19×17
朝霧がグランドラインの大海原を覆っている。
ウイスキーピークを出て間もなくのメリー号は、一路リトルガーデンに向けて航海中。
一味にプラスαを加えての早めの朝食を終え、ゾロが酒瓶片手に食堂を出ると、船首の特等席にぽつんと跨っている船長の後ろ姿を見つけた。
赤ベストと黄色い麦わら帽子、けれど白い霧がその輪郭すらぼやけさせるのに。
「ルフィのやつ、前も見えねェのに何やってんだ?」
先ほどの食事中の船長の様子をゾロは思い起こす。
食べ始めた頃は普段通りのルフィだったのだ。
新しく加わった王女や、カルガモの話で盛り上がり、それなりに楽しんでいたようなのにだんだんと口数が減り、とうとう喋らなくなってしまった。
それから「ごちそうさん」と一言席を立ったルフィは、最後にゾロをギョロリと睨んで(!)食堂を出て行ったのである。
「またおれァなんか誤解でもさせてんのか……」
また、というのは記憶に新しいウイスキーピークでの大喧嘩の一件。
面倒くせェと思うも放っとけなくて、遠目にその背中を視界に映し、話しかけようか話しかけまいか……。
食堂を出る前にコックに言われた。
『ルフィは怒ってんじゃねェな、ありゃ拗ねてんだ』
ルフィが拗ねるようなことをおれは何かしたんだろうか?
「さっぱりわからん……」
わからなきゃやっぱり聞くしかない。
ゾロは酒を飲み干して瓶を海に放ると、ハァ~と嘆息しながらボトムのポッケに手を突っ込み、足取りも重く船長の元へ向かった。
「ルフィ」
「……なんだ」
一応、返事はしてくれた。昨夜のように本気で怒っているわけじゃない。掴みかかってこないのが証拠で、あぁ確かに、こりゃ怒ってんじゃなくて拗ねてんのか……?
「何拗ねてんだ。おれのせいなんだろう?」
「!」
言い当てられるとは思わなかったのかルフィの細い肩がビクと揺れた。
そしてそーっと振り返ったその顔は、
「思いっきり不機嫌そうだな、船長……」
「むむ、ちっと思い出したらだんだんモヤモヤしてきただけだ」
ルフィがぼそぼそ打ち明け始める。
「こっち来いよ。ちゃんと話せ」
おれはお前と違ってきっちり言い分を聞いてから判断するぞ、と嫌味ったらしく言ってやりたいけれど過ぎた話をむし返すタイプでもない。
「うー」と唸ったルフィが死刑執行される前の罪人のような体でとぼとぼ船首から降りてくると、ゾロの目の前まで来てチロッとゾロを見上げた。
「だってよ……」
「あぁどうした」
「もったいなかったなーって」
「何が」
「あのサボテン島で……」
「もっと食いたかったのか? あの通り斬らなきゃいけねェ状況だったんだ、仕方ねェだろうが。お前を人質に取られたんだぜ? 寝てて知らねェだろうけど……」
「そうなんか? でも違う、メシの話じゃねェ」
「あ? じゃあおれらの勝負が中途半端になったからか? 結局はっきりさせられなかったもんな、剣術と武闘、どっちが強ェか」
「それでもねェ。決着はいつでも着けられる。おれとゾロはずっと一緒に冒険してくんだから……」
「まぁ……その通りだがよ。じゃあ一体なんなんだ、さっぱりわかんねェ。教えてくれ、降参だ」
場合によっちゃあちゃんと謝ろうと思う。
「おれ、あん時なんで寝てたんだ……」
「腹いっぱいで眠かったからだろ」
「そういうこと言ってんじゃねェ! だってゾロ100人も斬ったんだろ!? たった一人で!!」
「おう。斬ったぞ」
賞金稼ぎを100人、たった一人の剣士が、新入りの愛刀たちの斬れ味を試しがてら、大きな大きな月とその光に踊るサボテン岩をバックに、意気揚々と。
そんなゾロを見られなかったことにルフィはこう言うのだ。
「絶っっ対ェカッコ良かったじゃん!!!」
どーーーん。
「……はァ??」
「楽しかったろ? ワクワクしたんだろ!」
「まぁ、それなりに」
ちょっと自分を恥じた場面があったことは黙っとこう……。
