19×17

アクアリウムの扉がバタンと勢いよく開き、女性陣がびっくりしてそちらを見たらば。
「なにゾロ、何か探しもの?」
ナミが部屋の真ん中のマスト席で足を組み替え訊くも、ゾロはキョロキョロするばかりで一向に答えは返ってこない。
男ってのはどうしてこう、ひとつのことしか考えられない生き物なのかしら。
「不機嫌そう、剣士さん。怖いわね」
ロビンがにっこり言うのにも、
「ゾロはああいう顔なのよ」
ついでに散々な言い様のナミにも、関与する様子もない。
かと思えば、
「今ルフィの声がしなかったか?」
「あら珍しい。ゾロがルフィ捜すなんて。死にかけて性格変わった?」
「それなら剣士さん、ホラここからよ」
考古学者が目の前を指差す先を見たゾロが、首を傾げた。
「リフトよリフトの中! 正しくはこの上から! どうやら私達のおやつが狙われたらしいわねえ」
アクアリウムバーのマストはリフトになっていて、上のキッチンからちょっとしたおつまみをリフトサービスしてもらえるように作られているのだ。注文は下から大声で呼びかけるのだが、つまり声だけならその逆もありなわけで。
嘆息するナミにロビンがクスクス笑うと、
「船長さんたら、怒られるのわかってるのに」
おやつを盗られても笑っていられる内が花というものだが、ぶっちゃけ船長に皆が甘い現状とも言える。
そうこうしていたらまたルフィの声が聞こえてきた。

『おれは船長だぞ! それ先に寄越せ!!』
『ダメだダメだ! レディファーストという言葉を知らんのかお前は!!』
もう一つの声は本船コック。
『それはナミさんとロビンちゃんの分……! おい食うなってバカゴム!!』
『サンジのケチ~~。あ、これもうまそう。――わちっ。熱ちちち!』
『バカ!! あ~あロビンちゃんのホットコーヒー零しやがった……。おい、火傷したんじゃねェか!?』
『熱っぢぢぢ。フーフー!』
『吹いたくらいで治るか!! どれ、見せてみろ』
『ダイジョブだってこんくらい』

「やだルフィったら、ロビンのコーヒー零したみたいよ?」
「それより大丈夫かしら。火傷してないといいけれど……」
「自業自得!!」
肩を竦めるナミと心配げなロビンだったが、突如、ゾロが大またで近づいてきたのでまた眼をぱちくりさせた。
けれど目的は女性二人ではなく、マスト内のリフトだったようで。
ぱかっ、とゾロがその扉を開けるなり、
「おいクソコック!! ルフィに触んなっ!!」
そう叫んで疾風のようにいなくなってしまった。行き先はおそらく上の階、食堂へ……。
「なんなのかしら。あんなに慌てて」
「ルフィに触るなって……なにかあるのかしら?」
「きっと汚ったないもん触ったのよ! ルフィのことだから! いや~ん、おやつ作り直してもらわなきゃ!」
「それだけかしら」
「そんなもんでしょ。ルフィだもん」
「それもそうね。ふふふ」
やはり肩を竦めたナミに、ロビンが可笑しそうに笑った。


