06. 第一の課題
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
校内では第一の課題の熱が未だに冷めない。
そんな中、“闇の魔術に対する防衛術”の授業終了後、ユリカはいつもと同様にムーディの部屋を訪れた。
「それで…今日は何を知りたいんだ?この間の“閉心術”の質問の続きか?」
『あ、いいえ。お借りした本を返却しに来ました』
ユリカは“闇に立ち向かうための呪文集”という本を元の場所に戻した。
「まあ座れ。スズモリの授業の出来は良かったぞ。初めてで“服従の呪文”をあそこまで破ってみせる者はそういない」
『ありがとうございます。日頃の素晴らしい教育のおかげですよ』
他の生徒もいるというのに、ハリーと同様に一時間休憩なしの付きっきりでユリカが完全に呪文を破るまで続けさせたのだ。スパルタにもほどがある。おかげでそこかしこに擦り傷や青い痣ができている。
「茶でも飲むか?」
『いただきます』
それにしても、この部屋には何回も通っているが、ここまで絶好のチャンスがあっただろうか。
ムーディは紅茶を入れるために背を向け、その彼の“携帯用酒瓶”が机の上に置かれている。こんな機会、今後二度と現れないかもしれない。
ユリカは一か八か、携帯用酒瓶に口をつけた。
これは、一口だけでもとても不味いと感じる。ゴブリンの小便と比喩されるのも頷ける、間違いなく魔法薬の味だ。
『(じゃあ、このムーディは────)』
「ほう、大したものだ」
服に“拡大呪文”をかけたユリカが声の方を見ると、ムーディが傷だらけの顔に厳しい表情を貼り付けて杖を突きつけていた。
「少し泳がせてみたら……お前の目的はなんだ?」
やはりこれは罠だったようだ。普段どんな時も肌身離さず持ち歩いている携帯用酒瓶を無防備に机の上に置くなんて失態、あのバーティ・クラウチ・ジュニアがするはずがない。それに“魔法の目”はどう足掻いても誤魔化せなさそうだ。
“ポリジュース薬”を飲んだユリカの姿は、見る見るうちに目の前に立っている人物と同じものへと変わって行く。
ムーディが二人とはなかなかにシュールだ。まあ、正確に言えば三人なのだが。
“拡大呪文”をかけたため、服装の問題はなかったが義足がない故にバランスを崩して床に座り込んだ。
「答えないのであれば、この場で殺す」
『ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!今話しますから!』
実際に殺りかねない脅しにユリカは深呼吸をして話し始めた。
『結論から述べると、私が“死喰い人”になれるように復活する予定の闇の帝王に交渉して欲しい。それが目的です』
「…!お前、それを何で────いい、続けろ」
ユリカは分かりやすくイラついている目の前の偽ムーディの目をまっすぐに見て続けた。
『私はあなたのことを他の人に話すつもりも、目的の邪魔をする気もありません。むしろ協力したいと思っています────なぜ“偽物”だと分かったのか、ですが……その叫ぶトランクですね』
ユリカは「その中に本物がいるんでしょう?」と窓側にある七つの鍵穴が一列に並んだ大きなトランクを指さして言った。
『あと例え、なりきる人物があのムーディであろうと、人前で堂々と頻繁に“ポリジュース薬”を飲む行為と闇の帝王の話を振った途端饒舌になるのやめた方が良いですよ』
ユリカが挑発するように口角を上げてそう言うと、目の前の偽ムーディは杖をさらに鼻先に着きそうなほど近くに向け、黒色と鋼青色の瞳とでこちらを睨み付けた。
我ながら命懸けな賭けだ。
現世に転生したら絶対役者になるべき男を納得させるほどの演技力が今求められている。
偽ムーディは考える素振りを見せた後、暫くして口を開いた。
「ダンブルドアの入れ知恵か?」
『ふっ、誰があんなタヌキジジイなんかに大切な命を預けるんですか?保護者ってだけでも虫唾が走るのに。私がもっと早く生まれていたら、グリンデルバルドを支持していましたよ』
ユリカは自分で言いながら、こんな形で自分を助けてくれたダンブルドアの陰口を言う形になってしまったことに罪悪感を覚えた。
