19×17

サニー号の芝の甲板。
アクアリウムの壁に凭れ、また昼間っから高いびきを掻いている剣士を見つけ、船長のルフィはそろそろと近寄っていった。
目の前に立つと思った通り、切れ長の目がすっと開く。

「なにする気だ船長」
「心配すんな、ウソップハンマーだから」
「あの見せかけだけのやつか……。とりあえず下ろせ」
「ん」
言われた通りに下ろす。
ついでに脇へポン、と軽々投げたのは実際軽いからだが、もし本物だったとしてもきっと重さなど感じさせないだろう。
「やっぱなー」
ルフィはニカッと笑いながらゾロの隣へ同じように胡座を掻いて座り、腕を組んだ。
「おれが起きるか実験か?」
「お、よく解ったなゾロ」
「暇だからって人で遊ぶな」
「だっておれ、最近気付くとゾロのこと考えてんだもん」
「………」
「…?」
無言の相棒に、ルフィはふと横を向いた。
ゾロは前を向いたまま押し黙っちゃいるが、寝ているわけではない。なんで返事しねェんだ?
「ゾロ? なぁなんでだと思う?」
「せっかくスルーしてやったのに……」
「へ?」
「わからねェから聞いてんのか? それとも、またおれが当てりゃいいのか」
「そうだなぁ、両方だ」
「なるほど……」
それまで何もない前方を睨みつけていたゾロの、その鋭い視線がルフィに向けられた。
射すように見つめられ、ルフィは組んでいた腕を解くと、自分のほっぺたを両手でペタペタ触ってみる。
「なんもついてねェぞ」
メシ粒でもついてんのかと思ったんだけども。
「あぁ何もついてねェ」
「なーんだ。じゃあなんでじっと見てんの? あ、ゾロも答えわかんねェんだろ!」
「無意識に誰かひとりのことを考えちまうのは、どういう類いの感情であれ、ソイツのことが気になってるからだ」
「……おー。そうか、ほんじゃおれはゾロんことが気になってんだな」
「どんな風にかは自分で判断しろよ」
「んー。気になるのはみんな気になるんだけど……」
例えばウソップの次の開発は何かなとか、サンジは今晩どんなメシ作ってくれんのかなとか、ナミはどこまで世界地図描けたかなとか、チョッパーのランブルボールは何味なのかなとか、ロビンは次どんな本読んでくれんのかなとか、フランキーの腹に酒入れたらどんな髪型になるのかなとか、ブルックは骨なのになんでうんこ出るんかなとか。
そんで、ゾロは……。
ん? ゾロは??
「そうだろう。お前は何より仲間が大切だ。たぶん均等に」
「均等、じゃねェぞ?」
「は?」
「おれだって好きな順番くらいあるんだぞ」
「意外だ……」
心底ゾロが意外そうな顔をした。そんなゾロがルフィは意外だ。みんな一緒に好きとかいう奴、いるんだろうか。
「ゾロの1番はおれだろ?」
「……その自信はどこから来るんだ?」
ゾロの眉間にしわが寄った。不服そうなのが不服だ。
出逢ったころのゾロは、でっかい口を開けてよく笑っていた。
最近のゾロはあまり笑わない。
ゾロが笑うと、ルフィは誰が笑うよりも楽しい気分になるのに……。
ああそうだ、おれはいつゾロが笑うのか、それが気になってたんだ。
「さっき言ったじゃんか、最近ゾロのことばっか考えてるって」
「だから解るって?」
こく、とルフィが頷く。
「なら、これからおれが何したいか想像してみろよ」
「そーぞー?」
「ああ」
ゾロが片膝を立て、その上に腕を乗っけると体をややルフィの方に向けてきた。
ルフィもゾロに倣って体ごとゾロへ向ける。
真摯な眼差しを送ってくるゾロの双眸を見つめ返し、ルフィは今の状況を反芻してみた。
甲板には二人きり。
航海は順調で、天気は良好。ゾロが昼寝したくなるのも解る。いや、ゾロはいつでも寝てるか……。
ゾロの体はルフィより一回りは大きいので、ルフィはすっぽりとその影に隠れてしまう。
腕もゾロの方が太いし、筋肉もついてるし、胸板も厚いし腹巻きだし(?)、足も長いしミドリ頭だし(??)、それからえーっと……そうそう、顔も大人っぽい。
あり? おれとゾロって、いくつ違うんだっけ?
「ルフィ」
「おう?」
「さっきから百面相になってるぞ……。想像したか?」
「んにゃ~まだだ」
改めて、相棒の顔をマジマジ見つめてみた。
でも何も浮かんで来なかったので、目を瞑って考えることにする。
……何そーぞーすんだっけ?
あ、そうだ。
ゾロが笑ってるとこにしよう!!!
すでに課題の「ゾロは何をしたいか」から外れていたが、ルフィは気が付かなかった。
笑ってるゾロ……笑ってるゾロ……。
「ん~~~っ」
「ルフィ?」
けれど、その声がやけに近く聞こえ、ルフィはびっくりしてパチッと大きな目を開けた。
それから一気に、顔がぼんっと熱くなったのだ。
「うわぁ~~!!」
「!? う、うっせェよ! なに赤くなってんだ」
「だ、だってゾロがっ」
「おれが?」
「ゾ、ゾロが……」
おれの頭ん中で、すっげーすっげーカッコいい顔して笑ったから……。
「おれが何したっつーんだ。そんな赤くなるようなこと……」
まだしてねェぞ、とブツブツぼやく。
「い、言わねェ」
なんでか言えねェ……。
「あ? 何で。言いやがれ」
「い、嫌だっ」
「嫌じゃねェ!」
ルフィはいきなりゾロに胸ぐらを掴まれ、つい条件反射で突き飛ばしてしまった。慌てて立ち上がると背中を向ける。
「ルフィ?」
呼ばれたから素直に振り返ったものの、頬の熱はなかなか取れない。真っ赤な顔のままきゅっと眉根を寄せ、でもこう呟いた。
「ゾロは笑ってる方がいいんだぞ……?」
絶対ェいいぞ。
「……何だよ、藪から棒に」
「おれゾロが何してェのかさっぱりわかんなかったけど、でもやっぱりおれはゾロのこと考えるよ」
言いたいことは、これで言えたと思う。
だからスッキリしたのか、最後はにこっと笑った。
「な……」
「あちゃーおれが笑っちまった」
「ルフィ、そりゃあどういう意味なんだ?」
「んっとな、だからおれ、これからはゾロをどうやって笑わすかそーぞーすることにするっ!!」
どーん。
けどとりあえずおやつのことでも考えよっかな。
と思って、くりっと踵を返したらいつの間にか真後ろに立っていたゾロに手首を掴まれた。
「おい待てよ」
「ん?」
「答え合わせがまだだぜ」
「ああ……」
「おれが何をしたかったか、ついでにおれの1番が本当にお前なのか……教えてやるよルフィ」
そう言ってニッカリ笑ったゾロの顔は今日はじめてルフィがそうさせたもので、それからゾロは、ルフィの細い体を力強く抱きすくめた。

「答えなんざ言うまでもねェけどな……」



(END)

よくルフィは「みんな好き」的な認識をされるので、敢えて覆してみましたが、どうでしょうね(笑)
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