ルーン25
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『シルーズ…ここどこ!?』
突然着陸したシルーズにローズは尋ねた。
辺りはおさじの形の葉がつく“キュイエールの木”が生い茂る森。
明らかにシフォン山ではない。
こんなに長い期間魔界に滞在していたら、今度こそ女王候補失格となってしまう。そのためにも早く“洞窟の店”に行かなければならないのに。
『…?』
髪を引っ張られる感覚に、小枝にでも引っ掛けたのかと振り返るとその犯人は小さな森の妖精達だった。
人懐っこい妖精達が突然現れたローズの周りを飛び回り、花や小枝、木の実など各々の宝物を見せてくれる。
だが、暫くしないうちに楽しそうに飛んでいた妖精達は慌てて逃げて行った。
『……いったい何が…っ!』
周りの植物は見る見るうちに枯れて行き、黒い空気が漂い始める。
ローズは逃げ遅れてゆらゆらと落下して行く妖精を抱き留めた。
「ローズ……」
『……ピエール?』
「良かった…無事で」
『………ずっとここに?』
「僕は向こうの山に落ちた。記憶を頼りにこの森に辿り着いて、それからはこの先の岩穴に隠れてたんだ」
茂みから現れたピエールは静かに呟いた。
まるで肩の荷が下りたように、安堵の表情をローズに向けながら。
「それ以上近づいては駄目だ。妖精が死ぬよ」
ピエールの言葉にローズは慌てて後退りする。
魔界で魔法が効きやすいように黒の力も強くなる。
ピエールの黒が森の生命を吸い取って行く光景を前にローズは胸元で抱く小さな妖精に視線を落とした。
「『…!?』」
指の隙間から一瞬白い光が漏れると、手の中で眠っていたはずの妖精はパチリと目を開け、泣きながら仲間の元へ飛び立って行った。
「杖を出さずに…その強力な魔法を使ったのか?……“ヴァルプルギスの夜”も…」
『私、魔法なんて使ってない!“ヴァルプルギスの夜”って?』
「……僕の傷を癒してくれただろ?……それは“回復魔法”だ。恐らく…“母さん”と同じ」
『“回復魔法”?───っ、ちょっと待って!……“母さん”って…それじゃあ、もしかして……』
「ああ、僕達は“兄妹”だ」
次々と出てくる単語を脳内で処理し終える前に現れた、新たな重大事実にローズは目を見開いて固まる。
そんなローズにピエールは語りかけるように話し始めた。
王国の外れの森の中の苔むした穴に辿り着くまで、僕は思い出そうとしていたんだ。
まだ胸に黒を宿す前の事を。
館でローズの首飾りに触れた時に過ぎった“家族”の記憶を。
決して裕福とは言い難い食事を前に、“母”とその腕の中ですやすやと眠る“小さな妹”を見つめて、仲睦まじく微笑み合う、何気ないけどとても幸せだと感じる光景を。
僕には物心ついた時には母親がいた。
─── 本当の母親じゃない
子供ながらにそれに気付いた時は、不思議な感覚だった。でも、美人で色々な魔法を知っていて……何よりも、いつも優しい母さんが大好きだった。だから、血の繋がりなど僕にとっては些細な事だった。暫くしてから可愛い妹もできた。
三人家族は向こうにあるジンジャー村の外れの小さな家に移り住み、隠れて過ごした。
時折母は遠くに出かけると言って出て行くと、血を流して帰って来た。だが、決まっていつも涙を流す僕の頭を撫でてキスを落とすまでには、母の傷は癒えて消えていた。
そしてある朝、いつものように母が出かけるのを見送ろうと母に続いて玄関へと向かった。
「えーっと、ローズの面倒を見ること…名前を呼ばれるまで絶対ドアを開けないこと!」
「約束出来るかな?」
「うん!ローズは僕が守って見せるよ!」
「さすが、頼れるお兄ちゃん!」
屈んで僕の頭を優しく撫でると、抱き寄せて言い聞かせるように母は囁いた。
「───ピエール、よく聞いて。どんな事があろうとも、何を言われようとも、母さんは………母さんは、ピエールとローズ、二人を心から愛しているわ……今回もごめんね…ごめん…」
「母さんっ!苦しいよぉ…!何で泣いてるの?」
「ん?ふふっ、何でもない…!」
母はいつものように笑顔で挨拶をして、ドアを開けて出て行った。しかし、夜になっても帰ってくる事はなかった。
いつものように母は帰ってくる。帰って来たら、めいいっぱい褒めてくれる。
そう信じて疑わなかった僕は約束を守って待ち続けた。それを感じ取ったのか、ローズも大人しく一緒に母の帰りを待ってくれた。
数日経ったある日、囁き声がしてやっと母が帰って来たのだと家の外に出ると、今と同じように森の葉が枯れて舞い落ちる光景が目に入ってきた。
追いかけて来る高笑い、嫌な匂い、凶暴な奴らの湿った足音。
「見つけたぞー!」
「グラース様の面影が…!」
助けを呼ぶ声は闇に飲まれた。
あの日、僕達の“運命”も変わってしまったんだ。