7つのお題


「おまえなァ……相当重傷なはずだったんだぞ。笑ってんじゃねェよっ」
「いや~その点はラッキーだったよなァ、3日寝ただけで済んで。あっひゃっひゃっ」
「寝てたんじゃねェ! 死線を彷徨ってたんだアホ!! 笑うなっつってんだろうがっ」
ごちん。と頭に鉄拳が落ちる。
「ってぇ~! 剣士のくせにゾロがグーで殴った~」
今度はうわーんと泣き真似する彼に、ゾロは額を押さえうなだれた。

こんなパニくったのは彼が自ら刺した頬の傷以来だ。正確には10年振り。

高校2年の彼は6日前、5泊6日の修学旅行へ出掛けた。久しぶりに長期の離ればなれとなるはずだった。
けれどもその3日後、行き先の北海道のホテルから「ルフィ君の意識が戻りません。こちらが緊急連絡先だと伺っているのですが」と連絡が入った時には、もうこのまま一生会えないのではないかという、いい知れぬ恐怖がゾロの胸中に暗雲を立ちこめた。
……が、急いで北海道へ飛び言われた病院へ駆け込み、集中治療室で眠る白い顔を見て、ゾロがその頬の温かさを確かめた時には、何故だかそんな不安は消し飛んでいたのだが。

ルフィは絶対に目を覚ます。

そんな根拠のない確信がゾロにはあった。
山と言われたその晩を乗り越え、ルフィはそれから3日間眠り続けた。

事故の状況はこうだった。友達数人とスキーをしていたところ、上からへたくそ集団がだんごになってルフィに転がってきた。ルフィは(馬鹿なことに)それらをすべて受けとめ自分をクッションにして雪崩を止めたらしい。その作戦は成功したものの本人は吹き飛ばされ、たまたま落下位置にあった石に後頭部をしこたま打ち付けた。まったく不運だったとしか言いようがない。確かに昔から力だけは強いルフィだったが、吹っ飛んだことに関して「当たり前だこんな細っちぃのに」とゾロは思う他ない。

それから何故ゾロが出向くことになったか、と言う点だが。
ルフィの両親が現在海外出張中でお隣のゾロ宅が留守をあずかっているからだった。しかしながらゾロの両親も共働きなのだ。よって一番時間の取れる大学生のゾロが駆け付けることとなった。だいたいにして、昔からルフィの面倒はゾロが見てきた。ルフィがゾロの言うことしか聞かないと親たちが思い込んでいるからだ。実情は違う、ゾロがルフィのわがままを最大限に聞いて、それを餌にうまく言うことを聞かせているにすぎない。

所謂、二人は幼なじみなのだった。

「重傷はゾロの専売特許だったのになァ。ししし」
「うるせぇよ」
人の気も知らないで。
「あ~あ、せっかくゾロと1週間も離れられると思ったのに~」
「正確には6日だろ。寝込んだのを合わせりゃそんくらい離れられたじゃねェか」
「おれん中では3日で止まってんの!」
「それは残念なこって」
ゾロは唇を尖らせるルフィから目を逸らし、こっそりため息をつく。
アレを言われるたび自分がどれほどひそかに傷ついているか、ルフィは知らない。ルフィとは生まれたときからずっと一緒で(その時ゾロは2歳)ほぼ毎日のように同じ卓でメシを食い同じ部屋で眠り同じベッドで目を覚ましてきたはずなのに、ここ最近、ルフィはどうやらそれをやめたがっているらしいのだ。らしい、というのは、「離れたい」と言う割に彼との日常が変化しないことにある。ルフィは相変わらずゾロの一番近くにいるし相変わらず一番わがままを言うし、そしてゾロが誰より一番に考え思う存在だった。

ゾロはもう3年もルフィに一方通行の恋をしている。高校1年の思春期時にそれを自覚した。うっかりルフィの自慰を盗み見てしまったのがきっかけだった。あの手が自分のものなら……と何度想像したかわからない。ギリギリの理性で彼を゙おかず゙にしたことはなかったけれども。

