魔性の島





「面倒くせェ」
「あぁ!?」

第一関門を突破し、次なる関門を目指しながら飛んでくる矢やら転がってくる石という一般的な罠を3人は次々とクリアしていく中、だんだんとルフィの顔が険しくなっていくのをゾロは不吉な予感とともにちらちら盗み見てはいたのだが。
やはり。
「飽きたとか言うか?」
「おう、ゾロ! 良くわかったな、さすが相棒」
「わからいでか。んな退屈そうな顔しやがって」
「退屈!?」
その単語にはいかな温厚なサヤとて聞き流せるものではない。
「どういうことだよ、ルフィ! 舐めてんのか!?」
憤慨したサヤが、岩場に腰を下ろしてしまったルフィに食って掛かっていくのだが、当の本人はそ知らぬそぶりでつーんとそっぽを向いてしまった。
「説明してよ、ゾロ」
「おれかよ」
ゾロは小さなため息を吐くとしかし口の端を上げてにやりと笑う。
「おれたちァ、こういうことは慣れっこでな。つまんねェんだ、特にこいつは」
「つまっ」
酷い、と眉根を寄せながらサヤは項垂れ、自分が今までしてきた訓練だとか決意だとか覚悟だとかをあっさりと否定されたような気がして落ち込んでしまう。
「あー、悪ィ」
「なんでゾロがあやまるんだ」
上目遣いにゾロを見上げ、サヤは必要ないと首を横に振った。
「そうだ、なんでゾロが謝るんだ!」
「お前が謝れ!」
サヤと同じことを言うルフィに、ゾロも怒りの筋を浮かべながら抗議した。
「ごめん!」
言われて素直にルフィが頭を下げる。サヤは目をぱちくりさせた。
「う、うん」
「よし!」
「何がよしだ、何が! で、これからどうしたいって!?」
終始わけのわからないルフィに、ゾロが先へ進めてくれてはいるもののサヤは半泣きにならずにはいられなかった。
「一気に行こう!」
「またかよ……」
「また、あれ?」
「そうだあれだ!」
「ハァ……」
自信満々のルフィに二人は諦めることにして、彼の行動を待つことにしたのだった。


