04. 時間割
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ユリカは一人で地下牢への階段を下る。下へ降りるごとに気温が下がっていく感覚にゾワリと鳥肌が立つ。
地下牢教室の前まで行くと既に三人のスリザリン生が立っていた。
「おい、噂の転入生じゃないか」
「この科目を受けられる御頭があったとはね」
スリザリン生達は小馬鹿にしたような笑みを向けている。
そうしているうちにレイブンクロー生とハッフルパフ生がやって来て、暫くすると扉が開き、育ちすぎたコウモリが姿を現した。
スネイプは相変わらずの愛想の悪さで教室に入るように促すと奥へと消えて行った。ユリカや他の生徒達も後に続き、席に着く。
その後、スネイプは周りなど見もせずに出席を取り始めたが、ユリカの名前まで来るとようやく視線を上げた。
「これはこれは、転入生のお出ましだ。さぞかし調合がお得意なのでしょうな?」
寮監の嫌味ったらしい猫撫で声にスリザリン生達は冷やかし笑いを投げる。
「質問でも…と思ったが、OWLレベルの内容もろくに頭に入っていないようでは答えられるはずがあるまい。我々が無駄な時間を過ごすのは目に見えている故、Ms. スズモリが付いて来れるか大変疑問が残る授業の内容に取り掛かるとしよう」
ネチネチと満足するまで悪態をつくと、スネイプは教科書を机に出すように指示をした。くるりと向きを変え黒板に向かって杖を振る。
『ねえ…ちょっと聞いても良いかな?』
通路を挟んで隣に座っていた、ピュシーと呼ばれていた生徒に尋ねる。
エイドリアン・ピュシー、確か彼はスリザリンのクィディッチ選手だったはず。
『この授業受ける生徒ってこれで全員?』
ここまで受講する生徒が少ないのか、教室にはスネイプを合わせても十人は居ない。しかも紅一点状態だ。
ピュシーはスネイプそっくりに眉間に皺を寄せた。
「わざわざ聞かなくても見れば分かるだろ」
『やっぱり…』
「何事ですかな。Ms. スズモリ」
発した声は静寂に響き、スネイプは待ってましたとでも言うように食ってかかる。
『い、いえ……そ、その……』
「早くも妨害行為とは熱心なことですな」
再びこの教室に居る全員から視線を感じる。
スネイプが嬉々として行っている行為なのだが、授業を中断していることにニヤニヤしているスリザリン生はともかく、他の生徒達に対しては罪悪感を覚えた。
「今、考えているであろうことをMs. スズモリでも理解出来るように分かりやすく教えてやろう。ここに居ない者は、相応の意欲がなかった者、またはOWL試験で我輩の期待以下の成績を収めた嘆かわしい者達だ」
スネイプは生き生きしながら嫌味を言う。
「我輩の授業で“O・優”以外の生徒が授業を受けることは断じてない────それに比べ、Ms. スズモリは保護者である“校長の一声”で受講でき、さぞ鼻が高いでしょうな」
ダンブルドアの力で受けられたのは間違いないため、ユリカは何も言い返せなかった。
そんな様子を見てスネイプはせせら笑う。
自身のルールを捻じ曲げられたことが相当気に食わないようだ。だが同時に、少々回りくどいがスネイプなりに今この教室にいる生徒達を賞賛してるのだろうなと思うとほっこりする。
「授業を中断させたためグリフィンドール、五点減点」
開始早々にグリフィンドールから減点するとは…。流石、生徒達に贔屓教師と言われるほどはある。
初授業にして初減点である。
嬉しいような悲しいような。スネイプに減点されることを夢に見ていたが、実際に減点されると複雑な心境になった。
「本日調合してもらうのは“陶酔感を誘う霊薬”だ────非常に難易度の高い調合だからして初期から、正確な調合が出来る者がいるとは思っておらん────それでは、始めたまえ」
『ス、スネイプ先生……あの、教科書を準備していないのですが…』
ユリカは手を挙げて言った。
買い出し時のリストは勉強内容の様子をマクゴナガルが見て作っていたため、大鍋や秤、魔法薬キットは一応あるが、“上級魔法薬”の教科書は省いてあったのだ。
「……そこの戸棚から取ってこい。足りない材料は貯蔵庫の物を使え。但し、この授業で必要な材料のみだ────不足の物は至急手紙で注文しておけ」
『あ、ありがとうございます……わかりました』
明らかに腑に落ちていないであろうスネイプは横を通り過ぎる際に盛大な舌打ちをした。
戸棚までいくと狙いはただ一つ、例の教科書を探した。
プリンス蔵書の代物なんて持っているだけでも値打ちものな上、大変ためになるとなれば一石二鳥だ。
『ない…!』
何度か探したが例の教科書はあるべきはずの場所になかった。やはり運命はそう簡単には変えられないということなのだろうか。