「見たかったなァ~。おれは見たかったんだよなァ~~! と、気付いたってわけだ!」
フン、とルフィが偉そうに胸を張る。
「なるほど……。そんなことでおれは睨まれたわけか……」
「悪いかっ!? だっておれゾロが勝ったとこあんまり見れてねェんだぞ!? 敗けて死にかけてるとこは見たけど!!」
「傷口抉んな……」
「あーあ! 見たかったなー!! ゾロの100人斬り見たかったーっ!!!」
「とりあえずうっせェ!」
「え~!?」
ゾロが照れ隠しにポカ、と麦わら帽子の頭を殴ってしまってもルフィは本当に悔しそうに地団駄を踏むので、ゾロはなんと返していいやら解らないから困る。
やっぱコイツ何考えてんだかさっぱりわからねェ……。
「ゾロのバーカ」
「そりゃ言いがかりだ」
「うっせーケチんぼ!」
「てっめ……!! おれだったからマジなお前の相手も出来たし、アホな誤解も許してやったんじゃねェか!!」
「それは気にすんなっつったじゃんか!!」
「それが理不尽だっつってんだよ!!」
「だってゾロが好きな料理なくて怒って斬ったんだと思ったんだもーーん!!」
「だもんじゃねェーーっ!!」
ゼーゼー、ハーハー……。
こりゃあ何言っても無駄だな……とゾロは思って、落ち着けと自分に言い聞かせる。
それからぺちんと頬に手を当てれば切れてまだ痛む口の中……さっきの朝飯が美味さ半減だったのは、一体誰のせいだと?
イーだと白い歯を剥きだすガキくさい船長にカチンと来るも、どう反撃していいか言葉も見つからない。そしてゾロが悔し紛れに取った行動は、自分でも予想だにしないものだった。
「ルフィ、てめェも味わえ」
「へ?」
船長のほっそい二の腕を両方掴んで、動きを封じて。
麦わらのツバからきょとんと覗く大きな眼をゾロは見やりながら、ルフィの口に自分の口をぶつけると、薄く開いた唇から切れて血のにじむ己の舌を容赦なく突っこんだ。
「……!? んっ!? んん!?!」
ルフィが軽くパニックだ。けど体を引くことはできない。
困惑と驚きで見開かれたルフィの黒い瞳をゾロは見つめながら、逃げまどう舌を舌で追う。
味わわせるようにしつこく舐めて絡めてやると、とうとうルフィがギューッと目を瞑ってしまい、ゾロの腹巻をきつく掴んできた。
「!!」
その反応にゾロは思わず突き飛ばしてしまった。
そして解りやすく顔面蒼白になる。
なんか……今ぐわぁってなっちまった……しゅ、修行が足りねェ……。
「ル、ルフィ、あのな」
「ぶはーっ! ハァ……ち、血の味!! ペッペッ」
「ペッペすんな……。こ、これはあれだ、自業自得だぞ。てめェのパンチで口ン中あちこち切れてんだからよ……」
顔が見れねェ、情けねェ。
「うん。そういやおれもそうだった。よーし! 仕返しする!!」
「はァ!?」
ゾロの胸ぐらをつかんで背伸びしたルフィのドアップが迫ってきて、抗えばいいものをそう出来なかった理由はゾロには不明だ。
押し当てられた唇に、柔らけェのはゴムだからかなァとか、ゾロのように上手くベロを入れられなくて四苦八苦する様を可愛いなァとか……。
抱き締めそうになるこの手をもう止めておけそうにないと、ゾロがルフィの細腰に腕を回そうとしたその矢先──、
「もう霧は晴れてるのよ! 丸見えよ目障り!!」
ガコン! バコン!
またまたいいタイミングでナミの邪魔が入り、行為は中断されたのだった。
「また怒られたなァゾロ」
「怒られたな」
「今度はこそっとやろう」
「こそっと喧嘩なんか出来んのか?」
「そっちじゃねェよ」
「あ、あぁ。あっちか」
「そうだチューだ! チューの勝負の続きだ!!」
「チュー……。あああ修行が足りてねェ……」
「ししししっ」
喧嘩すら真剣勝負。
仲直りは光の速さ。
信じてるからこそ出来ること。
これからも、こうやっておれはルフィの傍にいるのだろうな、とゾロは思った。
(おわり)
こっちさんに捧ぐ!