一方、その食堂では。
「ちっと赤くなってんなァ。痛ェか? あらかた冷やしたらチョッパーに診てもらえ」
熱いコーヒーを被ったルフィの手の甲を、サンジが水道水で冷やしてやっているのだ。
「んん~~。ごめんなサンジィ。つまみ食いしたからバチが当たったな……」
「そんくらいいつも殊勝でいやがれ」
「でもおれ傷とか火傷すぐ治るし。ゾロが残した痕とか――」
「それよかさっきゾロの声が聞こえなかったか?」
「ん?」
――バン!
「あ、ほんとだゾロだ」
「こんなとこにいたのかルフィ」
「やっぱクソまりもか。――お!?」
つかつか歩み寄ってきたゾロが、サンジの手からルフィの手首を引ったくったのだ。
「保健室にチョッパーがいる。行くぞ」
「え、おお。でもこんくらいダイジョ――」
「いいから来い!」
「ちょ、ゾロ!?」
「なに焦ってんだまりもマン。そんくらいの怪我、いつものことだろうが」
「うるせェ。てめェ触るなつっただろうが」
「そいやそんなこと言ってたか。つか、お前何様だ!? ルフィはてめェの持ちモンか!?」
「別にいいぞサンジ。気にすんな」
「いや、気に入らねェな。ここんトコずっとこいつ、なんか変だぜ」
「いーからいーから!」
にっこり笑うルフィに毒気を抜かれ、サンジは口ごもる。真剣な顔のときはもちろんだが、この笑顔にも有無を言わせて貰えなくなったのはいつからだったか。
たぶん、ウソップの件で長く笑わなかったルフィが結構トラウマになっている。他のクルーもそうじゃないだろうか。そのルフィを笑わせたのがこの目の前の男だと聞いているので、ムカつくことにゾロは例外なのかもしれない。
ルフィの手を引いて保健室へ入っていったゾロを忌々しくサンジは見送り、タバコをスパスパ噴かせ始めた。
「なんっかクソムカつく……」
これが独占欲なら、最悪だ。



「はい、手当て完了!」
「あんがとな、チョッパー!」
「火傷をバカにしたらダメなんだぞ! あとでじわじわくるんだからな?」
「うんわかった」
「あれ? ここ、なにかで挟んだ? うっ血してる」
ルフィの左腕をひょいと持ち上げたチョッパーが、その二の腕の裏の、柔らかそうな白い肌が赤くなっている部位をひづめで突っついた。
言わずもがな、アノ痕なのだが。
「ゾロがつけた」
「ゾロが!? 喧嘩!?」
「違う。今朝えっちして……でも夕方にはいつも――」
「用が済んだら行くぞルフィ」
「え、もうか?」
「なぁルフィ、えっちって……」
なに? と当惑する船医に構わず、ゾロが椅子に座っていたルフィを引っ張り上げる。
しかし「ゾロ!」とチョッパーに呼び止められ、スルーするかと思われたゾロがおとなしく足を止めた。
「なんだよ」
「最近、いっつもルフィ捜してるけど、なんか見張ってるのか?」
「えっ、おれ見張られてんの!?」
「……そうじゃねェんだが。すまん、自分でもよくわからねェ」
「へ?」
ルフィとチョッパーが一緒に首を捻った。
ハァとため息をつくゾロが、珍しく凹んでいるようにチョッパーには見え、カウンセリングも自分の仕事だよな!とこっそり闘志を燃やす。
そのゾロはルフィの手を放すとどさっとベッドへ腰掛けたはいいが、居たたまれないのかぽりぽり頭を掻いている。自分でも参ってる、といった感がひしひしと……。
「チョッパーは平気なんだがなァ」
「おれ?」
「ああ、ルフィに触ってもムカつかねェ。けど他の奴らはダメだ」
まさかの告白にさすがのルフィも言葉を失っているようで、チョッパーがルフィに椅子をすすめるも、ゾロを凝視したままだ。
「ゾロはルフィを独り占めしたいのか? あ、でもおれは大丈夫なんだよなっ?」
「ああ。けどその差がよくわからねェ。……悪いなルフィ、ここんとこ毎晩……」
ルフィを抱くのを、ゾロはやめられない。
とまらない。
一晩に二回三回は当たり前で、朝までコースもざらになってきている。今日も朝から求めてしまったし……。
七武海にやられた傷も完治しないうちからハードな鍛錬とセックスで、自分を追い込んでいるような気になってくる。
まだまだ弱いからか? 強くないからか?
「けどルフィ見てっとイライラしちまってよ……」
なのに、離せないのだから始末に悪い。
「イライラって、ゾロ……」
チョッパーが心配そうに眉を下げた。
「ゾロ、おれんことイライラすんのか? な、なんで……?」
ルフィが信じ切れないのだろう呆然と聞いてくるのにも、ゾロは悔しいかな否定できない自分がいるのだ。
「ひでェぞゾロ! そんな言い方、本人に向かって!!」
チョッパーの非難にも「すまん」と一言頭を下げるだけで、ふいとルフィから目を逸らせた。
「ゾロがそんな風にルフィのこと思ってたなんて……。もしかして、スリラーバークで何か!?」
「違う! 関係ねェ、何もなかった。本当だ」
「けど……!」
「ゾロ!!」
食い下がるチョッパーを制したのは渦中のルフィだった。パッとゾロの目の前に立ちはだかり、無理にでも視界に入ろうとする。
それから何を思ったか、その場にちょこんと正座してしまったのだ。
「ルフィ!?」
「おれの所為ってんなら……おれにぶつけろ! おれに当たれ! ゾロ!!」
そしてぎゅうっと目を瞑った。
「ルフィ……」
「チョッパー悪い、あっち向いててくれ」
「よしきたっ」
チョッパーがバカ正直に(酷)くるんと後ろを向いたので、ゾロはルフィの前に跪いた。
それからそっと両手を伸ばし、ふっくらした頬を挟みこんで、彼のその覚悟に噛み付くようなキスで応えていく。
驚きに一旦見開かれたルフィの瞳と目があったけれど、すぐにまた閉じられた。
それをいいことにゾロは舌を差し入れ、ルフィの弱い部分を舐めて吸って、呼吸さえも奪ってしまえば、溺れたように力の抜けた細い体が凭れこんできた。
「ふは……っ。なんで、」
「悪い」
「ここんとこ、いつも、突然……」
「そうだな」
実は今まで、ルフィの許しがなければゾロは彼を抱いたことがなかった。
だけどここ数日、ルフィの言い分などひとつも聞かないで、自分勝手に貫いて揺さぶって、許しを請われても聞き入れもせず、思うまま肉欲をぶつけている。
「このまま抱きてェ」
「チョッパーいるのに?」
「欲を言っただけだ」
とりあえずぎゅっと抱きしめて、我慢。
「ちぢむ…」
「距離なら縮まってる」
筈なのに……。
「んん」
今度は優しいキスをゾロはちゅっと落として、ようやくルフィの体を解放してやった。
「少し、わかったことがある」
ルフィを抱き続けてきて。
「わかったこと? ゾロなにがわかったんだ?」
「おれは焦ってんだ。なにか得体のしれねェもんにせっつかれて、焦燥感に駆られてる」
それにドンと構えていられない己の未熟さが、すべての元凶なのだと――。



