魔性の島





初めに惹かれたのは、黒くて大きな意志の強い瞳だった。
そしてその自信に満ちた笑顔と、その笑顔に負けない強さ。
何より人を疑わせない大いなる野望。
いつも予想しない事態を巻き起こして奇跡のように鎮めてしまう力。

好きだと思った。もしかしたら、憧れにも似た。

それはいつしか誰よりも。


なのにルフィは離れて行った。




「出てきたのはいいけど……、どこだ? ここ」
ルフィは何故だか人っ子一人居ない村の真ん中で首を直角に曲げた。
麦わらの天辺をカリカリと掻いてみる。
「お~い……。なーんてな」
一人ぶつくさ言いながら、傾いて来たお日様を見る。
閑散とした村。
微かにする生活臭。
きっと誰か居る。
ルフィの第六感が鼻先をくすぐっていた。
「腹減ったな~」
ルフィは腕組みをし、きゅっと目を瞑ってから開けると引き返す決心を固めた。
「ゾロの居るとこ、これじゃ聞けないもんな。街に戻ろう」
ゾロが何処へ行ったのか。解らないことが自分にあるなんて。
ゾロ……。
怒ってる?
「怒ってるよなぁ……」
突然”船を降りろ”なんて言い出した船長のことを。
「どうしてっかなぁ」
ポトポト歩いて自分の足下に目線を送る。
ひとりぽっちの足。
いつも並んでた、あの確かな存在を、ルフィは改めて知った。
「バカだなー、おれ」
この島に着いてからずっと、心の奥底を捕まれるような変な感じ。
どうしちゃったんだろ、おれ。
なぁ、ゾロ。
溜息を吐いて背後の気配にハッとする。
無数の。
「な、んだ?」
振り向いたルフィの頭上には、無数の釜や斧が振り上げられ、容赦なく振り下ろされた。



風が止んだ。




「来る」
「え?」
何が来ると言うのか、森で出逢ったルフィに似た少年は振り向くと、更に深くなる森の奥に目を凝らした。
それから斜め後ろにいたゾロの大きな手をぎゅっと握って、
「走って!」
引っ張られるままゾロは少年と連れだって森の奥とは逆方向に走った。
「何が来るってんだ、おい!?」
道無き道を下りながらゾロは少年に声を掛けるが必死に駆ける彼は答えてくれない。
なんだってんだ?
ゾロは背後の気配に神経を集中してみる。

  ゴォォォォォォォ…………
 
地を這うような不気味な音にゾロは眉をしかめる。
何かが追い掛けてくる?
ソレは確実に大きくなってきた。
  
  ゴォォォォォォォ…………

たまに背後でミシミシとかペキッと音がする。
走るその間に、ゾロはもう一つの違和感に気が付いた。
森に生息していそうな獣の気配がないのだ。
小動物から猛獣、鳥さえも……。
追ってくる”何か”はそれらではない。
はっきりとそれだけは解った。
”何か”が棲む森……。
そしてゾロは見た。
地を這い、意志を持って蠢く黒いモノ……。

……影だった。


少年が足を止めた先には小さな小屋があった。
「ここは?」
「おれんち」
少年はルフィに似た大きな目でゾロを見上げる。
でも似てない。
違うんだ。
ゾロは少しの間でもルフィと似ていると感じた自分を恥じた。
「入って」
また手を取られ、ゾロは少年の家へと入る。
木造の平屋で、一見ログハウス風の小屋の中には入ってすぐ中央に大きめの木のテーブルと、椅子が2脚。上座に暖炉。右面に小さなキッチンと食器棚。暖炉横に奥へと続くらしいドアがあった。恐らく寝室だろう。
左側の窓の下には古ぼけた白いソファがひとつ。
ゾロはぐるりと見回してから、最後にキッチンで湯を沸かし始めた少年の背中を眺めた。
「さっきのは何だ?」
気になって仕方なかったことをまず訊いてみる。
「影だよ」
「影……?」
「村の人達は”魔物”って言う」
「影が魔物?」
二つのカップを手に戻って来た少年に促されるまま、ゾロは椅子に腰を落ち着けた。
出されたドリンクは温かくミルクの味のする甘いもので、甘い物が苦手なゾロは少し眉をしかめたが、不思議と違和感なく喉を流れていった。
緊張、していたらしい。
追ってきた影。
魔物だって?
「”キャツラ”はここまで来れない」
「何で」
「結界を張ってあるんだ」
少年はさらりと言ってゾロの向かい側へ座ると窓の外へ目をやる。
「もうすぐ陽が落ちる。そしたらあんた死んでたよ」
「はぁ!?」
何を言い出すのだ、この少年は。
ゾロはそれから鼻で笑うと3本の愛刀を傍らへ立てかけた。
「死なねェよ、ぶった斬る」
「無理だ!」
少年は眉根を寄せると怒ったようにゾロを睨み付けるので、ゾロは一つ溜息を吐いてみせる。
「ま、ガキの言うことにいちいち反応してられねェか」
大人気なくゾロが聞こえるように言った独り言に、もちろん反応した少年はますます顔を険しくさせた。
「サヤだ」
「サヤ? 女か?」
「男だ! 失礼だな、お前!」
顔を真っ赤にして怒鳴るサヤはやはりガキだとゾロは思う。
そしてムキになる彼に、またルフィを思った。
しかしルフィよりはきっと幼いだろうサヤの膨らんだ頬にゾロは頬の筋肉を弛緩させるが、すぐに脳裏にルフィの笑顔が浮かび、目を伏せた。
ルフィ。
今頃は新たな旅に出ているのだろうか?
ゾロはむくれたまままた外を見ているサヤの、その面影にルフィを見たくて目線を戻した。
似ているけど違う。
そう、ルフィとの明らかな違い。
サヤはルフィのように笑わない。
黒い髪も高い声も、細身の身体も白い肌も、意志の強いその黒い瞳もそっくりなのに。
「お前は?」
「え?」
「名前!」
少し赤い顔でサヤはゾロを仰ぐ。
「……ゾロだ」
サヤは、笑わないのだ。



