High&Low
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午後9時半
風呂から上がって寝巻きに着替え終えた私は、簓が帰って来るのを待ちながらいつものようにテレビを観ていた。
今流れているのは、芸人が毎週異なるゲストと共にお酒を挟みながら酒場でトークをする、ゴールデンの中でも少し時間帯が遅めの番組。
今週のゲストは、人気お笑い芸人の白膠木簓だった。いつも呑む場所はゲストの好みに沿った店を選んでおり、今回は簓の好物であるお好み焼きを食べる為に鉄板居酒屋に訪れていた。
彼らはまず乾杯を交わし、美味そうなお好み焼きを鉄板で焼いた後、それを肴にして酒を飲む手と話の展開を進めていった。簓が出演する番組なんていくつも見てきたため、真摯に話一つ一つに耳を傾けるわけでもなく、スマホを操作しながらBGMの如くそのまま番組を垂れ流していた。
「白膠木、好きな女優誰なん?」
続くトークの中で出てきた1人の芸人の問いかけに、私はつい視線をスマホの画面から外してテレビの方へ移した。
「えぇ、女優さんやろ?せやなぁ…」
ビールが入ったグラスを片手にうーんと唸る彼の顔を、じっと見つめてしまう。
「樫圖芽雫さんやな、クールビューティーって感じで素敵やと思うわ」
樫圖芽雫(かしずめしずく)は、大人っぽい雰囲気漂う高身長の女優で、ドラマの中でもヒロインというよりは上司や秘書など、インテリなキャラを演じることが多かった。
普段テレビを観ていても女優を見て可愛いとぼやくことなんか無いのに____
適当に捻り出したのか、口にしていないだけで本当は彼の中で一推しの女優がいるのか
彼のことは、誰よりも知っていると思っていた。マネージャーよりも、熱烈なファンよりも、彼のことを知り尽くしている。彼が差し出したカードがHighかLowかを見抜くのも、私以外はただの運勝負。見せる反応やパターンを知っているのは私だけ。
その時、玄関の方からガチャリと扉が開いた音がした。一拍遅れて「帰ったで〜」という声が聞こえると、私は何故か咄嗟にリモコンを手にしてチャンネルを変えていた。
リビングに入って来た彼に、「おかえりー」と何事もなかったかのように答える。ソファから立ち上がり、作り置きしておいた彼の分の夕飯を用意した。
「簓ってさ」
夕飯を乗せたお盆をテーブルに運びながら、ジャケットを脱いでYシャツ姿になった彼にそう語りかけた。
「好きな女優さんとかいるの?」
「女優?なんで急にそないこと」
「いや……さっきまでドラマ観てたから」
引いた椅子にを下ろしながら彼はしばらく唸り、「いや、おらへんな。誰も出てこぉへんわ」と首を横に振った。
「へぇ、そう」
自分から質問したくせに、どこか冷たい返事になってしまった。口にしてから気付いたが、訂正する暇も必要もなくそこで口を閉じた。
じゃあ、あの時の答えはなんだったのか
やはり適当に選んだだけだったのだろうか
怖くて、情け無くて、そんなことはっきり訊けない。
「🌸ちゃんはよく刑事ドラマ観てるし、好きな俳優いっぱいおるやろ」
「別にいっぱいはいないけど…」
毎週観ている刑事ドラマの主演を務める俳優の顔が、ふわふわと2人ほど思い浮かぶ。
「簓は、そういうの気にするの?」
「別に気にせんよ、だって🌸ちゃんが1番好きなのは俺やって知っとるもん」
「…っは、」
「あっ、今鼻で笑ったやろ!」
私はパッと彼に背を向けて、一瞬で熱くなった目頭と些細な事で悩んでいた自分への不甲斐無さを隠した。そして「ほら、早く食べな」と彼の食事を催促しながらソファに戻り、誤魔化しを重ねた。
「そうや、また後でカードゲームせぇへんか?」
「良いけど、また奢り制使うつもり?」
「いやぁもう賭け事は懲り懲りや、普通にババ抜きでもしようや」
「はは、いいよ。簓は賭け事となると一気に弱くなるからね」
「誰がやねん!この前は運が悪かっただけや!」
「じゃあ今日は運が良いかもよ、試してみる?」
「おもろいやないか、受けて立つで!」
そうだよ、それでいいんだよ
あんたは一生、私の掌の上で好きなだけ遊んでりゃ良い。例えそれで満足しなくても、掌から下ろしたりなんかしない。他の奴の手の上になんか置かせない。
この時間が何よりも、幸せな時間なんだから