「とうとう寝ながら食い始めたぞ。闘いのあとでもねェのに」
あれから数日が経った。
食堂では、コックが船長におかわりを注ぎながら眉をひそめている。
ここのところ朝食に起きてこられないルフィは、とうとう寝ながら起きてきて朝飯を食べるようになった。
原因が、夜な夜なゾロと何かをやっているのだと皆は気付いていたが、それをルフィに問い詰めても「気にするな」の一点張り、ゾロに聞いても黙秘するだけなのだ。埒が明かない。
こうなったら強行手段に打って出るしか……という段階にまで、事態は発展していたのだった。

「ロビン、お願い。ロビンの能力ならゾロに気付かれずに真相を探れるわよね?」
壁に目を咲かせるとか。耳を咲かせるとか。
「待てナミ。フランキーに小型カメラを設置してもらうって手も」
「アウッ、そんな材料ねェぜ長っ鼻! それよりトーンダイヤルを改良するとか――」
「私、あの二人が夜な夜な何をしてるのか、聞いてしまったわ」
「えええ!?! それホントなのロビン! まさか壁に耳あり障子に目あり!?」
「それ意味違うぞナミ」
「うっさい!」
「音楽家さんに聞いたのよ」
「ブルックぅ~~~っ!!?」
「意外な伏兵の登場だな……」
サンジがスッパーと紫煙を吐いた。
「んん~~~、スーパー!!!」
「そ、それで!? 何やってたって!?」
「私の口からは言いにくいから……本人に聞いてみて?」
ただちに、ブルックが呼ばれたのは言うまでもない。


