新世界不文律
ドアの向こう、通路の方から人の囁く声と気配を感じ、サンジはベッドからそうっと這い出した。
隣の部屋には船長が眠っている。
まだ17のガキだが、近ごろ名の知れ始めた大型ルーキーで、高額賞金首なのだ。
どこの馬の骨とも知れない海賊狩りがその命を狙いに来たとしても、ちっとも不思議な話じゃない。
この島に上陸したのは2日ほど前で、明日には立とうという今日になって、突然「宿に泊まりたい」と言い出したのは船長だった。
それもいつもの気まぐれだとさして気にも留めなかった。
しかしサンジが自室のドアを開けてしまったことにより、嫌でもその理由を知ることになる。
ルフィの部屋のドアが開け放たれている。
そのドアが邪魔で戸口に立つ人物はサンジからは見えない。
ルフィと言うのは船長の名だ。ちなみにサンジは船のコックさん。
そのコックは戦闘員も兼ねているので、船長の身に危険が及べば体を張ってでも戦う用意がある。
が、しかし。
明かりが漏れているところを見るとただの来客なのかもしれない。敵の寝首を掻くのにわざわざ灯りを点けて登場を知らせてやるバカはいないだろう。
「誰と喋ってんだ……?」
船長と色事について全く想像したことはなかったが、ルフィだってお年頃、プロの女を買うために宿を取ったと言うことか。……いややっぱりピンと来ない。
とは言え後ろ暗い理由がなければこんな夜中にこそこそする必要はないわけで……。
「……じゃあな……」
「……また連絡する」
声が少し大きくなったのは来客がいよいよ部屋を出るかららしい。
こっそり覗いているサンジにはやっぱりドアに隠れて客人の姿は見えなかったが、なにやら布擦れの音と、…ちゅっと、濡れた音が聞こえてサンジはうわぁぁと心の中で叫んだ。
待て待て待て、今のってキスしたよな?
そんでもってさっきの声、男だったよなぁ!?
ルフィは「男」を買ったのか? つまりそう言うことなのか……?
しかしサンジの予想は「男」以外、大外れだったのである。
「やっぱそこまで送るよ、ゾロ」
「そんな格好でか? やめとけ風邪をひく」
「だってまた迷子になるだろ?」
「なるか!」
なははは、とルフィの笑い声。何がそんなに楽しいのか。
パタンとドアが閉ざされ、とうとう通路に二人が姿を現した。
一人は「そんな格好」=バスローブ姿のルフィで、黒い濡れ髪にほんのりピンクのほっぺがナニをしてシャワーを浴びたのか、雄弁に物語っている。
そうしてもう一人の人物、軍服姿のソイツが我らの宿敵、海軍『G-5』少佐“隻眼の剣士”ロロノア・ゾロだった事実に、一瞬サンジの思考は止まった。
「……ルフィから離れろ! ロロノア・ゾロ!!」
賢明にもサンジの思考は数秒後には動き出した。ついでに体も。
バン!とドアを開け放って廊下に躍り出て、一気に殺気をみなぎらせる。
「サ、サ、サンジ!?」
「黒足のサンジ、か? 手配書の顔とは違う気がするんだが」
「こっちが本物だ覚えとけ! それよかルフィ、早くこっち来い!!」
いつでも攻められる体勢を取ってルフィを手招きする。なのにルフィは何を思ったかぶるぶる首を振ると、ゾロを庇うように両手を広げて立ち塞がったのだ。
「ゾロ今のうちに帰れ」
「なっ、おいルフィ!? 庇うなら味方のおれじゃねェのかよ、おれ!」
「そこのぐる眉の言う通りだ。弱そうだしな」
「弱くねェ! てめェはぜってー三枚に下ろしてやっから覚悟しやがれ! そもそもルフィ、ソイツとコソコソ何やってたんだ!?」
「な、にって……」
言い淀むルフィの目元がかすかに赤く染まり、サンジは更にイラァっとした。
そこへ畳み掛けるように憎っくきロロノアが、
「説明なんざしなくてもこの状況見りゃ解るんじゃねェか? ヤボってもんだぜ、黒足さんよ」
「おめェにゃ聞いてねェ!」