最後の一文は中井さんの言葉から頂きました♡
ウイスキーピークを出て間もなくのメリー号は、一路リトルガーデンに向けて航海中。
一味にプラスαを加えての早めの朝食を終え、ゾロが酒瓶片手に食堂を出ると、船首の特等席にぽつんと跨っている船長の後ろ姿を見つけた。
赤ベストと黄色い麦わら帽子、けれど白い霧がその輪郭すらぼやけさせるのに。
「ルフィのやつ、前も見えねェのに何やってんだ?」
先ほどの食事中の船長の様子をゾロは思い起こす。
食べ始めた頃は普段通りのルフィだったのだ。
新しく加わった王女や、カルガモの話で盛り上がり、それなりに楽しんでいたようなのにだんだんと口数が減り、とうとう喋らなくなってしまった。
それから「ごちそうさん」と一言席を立ったルフィは、最後にゾロをギョロリと睨んで(!)食堂を出て行ったのである。
「またおれァなんか誤解でもさせてんのか……」
また、というのは記憶に新しいウイスキーピークでの大喧嘩の一件。
面倒くせェと思うも放っとけなくて、遠目にその背中を視界に映し、話しかけようか話しかけまいか……。
食堂を出る前にコックに言われた。
『ルフィは怒ってんじゃねェな、ありゃ拗ねてんだ』
ルフィが拗ねるようなことをおれは何かしたんだろうか?
「さっぱりわからん……」
わからなきゃやっぱり聞くしかない。
ゾロは酒を飲み干して瓶を海に放ると、ハァ~と嘆息しながらボトムのポッケに手を突っ込み、足取りも重く船長の元へ向かった。
「ルフィ」
「……なんだ」
一応、返事はしてくれた。昨夜のように本気で怒っているわけじゃない。掴みかかってこないのが証拠で、あぁ確かに、こりゃ怒ってんじゃなくて拗ねてんのか……?
「何拗ねてんだ。おれのせいなんだろう?」
「!」
言い当てられるとは思わなかったのかルフィの細い肩がビクと揺れた。
そしてそーっと振り返ったその顔は、
「思いっきり不機嫌そうだな、船長……」
「むむ、ちっと思い出したらだんだんモヤモヤしてきただけだ」
ルフィがぼそぼそ打ち明け始める。
「こっち来いよ。ちゃんと話せ」
おれはお前と違ってきっちり言い分を聞いてから判断するぞ、と嫌味ったらしく言ってやりたいけれど過ぎた話をむし返すタイプでもない。
「うー」と唸ったルフィが死刑執行される前の罪人のような体でとぼとぼ船首から降りてくると、ゾロの目の前まで来てチロッとゾロを見上げた。
「だってよ……」
「あぁどうした」
「もったいなかったなーって」
「何が」
「あのサボテン島で……」
「もっと食いたかったのか? あの通り斬らなきゃいけねェ状況だったんだ、仕方ねェだろうが。お前を人質に取られたんだぜ? 寝てて知らねェだろうけど……」
「そうなんか? でも違う、メシの話じゃねェ」
「あ? じゃあおれらの勝負が中途半端になったからか? 結局はっきりさせられなかったもんな、剣術と武闘、どっちが強ェか」
「それでもねェ。決着はいつでも着けられる。おれとゾロはずっと一緒に冒険してくんだから……」
「まぁ……その通りだがよ。じゃあ一体なんなんだ、さっぱりわかんねェ。教えてくれ、降参だ」
場合によっちゃあちゃんと謝ろうと思う。
「おれ、あん時なんで寝てたんだ……」
「腹いっぱいで眠かったからだろ」
「そういうこと言ってんじゃねェ! だってゾロ100人も斬ったんだろ!? たった一人で!!」
「おう。斬ったぞ」
賞金稼ぎを100人、たった一人の剣士が、新入りの愛刀たちの斬れ味を試しがてら、大きな大きな月とその光に踊るサボテン岩をバックに、意気揚々と。
そんなゾロを見られなかったことにルフィはこう言うのだ。
「絶っっ対ェカッコ良かったじゃん!!!」
どーーーん。
「……はァ??」
「楽しかったろ? ワクワクしたんだろ!」
「まぁ、それなりに」
ちょっと自分を恥じた場面があったことは黙っとこう……。