「あいつら図書館に集まってなにやってんだろうな?」
「ほらルフィ、じっとして!」
「ん~~~っ、おれ目薬嫌いだ!!」
「わー擦っちゃダメだ! ルフィ!!」
昼にようやく起きてきたルフィが、真っ赤な目をこしこし擦っているのを見た船医が、どうにか目薬をさそうと躍起になっているのだがなかなかそうさせてくれないものだから、さっきから大苦戦中である。
「もーいいよォ」
「でもルフィ、そんな真っ赤な眼して……」
「へーきへーき! もちっと寝たら治る。ただの泣きすぎなんだ」
「泣きすぎィ!? やっぱりゾロと喧嘩!?」
「や、違う違う!!」
「……夜、ゾロとなにやってんだ? みんな心配してるんだぞ?」
「う~ん……。みんなが心配してるのは知ってるぞ。でもゾロとおれの問題だから、気にすんな」
「やっぱり気にするな、かァ」
ルフィが言い出したら聞かないのは周知の事実だけれども。
実はチョッパー、図書館で作戦会議を行うのでルフィとゾロをひきつけておくように、と頼まれたのだ。ちなみにゾロはベッドで熟睡中だったので問題なかった。
しかしこれはどうやら「二人の問題」の範疇で収まらなくなってきている、と、チョッパーも子供心にわかってきたから。
「仲間に心配かけちゃダメだよルフィ! おれも心配だ!!」
「ん、そうだよな。ごめんなチョッパー……。おれみんなにも今日謝るよ。でも理由は……」
「言ってくれねェのか?」
「それがさァ、おれもよくわかんねェんだよ」
ルフィが珍しく弱気発言をして、困った顔で午睡を貪るゾロを見つめた。でもニヒッと笑ってその短い前髪を弄るので、ゾロの眉間にしわが寄る。
「は? わからねェのか?」
「うん。ゾロしか知らねェ」
「じゃあゾロに聞くしかないんだ」
「言わねェと思うけどな?」
「え~~。困ったなァ。で、ゾロと夜、なにやってるんだ?」
「えっち」
「だからえっちって……」
なに? と、チョッパーが問う前に保健室のドアが勢いよく開いた。
「ルフィ、ゾロ、ちょっと顔貸して!」
とうとう全員集合である。