「本当に、一気に来ちゃった……!」
弾む息を静めようと両膝に手をついて身を屈め、深呼吸を繰り返しながらサヤは自分の身に起きたことを未だに信じられないでいた。
ルフィがキッと真上を見上げた次の瞬間、何本にも見えるほどの伸びる腕が頭上の岩と言う岩を砕き、危うく下敷きになりそうなところをゾロに救われながらルフィに捕まると彼の言ったとおり一気に頂上まで来てしまったと言うわけだ。
「すっきり!」
一人晴れやかなルフィは仁王立ちになると大きく頷いていてサヤはこの言ったら聞かない、でも思い通りにしてしまうルフィという自分と同じくらいの背格好なのに自分とは全然違う奇跡の人を振り向くと、敵わないなとこっそり笑う。
「しかしまぁ、面倒なことが一気に襲って来るのも仕方ねェってか?」
「え?」
ぽっかり開いた穴を覗き込みながらゾロが言った言葉の意味を、サヤとルフィはすぐに知ることとなった。
突っ切ってきた関所の主が這い上がって来たのだ。
「どどど、どうすんの!?」
焦るサヤにゾロがにやりと笑う。
「おれが食止める。サヤとルフィは先へ行け」
「でもゾロ」
「よっしゃ、任せた!」
「ルフィ!」
確かに場慣れしていないサヤには判断できない事柄ではあるが、この一見めちゃくちゃなルフィと二人での行動というのにサヤは一抹の不安を感じずにいられない。
「ゾロも一緒がいいな」
「あァ? 何言ってんだ、サヤ」
ゾロの腕を引っ張ってくるサヤに、ゾロは眉間に皺を寄せるとありえないとばかりに手を振り払った。
それでもサヤが不安げな目をゾロに向ければ、ゾロは言葉に詰まってどうしたものかと考える。
どうもこうもないのだが、こんな展開はゾロの経験上ないのだ。
そしてこの、ルフィに似た大きな目で懇願されては……。
もちろんそんな戸惑いは一瞬で、すぐさま一言「駄目だ」と言い捨てたのだが、次の瞬間目を合わせたルフィは眉根を寄せ頬をぷくりと膨らませていて、ゾロはこっちもかと頭痛がしてくる。
「だよな、ごめん」
しゅんとするサヤを慰める言葉をゾロは呑み込んだ。
「いや、そのだなァ」
ここで彼に対する甘さを見せればルフィがまた訳のわからない八つ当たりを仕掛けてくるに違いない。
ゾロはどこまでも鈍感な自分は棚に上げ、ここへ来てからのルフィのいつも通りでないパターンにイライラしてきた。戦闘に関してはいつも通りの彼だと言うのに、かたやサヤ絡みになるとゾロの予想していない行動に出る。
もしかして、やきもちってやつか?
ルフィが?
ゾロはルフィから目を逸らせ、眉間の皺を掻いた。
「ああ、もう。面倒くせェな!」
結局、元来繊細に出来てないゾロの脳ミソにはその言葉以外浮かばない。
ずるずると岩を這い上がって来たバケモノに一太刀浴びせかけながらゾロはサヤの肩を掴んで反転させるとルフィに押し付けた。
「さっさと行け!」
「やだ」
「ああ!?」
しかし今度の我侭はルフィの台詞。
「おい、ルフィ!?」
「サヤが行きたくねェってのに、行けないね」
「いや、それはそうかもしれねェけどよ」
的を射てくるのはいつものことで、ゾロはこんな時ながらルフィのその判断に頷かないわけにいかない。しかしながら今の状況下では困りものではあるのだが。
「ごめん、ルフィ。おれが甘かった」
サヤは頭を下げるとルフィの手を取った。
「いいんだな、先へ行っても?」
「うん。もう、立ち止まらないよ!」
言葉通り、サヤはもうゾロには振り返らず、ルフィとともにボスの、女王の巣へと向かったのだった。



