7つのお題
「ゾロは忘れるよ、おれんこと」
キングサイズのベッドの上、身体の熱もまだ冷めやらぬうちにきつく抱き込まれながら、おれはゾロが囁いた言葉に首を振った。
「忘れる? 忘れるわけねぇだろうが……こう見えてもおれァ、大事に抱いたつもりだぜ」
「そっ、それは解るぞ! 今までおれ、こんな風に優しくされたことってねぇもん……ちょっとびっくりしちまった」
「あぁ……お前けっこう慣れてたな。でもそんなん気にしねぇ、今おれのモンならいい」
「な、慣れてるっつか……そりゃまあ……」
それはゾロだから、なんだけどな。
「好きだルフィ……なんで忘れられるよ」
「でも……でもゾロは、」
忘れちまうんだよ……明日には。
だって今日が7日目だから。
7日目の夜だから。
――604800秒間の記憶。
10080分。
168時間。
7日。
1週間――それが今、ゾロが記憶できる時間のすべて。
それ以内でもそれ以上でもなく、午前0時から604800秒後の午前0時までの間。
ゾロと出会ったのはもう1年前になる。その頃には既にゾロの記憶は1週間しかもたなくなっていた。
おれの町で唯一ナゾとされているロロノア邸におれが忍び込んだのは、ただの好奇心と、ある「噂の真相」を確かめたかったから。
――そこには「年を取らない男」が住んでいるのだと。
確かにゾロは年を取らなかった。それは彼の記憶上、ずっと19歳のままだからだとおれが知ったのは忍び込んだ当日のことだ。オレンジの髪の女が教えてくれた。
それ以上の詳しいことはおれもまだ知らない。1年経った今でもよく解らない。
なぜゾロがこの屋敷から出ないのか、なぜ本人に記憶障害のことを誰も教えてやらないのか(屋敷にはちゃんと身内が住んでいる)、本当のゾロの年がいくつなのか、どうしてこんな病気にかかってしまったのか……おれは何も知らない。
でも知らなくていいと思ってる。
それを知ったところで、毎日のように通うようになったおれのことをゾロは1週間分しか覚えられないし、そんであっさり忘れちまうんだから。
逆にもし病気がよくなる日が来たらそこから新しく覚えて貰えばいいだけの話しだ。
おれはそう割り切っているつもりだった。
「おれ帰んねぇと……あと20分で0時だ」
604800秒目の。
「帰んな……泊まってけ」
「……そんな、なんでもないことみたいに言うなよ」
「簡単だろ?」
簡単なもんか。
今までおれは何度ゾロに忘れられてきただろう。
もう数えきれねぇよ、ゾロ。
でもこれだけはおれの意地、おれはゾロに何度忘れられようが泣いたことがない。
……明日も絶対ェ泣かねぇよ!
だからせめて帰らせて欲しい。
おれはこの一年、今の今まで、おれの目の前でゾロに忘れられたことは一度もなかったんだ。
604800秒間のゾロとの思い出には、さまざまな出会いと別れがある。
ただの友達で終わった1週間。
とうとう一度も口を利かなかった1週間。
弟に接するみたいだった1週間。
近所付き合いみたいだった1週間。
ただのセフレだった1週間。
なぜかずっと憎まれてた1週間。
ひたすら片思いされてた1週間。
親友だった1週間。
それから恋人だった1週間。
だいたいこんなパターンがランダムでやってくる。
セックスする関係になるパターンが多いせいか、そんなわけでおれの身体は男を受け入れることに慣れてしまった。つーかゾロを。
今回は恋人だった1週間だ。……実はこのときの別れがなにより辛い。
「離せゾロ……」
「いやだ、もっぺん抱きてぇ。帰さねぇぜ」
「ゾロは我儘だなぁ! そんなんしたらお前、びっくりじゃ済まねぇ状況になんだかんなっ」
入れてっときに0時が来てみろ! 見知らぬ男につっこんでる自分が1秒目なんだぞっ!?
「なに訳のわかんねぇこと言ってんだ? …コラ暴れんな」
「…や! だってのに……んっ」
口を塞がれるとおれは弱い。寧ろゾロのキスに弱い。
それから背筋を撫で上げる大きな掌……抗えない。
おれをこんなにしたの、全部ゾロなんだかんな!?
