19×17
恋人の浮気は許せる? 許せない?
「おれは許せねェ!」
ウソップが意気込んだ。
「私はとりあえず男を殴って女からがっぽり慰謝料ふんだくるわねv」
わざと浮気させそうなナミが目をベリーにして答える。
「浮気ってなんだ?」
「いいのよチョッパーは知らなくて」
ニッコリ。
「アウッ、浮気は男の甲斐性だろう!?」
「あら、女の敵なのね船大工さん。軽蔑するわ」
「フグ……ッ!! ロ、ロビンてめェ……」
「そんな変態ほっといて」
「褒めんなよォ」
「褒めてない!! ところで、サンジ君はやけに静かなんじゃなーい?」
「あ~いや、ほら、おれはお茶の準備に忙しいから~……」
「身に覚えありなのですね? ヨホホホー!!」
「うっせぇ骨!」
「あらいたのブルック。ブルックはどう?」
「私は私がその人のことを想っていられるならそれで……。案外、片想いもよいものですよ? こう心臓がどっきんこどっきんこと……!! あ、私心臓ないんですけどもー!!」
「ブルックの意見はスルーして」
「えぇ!?」
「ゾロ……は、見張り番だっけ」
「ルフィもいないわ、もうすぐおやつの時間なのに」
「ルフィはともかく、ゾロの意見を聞いてみたかったのよ」
「それはなぜですかナミすゎん!?」
「だってアイツ、絶対浮気はしないしさせないし、相手がしたらソッコー別れそうじゃない!?」
「ああ確かに」
ポン、とチョッパー以外が手を打つ。
「アタマ固そうですからねェ、あのクソ剣士はその辺」
「サンジおやつー!!」
バーン!!
そのとき、景気よく現れたのはともかくの方、ルフィだった。
当海賊団の船長がとびきりの笑顔と共に飛び込んできたのだ。
とたん、ダイニングの中が数段階明るくなったような気がするのは、皆の意見だろう。
「おい麦わらぁ! お前も浮気は男の甲斐性だと思わねェか!?」
「ムダよフランキー、ルフィにそんなこと聞いたって」
アハハとナミが笑うので、ルフィが眉根を寄せた。なんだかよくない印象だ。
が、そんなことはたいした問題じゃない、今はおやつが最優先項目。
「サンジおやつ!! 早く!!」
「そう焦らなくてもおやつは逃げねェよ」
おっやつ!おっやつ!と自分の指定席に座って体を揺すっているルフィを、ロビンが微笑ましく眺めた。
船長が来れば、必然的におやつタイムスタートなのである。
「浮気を許せるか……?」
ぱちぱちとルフィが大きな目をしばたたき、さらに真ん丸くして繰り返した。
本日の議題――〝恋人の浮気は許せるか許せないか〟
「いいのよ船長さんがそんなこと気にしなくても」
お子様印のルフィに気を利かせて言ったのに、
「あー浮気かぁ。おれも許せねェと思ってたんだけどなぁ」
「はぁ!?」
まっさか乗ってくるとは思わなかった面々が、それはもうあんぐり口を開けてルフィを凝視した。
「どうしたんだよみんな」
「あの、ルフィさん……? 意味わかってます?」
困惑顔のブルックが尋ねるも、
「失敬だな。おれだって浮気くらいされたことあんだぞ!!」
どうやらマジだったらしい。
「おまけにされたことあるのォ!?」
「おう!」
「けどルフィ、されて胸張るってなんかおかしいような……」
ウソップの意見は最もだが、ルフィだから仕方ない。それよりも、
「アウッ、スーパー!! 詳細希望!!」
「そうよ詳しく聞かせて!!」
「私も知りたいわ」
フランキー、ナミ、ロビンに身を乗り出され、ルフィは珍しく「あー」と口を開いた。
「うんでもさぁ、浮気じゃねェっつーんだよ。その場合どうなるんだ?」
「悪気がなかったってこと?」
ナミが首を捻る。
「そうだ」
「無意識か、タチ悪ィな」
知ったように唸るウソップ。
