19×17

ペシペシ!
と、振り上げていたダンベルを叩いてくる手に、ゾロがふと視線のする方へ顔を向ければ。
展望台の梯子をそろそろと昇って開け放しのハッチから顔を出した船長が、しししっとイタズラ成功した子供のように笑っていた。
どうやら手をみょ~んと伸ばし、ダンベルをペシペシしたらしい。
「ルフィ!こんなとこで遊んでんじゃねぇ、修行の邪魔だ」
差し詰めこちらはそんな子を叱るお父さんだ。
構って欲しい虫が疼いたルフィはなかなか厄介だと知っているので、さっさとお引き取り願いたかったのだが。
「ゾロも遊ぼう」
「だからおれは修行中だつってんだろうが。人の話を聞けっ」
「じゃ休憩だ!なっ!?」
「お前……ハァ、わーったよ」
うちの船長は言い出したら聞かない。さっさと投降。
ゴットンとダンベルを鉄の絨毯に置いたゾロが、その場に胡座を掻きタオルで汗を拭く。
まだ始めたばかりで、物足りない。そして閃いた。
「船長、腕相撲しようぜ」
ルフィとならいい勝負になりそうだ。それにトレーニング代わりにもなる。
が、しかし。
「いやだ」
「このワガママ船長が……!」
勝負事に乗ってこないなど珍しい。ゾロが明日は雪か?と不思議に思っていると、
「おれを修行の道具にしようったってダメなんだからな!」
ときやがった。
こんなときばっかりカンが働くのだヤツは。けどここに留まりたい理由は何なのか。
ルフィがうっしとゾロの前にあぐらを掻き、またしししっと笑った。
「あ、ルフィ」
「ん?」
ゾロはルフィの口許が何かの食べカスで汚れているのに気付いて、片手を伸ばすと親指の腹でごしごし拭ってやった。
ぱちぱち、ルフィが瞬き。小首を傾げる船長に、
「で?」
「ん?」
「ルフィは何しに来たんだよ」
「ゾロに見つからねぇごっこ」
「いやそれは解ってる」
今から何したいのか、って話だ。
「次は何ごっこしようかなー?」
「……おれをごっこ遊びの道具にすんじゃねぇ」
「うはは!」
全く悪びれないルフィにゾロは嘆息するも、いつも本気で怒れやしないのだ。
諦めや甘やかしじゃなくただただ彼が大抵のことは許して貰える、得な性分だから。
許して貰えるからまた無茶をする。闘いの場でそれは時に歯痒いけれど──。
ならもし、ゾロがルフィに悪さを働いたら、ルフィはゾロみたいに怒りきれなかったりするのだろうか。
確かめてみるのも面白いと、胡座の膝帽子をゆさゆさしてニコニコしている船長にゾロは顔を近付け、音もなくその唇にキスした。


「なぁナミー」
「どうしたのルフィ、熱でもあるの?やけに大人しいじゃない」
「ないと思うぞ?」
「じゃあもしかして……何か悩んでるとか!?」
ありえない!と驚愕したナミは大変失礼だが、あのルフィなのだから仕方ない。悩み事なんか生まれて死ぬまでないだろうと思っていたから。
図書館兼測量室で海図を描いていたナミのところへ、トコトコやってきた船長は笑顔も見せず、航海士の手を止めさせたのだった。
「んー、チューってどんなときにしたくなるもんなんかなぁ」
「まだしたことないんだ?」
「ある」
「え、それ誰かにされたってこと!?」
コクン、とルフィが頷いた。
うわぁ意外……。
「さっきされた」
「はい!?」
てことは何?私じゃないんだから、ロビンってことよね?
そう決めつけたナミはロビンの気持ちになって考えてみる。年上の女がこんなガキにキスする理由なんて……。
「可愛い~!とか思ったのね、きっと!」
ナミから見ても子供っぽいルフィ。だけど誰よりカッコイイ瞬間があると思っている自分と違って、ロビンは11も離れたルフィを弟でも可愛がるような感覚でキスしたんじゃないだろうか。
「おれをか!?か、可愛い~!?」
あのゾロが!?とルフィは混乱しまくったが、「ありがとう」を言って図書館を後にした。


「なぁウソップー」
「ようルフィ。鬼ごっこでもやるか!?」
「しねぇ。あんな、ちっと教えてくれ」
「何でも聞きなさ~い♪」
「おれって可愛い?」
「ハァ!?あ~~おれよりは可愛いかも知れねぇけど、おれはそんなこと一度も思ったことねぇぞ。ルフィめちゃくちゃ強えぇしよ!」
「だよなぁ!?」
「可愛いってのはまあ、チョッパーみたいなのを言うんじゃねぇ?」
「おおっ、そりゃそうだ!」
やっぱゾロは可愛くてチューしたんじゃねぇってことだ!
ルフィはひとり納得し、「ありがとう」を言ってウソップの元を去った。


