19×17

「船長」

たいへんたいへん、真面目な顔をした剣士が自分のところへやってきて、名前じゃなく船長と呼ぶので、ルフィは無意識に細い眉をきりりと釣り上げた。
「おう! なんだゾロ!」
そんなルフィにくだんの剣士がおもむろに、
「なんつーか、今日はお前見てると……無性に舐めまくりてェ」
「…………へ?」
あっという間にルフィの容量を超えることを言った。


芝の甲板から下の階へふたりは下り、ほとんど物置小屋と化している空き部屋へもぐりこんだ。
「舐めたい」とか言われてついてきてしまった自分にルフィは少々後悔しつつ、好奇心が先に立つ。
こんなゾロは珍しい気がするので、見てみたいと思う。
床の上に座らされ、さっそく二の腕を引かれた。
その掌がざらざらしていてとても熱くて、鼓動が少しだけ速く打つ。
握られた自分の腕を見ていたら気配が近づくのがわかって、ルフィはゾロに目を向けた。
切れ長の涼しい目許が自分をじっと見据えている。ルフィは前々からゾロの眼を、獲物を前にする獣のようだと思っていたけれど、今日はなんだか違う。わりと穏やかなのだ。
ちょっと首を傾げたら、ゾロの整った顔が近づいてきて、ルフィの左目の下の傷をぺろっと舐めた。

「ホントに舐めたっ!!」
「舐めてェつっただろ」
「でもさぁ、おれ汚ェぞ? さっきまでかくれんぼしてたからな、汗かいたし埃だらけだし」
「別に構わねェよ」
「そ、それにうまくねェし、ゾロの好きな酒味でもねェし……」
「知ってる。いまさら怖気づいたかよ」
「ちがっ」
「ついてきたからには文句言うな。男らしくねェ」
「う゛~~」
見透かされた……。
そう言われたら何も返せない。というより返す言葉が見つからない。引き出しが少ないのだ。
ルフィは素直に目を閉じ、ゾロの舌の感触を感覚で追ってみることにした。
右から左へ、丁寧に丁寧に熱い舌が往復している。
ネコが身づくろいするかのような、優しい愛撫。
しかし突然まつ毛を舐められてルフィは「うわっ」とあごを引いた。
「うひひ、くすぐってェよ! まつ毛やめろ」
「我慢しろ」
「…あぃ…」
それから反対のほっぺた、鼻の先、瞼とか目じりとか、上唇とか下唇とかそれってキスよりすごくねェか、と思いながらも、不思議と嫌じゃないので甘受する。
そして耳の中に舌が突っ込まれてきたときにはとうとう、ルフィは思いっ切り吹き出してしまった。
「ぎゃはははっ!! も、もーダメ! 我慢限界っ!!」
どーんと突き飛ばして後ろへ下がる。
「これしきのことで? 根性ねェ」
「なんだとーっ」
沸点が低いのもルフィの特徴である。煽られたとも知らず、おめおめ自分から戻って来て「ん!」と右拳を突き出した。
「舐めていいぞ」
「そうきたか」
たく王様だよな、とにやり上がったゾロの口角にルフィは「しまった」と思うも、もう遅く。
手の甲をぱしりと掴まれ、またぐいっと引っ張られてあっけなくゾロの腕の中へ。ゾロは日に日にでかくなるよなー、とか思いながら。
ルフィは子供のように横抱き状態で膝の上に乗っけられながら、ゾロの様子を伺ったらすぐさまぺろりと口を舐められた。飼ったことはないけれど、昔住んでいた山にいた狼を手懐けたらこんな感じだろうか。
なんべん味見したら気が済むのやら、緑髪の大型犬は、ぺろぺろとルフィの唇を舐め続けた。

「うまいか?」
「甘ェ」
「ていうか……ゾロの舌って酒味だよな。おれ酔っ払うかも」
「好きに酔えよ」
握ったままだったルフィの手にゾロが顔を寄せる。
掌をぺろぺろ舐められるのも、なかなかくすぐったい。
「あひゃひゃ!」
「くすぐったがってばかだなァお前は」
「そりゃそうだろ、こんなん」
「そのうちそうでもなくなる」
「ふーん…?」
有限実行、とゾロは宣告したが、それが何を意味するやらルフィには意味不明だった。


