19×17

サニー号の2階、右舷デッキ。
昼寝から目覚め、立ち上がると手摺に凭れながらアクビを噛み殺していた剣士のもとへ、本海賊船の船長がとことこやってきた。
その表情は読み取れないものだったが、じっと上目遣いに見つめられたら、何かあったのかと多少心配になるというものだ。

「ルフィ?」
「……」
ルフィが無言のまま、ゾロの目の前でぱちっと目を閉じた。
ゾロはしばし首を傾げたが、このシチュエーションには多少なりと心当たりがある(相手はルフィじゃないが)。
軽く結ばれたルフィの唇を見つめ、やたらテカテカしてんなぁまた肉でも食ってたか、とどうでもいいことを考えながら、本能に任せてみることに。
ルフィの双肩へと両手を伸ばしかけ、客観的に見てNGだったので下ろした。
少し背を屈め、顔を近づけ。
目は開いたまま、ゾロが唇をルフィのそれにくっつけたら、ぱちっとルフィのでっかい目が開いた。
途端、
「うわああああ~~!!!」
盛大に後ろ走りして行ったのである。
「お、おいルフィ! そっちは……」
滑り台だ。
お子様3人衆のたっての希望でフランキーが設置した階段代わりの滑り台。芝の甲板へと下りられるようになっている。
ルフィがバタバタバタと草履の音を立ててあっという間に小さくなったと思ったら、あっさり姿を消した。
言うまでもなく頭から滑り台を下って行ったので……。
しゅるるるる~~…。

「何がしたかったんだ……」
ゾロはボヤいた。
カリカリ頭を掻き、ブーツを鳴らせて滑り台の降り口まで行くと、青い芝甲板を見下ろしてみた。
思った通り滑りきったルフィが芝の上でひっくり返っていて、上にいるゾロからはルフィのケツとパカッと開いた足と、その間から目をぐるぐるさせている顔が見える。
「平気だとは思うが平気か?」
一応。自分の責任だとは思うので。
その声にビクッと反応したルフィがぴょこっと上体を起こし、そのままの体勢で思いっ切り叫び始めた。
「ゾロがちゅうしたーーーっ!!!」
「な…っ」
ちゅうしたちゅうしたゾロがちゅうしたーとルフィが何度も叫ぶので、ゾロは「でけェ声で言うな!!」と滑り台を駆け下りルフィの前に膝をつき、慌てて口を手で覆う。
「ムガッ、ふが!!」
が、そんなことはどうやら端からムダだったようで。

「な? わかっただろルフィ。ひとつ賢くなったな」
キッチンを出てすぐのデッキでひらひらと金髪コックが手を振っていたからだ。
そのコック――サンジはにまにま嫌な笑顔で、ぷかぷかタバコを噴かせている。
なるほどコイツの差し金か……。
あとで絶対ェぶった斬る!!!
「そっかぁ、これがそうかー。うんわかったぼんやり」
「おれは何ひとつ解らねェんだが……?」
納得した様子の船長にゾロは多少イラッとしつつ、冷静さを装う。
キスしたのは間違いなく、自分なので。
まぁ頂けるものは頂いたとそれだけなのだが。
「てーことでルフィ、この肉は没収」
「えええェ~~~!!? ま、待てよサンジ! いやだ返せっ!!」
「ダーメー。賭けはおれの勝ちだったろうが」
「そっ、そうだけど……」
もごもごルフィは言って、むうっとゾロを睨み付けてきた。
おれがキスしたせいか、そうなのか。
「なんかよくわからねェんだが、おれがルフィにキスしちまったせいでお前は肉を剥奪された、ってことか?」
「そうだ! ゾロがスエゼン食うから!!」
据え膳……。
ゾロの脳裏に、さっきの大人しくただ目を閉じていたルフィが浮かぶ。
「……ちょっと読めた」
ケタケタと上方にいるサンジが笑う。ゾロの怒りの矛先がまたそちらに移った。
「てめェクソコック!! ルフィに何吹き込みやがった!!」
「いや~怒んなよエロ剣士。ルフィのバカがせっかく朝から味付けしておいた肉をつまみ食いしやがったんで怒ったら、『スエゼン食わぬは男の恥ってウソップ言ってたぞ』とか言いやがるんで、そりゃあ肉の話しじゃねェと教えてやったんだ。したら『じゃあどういうときに使うんだ』っつーから、『ゾロの前で目ェ閉じて「据え膳だ」って言ってみろ』って……」
「何も言われてねェぞ」
「そこはまぁルフィだから」
「つーか何でおれだよ!」
「消去法」
「……」
……何を消去して、なぜおれが残ったんだ!?
「だってさぁ!!」
ルフィにぐっと肩を掴まれゾロはルフィに視線を戻した。
「だって、ゾロの恥は『背中の傷』だろ??」
「…まぁ」
間違ってない。決して間違ってはいないが、それとこれとは別の話しだ。
「サンジが『恥だと思ったらゾロは絶対ェキスしてくっから』とか言うから!! 背中の傷がなんでちゅうになんだよって、おれ意味わかんなくなっちまって……」
そりゃあわかんねェよなぁ、とゾロは思いながら、眉を下げた船長に嘆息した。
そもそも何故サンジが「ゾロはルフィにキスする」と思ったのか。
そして「ゾロにキスされるかもしれない」とわかっていてルフィが試したのか……。

「ルフィ」
「お?」
ゾロはルフィの開いた足の間で胡坐を掻き、真正面から対峙すると、じろっとルフィを見据えた。
それから当惑するルフィに顔を近づけ、「ん」と目を閉じる。
「???」
「………」
数秒後、「あ~あ!」ポン、と手を打ったルフィの溌剌とした声が聞こえ、
「スエゼンなっ!!」
言って、ゾロの唇にちゅっとキス。
ゾロが目を開ければすっかり機嫌をよくしたニコニコ笑顔の船長が映り、内心ホッと胸を撫で下ろした。
しかし呆気に取られたのは言わずもがな、一部始終を見せつけられた料理人で。
「……アホか……」
アホ共か、とげんなりしつつ、キッチンへと戻って行った。
「わかったかルフィ? さっきのお前が置かれた状況が『据え膳食わぬは男の恥』ってやつだ。そしてお前は据え膳を食った。恥だと思ったからかどうかは知らねェが……。ともかくそういうときに用いる。本来は男が男にやっても効果はねェ。他のやつで試すなよ?」
「ん? うんわかった」
「ちなみにおれの恥は確かに背中に傷を受けることだが、それは剣士の誇りに賭けて敵に背を向けねェって意味だ」
「うんうん」
「ま、確かにおれも男だから欲しいモンが据え膳なら食うが……」
と続けて、欲しいモンってなんだ、と思わずルフィをマジマジ凝視してしまった。
しかしそれを深く追求する前に、当のルフィが、
「おれ別に恥とか思わねェけど、ゾロがスエゼンのときはちゅうする!」
とかあっけらかんと言うので、食われる前に食うかなこれは、と思い、さっそく先程は触れなかったルフィの細い肩を引き寄せた。


その後、サニー号では、所構わずちゅっちゅして大迷惑な、船長と剣士の姿が見られるようになったとか。



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