「ふ…ん、はぁ、…ゾロッ」
気が遠くなる……ゾロの腕ン中、すんげぇキモチイイ。
おれは。
ゾロが、ゾロがずっとずっと好きだった。
もうなんでもいいか。……どうなってもいいや。
覚悟を決めることにした。どうせゾロは1週間経ったらどんなにショックだったことも忘れてしまえるんだから。思えば便利だよなぁ。
おれは何も知らない顔してまたゾロに「はじめまして、おれルフィ」ってジコショーカイすんだから。
初めてゾロと過ごす7日目の夜。
……8日目の朝にはいったいどんな結末になってんのやら。
「んんっ、時間くる……くるぞ、ゾロ」
「なんの……時間だよ?」
「ゾロが、おれを忘れる時間……あっん」
「まだ言ってんのか……集中しろ」
「でも、な……?」
「…こねぇよ! そんな時はこねぇ!! もし来たらおれを殺せ……その場でおれを殺せ。そんでいいだろ!?」
「い、いよ……! じゃあ、殺すかんなっ。忘れたら絶対、殺すかんなっ!!」
「なんべんでも殺せばいい」
「…っう、ゾロ……ふぅ…ひっく、」
「おいルフィ? 泣いてんのか?」
「んっく…ふぇ……ゾロッ、おれヤダよ、ゾロ……ッ」
おれは初めて泣いてしまった。
忘れられたくないと、ゾロの前で叫びながら泣いた。
そりゃもう大泣きだった。
ゾロの一秒目のおれの記憶がおれの泣き顔なんて、なんかみっともなくて笑っちまう。
7日目の夜。
0時ちょうど。
けれど。
「……ひでぇ顔だなルフィ。でも可愛い」
「はへ…? ゾロ??」
それがゾロの初めての、
604801秒目の記憶だった――。
***
「やってくれたわね、ルフィ」
「うおーっすナミ! 今日からお世話になりま~す♪ ゾロのことはおれに任せなさ~い」
本日、おれはロロノア邸に引っ越してきた。
「信じらんない……」
「えー信じろよ」
「あの男のことよ! バカゾロ!! あいつったらルフィのことしか知らないのよ? 私のことなんかさーっぱり忘れちゃってさ。今までなんのために屋敷に閉じ込めておいたのやら……」
ぶちぶち言うナミがキレイな形をした親指の爪を忌々しげに噛む。うん、その辺はちょと悪ィかな~と思ってるぞ、いくらおれだって。
「でもナミはさ……、おれがここに来るの、始めからとめたことなかったよな。ナミはただおれに『傷つくのはアンタよ』ってだけ言った。おれは『平気だ』って答えた……あんま平気じゃなかったけどな、正直言うと」
「……ただ単に私には解らなかったのよ、ゾロがずっとこのままなのかそれとも変わるのか。私はあんたに賭けてみただけ! ……そしてゾロは変わったわ、ルフィあんたの為に。それがすべて」
やけにすっきりした顔でナミは笑った。ならいいか、とおれは思った。
「でもまさかこんな風に変わるなんてね! ゾロってばルフィとの記憶と引き替えに、唯一残ってた19年間の記憶を引き替えにしたのよ? バッカじゃないかしら!」
「んん~、ゾロらしいんじゃね?」
おれは「しししし」と笑って答えた。
ゾロの記憶は相変わらず604800秒間の中にある。
ただひとつ消されない記憶……それがおれ。
「ゾロは誰のことは忘れても、もう絶対おれのことだけは忘れねぇ……だからそばにいる」
ちょっと悔しいわね、とナミがまた笑った。やっぱりすっきりとした笑顔だった。「良かったわね」とナミが言ってくれたので、おれは「良かった」と答えた。
早くゾロんとこへ行こう。きっとおれを待ってる。
――ゾロの記憶、604800秒間。
それとおれ。
それが今の、ゾロが記憶できるすべて。
おれの誇り。
(END)
やはりハピエンしか書けませんね(笑)
次はルフィだった場合編です!(別の話です)