19×17



「助けに来たぜ!!!」
「えェ!!? ゾロ~~~!!?」

まさにライオンに食べられようと言うその刹那、聞き覚えのある声にまさかと思ったルフィだったのに、顔を上げたとたん飛び込んできた懐かしい顔にどきっと胸が高鳴った。
知らず、笑顔になる。
なぜならルフィが仲間の中でも一等頼りにしている相棒、ロロノア・ゾロがそこにいたのだから。
でもどうして囚人服なのか。ゾロも捕まってたんだろうか。なのに自分が来てることを知って脱獄して助けにきてくれたのか。ゾロがいれば百人力だ。なにより瀕死だったゾロがピンピンしてることが嬉しくて嬉しくて……なんて、一瞬のうちに珍しくぐるぐる思考が回ったルフィだったのに。
その顔は人面ライオンを蹴り飛ばすと同時にぜんぜん別人の、つまりゾロではない顔になってしまったのだ。
はっきり言って、ルフィはすっごくガッカリした。凹んだ。誰にも内緒だけれど、ゾロはルフィにとって特別な存在でもあったから……。
しかし既知の間柄であるMr.2ボン・クレーの登場は、ルフィを少なからず喜ばせるものだった。

「おシサシブリねいっ!!! 麦ちゃんあちしよ~~~~う!!!」
「ボンちゃ~~~ん!!! ゾロじゃなくってすげーガッカリしたけども!! おめー生きてたのかァ~!!!」
がしいっと抱き合って再会を祝う。
このぬくもりがホントにゾロだったらなァ……なんて密かに想像しながら。
同じくレベル5を目指すというボン・クレーの言葉に大喜びした反面で、ルフィは無意識に追いやっていた人恋しさを今は思い出すまいと必死に振り払った。