言われなくても解ってる。解っちゃいるのだ。ここからだって十分に見える、ルフィの白い鎖骨に、肌蹴た胸元に、ぽつぽつと咲く紅い花。
情事の名残である、抱かれた痕。
この男は海軍のくせして、海賊を抱いた証をその体に刻み付けやがったのだ。
「ルフィ……脅されたんだろ? おれ達のために嫌々ソイツに抱かれたんだよな?」
多分、これも不正解。ルフィはさっきまで笑ってたから。
案の定「そうじゃねェ」と否定されサンジの怒りはいよいよ頂点に達した。
「騙されてんだよバカゴム!! 目ェ覚ませ!! ソイツが誰だか解ってんだろ!?」
「わ、わかってるよ! サンジ何で起きてきたんだよっ」
「逆ギレか!」
「だってホントに騙されてんじゃねェんだ……ゾロは、ゾロは、」
「おれはコイツに惚れてんだよ」
「……はぁ!?」
ゾロがサンジの目の前で、これ見よがしに後ろからルフィを抱きすくめた。
わざとこちらを見やりながらその首筋に唇を落とし、ルフィが「ちょっと」と身じろぐのも構わず、バスローブの裾をたくし上げて細い太ももをゆっくりと撫で上げていく。
「…っあ」
抱かれたばかりの体はまだ敏感なのか、船長の可愛らしい声にそして艶めかしい足に、サンジは見たこともないその痴態に不覚にも真っ赤になった。
「ル、ルフィに触んなエロ緑~~っ!!」
このまま飛び蹴りを喰らわせたい。が、船長を人質に取られているようなこの状況ではそうもいかない。確信犯か。
「触んなって言われてもなぁ……とっくに手遅れだろう。今まで何度寝たと思ってんだ? それにコイツとはお前らが出会う前からの関係なんでな」
「!? そりゃ本当なのか? ルフィ……?」
「……うん」
「聞いてねェぞ」
「言ったら会うなって言うだろ?」
「当たり前だ! ナミさんだってウソップだって他のみんなだって、許すわけねェ!! もちろんおれもな!!」
「だってよ、ルフィ。どうする?」
「……いやだ」
ゾロの腕の中、ルフィがくりんと向きを変えて正面からゾロに抱き着いていく。
こうなるともう、サンジは嫌な予感しか働かない。付き合いは1年にも満たないが、だいたい解る。
そう、船長のこのワガママコースは……。
「バレちまったらしょうがねェ……。ゾロ! おれの仲間になれ!!」
ばーーん。
「やっぱりかてめェは! 言うと思ったぜ!!」
「は? 笑えねェぞルフィ、その冗談は」
「おれはいつでも真面目だもんよ」
「そうだコイツは大マジだ……残念なことに……」
「どういう躾してんだ?」
「ハハハ……てうっせェ! ルフィ、一応(!)忠告しとくがなァ、ロロノアは諦めろ」
「なんで? 海賊になったら別にいいだろ?」
「なるわけねェし、男同士だろうが!」
「だってしょうがねェじゃん好きなんだもん!!」
「あーあーあーおれは聞いてなーい!!」
「聞けー!!」
「じゃ、おれは帰るぜ」
「お前も聞けー!!」
ルフィが振り上げた拳をゾロが難なく捕え、景色が反転したと思ったら軽々姫抱っこされていた。
そのままサンジにぽーいっとパスされ、文句を言おうと振り返った時にはゾロの姿は既になく。
「逃げられた!! サンジ下ろせっ」
「はいはい……。ハァ、みんなに何て説明すれば?」
隠しておける内容ではない。これからマジでこの船長はあの少佐を勧誘するのだろう。
あ、頭痛ェ……。
「へっきしょ!」
「おいおいバカでも風邪ひくぜ? 今夜はもうお開きにしよう。けどルフィ、明日きっっちり話つけっから、そのつもりでな!」
ついでにビン、額にデコピン。
イテッと首を竦めた船長はサンジを拗ねた顔で見上げて、おまけに「おれは敗けねェ」とかほざきやがって。
サンジは「わーったわーった」と軽く流すとルフィをぐいぐい部屋へ押し込んで、
「それではおやすみなさいませ、我が愛しの船長殿?」
投げキッスを送ったらベェ~と舌を出され、やれやれと肩を竦めてドアを閉めた。
