7つのお題



放課後、二人だけになった教室で。
ルフィは窓際の一番前の席の生徒へ詰め寄ると、悲愴感溢れる大きな瞳を揺らせてみせた。大抵の者はこれでオチルのだがその事実を彼は知らない。
まだ席に座ったままのヤツの目前に立ち、両手を机に着く。そして切羽詰まった声でこう叫んだ。
「一生のお願いだロロノア! おれに勉強教えてくれっ!!」
自分的非常事態だったのだ。
そのままガバッと頭を下げたらゴンと良い音がして、格好悪くも「つつつ」と額を押さえながら顔を上げる。机にぶつけた。
涙目になったそれをロロノアに向け、イエスなのかノーなのか、どきどきしながら返事を待つ。
それにロロノアは眉間に深くしわ刻んだと思ったら、ふんぞり返るように腕を組んで、彼にこう返した。
「その代わりにお前はなにをしてくれんだ、モンキー・D・ルフィ?」
「おれの名前知ってたのかロロノア・ゾロ。話したことねェから知らないかと思ってたよ」
「おれは別に誰とも話さねェが、このクラスで一番煩いヤツの名前くらいは覚えてる。それから一度付き合った女や寝た女くらいは」
「このクラスにいんの!?」
「今そんなことがおれらの話す議題じゃなかった筈だが?」
「おおっとそうだった! お前すげぇ気になること言うから忘れるとこだったじゃねェか」
「………」
「いつも無表情だなロロノアって……は、いいとして。明日から試験週間で部活もねェじゃん? 前日までびっちりおれに勉強教えてくれよ! お前学年でイチバンなんだろ? この通り!!」
神にでも祈るように顔の前で手を組む。いやこのさいゾロ様ロロノア様だ。
「だから、お前がなんかしてくれるっつーなら考えるって」
「そ、そか! んんん~えっと~」
一応考える振りをしてみる。ぜんぜん全く頭は回ってない。
「……ねェのかよ。よしわかった」
「うん」
「こうしよう」
「うん!」
そう言ってくれるのを待ってたぜ。
「1教科につきセックス1回な」
「…………はい?」
なにが1回って……?
「だから、1教科ごとに1回ヤらせろってこと」
「は!? ヤんの!? 誰がっ!?」
「お前が」
「誰と!?」
「おれ」
「ロロノアってホッ、ホ、ホホッ」
「ホモじゃねェよ。ついでにバイでもない」
「バイってなに……」
「女も男もイケるヤツ」
「へぇ…」
「で、どうすんだ」
「ヨロシクオネガイシマス」
ししししまったまた頭下げちまった……!!
けどこんどは頭をぶつけなかった。……いやそうじゃなくて。
ルフィは頭を下げたはいいがとんでもないことをOKしてしまったのではないだろうか、と今更ながらに冷汗をだらだら流した。硬直して顔も上げられない。
「じゃあ明日からな。場所はおれんち。ヤるつもりで準備してこいよ?」
「………」
ゾロは固まったままのルフィを気にするでもなく、立ち上がると鞄を持ち肩にひっかけ、ルフィの真っ黒な髪にぽんぽんとして意気揚々帰って行ったのだった。

取り残されたルフィは言うと。

ヤるつもり……準備……。ゾロの言葉を頭で反芻してみる。
え、ゴムとか? し、勝負下着とか!? ……ばっ、そんなもんいるかっ、おれのアホ!
風呂は……入ってった方がいいのかな。あ、でも学校帰りに直接寄るよなァロロノアんち。じゃあ借りればいいんだよな。アイツんちってどこにあるんだろ~~。
ルフィはロロノア・ゾロのことは、何一つとして知らないのだ。
そんなヤツにどうして勉強を見て貰おうと思ったのか。頭のいい友達は他にわんさかいる。
ルフィがそう冷静になって考え始めるのは実はまだまだ先の話しで……それよりも今は。
「つかおれ、初体験っ初体験!! うひゃ~っ緊張すんよ……って待てよ? ハジメテなんて恥ずかしくね!?」
バカにされねェ? じゃあ誰かとヤっとくとか。
いやそれはムリだ! ありえねェ!! 男なんか気持ちわりぃもんよっ。
「でもロロノアは気持ちわりくねェんだ……? おれ? てのは問題だろーか」
や、むちゃくちゃ問題だろおれ……! 問題だ難問だ。そんで英語の授業くらいチンプンカンプンだ。

どうなるんだろう……明日っから!?

「…ゾロ…」


あしたはあしたのかぜがふく。


てなわけで。


翌日、放課後、ゾロの部屋。
「じゃあ、さっき教えたトコ、家帰ったらすぐ復習しとけよ」
「ハイ、ロロノア先生!」
ビシィとルフィが片手を真上に挙げる。授業中でもこんな風には滅多に挙手しない。
「そんじゃ……」
「う、うん」
「始めっか」
終わったばかりで何を始めるのですか、とは、ルフィも聞かない。
解ってるから……始めるのが"セックス"なんだってこと。
「えと、その前に、風呂! シャワーかして!!」
「別に気にしねェからいいぜ、そのままで」
言うが早いかその場に押し倒されてしまう。
手ェ早っ……!!
「で、でも今日体育あったぞ。おれ汗掻いてる」
「待てねェからいい」
「いやでもっ」
ルフィの上に馬乗りになったゾロが、ルフィのシャツのボタンを上から順番に外していく。待てないと言う割りにちっとも急いだ手つきじゃない。
ゆっくりゆっくり、単調な動作。
「……ゾロッ」
思わず名前を呟いてぎゅっとルフィは目を瞑った。
そしたら。
「誰が名前で呼んでいいつったよ」
手が止まった。それは嬉しかった(正直言って)。
「……ごめんなさい」
「何に謝ってんだ」
「いやもう全部に」
まだ目は開けられない。情けない。
沈黙は10秒ほどだったと思うけれど……やけに長くルフィには感じられた。
「もっかいさっきんトコ、復習すんぞ」
唐突にゾロがそんなことを言った。
「……へ?」
やっとこ目を開ける。
服のボタンを、ゾロが上に向かって留めていた。
……あり? ヤんねェの??
ルフィはのろのろ身体を起こすとゾロを見やる。ゾロは自分が外した分のボタンをちょうど留め終わったところだった。
「ついでだからもう一個教えてやる」
「あ、うん……なんの教科?」
「おれはな、教室でお前の一喜一憂してるとこ、ずっと見てたぜ。弱いと思ってた顔にはやっぱり弱かった」
「うん……」
一体どんな顔だったのか。あとで聞こう。
「安心しろ、おれの山は外れたことがねェ」
……これはテストの話し、だよな? そうかヤマカンか。
「つかお前っ、今まで山だけでイチバン取ってたんか!?」
「どうだかな」
ニヤとゾロが笑う。
こんな顔もするんだと、ルフィは目をぱちくりさせた。なんだかちょっと得した気分だった。
「変なヤツだなァ、ゾロって!」
「だから馴れ馴れしく名前で呼ぶんじゃねェよ、モンキー・D・ルフィ」
「お前もいちいちフルネームで呼ぶんじゃねェよ」

なんかよくわかんねェけど。


これでいいんだろうか。


「ゾロー!」
「なんだよモンキー・D・ルフィ」


―――まあ、いいことにしておこう。



(END)
3/8ページ