たどり着いた。
ようやくたどり着いたんだ。
一族を殺し、父と母を殺し、兄を奪い、自分を独りぼっちにした諸悪の根源。
「居た……!」
「あれが!?」
再奥の岩場の砦。
そこだけは月の光が差し込み、昼間のように明るい。
岩の円台の上に立つ、闇色の人塊がそこに在った。兄の姿はどこにも見当たらない。
「兄さん──!?」
呼んでみるが返事はなかった。
二人の気配に気が付いたのか、黒い塊がゆらりと蠢いた。それは瞬く間に何倍にも膨らんで二人を見下ろして来る。
渦巻くその中心には無限大の空間を感じさせ、実際にぽっかりと穴が開いていた。
さながらそれはブラックホールのようだった。
「気を付けて、吸い込まれたらおしまいだ。もう、この世界には戻って来られない」
自分の両親のように、と続けたサヤにルフィが目線を向けた。しかしすぐ女王に戻すと、キッと睨み据え鋭い眼光を浴びせる。
「知るか! ぶっ飛ばすだけだ!!」
「ルフィ!?」
どうしてこう、この人は他人の意見を聞き入れないのかとサヤは怒りを覚えつつも飛び出して行くルフィの後を追う。
「ゴムゴムの~~~、バズーカ!!」
勢い良く伸びたルフィの両腕が女王目掛けて飛んだ。
バシ―――――ン!
「うわ……っ!」
「ルフィ!?」
ルフィの技が女王に当たる直前ではじき返され、その衝撃でルフィの体が後ろへ飛ばされたのだ。
慌ててサヤがルフィに駆け寄ると、ルフィは起き上がって頭をフルフルと振っていた。
「なんだ!?」
「シールドが張られてるんだ!」
「シールド? そんなんどうすりゃいいんだよ!」
攻撃が打ち込まれる瞬間にそれは出来るらしく、その後のルフィの何度かの技にも効果はなかった。
「月が、月が満ちる瞬間に妖力が解けるから、その隙に技を仕掛けて!」
「そ、それまでどうすんだ!!」
焦ってルフィが言ったのには訳があり、女王の黒い腹にポッカリ開いた穴が見る見る広がっていくと、物凄い吸引力でルフィ達を吸い込もうとしているからだった。
「吸い込まれるぞ!」
ルフィはあっという間に吹っ飛んでいきそうなサヤの体を片手で抱えると手近に在った岩に伸びる腕と両足を巻きつけた。
「も、もう少しだと、思うから! お願い頑張って!!」
「言われなくても頑張るしかねェだろ!」
「う、うん。ごめん!」
「いちいち謝るな!」
「でも」
でもって言うなー、とルフィは叫びながらますます吸引力を増してくる風穴に吸い込まれまいと岩に括り付けた手足に力を込める。
「ルフィ、サヤ!」
背後でゾロの声がして、二人してそちらに目をやるのだがそれだけで精一杯だった。
「来るな!」
そう言ったのはルフィで、サヤは驚く。
てっきりなんとかしろとか言い出すのかと思ったのだ。
サヤは猛風の中、首をどうにか上げてルフィを見上げればそこには先ほどにも増してきつくクイーンを見据えたルフィの横顔。
サヤはその強い瞳に、自分のためではない彼の怒りを感じる。
何に怒ってる?
「ゾロ!」
「何だ!?」
「受け取れ!!」
「ええ!?」
受け取れと投げ出されたのはサヤの体で、受け取らされるゾロよりもサヤはよっぽど驚いた。
この強風に逆らうほどに強く投げ出されサヤは気を失うかと思うほどの圧力を感じる。
──ルフィ!?
「おい、ルフィ!?」
どうにかサヤをキャッチしたゾロがルフィの奇怪な行動に目を見張る。慣れたくても慣れないルフィのその判断には、いつも間違いはなくとも心配せずにいられないのだ。
振り返ったルフィが、ニッと二人に笑った。そしてまた女王に対峙する。
そして言い放った。
「おれの夢は、おれが取り戻す!!」
「ルフィ!」
ルフィのその言葉と今、目の前でなされている光景にサヤは我が目を疑う。
この爆風の中立つだけでもやっとのはずなのに、ルフィは両足を地に付け両拳を腰に据えた構えを取ると次の瞬間──。
「ルフィーーっ!!」
その細くしなやかな体が宙に舞った。と、同時に繰り出される銃乱打。
ルフィの拳の一つ一つがクイーンのボディより手前で閃光を放ってシールドに阻まれるが、ルフィはその衝撃で体が後退する力と吸引の力を相殺させて体を宙にキープさせているのだ。シールドを張る時間が長くなれば吸収の時間は必然的に短くなり、ルフィの技の威力を増倍させた。
「すごい!!」
サヤはその戦略に感嘆した。
「あいつはな、考えてねェようで考えてんだ」
ゾロの声が興奮を抑えて震えているのが解ってサヤもぶるりと身震いする。
彼が、ついていこうと決心した船長。

ルフィの魅力。

彼は、こういう人なのだ。
サヤは瞬く強い光と体に当たる刺すような風の中、それでも目を閉じずに彼の戦闘を見守った。
長く感じた、本当はあっという間の決戦。
とうとうルフィの腕がシールドを砕き、その体が穴に吸い込まれるより早く彼の腕はボスの頭部を直撃した。