(また中途半端に終わる)
隣の部屋には船長が眠っている。
まだ17のガキだが、近ごろ名の知れ始めた大型ルーキーで、高額賞金首なのだ。
どこの馬の骨とも知れない海賊狩りがその命を狙いに来たとしても、ちっとも不思議な話じゃない。
この島に上陸したのは2日ほど前で、明日には立とうという今日になって、突然「宿に泊まりたい」と言い出したのは船長だった。
それもいつもの気まぐれだとさして気にも留めなかった。
しかしサンジが自室のドアを開けてしまったことにより、嫌でもその理由を知ることになる。
ルフィの部屋のドアが開け放たれている。
そのドアが邪魔で戸口に立つ人物はサンジからは見えない。
ルフィと言うのは船長の名だ。ちなみにサンジは船のコックさん。
そのコックは戦闘員も兼ねているので、船長の身に危険が及べば体を張ってでも戦う用意がある。
が、しかし。
明かりが漏れているところを見るとただの来客なのかもしれない。敵の寝首を掻くのにわざわざ灯りを点けて登場を知らせてやるバカはいないだろう。
「誰と喋ってんだ……?」
船長と色事について全く想像したことはなかったが、ルフィだってお年頃、プロの女を買うために宿を取ったと言うことか。……いややっぱりピンと来ない。
とは言え後ろ暗い理由がなければこんな夜中にこそこそする必要はないわけで……。
「……じゃあな……」
「……また連絡する」
声が少し大きくなったのは来客がいよいよ部屋を出るかららしい。
こっそり覗いているサンジにはやっぱりドアに隠れて客人の姿は見えなかったが、なにやら布擦れの音と、…ちゅっと、濡れた音が聞こえてサンジはうわぁぁと心の中で叫んだ。
待て待て待て、今のってキスしたよな?
そんでもってさっきの声、男だったよなぁ!?
ルフィは「男」を買ったのか? つまりそう言うことなのか……?
しかしサンジの予想は「男」以外、大外れだったのである。
「やっぱそこまで送るよ、ゾロ」
「そんな格好でか? やめとけ風邪をひく」
「だってまた迷子になるだろ?」
「なるか!」
なははは、とルフィの笑い声。何がそんなに楽しいのか。
パタンとドアが閉ざされ、とうとう通路に二人が姿を現した。
一人は「そんな格好」=バスローブ姿のルフィで、黒い濡れ髪にほんのりピンクのほっぺがナニをしてシャワーを浴びたのか、雄弁に物語っている。
そうしてもう一人の人物、軍服姿のソイツが我らの宿敵、海軍『G-5』少佐“隻眼の剣士”ロロノア・ゾロだった事実に、一瞬サンジの思考は止まった。
「……ルフィから離れろ! ロロノア・ゾロ!!」
賢明にもサンジの思考は数秒後には動き出した。ついでに体も。
バン!とドアを開け放って廊下に躍り出て、一気に殺気をみなぎらせる。
「サ、サ、サンジ!?」
「黒足のサンジ、か? 手配書の顔とは違う気がするんだが」
「こっちが本物だ覚えとけ! それよかルフィ、早くこっち来い!!」
いつでも攻められる体勢を取ってルフィを手招きする。なのにルフィは何を思ったかぶるぶる首を振ると、ゾロを庇うように両手を広げて立ち塞がったのだ。
「ゾロ今のうちに帰れ」
「なっ、おいルフィ!? 庇うなら味方のおれじゃねェのかよ、おれ!」
「そこのぐる眉の言う通りだ。弱そうだしな」
「弱くねェ! てめェはぜってー三枚に下ろしてやっから覚悟しやがれ! そもそもルフィ、ソイツとコソコソ何やってたんだ!?」
「な、にって……」
言い淀むルフィの目元がかすかに赤く染まり、サンジは更にイラァっとした。
そこへ畳み掛けるように憎っくきロロノアが、
「説明なんざしなくてもこの状況見りゃ解るんじゃねェか? ヤボってもんだぜ、黒足さんよ」
「おめェにゃ聞いてねェ!」
言われなくても解ってる。解っちゃいるのだ。ここからだって十分に見える、ルフィの白い鎖骨に、肌蹴た胸元に、ぽつぽつと咲く紅い花。
