ベビー・トーク
3
「とにかく元に戻ってよかったわ!」
ホッと胸を撫で下ろしたのはゾロに世話役を押しつけた当の本人ナミだった。
「そうだな。ルフィがあのままだったらグランドラインもくそもないもんなぁ」
長い鼻を掻きながらウソップが頷く。
「どうぞナミさん。サンジ特製のメロリンラブチョコサンデーですぅ!」
そう言ってコックが差し出したのはいかにも乙女チックなデコレーションが施されたスイーツだった。
頃は3時、小腹が空いてくる時間帯である。
「ありがと、サンジくん」
自分だけのそれにナミが満足げに柄の長いスプーンを持ち上げる。
「それ! そのメロなんとかサンデーおれにもくれ!!」
よだれを垂らしそうな勢いで身を乗り出したのは「元に戻った」ルフィだった。
「てめェにだけは絶対食わせねェ!! 厄介ばっか起こしやがって!!」
紫煙をぷはーっとルフィに吐き出しながら言い捨てるサンジに「そうだそうだ」とウソップが同調する。
「ケホケホ。仕方ねェ、今日は宴会だ!」
ふん! と鼻息を吹いてルフィは言うと、決意を込めた拳を振り上げた。
「なんでそうなるんだ!」
当然一同がツッコミを入れる。
「知らねェのか!? 海賊は飲んで騒いで歌うんだぞ!」
「そんなこと聞いとらんわ!」
終いにはナミに頭をポカンと殴られて口を尖らせたルフィに、「仕方ないわね」と折れたのもやっぱりナミで。
結局この船長の意向には逆らえないのだから。
「やったー! サンジ肉な! “おれが戻った祝い”だからなぁ!」
そう言ってルフィはいかにもワクワクした笑顔を満面に浮かべたまま、隣のゾロに振り返った。
「な! ゾロ!!」
「あ?」
なんで“な!”なのかゾロにはよくわからなかったが、きっとこの船長に意味などないのだろうと思って適当に「そうだな」と話を合わせておくことにする。
こうして夕方からメインデッキで始まったバーベキューは、ルフィの希望通り肉だらけだった。
サンジ曰く、「腐りかけた肉があったからちょうど良かった」とのことだったが、なんのかんの言ってもルフィの希望を聞いてやるあたりナミと同レベルかも知れない。
「うんめェ~~~! サンジ生ハムメロンは!?」
「んなもんあるか!」
「ちぇ」
「ルフィ、骨つき肉が焼けたぜ! 食え!」
ウソップの声に瞬時に反応して破顔するルフィはそっちへ飛んで行った。
「ルフィ、サンジくんお手製のチョコプディングあげてもいいわよ」
「ほんとか!?」
今度はナミの所へ飛んでいく。
ゾロは離れたところからそのやりとりを見ながら酒を呷ると、小さく笑ってマストに背を預けた。
結局みんなルフィが元に戻ったことを喜んでいる。
複雑な心境のゾロは自分に嘲笑した。
昨日までずっと腕の中にいたルフィはもういない。
それでいいことを頭では解っているのに。
コップにあけるのが面倒で酒瓶に直接口を付けると酒を口に含み、胃に流し込む。素直に喜んでいない自分にゾロは心底腹が立った。
ふうと息を吐いて顔を上げると目の前にさっきまで他の連中と戯れていたはずのルフィの顔面があって、ゾロは態度には出さなかったがめちゃくちゃ驚いた。
ゾロが何も言えないでいると、ルフィが首を傾げる。
大きな黒い目はじっとゾロを見つめていて、ゾロは赤くなりそうな顔をバツが悪そうに大きな掌で隠した。
そんなゾロの様子には気にも留めず、ルフィはニッと笑うとゾロの目の前に座り込む。
「ありがとな!」
唐突にそう言うルフィの真意が知れなくてゾロは怪訝な顔になった。
なにせ自分は肉を焼いてやったわけでもチョコなんたらをやったわけでもないのだから。
そのゾロの表情に反応したルフィが、口をへの字に曲げた。
「怒ってるのか?」