END
風呂から上がって寝巻きに着替え終えた私は、簓が帰って来るのを待ちながらいつものようにテレビを観ていた。
今流れているのは、芸人が毎週異なるゲストと共にお酒を挟みながら酒場でトークをする、ゴールデンの中でも少し時間帯が遅めの番組。
今週のゲストは、人気お笑い芸人の白膠木簓だった。いつも呑む場所はゲストの好みに沿った店を選んでおり、今回は簓の好物であるお好み焼きを食べる為に鉄板居酒屋に訪れていた。
彼らはまず乾杯を交わし、美味そうなお好み焼きを鉄板で焼いた後、それを肴にして酒を飲む手と話の展開を進めていった。簓が出演する番組なんていくつも見てきたため、真摯に話一つ一つに耳を傾けるわけでもなく、スマホを操作しながらBGMの如くそのまま番組を垂れ流していた。
「白膠木、好きな女優誰なん?」
続くトークの中で出てきた1人の芸人の問いかけに、私はつい視線をスマホの画面から外してテレビの方へ移した。
「えぇ、女優さんやろ?せやなぁ…」
ビールが入ったグラスを片手にうーんと唸る彼の顔を、じっと見つめてしまう。
「樫圖芽雫さんやな、クールビューティーって感じで素敵やと思うわ」
樫圖芽雫(かしずめしずく)は、大人っぽい雰囲気漂う高身長の女優で、ドラマの中でもヒロインというよりは上司や秘書など、インテリなキャラを演じることが多かった。
普段テレビを観ていても女優を見て可愛いとぼやくことなんか無いのに____
適当に捻り出したのか、口にしていないだけで本当は彼の中で一推しの女優がいるのか
彼のことは、誰よりも知っていると思っていた。マネージャーよりも、熱烈なファンよりも、彼のことを知り尽くしている。彼が差し出したカードがHighかLowかを見抜くのも、私以外はただの運勝負。見せる反応やパターンを知っているのは私だけ。
その時、玄関の方からガチャリと扉が開いた音がした。一拍遅れて「帰ったで〜」という声が聞こえると、私は何故か咄嗟にリモコンを手にしてチャンネルを変えていた。
リビングに入って来た彼に、「おかえりー」と何事もなかったかのように答える。ソファから立ち上がり、作り置きしておいた彼の分の夕飯を用意した。
「簓ってさ」
夕飯を乗せたお盆をテーブルに運びながら、ジャケットを脱いでYシャツ姿になった彼にそう語りかけた。
「好きな女優さんとかいるの?」
「女優?なんで急にそないこと」
「いや……さっきまでドラマ観てたから」
引いた椅子にを下ろしながら彼はしばらく唸り、「いや、おらへんな。誰も出てこぉへんわ」と首を横に振った。
「へぇ、そう」
自分から質問したくせに、どこか冷たい返事になってしまった。口にしてから気付いたが、訂正する暇も必要もなくそこで口を閉じた。
じゃあ、あの時の答えはなんだったのか
やはり適当に選んだだけだったのだろうか
怖くて、情け無くて、そんなことはっきり訊けない。
「🌸ちゃんはよく刑事ドラマ観てるし、好きな俳優いっぱいおるやろ」
「別にいっぱいはいないけど…」
毎週観ている刑事ドラマの主演を務める俳優の顔が、ふわふわと2人ほど思い浮かぶ。
「簓は、そういうの気にするの?」
「別に気にせんよ、だって🌸ちゃんが1番好きなのは俺やって知っとるもん」
「…っは、」
「あっ、今鼻で笑ったやろ!」
私はパッと彼に背を向けて、一瞬で熱くなった目頭と些細な事で悩んでいた自分への不甲斐無さを隠した。そして「ほら、早く食べな」と彼の食事を催促しながらソファに戻り、誤魔化しを重ねた。
「そうや、また後でカードゲームせぇへんか?」
「良いけど、また奢り制使うつもり?」
「いやぁもう賭け事は懲り懲りや、普通にババ抜きでもしようや」
「はは、いいよ。簓は賭け事となると一気に弱くなるからね」
「誰がやねん!この前は運が悪かっただけや!」
「じゃあ今日は運が良いかもよ、試してみる?」
「おもろいやないか、受けて立つで!」
そうだよ、それでいいんだよ
あんたは一生、私の掌の上で好きなだけ遊んでりゃ良い。例えそれで満足しなくても、掌から下ろしたりなんかしない。他の奴の手の上になんか置かせない。
この時間が何よりも、幸せな時間なんだから
END
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