情事の名残である、抱かれた痕。
この男は海軍のくせして、海賊を抱いた証をその体に刻み付けやがったのだ。
「ルフィ……脅されたんだろ? おれ達のために嫌々ソイツに抱かれたんだよな?」
多分、これも不正解。ルフィはさっきまで笑ってたから。
案の定「そうじゃねェ」と否定されサンジの怒りはいよいよ頂点に達した。
「騙されてんだよバカゴム!! 目ェ覚ませ!! ソイツが誰だか解ってんだろ!?」
「わ、わかってるよ! サンジ何で起きてきたんだよっ」
「逆ギレか!」
「だってホントに騙されてんじゃねェんだ……ゾロは、ゾロは、」
「おれはコイツに惚れてんだよ」
「……はぁ!?」
ゾロがサンジの目の前で、これ見よがしに後ろからルフィを抱きすくめた。
わざとこちらを見やりながらその首筋に唇を落とし、ルフィが「ちょっと」と身じろぐのも構わず、バスローブの裾をたくし上げて細い太ももをゆっくりと撫で上げていく。
「…っあ」
抱かれたばかりの体はまだ敏感なのか、船長の可愛らしい声にそして艶めかしい足に、サンジは見たこともないその痴態に不覚にも真っ赤になった。
「ル、ルフィに触んなエロ緑~~っ!!」
このまま飛び蹴りを喰らわせたい。が、船長を人質に取られているようなこの状況ではそうもいかない。確信犯か。
「触んなって言われてもなぁ……とっくに手遅れだろう。今まで何度寝たと思ってんだ? それにコイツとはお前らが出会う前からの関係なんでな」
「!? そりゃ本当なのか? ルフィ……?」
「……うん」
「聞いてねェぞ」
「言ったら会うなって言うだろ?」
「当たり前だ! ナミさんだってウソップだって他のみんなだって、許すわけねェ!! もちろんおれもな!!」
「だってよ、ルフィ。どうする?」
「……いやだ」
ゾロの腕の中、ルフィがくりんと向きを変えて正面からゾロに抱き着いていく。
こうなるともう、サンジは嫌な予感しか働かない。付き合いは1年にも満たないが、だいたい解る。
そう、船長のこのワガママコースは……。
「バレちまったらしょうがねェ……。ゾロ! おれの仲間になれ!!」
ばーーん。
「やっぱりかてめェは! 言うと思ったぜ!!」
「は? 笑えねェぞルフィ、その冗談は」
「おれはいつでも真面目だもんよ」
「そうだコイツは大マジだ……残念なことに……」
「どういう躾してんだ?」
「ハハハ……てうっせェ! ルフィ、一応(!)忠告しとくがなァ、ロロノアは諦めろ」
「なんで? 海賊になったら別にいいだろ?」
「なるわけねェし、男同士だろうが!」
「だってしょうがねェじゃん好きなんだもん!!」
「あーあーあーおれは聞いてなーい!!」
「聞けー!!」
「じゃ、おれは帰るぜ」
「お前も聞けー!!」
ルフィが振り上げた拳をゾロが難なく捕え、景色が反転したと思ったら軽々姫抱っこされていた。
そのままサンジにぽーいっとパスされ、文句を言おうと振り返った時にはゾロの姿は既になく。
「逃げられた!! サンジ下ろせっ」
「はいはい……。ハァ、みんなに何て説明すれば?」
隠しておける内容ではない。これからマジでこの船長はあの少佐を勧誘するのだろう。
あ、頭痛ェ……。
「へっきしょ!」
「おいおいバカでも風邪ひくぜ? 今夜はもうお開きにしよう。けどルフィ、明日きっっちり話つけっから、そのつもりでな!」
ついでにビン、額にデコピン。
イテッと首を竦めた船長はサンジを拗ねた顔で見上げて、おまけに「おれは敗けねェ」とかほざきやがって。
サンジは「わーったわーった」と軽く流すとルフィをぐいぐい部屋へ押し込んで、
「それではおやすみなさいませ、我が愛しの船長殿?」
投げキッスを送ったらベェ~と舌を出され、やれやれと肩を竦めてドアを閉めた。
(また中途半端に終わる)