俯き加減に見上げてくるルフィの言いたいことがますますわからなくてゾロは「いや?」とだけ答えた。
それでもルフィは納得できないらしく、「怒ってるんだろ!」と再び聞いてくるので、ゾロは一度ゆっくり瞬きをするときちんとルフィの目を見て「怒ってねェよ」と答えてやる。
しばらくの沈黙の後、ようやくルフィがしししと笑った。
ゾロは腕組みをして背を伸ばすと、
「笑っててもらわないと困るんだ」
と、思ってることを素直に口に出してしまい後から思いっきり後悔した。
変な意味に取られなかったろうか……。
ルフィは、慌てて目線を逸らせてしまったゾロの顔をまじまじ見て「そっか!」と嬉しそうに笑っただけで、ゾロにはルフィがどう受け取ったのかさっぱりわからない。
「ゾロには一番迷惑かけたもんなぁ」
独り言のように呟いたルフィのその言葉を理解するのに、ゾロは10秒余り掛かってしまった。
だから「な!」で「ありがとう」で「怒ってるのか」だったのだ。
「ルフィ!!」
「うわ! なんだゾロ。びっくりした」
肩を掴まれて名を叫ばれれば誰だってビックリする。ルフィは目をぱちくりさせてゾロを見た。
「憶えてるのか……」
今度は小声のゾロに、ルフィもつられて「憶えてるぞ」と答える。
ゾロは急に目の前が歪んでがっくりと肩を落とした。
そういえば、赤ん坊なのに目の下に傷もあったし、ゴムゴムの能力もそのままだった。
ルフィは本当に体が若返った“だけ”だったのだ。
「ゾロあっちこっち触るからずっげーくすぐったかったぞ!」
「ル……ッ!」
風呂での一件だろう。ゾロは他の奴らに聞かれたら堪らないとばかりにルフィの口を塞いだ。
「ふがっ」
「黙ってろ!」
小声ではあるが低くはっきりとした口調でルフィを睨み付けて言う。
「ふがふがが?」
ルフィが何か喋っているのが解って、ゾロは慌てて手を離した。
「黙ってればいいのか?」
「ああ」
「わかった! 言わねェ!」
ホッと胸を撫で下ろしているゾロにルフィが「ゾロには世話になったからな!」と続ける。
「まったくだ」とは答えたものの、ゾロは実は下心ありありでしたと言えるはずもなく、手持ち無沙汰に酒瓶を手に取ると一口呷った。
そのとき背後からナミがルフィを呼んだので、ルフィが「ん?」と顔だけ向ける。
「ところであんた、なんで夜に食堂にいたのよ」
朝サンジが発見した時、ルフィは食堂のテーブルにいたのをゾロも思い出した。
「ああ、風呂に入って喉が渇いたから水飲みに行ったんだ。そしたら眠くなったから寝た」
なんでもないことのようにルフィが言ったが、内容は本当に何でもないことだった。
「どこに原因が?」
サンジは食堂にそんな怪しい水などないことを一番よく知っているので首を捻るしかない。
「さあ……」
さすがのナミにも全く解らなかった。
「悪魔の実の副作用じゃねェのか?」
ウソップがそう言いだして、安易にも程があるもじゃあそういうことにしておこう、ということになる。
「フクサヨウ?」
ルフィが困ったちゃん眉になって首を傾げた。
「いいのよ、あんたは余計なこと考えないで」
ナミがあっさりとそう言うので、ルフィはぷぅっと頬を膨らませて「ゾロみたいなこと言うなぁ」とブツブツ言った。
ゾロはルフィのそのセリフに「何だその程度だったのか」と内心ガックリしたのだが、自分の気持ちを悟られていないことによしとした。
そしてまた酒を飲もうと手にしたそれが空で、どこまでもついてないと思う。仕方なくゾロが手近にあったコーラの瓶を手にし、口に含んだ時だった。
「あー! ゾロ! おれも飲む!」
そう叫んだのはルフィで、気付いた時には唇に暖かい感触が……。
ちゅうぅ―――――っ!!!
ルフィに思いっきり唇を吸われたのだ。
ど、どうしておれだけがこんな目に……?