「見たかったなァ~。おれは見たかったんだよなァ~~! と、気付いたってわけだ!」
フン、とルフィが偉そうに胸を張る。
「なるほど……。そんなことでおれは睨まれたわけか……」
「悪いかっ!? だっておれゾロが勝ったとこあんまり見れてねェんだぞ!? 敗けて死にかけてるとこは見たけど!!」
「傷口抉んな……」
「あーあ! 見たかったなー!! ゾロの100人斬り見たかったーっ!!!」
「とりあえずうっせェ!」
「え~!?」
ゾロが照れ隠しにポカ、と麦わら帽子の頭を殴ってしまってもルフィは本当に悔しそうに地団駄を踏むので、ゾロはなんと返していいやら解らないから困る。
やっぱコイツ何考えてんだかさっぱりわからねェ……。
「ゾロのバーカ」
「そりゃ言いがかりだ」
「うっせーケチんぼ!」
「てっめ……!! おれだったからマジなお前の相手も出来たし、アホな誤解も許してやったんじゃねェか!!」
「それは気にすんなっつったじゃんか!!」
「それが理不尽だっつってんだよ!!」
「だってゾロが好きな料理なくて怒って斬ったんだと思ったんだもーーん!!」
「だもんじゃねェーーっ!!」
ゼーゼー、ハーハー……。
こりゃあ何言っても無駄だな……とゾロは思って、落ち着けと自分に言い聞かせる。
それからぺちんと頬に手を当てれば切れてまだ痛む口の中……さっきの朝飯が美味さ半減だったのは、一体誰のせいだと?
イーだと白い歯を剥きだすガキくさい船長にカチンと来るも、どう反撃していいか言葉も見つからない。そしてゾロが悔し紛れに取った行動は、自分でも予想だにしないものだった。
「ルフィ、てめェも味わえ」
「へ?」
船長のほっそい二の腕を両方掴んで、動きを封じて。
麦わらのツバからきょとんと覗く大きな眼をゾロは見やりながら、ルフィの口に自分の口をぶつけると、薄く開いた唇から切れて血のにじむ己の舌を容赦なく突っこんだ。
「……!? んっ!? んん!?!」
ルフィが軽くパニックだ。けど体を引くことはできない。
困惑と驚きで見開かれたルフィの黒い瞳をゾロは見つめながら、逃げまどう舌を舌で追う。
味わわせるようにしつこく舐めて絡めてやると、とうとうルフィがギューッと目を瞑ってしまい、ゾロの腹巻をきつく掴んできた。
「!!」
その反応にゾロは思わず突き飛ばしてしまった。
そして解りやすく顔面蒼白になる。
なんか……今ぐわぁってなっちまった……しゅ、修行が足りねェ……。
「ル、ルフィ、あのな」
「ぶはーっ! ハァ……ち、血の味!! ペッペッ」
「ペッペすんな……。こ、これはあれだ、自業自得だぞ。てめェのパンチで口ン中あちこち切れてんだからよ……」
顔が見れねェ、情けねェ。
「うん。そういやおれもそうだった。よーし! 仕返しする!!」
「はァ!?」
ゾロの胸ぐらをつかんで背伸びしたルフィのドアップが迫ってきて、抗えばいいものをそう出来なかった理由はゾロには不明だ。
押し当てられた唇に、柔らけェのはゴムだからかなァとか、ゾロのように上手くベロを入れられなくて四苦八苦する様を可愛いなァとか……。
抱き締めそうになるこの手をもう止めておけそうにないと、ゾロがルフィの細腰に腕を回そうとしたその矢先──、
「もう霧は晴れてるのよ! 丸見えよ目障り!!」
ガコン! バコン!
またまたいいタイミングでナミの邪魔が入り、行為は中断されたのだった。
「また怒られたなァゾロ」
「怒られたな」
「今度はこそっとやろう」
「こそっと喧嘩なんか出来んのか?」
「そっちじゃねェよ」
「あ、あぁ。あっちか」
「そうだチューだ! チューの勝負の続きだ!!」
「チュー……。あああ修行が足りてねェ……」
「ししししっ」
喧嘩すら真剣勝負。
仲直りは光の速さ。
信じてるからこそ出来ること。
これからも、こうやっておれはルフィの傍にいるのだろうな、とゾロは思った。
(おわり)
こっちさんに捧ぐ!
最後の一文は中井さんの言葉から頂きました♡