魔性の島





「あの岩山を見て」
サヤが指差す先には窓の外、頭上に高く聳えるこの島の特徴とも言える岩山が見える。
ルフィとゾロは言われるまま窓の外を見やった。
「戦略は?」
とのゾロの問いに、サヤは一息吐いてから語り始めたのだ。3人は決戦の前の作戦会議を始める。
「山の隙間から3ヶ所に分かれて水が噴き出してるだろう? それぞれ高さが違う」
「ああ、どうなってんだありゃ」
ゾロは片眉を上げて目を細める。
「この海は常識が通じないからなァ」
とルフィがらしくなく神妙な顔付きで頬杖をついて言うのにはしかし、一同頷くしかなく。
「多分、山の地下から噴き出てるんだと思うんだけど……。キャツラの妖力がそうさせてるんだ、ボスを守る為に」
「ボス?」
「山の天辺にいる……、女王さ」
「女王!?」
意外な黒幕にルフィとゾロが同時に驚愕の声を上げた。
「数年に一度、女王は卵を産む。人間を取り込んで……」
語尾が小さくなって目線を落としてしまったサヤにゾロはハッとして彼を見ると、「まさか」と呟いて眉を顰める。
「うん……。おれの兄貴が、きっと”種”なんだ……」
「兄貴が……、いるのか?」
自分の兄を思い浮かべたのだろう、ルフィはそれに少し悲痛な色を浮かべた。
こっくりとサヤは頷いて、目を上げた時にはもうくよくよしている風ではなく、「まだ取り込まれたかどうか解らないから」と拳を握りしめるので、ルフィがそれ以上何か言うことはなかった。
「これ以上、卵は産ませられない。もう、おれで最後だから……」
サヤは懐の封印の珠を握りしめて強く誓う。そして更に言葉を続けた。
「あの3ヵ所の穴は関所だと思って欲しいんだ。それぞれに門番が居て、塒を守ってる。おれの一族は……、みんなそいつらにやられてったんだ……!」
下唇を噛み、悔しさを隠しもせずサヤは眉を吊り上げて言葉を繋ぐ。
「その3ヶ所をクリアするとさっき言った王女の間があって、そしておれは月齢が満ちたその瞬間にこの珠に封じ込める! ……二人には、そこまでを手伝って欲しい」
サヤの懇願に、こくりと、しかし深くゾロとルフィは頷いて見せた。
「行こう、そいつぶっとばしに!!」
ルフィが立ち上がって拳を突き上げる。そんないつものルフィにゾロはニヤリと笑うと立ち上がり、3本の刀を腰に差した。
「行くか……!」
「にししし!」
「なんか、二人とも楽しそうだね……」
と言うサヤに二人振り向き、
「そうか?」
と、明らかに期待で満ちた笑顔を向けた。
ここへ来て初めて、二人が二人に戻るきっかけの瞬間だったかも知れない。



「山の麓まで行くのが問題なんだ。この樹海にはキャツラの雑魚がうじょうじょいる」
サヤは結界の手前で顎に手を添えると唸ってみせる。
腰には腰帯に提げた護身程度の短剣しか持っては居なかった。反対側には松明用の棒が。
「よし!」
何がよしなのか、ルフィが二人の前に出ると腰に手を当てる。
「まさか……」
いち早くルフィの企みに気付いたらしいゾロが顔を引きつらせた。
「一気に行こう!! あの山だな!!」
「な、何!?」
「サヤ……、行くぞ」
「は?」
サヤが疑問を投げかけるより早くルフィの両腕はビューンと山に伸ばされていて我が目を疑う。
これが能力者の力──!?
「サヤ! ボーっとしてんな!」
「え……」
今度は感嘆するよりも早く伸びてきたゾロの腕に抱えられ、そしてそのゾロがルフィに捕まった。
「まさか」って言うのは、まさか……。
「行くぞ~~~!! しっかり捕まってろよ!!」
「う、うわァア――――っ!!」
3人はあっという間にルフィのゴムゴムの腕のおかげで、岩山の第一の割れ目までぶっ飛んで行ったのだった。