それにしてもまさか、お互いの精通がどんなだったかも知り合っているような幼なじみの男相手に欲情する日がこようとは思ってもみなかった。衝撃よりもむしろ虚脱に近かった。子供の頃ルフィのために一生懸命膨らませたゴジラの巨大ふうせんを一瞬で割られた時や、食べたいのを我慢して残した給食のきなこパンを風邪で学校を休んでいたルフィに持っていったら「いらない」と言われた時や、夏休み毎日市営プールに通って泳ぎを教えたにもかかわらず結局たったの5メートルも泳げるようにならなかった時のこと等など、も、取るに足らないショックだった。
何故寄りにも寄ってルフィだったのだろう。クラスで一番胸のデカイ女が夢に出てきて夢精するようなフツーの男に、恋愛感情など持ってなんになるのか。そういう自分は女教師だったけれども(どうでもいい)。
ルフィは確かに可愛い。顔の話だ。けれどそれだけだ。どこからどう見ても正真正銘の男なのだ……それを、それなのに、なにを思って、自分は「ルフィを抱いてみたい」などと思い挙げ句のはてに……手をのばしそうになってるんだろうか?

ゾロはベッドの上で上体を起こし退屈そうにぶう垂れている、ルフィの頭の包帯に手をやり優しく撫でた。ちろっ、とルフィが大きな目で見上げて来る。
手を下へずらしてはりのある頬に触れ、左目の下に残る傷跡を親指の腹でなぞる。
「お前に、またあとが残る傷ができなくてよかったよ」
「……そんなん、男だから平気だ」
「………」
それでもだ、と言ったら彼はどんな顔をするのだろうか。思いを払うようにゾロは手をどけた。

「ルフィ、腹減ってねェか。なんか買ってくる。まだしばらく入院だっつーからな、足りねェもんも買ってくっから」
「腹減った減った! おれプリンがいい! それから、」
「肉はねェぞ」
「ちぇ…。んじゃお菓子! あ、マンガも~」
「OK」
「あ、なぁ……ゾロってもしかして、おれが退院するまでここに泊まり込むのか?」
「そうだ。わりィな、また離れらんなくて」
ニヤリと笑ってやればぷくーと頬を膨らませてルフィはぷいとそっぽを向いた。
「いいよ……我慢してやる」
拗ねたようにそんなことを言う。ゾロをまたひどく落胆させるそんな口調で。
「別にしなくていいぜ? ならおれは帰る」
餌を撒くのはお手のものだが。
「わあ~待てゾロ! 今のうそ! うそだから!!」
……ああ、だからルフィは口ばかりなのかもしれないな、とふと思いまた落ち込んだ。

「おう、そういう謙虚な態度でな。じゃ、行ってくる」
「あい……。行ってらっしゃいませ……」
ぺこ、と頭だけ垂れるルフィにゾロはくすりと笑い、財布だけ持って病室を後にした。

せめて冗談ででも「好きだ」と言ってくれりゃあ……それを餌に抱いてしまうのに。

……相当重傷だ。



しばらく俯いたままだったルフィは、真っ白いシーツを見つめポツリと呟いた。
「違うよゾロ…」
そうして顔をあげ、彼が去ったあとの乳白色の扉を見やった。

「おれ相当重傷だよ」

……頭ん中が。
現に頭打っても何日寝込んでも、治らなかった。わざとそうしたわけではないけれど、元に戻れればと願ったのは事実。
「やっべぇ~…どうしよう……」
今度は頭を抱えて突っ伏してしまう。
どうしようゾロ……。
「やっぱ好き、みたいだ…」
もごもご言ってまたがばっと頭を起こした。
「やべぇよなぁ~絶対やべぇって! なんでゾロなんか好きなんだよっ」
ゾロは男で、そんで幼なじみで、わがまましか言わない相手で。……だから恋をしていい存在じゃない。
「おれホモだったのかよー、ショック!」
いやでもゾロを押し倒したいとは思わねんだけど……っとそこはとりあえずおいといて。

「もう……ただの幼なじみには戻れねェんだろな」

そうなのだルフィの落胆はそこに尽きるのだ。
だったら……だったらどうする? どうすればいい?
「どうせ戻らねェんなら……ぶち壊すか!?」

なんか。
今すかーっとしたような。
さぁーっと霧が晴れたような。

「そうだよな」
どうせ戻らないなら、粉々に砕いて跡形もなく消してしまえばいい。

「うん、告ろーっと!」

ゾロに告白しよう。ゾロが戻ってきたら開口一番……「好きだ」って言おう。
ゾロを押し倒すかどうかは……退院してから考えよう。
「うはは、なんかワクワクしてきたぞ!」

死線もたまには彷徨ってみるもんだ。
重傷患者はそんな罰当たりなことを思う。
それから冬の空の白い晴天のように、ただただまっさらな、透き通った笑みを浮かべた。


……伝えたい言葉をその唇に乗せながら。




(END)
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