だが、現在もハリーやスネイプ先生に嘘をついているのは事実だし、原作を読んだ時に湧き上がってきた怒りをこの場で発散したと考えれば、この程度で済んだことに感謝して欲しい。そうユリカは思うことにした。
『不安材料は早めに刈り取った方が良いですからね。心配なら真実薬を飲ませても、お得意の“磔の呪文”を使って拷問しても良いですよ。私はただ……“力”が欲しいんです』
「今日はいつにも増してよく喋るな」
『そうさせたのはあなたでは?』
「転入したばかりで焦っているのかと思っていたが……意外だな、“力”か」
“死喰い人”になりたいというのは事実だが、真実薬はスネイプ先生が保管しているものしかないから使えないだろうし、“磔の呪文”は苦痛でも耐え抜けば何とかなる。開心術を使われたら終わりだが、クラウチJrが開心術者なんて記載はなかったため、大丈夫なはず。
のこのこと一人で敵陣地に乗り込んで来た“こいつは正体をばらさない”。
賢い彼なら、今年三大魔法学校対抗試合で注目を浴びているホグワーツで校長の養子を殺すような馬鹿な選択はしないはず。それに、ダンブルドアを含め、周囲から疑いの目を向けられていないことは分かり切った事実。
ここに来て、昨年の出来事に介入出来なかったこと、グリフィンドールの卒業生のワームテールが裏切って現在ヴォルデモートの世話をしていることに助けられているかもしれない。
「あの方が復活なさると…なぜそう思った?」
『ハリー・ポッターが最近悪夢に魘されていると話しているのを聞きました。闇の帝王が謎の男にハリー・ポッターを捉えるように命じる夢を見ては傷跡が痛むと。加えて、クィディッチ・ワールド・カップでの“闇の印”にアラスター・ムーディの襲撃事件、つまりそういうことでは?』
偽ムーディは何も言わずに杖を向けていたが、ひん曲がった口元が僅かに緩むのが分かった。
「お前の目的は分かった。それで俺のメリットは?」
『幸か不幸か、組分け帽子のミスで私はハリー・ポッターと同じ寮ですし、動向を伝えるスパイなんてどうです?推察ですが、ハリー・ポッターは必要なピースなんでしょう?』
ただでさえオーバーワークな上に、毎日綱渡り状態だろうから使える駒が増えれば願ったり叶ったりなはず。遊び半分のお仲間にこの夏腹が立ったなら尚更に。
三大魔法学校対抗試合で何としてでもハリーを優勝させたい、目の前の偽ムーディことクラウチJr。
何としてでも“死喰い人”になりたい、自分。
お互いに望むことは同じ。
ヴォルデモートの復活。
ウィン・ウィンの関係。
初めから選択肢なんて一つしかないはずだ。
『そして事が成功した暁には、私を“死喰い人”に入れてもらえるよう、闇の帝王に頼んで下さい。手柄も全てあなたのものです』
「正気か?」
『無論。“闇祓い”になりたいというのは周囲を欺き、メインの教科を受けるための建前で、本当は望んでないのに勝手に保護者となったダンブルドアから逃れて“死喰い人”に……なりたくてなりたくて仕方がないんです!────なんですか、その反応…』
天才な親との確執なんて同情せざるを得ないだろう。
我ながらなんて名演技なんだ、と偽ムーディの方を見ると、普通の方の目を細めてゴミを見るような目でユリカを見下ろしていた。
熱演に引いているご様子だ。
流石にやり過ぎたかもしれない。
「俺が何者なのか聞かないのか?」
『“先生”は変わらず私の先生なので、別に話したくなった時で構いません』
「……はぁ、変な奴だな」
溜息を吐く偽ムーディが杖を下ろしたのを見て、すっかり普段の自分の姿に戻ったユリカは立ち上がってズボンを軽く叩くと、駄目元の頼みを言うべく口を開いた。
『あと、もし可能なら決闘用の呪文などを教えていただけるとありがたいのですが…』
「毎週水曜八時に来い」
『そうですよね……って、ん、え?…本当ですか!』
「はぁ、暇さえあれば押しかけといて今更良く驚けるな。全く……“マッド・アイ”に寄って来る物好きなんてお前くらいだぞ…」
予想外の返事に驚きつつユリカが礼を言うと、偽ムーディはブツブツ文句を言い始めた。
「何かあったらポッターの件は些細なことでも報告しろ」
『分かりました』
こうしてユリカと偽ムーディとの奇妙な関係が結ばれた。
6/6ページ