やはり修行が足りないに違いない……。
ゾロはルフィの頭越しに見える大口を開けた顔面蒼白の船員達を、諦め半分で見ていたのだった。
それからさんざん「本当はルフィはこの2日間のことを憶えているのだろう」と問いつめられ、「なぜ隠してるんだ」とどんどん状況は悪い方へと移行していき、ゾロは誤魔化すのに四苦八苦した。
黙っていると言ったルフィは本当に黙ってただ笑っていて、「この悪魔の息子め……」とゾロはこっそり毒突く他なかったのだった。
(ホントに終わり)
「とにかく元に戻ってよかったわ!」
ホッと胸を撫で下ろしたのはゾロに世話役を押しつけた当の本人ナミだった。
「そうだな。ルフィがあのままだったらグランドラインもくそもないもんなぁ」
長い鼻を掻きながらウソップが頷く。
「どうぞナミさん。サンジ特製のメロリンラブチョコサンデーですぅ!」
そう言ってコックが差し出したのはいかにも乙女チックなデコレーションが施されたスイーツだった。
頃は3時、小腹が空いてくる時間帯である。
「ありがと、サンジくん」
自分だけのそれにナミが満足げに柄の長いスプーンを持ち上げる。
「それ! そのメロなんとかサンデーおれにもくれ!!」
よだれを垂らしそうな勢いで身を乗り出したのは「元に戻った」ルフィだった。
「てめェにだけは絶対食わせねェ!! 厄介ばっか起こしやがって!!」
紫煙をぷはーっとルフィに吐き出しながら言い捨てるサンジに「そうだそうだ」とウソップが同調する。
「ケホケホ。仕方ねェ、今日は宴会だ!」
ふん! と鼻息を吹いてルフィは言うと、決意を込めた拳を振り上げた。
「なんでそうなるんだ!」
当然一同がツッコミを入れる。
「知らねェのか!? 海賊は飲んで騒いで歌うんだぞ!」
「そんなこと聞いとらんわ!」
終いにはナミに頭をポカンと殴られて口を尖らせたルフィに、「仕方ないわね」と折れたのもやっぱりナミで。
結局この船長の意向には逆らえないのだから。
「やったー! サンジ肉な! “おれが戻った祝い”だからなぁ!」
そう言ってルフィはいかにもワクワクした笑顔を満面に浮かべたまま、隣のゾロに振り返った。
「な! ゾロ!!」
「あ?」
なんで“な!”なのかゾロにはよくわからなかったが、きっとこの船長に意味などないのだろうと思って適当に「そうだな」と話を合わせておくことにする。
こうして夕方からメインデッキで始まったバーベキューは、ルフィの希望通り肉だらけだった。
サンジ曰く、「腐りかけた肉があったからちょうど良かった」とのことだったが、なんのかんの言ってもルフィの希望を聞いてやるあたりナミと同レベルかも知れない。
「うんめェ~~~! サンジ生ハムメロンは!?」
「んなもんあるか!」
「ちぇ」
「ルフィ、骨つき肉が焼けたぜ! 食え!」
ウソップの声に瞬時に反応して破顔するルフィはそっちへ飛んで行った。
「ルフィ、サンジくんお手製のチョコプディングあげてもいいわよ」
「ほんとか!?」
今度はナミの所へ飛んでいく。
ゾロは離れたところからそのやりとりを見ながら酒を呷ると、小さく笑ってマストに背を預けた。
結局みんなルフィが元に戻ったことを喜んでいる。
複雑な心境のゾロは自分に嘲笑した。
昨日までずっと腕の中にいたルフィはもういない。
それでいいことを頭では解っているのに。
コップにあけるのが面倒で酒瓶に直接口を付けると酒を口に含み、胃に流し込む。素直に喜んでいない自分にゾロは心底腹が立った。
ふうと息を吐いて顔を上げると目の前にさっきまで他の連中と戯れていたはずのルフィの顔面があって、ゾロは態度には出さなかったがめちゃくちゃ驚いた。
ゾロが何も言えないでいると、ルフィが首を傾げる。
大きな黒い目はじっとゾロを見つめていて、ゾロは赤くなりそうな顔をバツが悪そうに大きな掌で隠した。
そんなゾロの様子には気にも留めず、ルフィはニッと笑うとゾロの目の前に座り込む。
「ありがとな!」
唐突にそう言うルフィの真意が知れなくてゾロは怪訝な顔になった。
なにせ自分は肉を焼いてやったわけでもチョコなんたらをやったわけでもないのだから。
そのゾロの表情に反応したルフィが、口をへの字に曲げた。
「怒ってるのか?」
