19×17

くっついていた唇が離れていく。
ルフィが閉じていた目を開くと、男がまたいつもの台詞を言おうと口を開くので、
「もういい。いちいちそれ言うな」
薄い唇を掌で覆い隠し、制してしまう。
ゾロがキスのあと口癖のように言う、「ごめんなさい」。
ルフィはいい加減に聞き飽きた。
言えばキスしていいと思ってるんだ、この剣士は。言うのはキスしてからだけどな!
「いいのか? 図に乗るぞ?」
ゾロが自分の口を塞いでいたルフィの手を捕まえ、にやり口角を吊り上げた。
「ずってなんだ?」
「…嘘だよ」
「??」
ず=うそ、か?
でもゾロは嘘を吐いてない。意味不明。
それっきり、ルフィの相棒は海の彼方を見てこちらを見なくなった。ついでに何もしてこない。
甲板で、ふたりはさっきまで手すりに寄りかかって他愛もない話をしていたのだ。
そしたらいつものようにゾロが唇を寄せてきたので、ルフィは瞬きしつつそれを受けとめキスされた。
1回目の「ごめんなさい」にはただ頷いた。2回目は「うん」と答えた。3回目は「わかってるって」と返し、さっきの4回目が冒頭のやり取りとなる。
いちいち返すのも、めんどくさいし。
「ゾロ?」
「あ?」
「今日はもうしねェの?」
「なにを」
「キス」
まだベロ入れるやつ、してねェと思うんだけど。
「……していいのか?」
「何で今さらそんなこと聞くんだ?」
「謝るなってことは、もうすんなってことかと」
「うん不意打ちはダメだ」
「じゃ聞けってことか。いちいち?」
「そりゃそうだろ!」
「いちいち聞かれて返事すんのか? お前が?」
たいへん疑わしい。
「む、確かに何とかほんまつってやつだな」
「本末転倒な」
「それそれ! ほんじゃ聞かなくていいから、おれにわかるようにしろよ。わかったか?」
「あー、うまくできるかわからねェから試していいか?」
「ん~~そうだな。おれもよくわかんねェし……。ゾロとしかチューしたことねェからなぁ、おれ」
後半独り言のように呟いたルフィの言葉にゾロは少しばかり優越感に浸りながらも、おくびにも出さずにルフィの二の腕を掴む。
ゆっくりではないが、速くもないスピードで顔を船長に近付け、躊躇いなくその唇を塞いだ。
ルフィは押し付けられた唇に目をパチクリしたあと、その大きなまぶたを閉じた。
下唇をやんわり唇で挟まれ、「ん」と小さな声が漏れる。
するりと忍び込んできた舌には抗わず、絡められるまま自分もおずおずと舌を差し出した。
くちゅっくちゅと、濡れた音。
殆どが潮の音に消えたが、ふたりの耳もとには確かに届く。
そうして、ルフィがキスに夢中になってきたころ、何の前触れもなくゾロが唇を離した。
ハァ、と互いの呼気は上がっている。
黙ったままのゾロはとうとう「ごめんなさい」を言わなかった。
よしよし、とルフィは思いながらも、ちょっと物足りないのはさっきのキスが気持ちよかったからだ。
「やべェな。そうきたか」
ゾロがごめんなさいの代わりに意味不明なことを言った。
「ゾロどした?」
「ごめんなさいしなくていいと思うと、やめどきがわからねェ」
「そういやいつもより長かった気がするなー。気持ちよくて足りねェかと思ったけど」
「気持ちよかったのか……? 多分、あれ以上は押し倒しちまう」
「そんで??」
「ごめんなさいじゃ済まないようなことになるだろうな、主にお前が」
ふ~ん?と、ルフィがこてっと首を傾げた。わかるわけねェか、とゾロは説明に窮する。
さっき試してみて気付いたことは、ルフィはキスするまで目を閉じないと言うことだった。
くっつくまでキスだと認識しないのか、目を瞑ることにさほど意義を感じないのか、とにかくされるがまま過ぎるんじゃねェのかコイツ、と不安すら感じる危うさで。
「あんなゾロ」
「ん?」
「ごめんなさいで済まないかどうかはおれが決めるぞ?」
「まぁそうだが、後の祭りになる可能性が大だ」
「お前の言ってることいまいちわからん!」
とうとうご機嫌斜めになった船長がキュッと眉根を寄せた。
そんなルフィの唇をゾロは素早く奪い、薄く目を開け観察しているとやはり、ルフィは何度か瞬きしてからまぶたを閉じる。
深追いはせず、ややしてから離すとルフィがぱちっと目を開けて、
「不意打ちすんなつったのに!」
今度は文句を言った。
「不意打ちだと思ったら抵抗しろよ。何で目ェ瞑っちまうんだ?」
「抵抗ってのはイヤだと思ったときにするもんじゃんか。おれはイヤだと思ったこと一度もねェ」
「……確かに嫌がってるようには見えねェが」
最初こそビックリして逃げ腰だったルフィも、回を重ねるごとに落ち着きを取り戻した。順応性の高さがこんなところでも発揮されるのか。
「あ、だからごめんなさい言われるとなんかムカムカするんだ。なるほどなー」
他人事のようにルフィが腕を組んで感心げに頷いた。そもそも何で男が男にキスされて嫌じゃないのか、ゾロは不思議だ。
それなら男にキスする自分もあり得ないことだったのだが……。
「どこで横道それたんだ?」
単に、ルフィの鼻を明かしてやりたかっただけだったのだ。自分ばっかり許されてる船長に一矢報いたくて、キスして謝って許されて、を繰り返してきた。なんだかんだで許して貰えるのが心地よくて。
それだけの意味を持つキスだったのに──。
それた先が悪くねェか、もしかして。
「つーか何でゾロはおれにキスしたいんだ?」
「おれも今それを考えてたとこだ。しかもキス以上のこともしてェときてる」
「キス以上って……」
言葉に詰まり、自分を射てくる船長の上目遣いはようやくことの重大さを把握したからだと思われる。
ぬ~~っと考え込んで顔を真っ赤にする彼に、うっかり伸びそうになる手は抑えるのが難しい。
ルフィの言う通り、だったのかもしれない。
おれは変態でルフィを可愛いと思ったから、手ェ出したのか……?
だったら凹む。
いつかのホロホロ女の技よか軽く凹む。