「緊急会議を行います」
バンバン、とナミがテーブルを叩いた。
さながら裁判官である。
被告はゾロとルフィ。ダイニングテーブルのお誕生席ではあるが、立たされている。
ルフィは首を傾げまくり、ゾロはくあ~と大あくびをした。
「なんだよ、かったりィなァ」
ボヤくゾロにさっそくナミ裁判官が、
「ゾロ、あんたが夜な夜なルフィに何してるか、ブルックに聞きました」
「ナ、ナミさん! 名前は出さないっていうから私……!」
「ちっ……。チクったなブルック。てめェがいちばん大人の分別知ってると思ったから正直に話したってのに……」
本当は身代わりの件バラしますよ、と脅されたのだが、それが冗談だと解っていてブルックに教えたのはゾロだった。おそらく、自分はこうなることを望んでいたのだ。でなければ自分では自分を止められない。
いちばん止めて欲しいルフィがどういうわけだか、ひとつも抵抗しないから。
ルフィが何を考えて、何を思って今のゾロを受け入れているのか、それを知りたかった。
しかしこの状況はちょっとどうかと思うが……。
「どういうつもりだクソまりも! ルフィがイヤな顔しねェのをいいことに……、船長を、だ、抱いていいと思ってんのか!?」
罪状はそれである。どうやら自分は強姦魔にでもされているのだろう。
「………」
「ルフィもルフィよ。どうしてゾロの暴挙を許すの!?」
「ぼーきょ?」
「なぁルフィ、なんか弱みでも握られてんのか!? まさかゾロに限って……そんな卑怯なことしねェよなァ!?」
ウソップの悲痛な訴えにも、
「うん、そんなんねェけど?」
あっけらかんと返してくるからヤキモキさせられてしまうというものだ。しかし、
「だったら他に何があるってんだ? ルフィお前、どんな理由があってゾロとそんなことしてんだ!?」
と問い詰めたくなるのは当然ではなかろうか。
「なぜだ麦わら! おれ達が知りてェのはそこだ。なんでおめェは、足元おぼつかなくなるまで毎晩毎晩ヤられてやがるんだァ!!」
「なんでって……」
「船大工さんが親切に抱っこして運んであげてたのに、怒ってたわよね剣士さん」
「……ルフィに触るからだろうが」
「この期に及んでまだそれ!? あーもうっ、腹立つわねェ!!」
「ご立腹なナミさんもステキだァ~~vv」
「サンジ君ハート飛ばし禁止」
「あい……」
「ちょっと聞いてるの、ルフィ!?」
「お、おうっ」
「あんた船長でしょ! ズバッとゾロに言ってやんなさいよ、ズバッと!!」
「それとも訳があるなら話して?」
「そうだぜルフィ、ゾロ、水臭ェじゃねェか! 二人で解決しようとすんなよっ!」
「ナミ、ロビン、ウソップ……」
「もうお前らだけの問題じゃねェってこった、麦わら!」
「そうですよルフィさん。チクった自分を庇うわけではありませんが、私達、仲間でしょう?」
「そうだぞ! おれもそう思うぞルフィ!!」
「フランキー、ブルック、チョッパー……」
「こんなエロ剣士、船長の権限でメシ抜きにでもしてやったらどうだ?」
「メシは痛ェよサンジ……」
「そりゃおめェだろ」
すかさずゾロがつっこむ。
ルフィはきゅっと眉根を寄せ、隣のゾロを見上げた。
ゾロがその視線に気付いてか、ここへきて初めて黒い瞳と翠の瞳がぶつかる。
「あのな、ゾロ」
「……ああ」
ルフィがゾロに何を言うのかと、皆が固唾を飲んで見守った。
「ゾロ、おれさ」
なになに!? はっきり言っちゃえ!!
「おれ、ゾロ大好きだからさァ、ゾロがおれに一生懸命なの嬉しくって、だから全然へーきだったんだけど、でもみんなに心配かけちまってたんだと。だからさァ、もーちょっと優しくしてな?」
どべ――っ!! と全員がテーブルにすべりこんだ。
「ルフィ!? なに言ってんの!?」
「なんだそりゃ!!!」
「アウチッ!! どういうこったァ!?」
「ヨホホホー♪」
食堂中に震撼が走り、ウソッチョに至っては抱き合ってガタガタ震えた。
「つまりルフィ、剣士さんが好きだから抱かれてた、でいいのかしら?」
そしてロビン、トドメの一発……。
「うん。そのまんまだ。ゾロとイチャイチャしててごめんなさい」
ぺこり。
ルフィが頭を下げた。