俯き加減に見上げてくるルフィの言いたいことがますますわからなくてゾロは「いや?」とだけ答えた。
それでもルフィは納得できないらしく、「怒ってるんだろ!」と再び聞いてくるので、ゾロは一度ゆっくり瞬きをするときちんとルフィの目を見て「怒ってねェよ」と答えてやる。
しばらくの沈黙の後、ようやくルフィがしししと笑った。
ゾロは腕組みをして背を伸ばすと、
「笑っててもらわないと困るんだ」
と、思ってることを素直に口に出してしまい後から思いっきり後悔した。
変な意味に取られなかったろうか……。
ルフィは、慌てて目線を逸らせてしまったゾロの顔をまじまじ見て「そっか!」と嬉しそうに笑っただけで、ゾロにはルフィがどう受け取ったのかさっぱりわからない。
「ゾロには一番迷惑かけたもんなぁ」
独り言のように呟いたルフィのその言葉を理解するのに、ゾロは10秒余り掛かってしまった。
だから「な!」で「ありがとう」で「怒ってるのか」だったのだ。
「ルフィ!!」
「うわ! なんだゾロ。びっくりした」
肩を掴まれて名を叫ばれれば誰だってビックリする。ルフィは目をぱちくりさせてゾロを見た。
「憶えてるのか……」
今度は小声のゾロに、ルフィもつられて「憶えてるぞ」と答える。
ゾロは急に目の前が歪んでがっくりと肩を落とした。
そういえば、赤ん坊なのに目の下に傷もあったし、ゴムゴムの能力もそのままだった。
ルフィは本当に体が若返った“だけ”だったのだ。
「ゾロあっちこっち触るからずっげーくすぐったかったぞ!」
「ル……ッ!」
風呂での一件だろう。ゾロは他の奴らに聞かれたら堪らないとばかりにルフィの口を塞いだ。
「ふがっ」
「黙ってろ!」
小声ではあるが低くはっきりとした口調でルフィを睨み付けて言う。
「ふがふがが?」
ルフィが何か喋っているのが解って、ゾロは慌てて手を離した。
「黙ってればいいのか?」
「ああ」
「わかった! 言わねェ!」
ホッと胸を撫で下ろしているゾロにルフィが「ゾロには世話になったからな!」と続ける。
「まったくだ」とは答えたものの、ゾロは実は下心ありありでしたと言えるはずもなく、手持ち無沙汰に酒瓶を手に取ると一口呷った。
そのとき背後からナミがルフィを呼んだので、ルフィが「ん?」と顔だけ向ける。
「ところであんた、なんで夜に食堂にいたのよ」
朝サンジが発見した時、ルフィは食堂のテーブルにいたのをゾロも思い出した。
「ああ、風呂に入って喉が渇いたから水飲みに行ったんだ。そしたら眠くなったから寝た」
なんでもないことのようにルフィが言ったが、内容は本当に何でもないことだった。
「どこに原因が?」
サンジは食堂にそんな怪しい水などないことを一番よく知っているので首を捻るしかない。
「さあ……」
さすがのナミにも全く解らなかった。
「悪魔の実の副作用じゃねェのか?」
ウソップがそう言いだして、安易にも程があるもじゃあそういうことにしておこう、ということになる。
「フクサヨウ?」
ルフィが困ったちゃん眉になって首を傾げた。
「いいのよ、あんたは余計なこと考えないで」
ナミがあっさりとそう言うので、ルフィはぷぅっと頬を膨らませて「ゾロみたいなこと言うなぁ」とブツブツ言った。
ゾロはルフィのそのセリフに「何だその程度だったのか」と内心ガックリしたのだが、自分の気持ちを悟られていないことによしとした。
そしてまた酒を飲もうと手にしたそれが空で、どこまでもついてないと思う。仕方なくゾロが手近にあったコーラの瓶を手にし、口に含んだ時だった。
「あー! ゾロ! おれも飲む!」
そう叫んだのはルフィで、気付いた時には唇に暖かい感触が……。
ちゅうぅ―――――っ!!!
ルフィに思いっきり唇を吸われたのだ。
ど、どうしておれだけがこんな目に……?
やはり修行が足りないに違いない……。
ゾロはルフィの頭越しに見える大口を開けた顔面蒼白の船員達を、諦め半分で見ていたのだった。
それからさんざん「本当はルフィはこの2日間のことを憶えているのだろう」と問いつめられ、「なぜ隠してるんだ」とどんどん状況は悪い方へと移行していき、ゾロは誤魔化すのに四苦八苦した。
黙っていると言ったルフィは本当に黙ってただ笑っていて、「この悪魔の息子め……」とゾロはこっそり毒突く他なかったのだった。
(ホントに終わり)