「なぁサンジー」
「おやつはさっき食ったろ船長」
「うん」
ゾロが食いカスを取ってくれたから、間違いない。
「どうした、喉でも乾いたか?」
「違う。サンジはよぉ、チューしたことあるか?」
「……なになに今ごろ思春期?あるに決まってんだろ、てめぇとは違うんだよ」
「おれもある!!」
「何!?ああ、ほっぺとかデコだろう。驚かせんな」
「ちゃんと口だもんよ」
「ホォ~~!意外だ」
「でさでさ、サンジはおれにチューしたい!?」
「フッ、おれの唇は麗しきレディ達の為だけにあるのさ」
「ん?したくねぇってことだよな?」
「当たり前だ!男が男にキスしてぇなんざただの変態だ!!……て、まさかお前っ」
変態=フランキー。
そうか、ルフィはフランキーにキスされたのか。可哀想に……。
「なに泣いてんだサンジ」
「ううぅ。忘れちまえルフィ!おれなら堪えられねぇ……!!」
おぉ~う!と泣き崩れたコックはたぶん自分の為に泣いてくれているようなので、とりあえず「ありがとう」を言ってルフィは食堂を後にした。


「なぁゾロ!!」
ギク、とゾロの背中が跳ねた。ような気がした。
あの後も、残りの仲間を転々としてキスについて聞いてみたが、ルフィはそもそも何を知りたいのか解らなくなってきたのだ。
だったらチューされたゾロに聞きゃいいや!と思い、夜のトレーニングに向かったゾロを途中の甲板で捕まえたのだった。
「やっぱおれは怒られるわけか?ルフィ」
「へ?」
「文句言いに来たんだろうが、キスしたこと」
「言うならされた時に言ってる。ゾロもしかして……」
「……なんだよ」
ゾロがやっとこっちを向く。相棒の鋭い眼光で射られると、放っておいてもワクワクしてくるから好きだ。
たまに思い立ったようにゾロの視界を全部、ルフィは自分に向けさせたくなる。
だけど今は微妙に逸らされてるので……。

「ゾロは変態で、おれんこと可愛いと思ってるからおれにキスしたのか!?」
ばーん。

ぐはぁっ!とゾロが吐血してその場に手を着いた。
「どっから吹き込まれた……?」
「だ、大丈夫かゾロ!」
「大打撃だ」
ゾロの顔を心配げに覗き込むルフィ、その大きな瞳をゾロは少々恨みがましく見てしまうも、やはり怒りきれなくて。
「ほんじゃ違うんだよな!?」
「……キスしたおれを許すかどうか、試したんだよ」
「ん…?」
するりとゾロの指がルフィの唇に触れた。ルフィは無意識にピクッと震えたが、
「キスって悪ぃことなんか!?だったらおれはお前を許さねぇ!!」
仁王立ち&怒り心頭……。
どうしてコイツはいつもこう、言葉が通じないのか。
「アホか!キス自体は悪くねぇ、お前に了承もなくキスしたおれが悪いって話だ!!」
ゾロも負けじと立ち上がると、そんな船長を見下ろし返した。
これでは逆ギレだが、ルフィの本音は引き出せるかもしれない。

「ゾロ!!」
「あぁ!?」
「ごめんなさいは!?」
「……え、いや、はぁ?」
「悪いことしたらごめんなさいだろ!?」
「……ごめんなさい」
「よォし、許してやる!!」
ニカッ、と笑ったルフィにゾロは賢明にも抜けていた魂を取り戻した。
うっかり「ごめんなさい」してしまったが、ルフィこそゾロの修行を邪魔して謝らないクセに、なんでおれだけ……?
「ルフィ……」
「おうなんだ」
がしっ、とルフィの双肩を掴む。
それから身を屈め、ゾロは船長の唇をちゅっと奪って、
「ごめんなさい」
「ゾ、ゾロ? ──んっ」
またまたキスして、
「ごめんなさい」
「ちょ、待てっ。ん、んむっ!?」

「ご・め・ん・な・さ・い」

キスしては「ごめんなさい」を繰り返し、何のかんのと許されている自分をルフィの柔らかい唇と共に、ゾロは実感することになった。



(ちーん)
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