ルーン24
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『一昨日は崖の下でオレンジを壺一杯。昨日はヘビの荒野でピンクを瓶二杯。今日は石ころ山で赤い石の粒を長靴一杯……。そろそろ帰り方を教えてくれませんか?』
「いいわ…見てなさい。これはあんたが初日に集めたカナリーイエローの粒」
アンブルはそう言うとカナリーイエローの粒を謎の装置に装着されているフラスコに入れた。すると装置は大きな音を立てながら白い煙を出し始めた。
暫く待つと装置の端にある出口からピスが出てきた。どうやら粒をハートにする事が出来る装置らしい。
『凄い…。それは…ピス?』
「そう“蕾”のピス……。冷えてきたからストーブを付けるわね」
黄色のハートを燃料としてストーブに焚べると部屋が暖かくなった。
魔界で使用する“エクル”は人間界の“お金”とは本質的に異なる。エネルギーそのものとしても用いられる。人間界よりも更に生きていく上で必要なもの。
一日かけて集めた一つの黄色い灯りはジジッと静かに音を立てながら消えようとしていた。
「元々魔界にあった分はとっくに使い果たしてしまった。でも人間界で取れる分もどんどん減ってきている」
『私…知らなかった』
「あんたは賢いね。何も責めている訳じゃない。こっちの子供のほとんど、いや大人でさえも詳しい所は日頃から気にする奴くらいしか知らないだろうさ」
魔界がそこまで逼迫していたなんて。何も知らずに人間界でのうのうと毎日を送っていた。“蕾”の“価値”さえ知ろうとせずに。
宮殿の大人達は意図的に隠している。何か大元に知られたらまずい事があるかのように。
火が消えたのを横目で見るとアンブルは言った。
「好きだと思ったり大切にしたり、尊敬したり、愛したり、喜んだり……“生きている”と思ったことの結晶────あんたの“心”はどんな時に“幸せ”を感じるんだろうね」
ハート、それは心に生まれる力。
人の心の源。
心が動いた時に生まれる結晶。
ふと彼の顔が浮かんだ。
『帰らなきゃ……人間界に帰る方法を教えて下さい。お願いします』
「ここから西へ三日行ったシフォン山の商店街。奥から三番目の“洞窟の店”に人間界への扉もあるはず。ここら辺じゃ一番人も情報も集まるとこ……ほいっ!」
『…!』
口を紐で縛られたゴツゴツと歪な形をした小さな麻袋を投げられ、ローズは咄嗟にキャッチした。
『…これ……』
「あんたが集めたエクルよ。後で必ず必要になるから」
『アンブル…ありがとう』
袋の中を覗くと、苦労して集めた粒達がハートの形をして入っていた。
「その服は記念にあげる!あ、そうだ。ロビンによろしく言っといて」
『ロビンを知っているの?』
「知ってるも何も私の下ぼ…仕方なしに相談乗ってやってたのよ、昔」
何食わぬ顔で話すアンブルの口から、「下僕」という言葉が聞こえた気がしたが、きっと聞き間違いだったのだろうとスルーする事にした。
『あのロビン先生が悩みなんてあったんですか?』
「アイツ、ああ見えて昔は結構奥手なガキだったのよね。一途に想い人を追いかけちゃったりしてさ。好敵手に取られるからって。確か…今は宮殿の警備隊長だったかしら」
『……それで…先生のその恋は…成就したんですか?』
「その対決を観戦する前に私達を置いて行ってしまったわ…。罪な女よね、あんたの母親」
『っ…』
アンブルは「こっちの気も知らないで」と静かに呟いた。対してローズの顔はみるみる青ざめて行く。
何となくそんな気はしていた。
女王候補生であるにも関わらず、異様なほどに私に干渉し親切な理由。
いくら友達の子供だとしても、ここまでするだろうかと。
これまでの“仮説”が“現実”というナイフに変わって胸に突き刺さる。
でも、お母さんに対して焼きもちを焼くほどに。
───私はロビンの事が好きなの…?
「もっともあんたが居る時点で失敗に終わったのは目に見えてるけど!女王候補のお友達への土産話には良かったんじゃない?───どうかした?」
『…なんでもない!ちゃんと帰れるかどうか少し心配になっちゃって…!私、もう行くわね』
アンブルの声で我に返り、ローズは慌てて取り繕う。
「シフォン山の近くまではこの子が送ってくれるって。シルーズ頼んだよ」
『よろしくね、シルーズ』
「任せろ!」とでも言うかのようにシルーズはプルーッと勢い良く返事をして身を屈める。ローズはシルーズを撫でてゆっくりと跨った。シルーズはローズの方を振り返ってもう一度鳴いた後、地面を離れて空中に浮上した。
『ありがとう!アンブルお姉ちゃん!』
「…!寄り道しないで行くのよ!」
大切な事を気づかせてくれた、アンブル。
遠くの地からずっと気にかけてくれていた、私の大切な名付け親。
見えなくなるまでアンブルに手を振りローズとシルーズはシフォン山の“洞窟の店”へと向かった。
ここら辺で一番人が集まる街、そこにピエールもいるかもしれない。
「ミント、あんたの言う家族ってもんもなかなか悪くないものだね…」
家族にならないかと言われた時は、初めこそは大きなお世話だと思った。加えて結果的に子供の面倒まで押し付けられたが、存外悪い気はしない。
徐々に小さくなって行く少女に手を振りながらアンブルは口角を上げた。
「あんたの“心”が見つかる事を祈っているよ、ローズ。もっとも気づいてはいるんだろうけど」
“我が娘”の“心”を射止めた幸運な魔法使いは誰だろうね。
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