「いきなり失礼な奴らだ!!」
ルフィはいきなり襲いかかってきた、何十という村人が気絶する程度の当て身をゴムゴムの腕で一気に食らわせてから、ふぃ~っと息を吐いて憤慨した。
そしてまだまだいるらしい輩を振り返る。
「まだやる気かよ……」
この集落の村人達。
生気のない目は何かに操られているかのようだった。
どこを見ているのか解らない。
焦点が定まっていない村人達はそれでも武器を手にルフィに迫ってきていた。
「切りねェな……。ここは退散すっか!」
ゾロのことも教えてくれそうにないし。
ルフィは一目散に街へと走った。
途中振り返ったが追って来る気配はなく、ルフィは少しつまらないモノを感じる。
「久々にすっきりしたなぁ~!」
と、物騒な台詞を吐いて「しししし」と笑った。
ピタッと足を止めてルフィは体ごと振り返る。
こんなにいたのか、と思う程の人数の村人が一直線に整列していた。
「なんだ?」
村人達はそこから先には出られないかのようにしばらく立ちつくし、のそのそと村へと戻って行ったのだ。
「変な奴ら! あ~あ、走ったら腹減った」
ぐりゅぐりゅ鳴る腹をさすりながらルフィは町の広場まで来るとベンチに胡座を掻いて座り込み、サンジの作った海賊弁当を貪った。
そして店の羅列する商店街へと向かう。
人が集まるところに情報も集まるはずだと踏んだのだ。
「ん~、んまそな匂い!」
食べたばかりのルフィの腹はまだまだ満たされていない。
「や、じゃなくて……」
ルフィはとにかく片っ端からゾロの情報を入手する為に聞いて回った。
「緑の髪で、3本の刀持ってて、こ~んな目した耳にピアスした奴」
目を両手で吊り上げながらルフィは思いつくゾロの単語を口にする。
大抵の者がぷっと吹き出すので、ルフィはその度合点がいかないのだがぐっと我慢して話を聞いた。
ゾロの情報は2つあった。
一つは”山へ向かうのを見た”。
もう一つは”「海へ向かう」と言っていた”。
「……山だな」
”海へ出るつもりで山へ向かった”。
これが正解に違いないとルフィは本人が聞けば憤慨しそうな予想を立てた。
「ん、山だ!」
ルフィはこの島の真ん中の唯一聳える高い岩山を見上げる。
天辺は常に黒い雲で覆われていて見えず、中腹から3ヶ所に別れて高さの違う滝が流れ出し、麓を覆う樹海から白く飛沫が上がっていた。
一種異様な光景だと言える。
だがルフィは真っ直ぐに、山へ向けて駆け出した。
途中、初老の男がルフィを引き留め言った。
「若者よ、山へは行ってはいかん」
ルフィは足踏みを止めずに何故だと尋いた。
「山には魔物がおるでの。呑まれるぞ」
「はぁ?」
眉根を寄せ、足を止める。
老人は顎に蓄えた白い髭を引っ張りながらもう一度「やめておけ」と言って立ち去った。
ルフィはキッと山を見上げ、一つ大きく深呼吸。
そして口を引き結ぶと、また駆け出した。
真っ直ぐに、山へと。


ゾロ──!!


再びルフィを止める者が現れることはない。



「何て事なの!」
「どうしたナミ」
ウソップが、海図を眺めて白い顔を真っ青に変えて立ち上がったナミに目を剥いて尋ねた。
「ナミさん?」
サンジが洗い物の手を止めて振り向く。
チョッパーも本から目を離した。
「船を出すわ、ウソップ、サンジくん、トニーくん!!」
「はぁ!?」
食堂兼、会議室の空気が途端に張りつめた。
「どうしたって言うんです? ナミさん!」
「何だよ突然!? ルフィとゾロはどうすんだよ!」
ウソップが島の方角を指差し、丸い目を更に丸くする。
「おれヤダぞ、ルフィとゾロ置いてくなんて!」
チョッパーが恩人の身を案じて言うのだがナミには聞こえていないらしく、わなわなと海図を掴む手が震えていた。
「いいから、すぐよ!! ……だって、この島は……!!」



その後のナミに依って告げられる事実に、船内中に震撼が走ることとなる。


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