新世界不文律

「なっ、なっ、何やってんだお前……!!」

晩メシ用の獲物をドカッと床に落っことしたルフィは、世話になっている山賊団アジトの薄暗い居間のど真ん中、方々に転がっているピクリとも動かない山賊達に息を飲むと、一人だけ突っ立っている男を指差し叫んだ。
白い軍服を身に纏った海軍幹部と解る男が1人、抜き身の刀を1本肩に担いでふうと嘆息している。
緑頭で、左耳には3連の涙型金ピアス。それが窓からの夕陽にキラリと光る。
こちらを流し見る眼光は一つ、左目に走る縦傷がよほど堅気とは思えない風貌の、隻眼の剣士。
「峰打ちだ。殺しちゃいねェよ。……お前がルフィか?」
「なんでおれの名前知ってんだ」
「英雄ガープの孫なんだって?」
「……っ」
伝説の海兵、ガープ中将と言えばルフィの実の祖父だ。理由は知らないが公にはされていない。
それをなぜこの部下らしき男が知っているのか、じいちゃんのことだからポロッと話してしまったんだろうけど、孫の自分に何の用があって現れたのかはさっぱりだ。
ビュ、と刀を一振りした男がそれを鞘にしまいながら、悠然とした足取りでこちらに近づいてきた。たまに山賊を蹴飛ばしながら、多分おれのことを聞かれて黙ってたからやられちまったんだ、ルフィはそう判断した。
そんな今の状況を憶測しながらも、男の全く無駄のない所作にうっかり見とれてしまってブルブル頭を振る。
これは現実だ。
ルフィが目の前に立った長身の男を睨み付けていると、片手でガッと顎を捕まれ顔を歪めた。
「らにひるんらっ」
「お前、火拳のエースを知ってるな。奴の足取りを追ってる。大人しく居所を教えろ」
「らんれ……」
「なんで? てめェに教える必要ねェだろう?」
ルフィはぶんっと頭を振って男の手を逃れた。
「そんな奴おれは知らねェ!」
「一緒に育ったんじゃねェのか? 嘘をつくとためにならねェぞ……」
チャキリ、男が刀の柄に手を掛けどうやら脅しのつもりらしい。屈する気はない。
男の目的はルフィではなく兄のエースだったのだ。
兄と言っても赤の他人だが、自分達は盃を交わし兄弟になった。
そのエースは17で海へ出て海賊となり、ルーキーながら早くも名を上げ始めている。
「危険因子は野放しに出来ねェ。お前もそうか? あァ?」
スッ、と音もなくちらつかされる直刃。
だけどルフィにはちっとも恐怖心は湧いてこなかった。
「それでおどしてるつもりかよ。おれの兄ちゃんはおれがガキのころ、なんかすげー偉い奴にゴミみたいに殺された。どんなに権力を持ってようが、簡単に人を殺す奴をおれは信じねェ!……お前もそうか?」
男の言い方を真似て言い返してやる。
自分達は3兄弟だった、嘘ではない。
ギン、とルフィが瞳に力を込め睨み付ければ、一瞬ぶわりと空気が張りつめ、男の片眉がピクリと跳ねた。
「ヘェ……」
そして何か面白いものを見つけたようにニヤリと口角を上げる。
「やはりガープさんの孫だな」
「じ、じいちゃんが何だよ……」
その名前にビクッと首を竦めてしまうのは最早ルフィの条件反射だった。
じいちゃん怖い……。
「まぁいい。今日のところは見逃してやるよ。また来る」
「く、来んな!!」
「じゃあな小僧」
「小僧じゃねェー!!」

最後に悪態をつき、この場は収まった。
筈だったのに……。


「なんでまだいるんだよ、アイツ」
目を覚ました山賊の長、ダダンがガープの名に態度をコロッと翻し、例の海軍幹部を引き留め歓迎の宴を始めたのだ。
ダダンはガープに弱味を握られている。しかも海賊王の一人息子エースの育ての親で、大犯罪者に手を貸す形となっている。
その事実がバレたわけでもないのに、今から胡麻を擦っておくのだとダダンは言う。ルフィにはぼんやりとしか意味は解らなかったが、モヤモヤする気分は拭えなかった。
あんなエースの敵、さっさと追い返しゃよかったのによ……!
「そんで呑気に酒飲んでるアイツめちゃくちゃムカつく。ムカつくムカつく!」
大人はバカだ!でもってズルい!
ルフィは地団駄を踏みながら庭に飛び出すや、ウガーッと吠えた。