ゾロの長い指が、ルフィの黄色いボタンを3つ簡単に外してしまった。今は、床の上に押し倒されている状態だ。
形勢は圧倒的に不利。でもこれはゾロだから、逃げる気はさらさらないわけで。
誰より信頼している相棒が自分に嫌がることをするハズがない、とそう益体もなくルフィは考える。
「体も舐めんの?」
「舐める」
どこを、と聞く前に、ゾロがルフィの胸の飾りをぺろっと舐めてきた。
むずむずする感覚にまたノドの奥から笑いが漏れる。
「ぐふふふ、ぐひぐひひひ」
「どんな笑い方だよ……」
「ごめんだってよォ……ぐはは!」
ゾロはもういちいち反応するのをやめたのか、やたらと熱心にルフィのチクビを舐め始めた。ぺろぺろ、ぺろぺろと、冒頭で告げられた通りの「舐めまくる」というやつだ、とルフィは思って眺めてみる。
そうは言っても5分とじっとしていられない船長様なので――。
「なーなーゾロォ」
もじょもじょするし、そろそろ飽きてきたし、なんていうか……なんかなんか。
「じっとしとけ」
「…っ」
ルフィがゾロの命令口調に心なし弱いのは、何度か怒られたことによるインプリンティングだと思われる。
ところが不意にゾロの顔が上がり、ルフィの顔をにやりと見て、
「船長、見てみろよ。こっちだけこんな赤くなったぜ……?」
「?? …!?」
言われて初めてルフィは自分の左右の色づきを見比べてみた。
明らかにゾロの吸っていたほうが朱色く、かわいらしい色になっていて、ルフィはガボーンと顔と目玉を真っ白にした。
「な、ななな、なんか! なんだこれっ!!」
「ちっけェ乳首もちーっとはでかくなったと思わねェ? お前の体、開発し甲斐あるかもなァ」
ぷにぷにぷにぷに。とか、指で摘んでそんな意味の解らないことを言わないで欲しい。なんだか解らないけれど、楽しそうなゾロと目が合った途端、ルフィの顔は白から真っ赤っかになった。
ドっっカァーン……。
「ももも戻せェー! ゾロ元に戻せっ!! 今すぐだぞ、船長命令だぞっ!!」
「わりィがそりゃあ無理な相談だから、こっちも同じ色にしてやるよ」
「えっ? いやそれって……!」
つまり反対側もぺろぺろするってことだろ!? と、おバカな船長にだって解るのだ。

そんなこんなで、ルフィはやっとこ知った。
チクビをぺろぺろされると腹の奥がむずむずして体中がカーッと熱くなって、すべての血が体の中心に向かうのだと。
その結果として表れる一部分の変化というのは、つまり……。

「ぅぐ、うう゛~~っ」
「!? もしかして泣いてるか……? ルフィ?」
「えっぐ……ホラ見ろ、チンコ変になった!! どーしてくれんだゾロのバカっ!!!」
「あ? あー…」
ゾロの目線がルフィの胸から、下へ下へ。
ルフィの履いている半ジーパンの股間部分は思った通り、心持ち膨れていて、ゾロがするっと掌でなぞればソレは顕著にびくっと震えた。
途端にルフィの目がむぎゅりと瞑られるも、ゾロはゆっくり撫でさすることをやめない。
「ハァ…じんじんするっ、ゾロ、ちんこ壊れた……!!」
「いや壊れてねェし」
ついツッコミたくなる稚拙さだ。
「ちょ、もうチクビいやだっ……ぞろ! 待てってば!!」
「うるせー黙ってろ」
「えェー!?」
ゾロはテキパキとルフィのジーパンのボタンを外し、ジッパーを下ろした。予想に違わず幼いルフィの証が顔を出す。
まだ涙目のルフィがびっくりしてゾロをババッと見上げてきたが、抵抗される前にほそっこい太股をがっちり掴んだ。
「ゾ、ゾロ……? これから何すんだ?」
「そりゃもちろん……」
「もちろん??」

「ぺろぺろする」

その後サニー号の地下からはギャーとかわぁーとかどひゃーとかけたたましい船長の叫び声が聞こえてきたそうだが、やがて落ち着いたので、クルーのみなさんからはスルーされたのだった。


数時間が経ち――。


「おいルフィ、ちょっと来てみろ」
「んー?」
食堂にて、夕飯を最後の最後まで食べつくしていたルフィと、晩酌中のゾロ、お片づけ中のサンジだけが残っていたときのこと。
コックがキッチンの棚を漁りながら、なにやら船長を手招きしたのだ。
「なんだサンジー」
てこてことやってきたルフィにサンジが「ほいこれやる」とあるものを手渡す。
「なんだこれ。飴かぁ? ぐるぐる巻きでサンジの眉毛みたいだな! んまそうだァ~ありがとう!!」
「どういたしまして。実はこの間の買い出しでおまけに貰ったんだが、ナミさんやロビンちゃんにこんなお子様キャンディ口に合わねェし、一個しかねェからチョッパーとウソップには内緒だぜ?」
なんやかんやで船長に甘いコックなのだ。
「うんわかった!!」
「懐かしいだろ。ペロペロキャンディ」
「……ぺ?」
心なし、ルフィがぴしっと固まった。
おまけにゴホゴホとゾロが咳き込んでいる。
なんだなんだ……?
「どうしたルフィ、ペロペロキャンディは嫌いか?」
「べっ、別に……ぺ、ぺ、ぺろ……は嫌いじゃねェ、んだけども……」
「ペロペロキャンディだって」
「ぺ、ぺろ……って言うな……」
「はぁ? 何言ってんだよ、いやそういうネーミングだろう? ペロペロキャン――」
「だから! ぺろぺろ言うなっ!! サンジのバカ!!」
「あ!? バカたぁなんだバカゴム! つーかペロペロキャンディくらいで何真っ赤になってんだ!!」
「違っ、だってこれは! ……!! も、もーいらんぺ……キャンディ!!」
「ペロペロキャンディだペロペロキャンディ!!」
「だからぺろぺろ言うなァ~~~~っ!!!」
どーーーん。

とんだとばっちりを喰ったコックと、例のぺろぺろ事件がバレた剣士との船上戦争がやがて始まるのだが、それはまた別のお話しである。



(ごめんなさい)
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