物凄い破裂音と閃光。

ゾロとサヤが堪らず目を瞑った数秒後、風は止んだ。
そっと、目を開ければ。
「ルフィ?」
崩れ粉々になった岩。爆風のために開いた穴。砂塵で数センチ前さえも見えやしない。
「ルフィ!」
ゾロが飛び出して行ったのが解ったが、サヤの足は指先さえ動きはしなかった。
呼吸をするのもやっとだ。
「ごほっ!」
ごほごほと、何度か咳き込んでやっとサヤは放心状態から覚めた。
「ル、フィ。ゾロ」
かたかたと膝が震えるがどうにか立ち上がるとサヤは女王の居たほうへ恐る恐る歩みを進める。
ようやく砂埃が収まってきて、視界が開けてきた。
「ルフィ!?」
初めに見えたのはしゃがみ込んでいるゾロの背中。そしてそれは横たわるルフィの上体を起こしているためだと解った。
サヤも慌てて駆け寄る。
「ルフィ、大丈夫なのか!?」
「ああ、生きてるぜ」
簡単に死にやしねェよ、と付け加えたゾロが口の端を上げて笑うので、サヤはやっと胸を撫で下ろすと目を閉じたままのルフィの傍らへ膝を付いた。
そしてサヤは改めて周りを見渡す。
原型を留めていない砦がルフィの威力の凄さを物語っている。蒼い月光が差す部分に白い埃の粒が浮かび上がり、あたりは水を打ったように静かだった。
「女王は?」
まだ月齢は満ちてはおらず、サヤの珠にも封じ込めてはいない。こんなことは有り得ない。
筈だった。
「ルフィ!」
うっすらと開いたルフィの瞼を見て取って、ゾロがその名を呼んだ。ハッとサヤもルフィの顔を覗き込む。
「どこか痛いところは?」
サヤはまず彼の体を気遣い、ボスの行方よりもそっちの方が心配だった。
「おう、どうした二人共。んなこの世の終わりみたいな顔して」
「お前なぁ」
ゾロが呆れてため息を漏らす。
「怪我は!?」
「んー、ない。疲れて寝ちまったのかなー」
「ちょ、ちょっと、真面目に答えろ!」
「これで真面目なんだ、すまねェな」
とはゾロの弁明。
そうでしょうともとサヤもこういう人なのだったと思い出し、はぁと息をついて見せるのだった。
「あ、あいつなー」
「そ、そうだ! 女王は!?」
「あいつの頭、穴ン中突っ込んでやった!」
にししし、と何でもないことにように言われてサヤは真意を図りかねる。
てことはつまり?
「自分の野望を自分で喰った?」
「そうなるんか?」
「わかんないでやったの?」
なんて聞くまでもないか、と付け加えてサヤはがっくりと首を垂れた。
そしてくすくすと笑いを漏らす。
「なんだよ、人がせっかく頑張ったのによ!」
「そりゃそうなんだけど」
毒を持って毒を制す。
つまりは自滅させられたと言うわけだ。
この、何も考えてないようでいて、その実、奇跡を無意識に信じられるこの少年に。
「……ありがとう」
サヤは顔を挙げ、真っ直ぐにルフィの目を見つめて言った。
「別に? おれのためだ」
「で? 思い出したのか?」
ゾロのその問いにルフィは目をぱちぱちとさせ。
「秘密だ!」
ときっぱり言い切った。
なんで秘密なんだよ! と怒るゾロにルフィがまたにしししと笑う。
そのとき、サヤは懐がカッと熱くなって胸元を押さえた。
「サヤ?」
サヤの異変に気付いた二人がサヤに目をやる。
「珠が……」
懐から取り出されたそれは。
黒かったはずのそれが白い閃光を放って輝いていた。
サヤは掌の上に乗せたそれに導かれるように更に奥まった祠へ行くとその光でもって先を照らしてみる。
そこには。
「これは──」
背後から覗き込んだゾロが息を呑んだ。
ルフィも二人の背後から顔を出す。
「なんだありゃ?」
「あれは──」
黒い、粘膜質な表面は所々不気味に蒼く光り、蠢く楕円形の外観は回虫にも見えるがしかし、生き物とも言い難い醜いその物体。
それは。


「卵だ──!!」


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