それでも、思い出しそうになる。
ゾロの表情、ゾロの掌、ゾロの匂い、ゾロの熱。

大好きなヤツが当たり前のように傍にいた、あの日々のことを──。






「……んっ、んん~~っ」
「お前はすぐ口塞いじまうんだなァ、ルフィ」
我慢すんな、とゾロが言いながら、必死に両手で口を押さえているルフィの手をどけさせてしまう。おまけにちゅっと唇にキスされルフィはぶうっと唇をとんがらせた。
アルコールランプだけで照らされた船倉内、床に薄っぺらい毛布1枚敷いたそのうえで。
胡坐を掻いたゾロの膝に跨ったルフィが外された3つのボタンに目を落としながら、「だって」と拗ねた声で紡ぐ。
ゾロに色々されると気持ちよくて、ついつい甘ったるい声が出るようになったのは最近のことだ。
それまでは触られてもよくわからなくて、入れられると痛くて痛くて、ただ擦られるまま生理的に吐き出していたにすぎなかった。
なのにどうだ。
今さっきなんか、ちょっと胸をなでられただけで簡単に背筋に電流が走ったみたいになって、体が勝手に跳ねてしまった。しかも女みたいな声が出たものだから無意識に口を覆った。
「だってカッコ悪ィじゃんか……おれは男だぞ!」
間近に顔を覗きこんでくる剣士の視線を跳ね返すようにキッとにらみつけてしまうのは、負けず嫌いな性格だから。
「その〝男〟に抱かれてるのにか?」
「そ、それはしょーがねェだろっ、おれヤり方わかんねェもん!! いや今はもうわかったけど……なんつーかゾロがおれにいっしょーけんめーなのドキドキするし」
理性さえ崩壊してしまえばもうどうにでもして欲しくなって、自ら体を拓いてしまうし。
「知ってたら抱くつもりだったのか!?」
「引っかかるのはそっちなんかよ!!」
ルフィはツッコミつつも熟考し始めた剣士に首をひねった。
いまやゾロにとって自分とのセックスは抱く側が当たり前になっているのは解っているけれど、ルフィだって立派な17歳の男の子。好きな人を抱きたいと思うのは当然のこと。
だけど無理やり抱かせたのは自分の方だったから……。
だから別に、ゾロがそのことについて悩む必要はないと思う。
「ダメだ。やっぱこれだけは譲れねェ、すまん」
ゾロが心底申し訳なさそうに頭まで下げるので、ルフィはついぷっと笑ってしまった。
「おれ、ゾロにされるの好きだぞ」
「そうなのか?」
「ゾロだけな。ほかのヤツはムリムリムリ」
「そいつは光栄だね」
おどけた風に言うゾロに「ほんとに思ってっか?」と訝しげな上目遣いでもって聞くと、「おれの船長だからな」と返ってきた。彼が思った以上に自分を敬ってくれているのをルフィだって知っている。
それが嬉しくもあり、重圧でもあり。
誇りとなり、成長へと繋がる。
「けど、何もかも背負う必要はねェ。だから二番手のおれがいるんだろ」
ゾロの大きな掌では余ってしまうルフィのつるっとした肩を、ゾロが撫で撫でごく当たり前のように言い放った。
「じゃあ、絶対離れねェな?」
影を奪われたあの島で目覚めたとき、ゾロだけがいなかったあの日の恐怖、実は本人にも誰にも話していない。
どれほどに。
どれほどにこの男が特別なのか、それを思い知った瞬間だったから。
「こうなったら離れねェよ」
「……こうなったら?」
「あーいや、言葉のあやだ」
ふーん、とルフィは首を傾げたが、その言葉を信じようと思った。否、現実にするのが船長である自分の務め──。
「おれもっと強くなりてェ」
「その前におれはお前ともっと気持ちよくなりてェ」
「はわっ!? ゾロがエロいこと言った!!」
「海賊である前に健全な男子でもあるんでな」
毛布の上にころりと横たわらされ、ルフィはオレンジの光でゆらゆら影をさすゾロの精悍な貌にこっそり感嘆しながら「ししし」と笑いを漏らした。それから細っこい腕をその首にきゅっと回して。
すぐさま顔中に降ってきたキスにわくわくドキドキさせられながら、お返しにとゾロの高い鼻梁にちゅっとキス。
「今夜はいっぱいしようゾロ。どこへ行ったっておれ達は追われる身だ。戦わなきゃならねェ。おれがゾロんことだけ考えてられんの、抱かれてる時しかねェんだもん……」
本当は解っているのかもしれない。
ずっとずーっと一緒になんて、いられないこと。
いつかは、もしかしたら、自分のせいで──。
「よけいなこと考えんな。らしくねェぞ船長」
「えェーっ、なんでわかったんだ!?」
「そんくらいお見通しだ。おれはお前が泣くところなんか見たくねェ」
「な、泣いてねェ!!」
「そうだよな、泣かねェよな。うちの船長は強ェもんな」
ニヤリと笑われて「おうよ」と強がって答えたけれども、誰か一人でも救えなかったらと思うとぞっとする。
「ん、ゾロがいてくれるからおれはおれでいられるんだろうな!」
この剣士を失ったときの動揺なんか、想像さえつかない……。
最初の仲間。最高の相棒。そして──。
「大好きだ、ゾロ」
「あぁおれもだ。けどな、ルフィ……」
しっとりとした口づけのあと、やけに真摯な瞳が自分を射ていて驚いた。
「ん?」
「もしも離れるようなことがあっても、自分を責めるんじゃねェぞ」
「ん~それはムリじゃねェかなァ」
「いいから言うこと聞け」
「えェ~~」
「ならおれのせいにしろ」
「むちゃくちゃいう!!」
「いいんだよ、それで」
この話は終わり、と勝手に終止符を打ったゾロがぎゅうっときつく、ありったけの力で抱きしめてきた。苦しいけれど、それがいい。
その両手が今度はルフィの黒髪を掻き回すように撫でながら、何度も何度も首筋や鎖骨を啄ばんだ。
「ん……、ハァッ」
抱かれれば抱かれるほど好きになる。
深いところを探られて、体が熱くなる。
「ルフィ」
「ふア……、あっゾロ……っ、熱ちィ」
「お前、感度よくなったなァ」
「ん、なにそれ……あっ!」
熱くて熱くて、早くどうにかして欲しい。
「どこにいても一緒だろ」
「……へ?」
──どこにいてもひとつだろ。
やけに照れ臭そうなゾロの呟きがくすぐったくて、ルフィは大きく何度も頷いた。





