ルーン26
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ピエールとローズは街のはずれまで来ると稼いだエクルを数え始めた。
『ダンスも習ってたの?』
「いや…初めてやった…」
そういえば、ローズを助けるために飛び込んだつもりが、身体が自然と動いていた。
ものすごく自然で解放された気分だ。
『ピエール…』
「なに?」
『信じられない!20万エクルあるわ!』
「22万エクルもある」と飛び付いてきたローズに驚きつつも、ピエールは少し遅れてローズの頭を撫でた。
「行こう」
『ええ』
これでローズと二人一緒に帰れる。
人間界に戻ったら僕達は敵同士になる。
ローズが「嬉しい」と言ってくれたこの関係もきっと埃の被った過去のものへと変わる…。
いや、今はローズを無事に人間界へ送り届けることに集中するんだ。
僕がローズを守るんだ。
*
「それで?用意出来たんだろうな」
店の奥から現れたアルシミーの言葉にピエールとローズは目を見合せて互いに微笑み合う。
「20万!数えてある」
「うーん、まさか持って来るとは思わなかった」
「さあ、通路を使わせて貰おうか」
「……あ、そだ」
ピエールが突き出した20万エクルの入った袋を前に、顎に手を当てて考え込んでいたアルシミーは何か閃いたような声を上げ、机に置いてあった契約書を片手にその一文を指し示す。
「あれね、“手持ちがない”って言った時点で契約は一旦無効。だからやっぱり25万」
『はぁ?ふざけないでよ…20万ってあなたが言ったんじゃない』
「気が変わった」
『22万。22万なら出せる!22万でどう?』
「25万だ」
アルシミーに詰め寄り胸骨をトントンと指差すローズの姿は、これまでに見たことないほど冷淡なもので、それに見合うほど冷たい口調で交渉を試みている。だが、変わらずに張り付いた笑顔を向けるアルシミーが主張を曲げることはなかった。
『これだから大人って大嫌い!汚いクズばかり…』
離れ離れになったあの日以降、彼女がどんな生活を送っていたのか。
僕には知り得ないはずなのに、その発言だけで生々しいほどに理解出来た。彼女の孤独で残酷なこれまでの記憶が。
大人達の都合で利用され、自分の心に蓋をしてそれに従う。
そうしないと生きて行けなかったんだ、僕もローズも。
誰よりも奴らの狡猾さを知っているはずなのに…。油断した。
『良い大人もいるって…分かったから少しは信じてみようと思ったのに……信じた私が馬鹿だった!』
「言ったろ?“命懸け”って。命には命で代償を」
アルシミーは眉間に皺を深く刻んで自身を睨み付けているローズから目線を外して、意味ありげに強調した言葉と共にピエールを見据える。
「チョーカーは戴けないようなんでね。君の黒ハートをくれれば、こっちのお嬢さんだけは通路を使わせてやっても良い」
初めからそれが目的だったのか。
エクルなんかじゃなく。
「どうする?王子様」
『あなたって…本っ当にクソ野郎ね!』
「クソ野郎で結構ですとも。黙っていれば美人ってよく言われるだろ?……残念だよ」
『その言葉、そっくりそのままお返しするわ!』
「こっちにおいで」
『ちょ、ちょっと!やめて!』
「ローズ!」
アルシミーは怒りでわなわなと震えるローズの肩を掴んで店の奥に強引に連れて行く。
「いっそ彼女はタダで良い。上等の黒ひとつでお釣りがくる。魔法で戦っても俺には勝てないし、何より時間切れで女王候補は失格だ。よく考えるん────」
「行くんだ、ローズ」
答えなんてこの店に入って来た時から決まっていた。それに、覚悟も。
「ひゅー、即答」
「僕なら大丈夫だ。こいつを倒して後から行く」
『ピエール…』
「だってさ」
もっと他に思いついたはずなのに、口から出たのは我ながらバレバレな嘘だった。
案の定、目の前のローズは今にも泣き出しそうな顔をしている。
すまない。そんな顔させたかった訳じゃないんだ。
『ダメ!ピエール!それなら私も魔界に残る!女王候補なんかより────』
「いいから人間界に帰れ!」
黒を失えば、今の僕じゃなくなる。
ローズへの関心もなくなり、想いも変わってしまうかもしれない。
でも今は……。
『お兄ちゃん!』
散々危険な目に合わせた上に兄らしいことも何一つ出来なかったのに…。
ローズは、そう呼んでくれるんだな。
ピエールはローズに穏やかな笑顔を向けた。
「優しいお兄ちゃんだ。兄妹愛に泣けてくるぜ。感謝しろよ、お嬢ちゃん」
『いや!お兄ちゃん!』
「メテオール、突き落とせ。“通路”に」
兄として大切な妹を守りたい。