「男の生理みてェなもんだろう?」
浮気推奨派のフランキーだけが、顔も知らない誰かに肯定的だった。
「セイリってなんだ?」
男兄弟のルフィが首を傾げていると……、
「ルフィ、生理って言うのは女性の――」
「チョッパー! 医学的に説明しなくていいの!」
「よしきたっ」
「でもよーでもよー! おれめちゃくちゃ怒っちまったもん!! 泣くかと思ったんだぞ!!」
その辺は主張しておかないと。
「ルフィでもそんなことあったんだぁ……」
「お可哀相にルフィさん。よよよ」
ナミとブルックに同情され、ルフィの瞳が心なし揺れる。恋に悩む船長とは貴重な光景だ(酷)。
「それで? ルフィ、その人の浮気を許しちゃったのね?」
大人の女の洞察力で、ロビンが問うのにも、
「そうなんだよ……。ぜってーヤダって思ってたのに」
ますます眉を下げてしまった。
これは珍しい……。
「そりゃあアレだな、麦わらぁ」
「ん?」
「愛だ!!!」
「さむっ」
一同のつっこみにフランキーがその場に膝を着くも、軽くスルーして。
「確かにされた方は悲惨よね。別れるに別れられないし、そういう人はきっとまたやるわ」
ズバッとナミが結論を述べた。
「えェ!? そうなんか!? そっかぁ……う~ん」
ルフィがうーんうーん唸りながら、ガタッと立ち上がるとなぜだかおやつも食べず、来たときとは真逆の浮かない顔で引き返していった。
――バタン。
「あれ? ルフィは? おやつ食べねェで行っちまうなんて……何事!?」
コックがルフィ用にとこんもり盛り付けたホットケーキのお皿を、手持ち無沙汰に目を丸くしたとしてもムリはない。
「ルフィって……村に彼女いたのかしら」
「それとも置いてきたのかしら?」
「ルフィこそ無意識に浮気しそうだよな」
「麦わらならやりかねねェ。アウッ」
「ルフィさんてそういうタイプだったのですかぁ!?」
「なーなーだから浮気ってなんだ!?」
「いいのよ、船医さんは知らなくて」
またかよー!と暴れ出したチョッパーはやっぱりきれいにムシされ、
「しかしあれだなぁ」
サンジがいましがたルフィが出て行った戸口に目をやりながら、ナミとロビンの前に恭しくハーブティを差し出した。
「なぁに?」
「女を抱くルフィって想像つかねェ……」
「サンジ君セクハラ。減点1」
「今のどこが!?」
「なんっか機嫌わりぃよな、お前さっきから。おやつ貰えなかったのか?」
「ううん。食うの後にした。よく見たらみんな食堂にいたからよ、今のうちだったらゾロといちゃいちゃできんだろ?」
とか言うわりには、とことこ近づいてきたルフィはいつもみたいにぺったりくっついてくることはなく、ただゾロの隣へ腰掛けるだけだった。だから機嫌が悪いのかと思ったのだが。
ゾロが見張りの最中だったため今は展望台にて、円形のベンチに並んで座っている状態。
やっぱなんかおかしい……。
ゾロは訝し気にルフィを見遣った。
「お前が考えて行動するとは珍しい」
「もーお前らホンット失敬だな! だいたいゾロがバレちゃダメだっつったんじゃねェか!!」
仲間以上の関係になったことを。
「当たり前ェだろ。仮にも船長のお前が、自分の船の二番手にいいように抱かれてるなんて船員に知って欲しいか?」
「抱っ……!!」
「そんな風に真っ赤な顔も見られたくねェだろうが」
「……わかってるもん」
「で? 不機嫌の理由は?」
「思い出したらムカついた……ゾロがこの前の島で……」
「ああ、商売女と寝たことか。仕方ねェだろ、あの頃はお前ヤらせなかったんだからよ」
「そーだけどよ~でもよ~~」
「そうご機嫌斜めだと、散々泣かせて挙句いっぺんもイかせねェまま貫きまくってやりたくなるな」
