけた。
―
「レインさん、ちょっと待ってよ」
レインの部屋の目の前まで来てようやく追い付いたシーナが、息を切らしつつ呼び止める。
「ああ…先程はすみませんでした」
「いや、それは良いんだけどさ。どうして逃げたのかなーって」
あくまで知らぬ存ぜぬを通すような口調に、レインは心が狭まっていくのを他人事のように感じとる。
自分の中でのそれに対する答えはわかりきっていた。とは言えそれを素直にシーナへ暴露出来るほど、彼女は心穏やかではなかった。
苛立ち、葛藤、恐怖。諸々が混じりあった乱れる心のまま、つい嫌味を含めた言い回しをしてしまう。
「…好きが沢山ある貴方には、わからないと思いますよ」
きっと彼とは、わかりあえる日など来ない。半ば頭ごなしにそんな拒絶をしてから、自制さえ出来ないレベルで心が乱れているのかと自分自身に失望する。
それほどまでに、レインはこの多感な少年が苦手だと改めて感じざるを得なかった。
「怖いの?」
不意を突く言葉。それに対しレインの身体が跳ねるのをシーナは見逃さず、更に言及を重ねる。
「俺さ、確かに女好きって思われるし、それ自体は間違ってないけど…好きな男が他にしっかりいるヒトは応援したくなる方だけどな」
「何、を…」
言いたいのか。思った言葉が、音にならず止まって喉が痞える。見透かされているのか、それとも当てずっぽうなのか。
何を考えているのか読めない口ぶりにレインは翻弄され、心中が掻き回される感覚を味わう。
「少なくとも、レインさんよりは恋愛経験豊富だよってこと」
にこりと笑むシーナ。けれど今のレインにとっては、的外れなことを言われているようにしか思えなくて。
心を鎮めようと目を伏せ、およそ半生をかけた旅路を思い起こす。いつだって死と隣り合わせで、休まる時など殆どなかった。
けれど後悔の念はなく、この生き方を選んだこと、そして常に自分の側にいた彼を想い、レインは静かに口を開く。
「…ビクトールさんを好きという想いは、恋愛だなんて簡単に語れる話ではありませんよ」
「なるほどね。…けど、それを本人に伝える勇気もなくあっちの優しさに甘えちゃってると」
何度か意味深に頷いて、それからくるりと踵を返す。どこへ行くつもりだとレインが睨むも、彼は全く動じず。
だが、聞くまでもなく察しはつく。ビクトールの元へ戻り、お節介にもほどがあることをしでかそうと言う魂胆なのだろう。
「戻るつもりですか」
「まあねー。直接聞くのが怖いレインさんの代わりに、俺が確かめてくるよ」
半身で振り返り、得意気に笑いかけてきたシーナの腕を、思わず勢いに任せて掴む。
どこか結論を出したくない想いがわだかまりとして心にあるのか。レイン自身にもわからなかった。
「…それはご遠慮願います。私はあの人と結ばれたいわけでも繋がりたいわけでもありません」
目線を合わせることが出来ないまま、しかし腕を掴む力を緩めることなくそう溢す。
シーナはじりじりと痛む腕を一瞥こそすれ、敢えて何も言わず静かに彼女の独白に耳を傾ける。
「私は…十数年前のあの日、いえ…それ以外にも、幾度となくビクトールさんに救われました」
逃げ出すことはないと悟ったのか、捕まえていたシーナの腕を開放し、伏し目がちに語る。
「だから、私もあの人を守りたい…ただ、それだけで良いんです…独占するつもりも、束縛するつもりもないんです」
言い切ったような表情のレインに、わざと意地の悪い質問を投げ掛けるシーナ。
眼差しは真剣で、好奇心や面白みを求めたような言葉ではないとわかり、彼女もしっかりと目線を合わせてその話を聞く。
「じゃあさ、例えばビクトールが誰かとくっついたとして、レインさんは喜べる?」
「当然ですよ」
短く即答。しかし問いかけは尚も続く。今度はもっと、レインの感情を煽るような口調で。
「相手がすっげーヤなやつだとか、めちゃくちゃな顔のやつでも?」
暫しの沈黙。ほんの数秒にも満たないはずのそれが、二人にはとても長いように思えた。
レインのごくりと唾を飲み込む音が響く。それから間もなく、彼女の叫びにも似た言葉が迸る。
「それがビクトールさんの選んだ大切な人なら、私に口を挟む権利はありません」
「嘘だね」
簡単に言い放つ。だが、彼と同等、ともすればそれ以上に頑固なレインがそれを認めるはずもなく。
「そんなこと…!」
「あるよ。…もしかして、自分で気付いてない?」
言葉を遮り、レインの頬を指差す。いつの間にか、一筋の涙が流れていたのだと、指摘されて初めて知った。
涙の粒が頬を伝っていく冷たさによって、自分が泣いていることを改めて理解する。