がこーん!
「いてぇ!!!」
「……相変わらずやってくれるぜ、うちの船長は」
「わはははは! 無事か!?」
「な、なんとか……」
一番ショックの大きいサヤはよろよろと二人に続いて立ち上がる。
「は、はじめて空飛んじゃった……」
「そりゃ良かったなー!」
「良くねェだろ!!」
ルフィがゾロの拳骨を喰らっているのにサヤは苦笑いを浮かべながら、ゾロが庇ってくれたものの強か打ち付けた肘をさすった。そして腰に差しておいた松明を取り出すと火を灯した。
一気に視界が開けて3人は固唾を呑む。
じめじめとした穴蔵、微かな風が3人の頬を不気味に撫でて行った。
「早速お出ましだぜ……」
ゾロは口の端を上げて笑って言うと、刀の柄に手を掛ける。
ルフィがぱきぽきと指を鳴らした。
のそりのそりと、それはこちらに向かってやって来た。
どす黒いドロドロした体液を垂らしながら、しまり無く開けられた口からは二本の牙が生え、白い縄のような涎を幾筋も垂らし、悪臭を放つ化け物はぎょろりとした目を赤く光らせる。
しかしサヤは雰囲気が急に変わったルフィとゾロの方にいっそ恐怖を覚えた。
張りつめる空気が痛い……。
はじめてサヤは感じたことのない戦慄を覚えた。
「ここはおれがやる」
ゾロは一歩前へ出ると腕に巻いたバンダナを外し頭を覆った。
しゅっと力強く締まる音がして、ゾロが戦闘態勢に入る。
「気を付けて……!」
暴れる心臓を抑えながらサヤはゾロに声を掛け、隣のルフィを見れば。
ルフィはニッと笑うと、拳を降ろしたのだ。
サヤはハッとした。
この二人の信頼関係とは、ただ精神的な繋がりだけではない。
互いに互いの命を預けている──。
そんな気がしてサヤはごくりと息を呑んだ。
そしてそれはあっという間のことだった。
四つん這いに這っていた手を高らかと挙げると吠え叫びながらゾロに向かって突進してくる化け物に、ゾロは容赦なく一撃必殺の技を掛ける。

「虎──、狩りィ!!」

3本の光の筋が見えた気がした。
次の瞬間には夥しい量の鮮血が。
ぐしゃり、と嫌な音を立てて化け物は地面に倒れ伏し、やがてぶくぶくと泡となって消えていった。
キン、と3本の刀が鞘に収まる。
「ゾロ!」
真っ先にサヤがゾロに駆けだした。
「思ったより手応えねェな」
「やっぱかっこいいなー、ゾロは~!」
「何を暢気な……」
サヤが思わず呆れてしまうような、場にそぐわない陽気な笑いと一緒にルフィもてけてけと近付いてきてそんなことを言うのだが、ゾロは慣れっこのようで一緒になって笑っていて、サヤはようやく二人の余裕がはったりでないことを信じなければいけなくなってきた。
「ゾロ! 血が……」
見ればゾロの頬に血の跡があり、それにはサヤが慌てて腰ひもを引きちぎるとゾロの頬に宛った。
「構わねェよ、おれんじゃねェ」
そう言われてみればどう見てもゾロの圧勝だったような気がする。
「サヤは心配性だな」
ゾロがそう言ってバカにしたようにくつくつと笑うので、サヤはムッと口を曲げて見せた。
「いいから、拭いて!」
「わー!」
「?」
サヤがゾロに再び手を伸ばしたのと、ルフィがサヤのその手を掴んで変な声を上げたのとはほぼ同時で、ゾロはそのルフィの行動には当惑するしかなかった。
「おれがやる!」
「ルフィ?」
あっけに取られたサヤの手からルフィは素早く布地を引ったくると、半ば自棄ともとれる強さでごしごしとゾロの頬の血を拭い始める。
「いててててて! いてぇって、ルフィ!」
「うるせェ!」
どうしてここで怒られなければいけないのか、恐らくは本人だけが気付いておらず、ゾロは躍起になってゾロの頬を拭き続けるルフィを無理矢理押しのけると「もういいから」と言い募った。
「な、何なんだ、てめェは……!」
「なんとなくだ!」
その会話にはサヤは不謹慎だと思いつつも噴きだしてしまう。
何なのだろう、この緊張感のなさは?
「とりあえず……、ファーストステージクリアだ!」
そう、サヤが言った瞬間……。
「わァ――――っ!!」
足下が崩れ、真っ逆様にルフィとゾロが地面の下へと落ちて行ったのだ。
「ゾロ! ルフィ!?」
穴を覗けばそこは……。
「滝壺!?」
まさか、トラップがあったなんて──!
地面が開いたことによって水のうねる音がザザーッと聞こえてくる。
「ゾロー! ルフィー!」
「こ、ここだ! ここ!!」
「へ?」
サヤは穴の中からする声に首を突っ込んで見れば、ルフィがゾロを抱えて器用に岩に手足を括り付けていた。
取り合えずは安堵の息を吐き、サヤが穴から体を離すと思った通りルフィのゴムゴムの手が飛んできてあっという間に二人が姿を現す。
「ふい~! 危ねェ、危ねェ!」
急死に一生を得たルフィがおでこの冷や汗を拭ってその場にペタンと座り込んだ。
「おれ、泳げねェからな~!」
「し、死ぬかと思ったぜ」
続いてゾロが。
化け物よりよっぽど驚いたとまた笑う二人にサヤは苦笑いを浮かべるのだが、これでますます慎重を期して進まねばならないことが解りサヤは奥歯を噛み締めた。
とりあえずは、一歩前進となる。


3人はしばしの沈黙の後、真っ直ぐに行く手を見詰めた。


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