「おれやっぱイヤじゃねェかな~? うん、イヤじゃねェよ」
「……何が?」
「ゾロとえっち」
おまけにルフィはニカッと笑って、そんな爆弾発言をカマすのだ。
「ルフィ」
ふら、と体ごとゾロは前へ出た。ほぼ無意識にルフィを抱きすくめる。
見た目通りほっそりした体はゾロの腕にジャストインで、やっぱりルフィは「なんだよー」と文句をたれつつ、ゾロの好きなようにさせてくれた。
「考え直すなら今のうちだぞ、船長」
「いいよ別に。ゾロとはいっちばん長い付き合いになりそうだもんなぁ。……あ、死ななかったらだけど、海賊王になるまで死ぬ気ねェしよ。だから何でも知っておいた方がよくねェ?」
おたがいに、としたり顔で笑っているのだろう振動が、ルフィの頬が当たっているゾロの肩口に伝わってきた。
自分は許されていたのかもしれない、最初から。
一人目の仲間だと言うだけで……。
「そう言う次元の話でいいのか?」
「いいだろ? それともえっちは悪いことなんか?」
「それ自体は悪くねェ」
「ゾロはおれの了承を得てる。だからゾロも悪くない」
「……けどルフィ」
「他に何かおれに怒られそうなことは?」
「おれが上やるから、お前は痛い」
「ぅえ!? そ、それは聞いてねェ!!」
ルフィが慌てて顔を上げた。ゾロの胸を押しやってくるので、そこは力ずくでねじ伏せて、
「今言った。あとでいくらでも謝るから、抱かせろ」
「ごめんなさいはいらねェっつっただろ! でもなんかズリィ!!」
「じゃあ──」
ゾロはまたまたきつくルフィを抱き締め、その首筋に鼻先を突っ込んで甘い体臭を嗅ぎながら、

「ありがとう」

と、船長へ。感謝の気持ちを。
とうとう体まで許してくれるつもりらしいルフィに、ゾロのたったそれだけ言葉は、すっかり彼をご機嫌にさせたようだった。



(おわるとも)

後日談。
「ルフィは何でキスされてから目ェ瞑るんだ?」
「ん~? 先に瞑ったら負けたような気がすっからか?」
「あっそう……」
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