「め、眩暈が……」
「ナミさんしっかり!! て、てんめェ~エロまりもォ――っ!!」
サンジの蹴りが飛ぶもゾロはさらっと交わした。
ゾロの目は尚も、ルフィしか見ておらず。
「ルフィ、お前……」
「ん?」
「おれに惚れてたのか?」
「当たり前だろ? 好きじゃなきゃあんなんできねェだろ」
「あー」
「……知らなかったとか?」
むぅ、とルフィの口がへの字になった。
「悪い」
「……ゾロのバカタレ」
ぷいっとそっぽを向いたルフィがバタバタと食堂から飛び出して行く。ぽっかーんとしている一同を残し。
「剣士さん、追わないの?」
「早く追ってください! ゾロさん!!」
「いやロビン、ブルック、そんなことしたらこいつら完璧に……」
「くっついちゃうわねェ! 間違いなく!!」
「んナミさんっ、そんなハッキリ言わないで下さいよォ! なんだろう、この虚脱感……。そうか、ルフィが最近カワイイ顔するようになったのはゾロへの恋患いってやつだったのか……」
メコ、とサンジが床にのめりこんだが、気遣う余裕のある者はいない。
「今なんつった、ラブコック」
「二度も言いたくねェ」
「そうか、わかったぜ……」
「なにが」
「悪いが追うぞ。アイツはしばらく独占させてもらう」
ズバッと言ったのは寧ろゾロであった。一人一人の顔を見据え、曲げない意志を無言で訴える。
「あーあ言っちゃった……」
船長を誰か一人が独占しないのは、不可侵条約だと思っていたのに――。
「ふふふ。剣士さん男らしくて私は好きよ」
「ロビンちゅわんまでコイツの味方なのォ!?」
「違うわ、私は船長さんの味方v」
「そう……そうよね。ルフィが笑ってなくちゃ会議した意味がないもの。悔しいけど早く行って、ゾロ。しっしっ!」
「仕方ねェなァ海賊剣士。ヘンタイの称号はお前に預けよう……」
「いらん」
「ゾロ、ルフィとちゃんと仲直りしてこいよ?」
ウソップもとうとう折れた。チョッパーもコクコク頷いている。
皆がゾロを見つめる中、ゾロはもう一度だけクルーを見回し、そして踵を返したのだった。

「男に抱かれるルフィか……。女を抱くルフィより想像ついちまうのはどうしたら……?」
「サンジ君セクハラ。減点10」
「ええ!?」




「見つけた」
「もう見つかっちまったか……」
「最近捜してばっかだったからな、お前のこと」
男部屋の掘りごたつの中を覗き込みながら、ゾロは小さく笑った。ルフィが膝を抱えてちんまり座りこんで、拗ねていたからだ。
細い腕を取って引っ張ったらみよんと伸びたので、仕方なく自分も中へ入る。
「入ってくんな。おれは怒ってんだ!」
「いいから顔、見せろ」
「ほえ?」
ぜんぜん怯む様子のないゾロに目をしばたたいたルフィが、強引に隣へ座り込んだ彼に顔だけ向けた。
大きな掌がルフィの前髪をかきあげ、左の頬をその傷ごとするする撫でる。真摯な切れ長の眼でマジマジ見られると、ルフィのほっぺたは熱くなるから忌々しい。
大好きなんだもんなァ、仕方ねェよ……。
けれども、そのあとゾロが放った一言ときたら、
「ホントだ。可愛いな」
だったからとうとう真っ赤っかになってしまった。
「はい!? な、なに言ってんだ!?」
カワイイとか言われて嬉しかったことなんか一度もなかったのに、ゾロに言われるとドキドキが止まらない。
ゾロにキスされたり触られたり、抱かれたりしてドキドキするなら仕方ないと思えるけれど、こんな女の子に言うみたいな言葉一つで……。
「なんかムカつく!!」
「ムカついてもいいが、それ以上可愛くなんなよ」
「バ、バカ!?」
「バカでもいいがそれ以上誰かを惑わすな」
「意味わかんねェ!!」
「わかんなくてもいいからこれ以上ハラハラさせんじゃねェよ」
「もっ、もー! ゾロは……っ! あ゛ぅ~~」
こっちがドキドキして、殺されそうだ……。