「そこ、うるせェ」
「うわっ、お前いつの間に出てきてたんだ!?」
「あんなむさ苦しいとこで飲んでもちっとも美味くねェ。ここから見る月はなかなかいいな」
見れば切り株にゆったり腰掛けたくだんの招かれざる客が、酒瓶片手に月夜を見上げていたのだ。
ここは小高い山の天辺だから、町から見るより大きな月が望める。
ルフィはスタスタと男に近寄るとビシッと帰り道を指差し、
「その酒やるからもう帰れ!」
言い放ったがしかし。
その腕を掴まれ、ルフィはどうしたことかあっという間に男の膝の上に座らされていた。
子供のように横向きに抱えられ、口をパクパク……。
「何がしてェんだお前はっ」
「やっぱりな」
「な、なにが」
「お前、いい目をしてる」
するりと触られた左頬。目の下の古傷を男の親指がつつ、と辿って。
ハッと見上げた顔は意外にも穏やかで──。
「……変な奴!!」
男の切れ長の目の色が翠にも黒にも見える。ルフィは唇を噛み締め、大きな目を落っこちそうなほど見開いて視線を逸らせずにいる自分に気付かなかった。
「ルフィ」
「……?」
「おれはどうやらてめェに一目惚れしたらしい」

……ヒトメボレ、とは?

「…………へ!?」
ゴットンと瓶を放り出した男が唐突にルフィを抱き締めてきた。
ふわんと、優しく。まるで労るように、慈しむように。
守りたいとでもいうように──。
そっとそっと撫でられたルフィの黒髪は宝物にでも触れるような優しい手付きで、こんな風に、ルフィは誰にも──顔も知らない両親にも怖い祖父にも、7年間一緒に暮らしたエースにもダダンにも──愛しそうに抱き締められたことなど一度もない。
やばい、コイツの腕ん中キモチイイ……。
ルフィがあまりの居心地の良さに大人しく体を預けてうっかり目を閉じそうになっている、と。

「おい、抵抗しねェのか?」
「うっっわ……!?」
半瞬で我に返った。
マッハで男の腕から脱出して3メートルは後ろ走りする。
ゼーゼーハァハァ……。危なかった、コイツ何かの実の能力者かぁ!?
もちろんそんなことはなかったのだが、不意に立ち上がった男にルフィは咄嗟のファイティングポーズ。警戒心を露にするも、男は何食わぬ顔で立て掛けてあった3本の愛刀を腰に差した。
「帰る」
「お、おう! とっとと帰れ!」
「泊まっていこうかと思ったんだが、このままだとお前に手ェ出しちまいそうだからな。あの人にはちょっとした恩があるし、さすがに一般庶民の子供相手にそれはヤベェだろう?」
「あ、あの人? 手、って……そ、そんなんおれが知るか!!」
何を言ってんだろう、この男は。海軍のくせに。三刀流のくせに(←関係ない)。
世の中には色んな奴がいるんだなー、とルフィはとんちんかんなことを考えながら「アッカンベ!」と舌を出した。
「じゃあまたな、ルフィ」
「またはねェ! おれはお前なんか大っっっ嫌いだ!!!」
どーん。
「あーあ、すっかり嫌われちまったか……残念だ」
と肩を竦めた男はさほどショックを受けた様子もなく、背を向けるとひらひら手を振った。
けれど思い立ったように振り返って、
「ロロノア・ゾロだ」
それだけ言い残し、気が済んだのか夜道を右へ右へと下って行った。

「……ろろろ?」
ルフィがロロノア・ゾロと言う名を正確に覚えるのにはもう少し時間が掛かるのだが。
「おい海軍の奴! 右じゃねェ、港はまっすぐだ!!」
またまた振り返った男が苦虫を噛み潰したような顔をして方向転換するのを、迂闊にも笑い出しかけてルフィは口許を押さえる。
「やっぱ変な奴……」
あんな海兵、見たことねェ。
そうしてなぜだか、憎み切れていない自分に首を傾げた。



(END)

出会い編でした。
ゾロはあっさりと落ちたしルフィも無自覚に惹かれとります☆
ZLサイトですもの!(笑)
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