自分の言葉は決して嘘ではないはずだと思っているのに、何故哀しみが心に沸き起こるのか、レインにはわからなかった。
「泣くほど不細工が嫌だと批難するつもりはないよ」
苦笑いして、意地悪な質問を詫びるシーナ。感情が纏まらないまま生返事で答えるレインに向け、彼は複雑そうな表情で。
「多分…レインさんが自分で思ってるよりずっと、ビクトールのことが大切なんだ」
そんな風に大切に想ってもらえるなんて羨ましい限りだ、などと溢しつつ、一息吐く。
一方でレインは未だに感情の整理がついておらず、実感などないかのようにシーナの言葉を確かめる。
「…そう、なんでしょうか」
「きっとね。それは隠すべきことでも、押し殺すべきことでもない。むしろ、堂々と伝えていいと思うよ」
そう促すように言うシーナだが、レインは力なく首を振り否定する。
「いえ、いいんです。見返りや反応を求めたくて想ってるわけでもありませんから」
寂しげに微笑みを溢すレイン。しかしシーナがそう簡単に納得するほど素直ではないことなど百も承知で。
不満げに見つめてくる視線を、敢えて正面から受けることで黙らせる。
それでも苦言を呈したいと言わんばかりの目で訴えてくるが、すべて無視して話し始める。
「私は、そういう人間なんですよ。陰から見守り、支える…それだけで充分満足感を得られるんです」
まだ子供であるところのシーナには、自分のような考えを理解しろと言うのも酷な話だろう、と思いながら。
しかし自分が思う理想の関係を求めるのもまた、正しい大人になり切れなかったが故の我儘なのかもしれないとも思うレイン。
日々に追われるように幾つもの戦場を越え、真っ当な恋心など知る機会さえないままに成長してしまった少女。
そんな彼女だからこその考えであり、導き出された結論。それは端から見れば確かに、歪で滑稽かもしれなかった。
「…不服、でしょうか?」
「いいや。そこまでハッキリ言いきれるなら、否定もできないよ」
完敗、と言わんばかりに肩をすくめる。
それまでの苛立ちに満ちた視線ではなく、彼女の言わんとすることにようやく気付いたという様子の瞳は、幾分柔らかいものになっていた。
けれど、と釘を差すようにシーナは言葉を続ける。その声には、これまでのような煽動の意図は含まれていなかった。
「ビクトールの方は、じれったいって思ってるかもしれないのは…一応意識しといた方がいいんじゃない?」
そう言われ、僅かに目を見開くレイン、しかしすぐに笑みを取り戻し、わかっていると頷く。
そしてきっと彼は、全て気付いた上で何も言わずにいてくれているのだとも。
「大丈夫ですよ」
「…そっか」
静かに、それだけ呟くシーナ。自分には到底知り得ないほどの信頼がそこには見えて、口を挟むことはできないと悟る。
未熟さを思い知らされた会話の切れ目、ふとレインの立つ位置よりも後方に目を向ける。
はるか遠くに見えたその陰に、そろそろ自分は退散するべき時なのだと後頭部で手を組んで。
「ま、大本命も戻ってきたみたいだし…俺はお暇しよっかな」
くるりと背を向けるシーナ。そそくさと立ち去ろうとしたところを呼び止められ、半身で振り返る。
「今日は…ありがとうございました」
思いもよらぬ言葉に、驚きを隠せないまま。すっかり嫌われているとばかり思っていた彼女から告げられた感謝の念は、予想以上に嬉しいもので。
頬が赤くなるのを感じ、慌てて片手だけを上げ早足で歩き出す。照れ隠しにもならない捨て台詞を残して。
「なんのなんの、またなんかあったら相談してくれれば良いからさ!」
シーナが去り、周囲に再び静寂が戻る。聞き間違えるはずもない、耳障りの良い足音がレインの脳裏に響く。
振り返るまでもなく、距離がわかる。一歩ずつ、近付いてくるその重みを感じながら。
晴天のような清々しさに満ちた心が、どこか高鳴るのを他人事のように思いつつ、どちらが先に声をかけるだろうか、などと考える。
やがて足音は、彼女のすぐ後ろよりも少し離れた位置――剣が届かない程度の遠さで止まる。
レインは、わざと反応しないことでその出方を窺う。今回は、どうやら互いに待ち続ける方針が被ったようだった。
「…」
息遣いの音すら聞こえてきそうなほどの静けさが、レインの緊張をより一層大きなものにする。
どんな顔をして振り向こう、なんて言葉をかければ良いだろう。そんなことを考える余裕もなく、高鳴る鼓動が彼女の体温を上昇させていくのがわかり、思わず瞼を強く閉じてしまう。
散々に掻き回されたこの感情を噛み締めながら、レインはゆっくりと振り返って。
「ビクトール、さん。私は…」