しばらく棚とにらめっこをしていたユリカはスネイプの視線を感じ、適当な教科書を掴んで席に戻った。
開始から時間のたった今、教室内は鍋から出てくる煙が充満して黒板の文字がぼんやりとしか見えなくなっていた。
周囲を見渡してもなんとなくしか見えないが、皆上手く行っているとは言えない状態のようだ。
だが、ユリカの大鍋は中でも一番悲惨なことだけは分かった。
“陶酔感を誘う霊薬”ではなく“生ける屍の水薬”だったらスネイプをギャフンと言わせるほど上手く出来る自信があったのに、とユリカは自分の大鍋の中身を睨みながら思った。
「これは何かね?」
『“陶酔薬”で、す…』
大鍋を見ながら問いかけるスネイプにユリカは小さな声で答えた。
「ほう、では何故このような色をしているのだ?」
大鍋の中身は、太陽のように輝かしい黄金色とはほど遠い濁った紫色をしていた。
「やり直せ」
スネイプが杖を振るとたちまち鍋の中身が空になる。
『(なんか私…ハリー並に集中攻撃されてない?)』
もしスネイプが寮監を担うスリザリン寮の生徒だったら対応が変わったのだろうか。グリフィンドール寮に入ったのはやはり間違いだったかもしれない。
授業終了まであと五分しかないというのに今更やり直そうという気にもならない。
ユリカが黒いマントを翻してテーブルを回っているスネイプを目で追っていると、隣の鍋の異変に気づいた。
ピュシーは教科書を見ていて気付いていない。
『危ない!』
大鍋が宙を飛び、鍋の中身が降り注ぐ。
右足が濡れているのを感じながらユリカが目を開けると、そこそこ体格の良いピュシーに乗っかっていた。
「おい…」
『あ、ごめんね……』
ピュシーの胸板から慌てて顔を離して起き上がるとスネイプが詰め寄ってきた。
「馬鹿者!何を考えている────もっと早くに隣の異変に気付かなかったのか!」
てっきりピュシーを叱っているのかと思っていたユリカは面食らう。
「今夜七時に来い。罰則だ」
罰則と言うフレーズににやける口元を必死に抑えながらユリカは頷いた。
修業のベルが鳴り、ローブと右足にかかった液体を杖で洗い流していると、ピュシーが話しかけて来た。
「何で助けたりしたんだ?」
『何でって言われても……』
汚れを落とし終わり、ユリカは頭を上げる。
『グリフィンドール生のみんながスリザリンを嫌っている訳ではないだろうし、私は好きだよ』
目の前で唖然としているピュシーにユリカは「蛇も緑も格好良いしね」と付け足して笑顔を向けた。
『それに交流関係を構築するのに寮の間で壁を作るなんておかしな話だと思わない?』
「思わない」
『即答…!思わなかったか…』
真顔で即答するピュシーにユリカは右手で顔を覆う。
ゴドリックとサラザールの犬猿の仲は相当根強く残存しているようだ。
友情や愛情を育むのに所属寮や血統、ましてや性別、魔法族か非魔法族かなんて関係ない。同じ人間であるのにおかしな話だ。
元の世界でも悪であるように洗脳教育をし、同調圧力をかける大人達が許せなかった。
「……お前変わってるな」
『そう、かな…?』
「ピュシー、行くぞ」
「ああ」
スリザリンの生徒に呼ばれてピュシーは地下牢教室を出て行った。
次の授業もあるだろうし早く教室を出ようとユリカも急いで荷物をまとめていると、また誰かに声をかけられた。
「初授業だったのに散々だったね」
今度は何だと声の主の方を見ると、黄色のローブを身にまとった鼻筋が通っている黒髪高身長イケメンが立っていた。
セドリック・ディゴリーだ。
セドリックは荷物を「持とうか?」と言って手を差し伸べる。
「念のため医務室に行った方が良いよ」
『う、うーん……スネイプ先生は何も言わかったし、医務室にも行ったことないし…大丈夫だよ』
「それなら僕が案内するよ。挨拶がまだだったね、僕は────」
『セドリック・ディゴリーくん』
「そっか、スネイプ先生が出席取ってたよね」
『それもあるけど、心配してくれて医務室に案内までしてくれる、聖人ハンサムなハッフルパフ生と言ったら…セドリックしかいないよ』
「はははっ、誰にそんなこと吹き込まれたの?」
階段を上りながらセドリックは「何だか照れるな」と頭を搔いてはにかむ。
その所作だけでもキラキラして見えた。公式イケメンの破壊力は凄まじい。
「だけど、僕は聖人なんかじゃない………君は凄いよ」
『私!?……でも、なんで?少なくとも私は孤立してたのも相俟ってセドリックの優しさに十分救われたけど…。多分、私に同じことは出来ないよ』
「っ!……ありがとう」
『こちらこそ!ありがとう。あ、私は────』
「ユリカ・スズモリさん、だよね」
先程の真似をして笑うセドリックにつられてユリカも笑った。