「なっなんでですかぁ!?」
「……根に持つなよ。悪かった。もうしねェから。悪気はなかったんだ」
「知ってる。だから許したんじゃん……。浮気、されても好きだし」
「浮気って言うな……」
「二度としねェ?」
「しねェよ」
じ、と船長に見つめられ、剣士はその頭をぐりぐり撫でた。
まだなんか言いたそうな顔だが……。
「さっき……食堂でな?」
「ああ」
「みんなが言ってたんだ。浮気は許せるか許せないかって。おれは許せねェから、んじゃゾロはおれが思い出すたびそーやって謝れよ?」
「心得た、キャプテン」
おどけて少し頭を下げ、目だけでルフィを見ればその目元はまだほんのり赤くて。申し訳ないことに嗜虐心をますますくすぐられてしまう。
「そういやお前って嫉妬とは無縁かと思ったが、そうでもなかったんだな」
「ん~わかんねェ。おれレンアイとかコイビトとかゾロが初めてだし」
「独占欲は強ェのに」
「それ悪いことか?」
「時と場合と立場によっては」
「ふーん。おれが仲間を一人も失いたくねェのは、独占欲が強いからって言いてェんだ、ゾロは」
「ああ。たまに聡いよお前は」
一人分空けて座っていたルフィの細い手首を、ゾロは掴んで引き寄せる。
簡単に胸の中に落ちてくるのは誰にでもだと思いたくない。
「次はいつ抱かせてくれんだ? 船長?」
「さっき言ったの……しねェならいつでもいいぞ」
「さっき?」
「おれがご機嫌斜めだと、さんざん泣かせるし、いっぺんもイかせてくんねェんだろ?」
「やっぱ根に持つんだな……」
「持ってねェ!!」
「どうすっかな。お前機嫌直してくんねェからなぁ」
「ホントにおれ好き!?」
「めちゃくちゃ惚れてるが?」
またまたルフィがカーッと赤くなった。
イジメがいのある奴……。
もし、ルフィが浮気をしようとも、ルフィが自分以外の誰かに惚れようとも、この命ある限り手離すつもりはない。
そんな質問、もとより自分には必要も関係もないのだ。
「あーあ、おれゾロが何回浮気しても許しちまうんだろうなぁ~」
「そうか? あっさり捨てられる気がするが。お前切り替え早ェだろ?」
「それはゾロだと思う……。おれは絶対浮気しねェ!!」
「どうだかな」
むしろ心配なのは自分がルフィに対して、なのだから。
その夜、有言実行してしまったゾロに、ルフィは事が終わってからこう声を張り上げた。
「今日のことを731事件と名付ける!!!」
どどーん。
素っ裸のまま胡座をかいて、両拳を振り上げた。
とたん、
「いっててて……ゾロやり過ぎ。叫んだらケツに響いたっ!」
すぐうずくまってしまったけれども。
「ああ、今日が7月31日だからとか?」
「それだけじゃねェ」
「他に何があるんだよ」
「ご機嫌斜(7)め、さん(3)ざん、いっ(1)ぺんも!」
「はぁ?」
「しねェならって言ったのに……。おれはゾロに甘いなぁ」
「あぁ!? それはこっちの台詞だろ!?」
「どこが!? おれの方がずっとず~~っと好きなんだから、そうなるに決まってんじゃん! 浮気も許したし!」
「だから浮気って言うな!!」
ゴゴゴゴ……と二人の間に火花が散った。
「表出ろ船長。決着つける」
「望むところだぁ!!」
それからとんでもない破壊音と覇気がサニー号にマグニチュード8の大地震を巻き起こしたのは言うまでもなく、その数分後、二人の頭上に「航海士怒りの鉄拳」が直撃したことももはや語るまでもない。
「やっぱ今日は731事件の日だ……」
タンコブをさすりさすり、ルフィが甲板に突っ伏して言った。
「その心は?」
「ナミ(7・3)が、いち(1)ばん、怖ェ!!!」
「同感だ……」
(おしまい)