「ハァ……暑い……、ちきしょう、ムダに暑くなっちまった……」
「麦ちゃ~~ん?」
「確かゾロのせいにしていいつったよな。こんにゃろ!」
ボンちゃんの変身でゾロを見たせいか、ついうっかりゾロとのあーんなことやこーんなことを思い出して余計に体が熱くなってしまったのだ。ただでさえレベル3の暑さは尋常じゃなくて汗だくで、急激に八つ当たりしたくなってきた。
今から地獄へ地獄へと行こうというのに、もともと楽天的なルフィに〝不謹慎〟の言葉は浮かばない。
「ゾロのアホたれ~~~!!!」
「ドゥ――しちゃったの、麦ちゃん!? あ、もしかして暑さにヤられちゃったァ? あらやーね『ヤられた』なんてあちしったら!!」
「ボンちゃんのせいでゾロ不足思い出しちまったんだよ!! あ、なァおめー、もっかいゾロの顔やってくれよ!!」
超名案! おれって天才!!
「あ~ん? さっきの麦ちゃんの相棒? こうかしら~ん♪」
カシャーン☆
「お、おおお――っ!! ゾロだ! ゾロの顔だ!!」
またまた変なポーズ付きではあったけれど、そこは単純なルフィ、素直に大喜びしてしまった。
なにせ顔だけじゃなく声も背丈もそっくりなのだ。砂の国ではやっかいな能力だと思っていたけれど、こんなところで役に立つなんて。
思わずガバーッとボンちゃんの着ている囚人服を捲って、その中身まで確かめた。傷もあるし、裸までそっくりゾロだ。つい瞳をキラキラさせて見つめてしまう。
けれどもゾロの声で「キャ~~」と黄色い悲鳴を上げられた日には、さすがのルフィもガッカリしたけども……(2度目)。
「おめーゾロの顔と声でそれやめろ!! あァ~~もーでもゾロだっ。ゾロだァ~~。ゾロゾロゾロ~~~!!」
むぎゅうっと抱きつきながら「早くホンモンに抱きつきてェ」とボヤく。でもすりすりすり。
「なになーにィ!? ドゥしたのよーう! ていうか暑いわよう離してちょうだーいっ!!」
すっかりボンちゃんに嫌がられて鬱陶しがられてしまったが、ルフィだってたまには栄養補給しなけりゃ身も心も持ちゃしない。ハラもへったしのど渇いたし!!
ついでに〝触ってみてくれ~〟と言いたいのを「でもこれゾロじゃねェし」とぐっと堪え(賢明)、ルフィは思い切ったように体を離した。
「よ――し!! スタミナ補給完了!! 行くぜボンちゃんっ、レベル5目指して!!」
「そうこなくっちゃね~~~い!! よかったわ、元気になって!! それじゃ行くわよーう!?」
「おお――っ!!! レベル5だろうがレベル8だろうが、ドンとこいだぜ!!」
「なんで8?」
「なんとなくだ!!」
どーん。

ルフィは決意も新たに次なるレベル4を目指す。
離れてたって気持ちはひとつ。
あいつら以外、仲間はいない。
だけどごめん……ちょっとだけ。
ほんの少しだけ、寄り道させてくれ。
ちょっくらエース助けてすぐに会いに行くからな──!!

海底監獄『インペルダウン』史上初、前代未聞の侵入者──〝麦わらのルフィ〟の冒険はまだまだ続く。

つかめ、奇跡とチャンス……!!!




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