〝ぐちぐちいう部分から蕩けて、混じり合って一つになっちまえばいいのに〟
ルフィはゾロとのセックスに慣れたころ、そう思ったことがある。今も、そうだ。
「んっ……アッ、ぁん、ゾロ、ダメだおれ……っ」
「もう持たねェ?」
「キモチ、よすぎ……!」
ぐぐぐ、と最奥に押し込まれてイイ所を突かれたら、もうひとたまりもなくて。
ちなみに掘りごたつの中ではなくゾロのボングに移ったので、念のため。
「や…ぁ、あっ!」
「すっげ濡れてる。ルフィ、もっと足開け」
「い、やだ」
前からも後ろからも、漏れ溢れているルフィの愛液で二人の下肢はしとどに濡れ、そんな様をゾロに見られるのがルフィはかっこ悪いと思うのに、ゾロはいっつもいっつも見たがるから困る。
「抱いて気を紛らわせたかったなんざ、おれも浅いよな」
「なん、か、悩んでた、か?」
「いや……。悪い予感がするんだ。この焦りは多分それだろう」
やっと縮めた距離を、一気に奪われてしまいそうな何か。そんな非現実的なこと、あるはずがないのに。
だから自分はルフィを抱くのか……?
一等近くに在る為に。
「???」
「おれにもわからん。気にするな」
「そっか。ゾロがいいなら、いいや……」
ゾロの腰の動きがゆるやかな律動に変わったせいか、ルフィももう少し持ちそうだ。自分を抱くゾロはそりゃもうカッコイイので、もっと見ていたいのが本音。
「けど、さっきのは本気だからな」
「さっき、の?」
「あんまり可愛くなるなよ」
「またそれか!!」
「それと他の奴らにこんなことされんなよ」
「されるか――っ!!」
振り上げたルフィのこぶしをゾロが小さく笑いながら握り締めてくる。
このこぶしは闘うためにあるとルフィは思っていたけれど、好きな人にこんな風に握られると、指を伸ばして絡めたくなるから不思議だ。
ゾロもそうだったのか、ルフィの指と指の間に自分のを差し込み、ぎゅっと握ってきた。
「ゾロ大好きだ……。すげェ好き」
「それ、仲間の好きかと思ってた」
「失敬すぎるっ」
「すまん……」
そこで「ゾロは?」と聞かないのがルフィだと思われ。彼は基本、自分が納得していればそれでいいのだ。
「んっゾロ、おれもーイきたいっ」
「了解、船長」
スパンを早めればあっという間にルフィは頂点までのぼりつめ、それからあとは二人、静かに熱く堕ちていった。


遠慮がちなノックが男部屋の戸を叩くのに、ゾロは重たいまぶたを上げた。
まだぐっすり眠っているルフィを残し、身支度を整えて扉を開ければ、ブルックが所在なげに立っていた。
「さきほどはすいませんでしたゾロさん……。私、言うつもりでは。でもロビンさんがパンツ見せてくれると言うものですからつい。あ、でも見せてもらえなかったんですよ!? 酷いと思いませんか!?」
「くっ、そりゃひでェ」
「あ、すすすいません私……!!」
「なんとも思っちゃいねェよ。寧ろ奴らにルフィとのことをハッキリ言えてよかった」
「あの、例の件に関しては言う気はないので……? たまたま生きていたからよかったようなものの身代わりなんて……。もし外部からルフィさんに知れるようなことになれば、ルフィさんお怒りになりますよ?」
「そうなったらなっただ。コックも言わねェだろう?」
「言いませんね、決して。ルフィさんのために」
「あぁルフィのためにだ」
だったら、この船のクルーは誰一人文句など言いやしないのだから。
「ならば私も墓場まで持っていきます! あ、私もう死んでました~~。ヨホホホー!!」
「剣士同士、よしみだ。頼んだぜ」
「ハイお任せください!」
「ありがとうよブルック」
「お礼なんて! そんな!!」
「悪いがもうちっとだけアイツを独占させてくれ。多分、おれらには必要な時間なんだ。いやきっとな」
「なんとなくわかります」
「そう言ってくれると助かる」

「ゾロォ~? どこ行ったァ~~? ムニャ……」
「今行く! じゃあ……」
「ええ、お邪魔しました。でももうすぐ夕食の時間だから一緒に来るようにと、サンジさんが」
「わかった」
パタンと閉められた扉に瞑目し、ゾロは口元に小さく笑みを作る。
先日、この航海もようやく半分まで到達した。
この先どんな強敵が行く手を阻むとも知れないが、それと同じだけ貴重な出逢いもあるだろう。特に、あの船長には……。
ただルフィが笑っていられればいいと思う。
思いっきり冒険とやらをさせてやりたいと思う。
そしていつの日か、ルフィが海賊王になるその姿を、必ずや自分は見届けようと思う。
いちばん近くで。その右腕として。

したたかな独占欲と共に――。



(END)
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