21×19

ふにふにふにふに。

「そっちのシャボン玉、入れんのかな?」
ふにふにふに。
バタ足コーティングを終えたルフィが、前甲板を試走していた足を止め、同じくシャボン玉の中のゾロに振り返った。
「あ? サニーのコーティングと一緒だろ。たくさん穴開けなきゃ大丈夫なんじゃねェか?」
ふにふに。
船長を追ってきたゾロが答えるなり、ルフィがゾロのシャボン玉にふにふに寄ってきて。
「そうか!」
ズボッ。
自分のシャボン玉とゾロのシャボン玉をくっ付け、頭だけを突っ込んできたのだ。
「てめェいきなり……!」
「お、割れねー!」
気になるからって何でもかんでも試してみるのはどうなんだ、と思ったゾロだが、どうせルフィは言っても聞きゃしないので。
「そうだな……」
自分を得意気に見上げるルフィに嘆息、苦笑しつつもその広いデコをぺんぺん叩いた。
「う~ん確かに。ゾロの言う通りかもなァ」
「なにがだよ」
ルフィにちょいちょい手招きされ、ゾロは腕組みしつつも耳をよせてやる。
矢先、
「おまけ!」
うんしょと背伸びしたルフィがチュッとほっぺにキスするので、「い゛!?」と頬を押さえてのけ反ったら、またズボッと戻っていった。
不覚……。
「確かにちゅーしにくい!」
「はいはい」
身長差の話しだったらしい。だったら先にそう言ってからしろよ……。
笑うルフィはちっとも悔しそうじゃないけれど。
そのとき、バタ足コーティング第3号のサンジがやってきて、
「おいてめェらナミさんが命綱つけろだってよ!」
ふにふに。
「え~? 邪魔じゃねェ?」
「ナミさんの仰る通りにしろ! つーか、お前らまたイチャイチャしてなかったか?」
「はぁ??」
「聞くだけムダか……」
自覚ねェもんな。
肩を竦めるコックを気にする様子もなく、ルフィとゾロは再び芝の甲板へと戻った。

ふにふにふにふに。

3人はこれから、船長のお達しでクラーケンに船を引かせるため、お化けタコを手なずけに行くのである。


そんなこんなで、

「ほんとにやっちまったらダメか? 船長」
ふにふに。
「ダメだっつっただろ!」
ふにふにふに。
船を出発したとき、クラーケンを仕留めるため時間を稼げと言った船長に「んなことしてる間におれがやっちまう」と答えたゾロだったが、斬るからダメだと怒られたばかりだったのだ。大物を前に腕がなるのは剣士だから仕方ない、とゾロは思うのだが。
「飼えなくなったらゾロのせいだからな……」
「ちっ、わぁったよ」
船長のわがままには「船長命令」の名目上、逆らえないのである。
人それを惚れた弱味と言うが、ゾロの辞書には「船長命令」と載っている。
「つーかクソコック、写真は置いてきたんだな。リハビリは成功か?」
「当たり前だ」
「あん中にルフィの写真ねェだろうな……」
「あるかーっ!!」
「おれがなに?」
「なんでもねェよ」
二人が声を揃えた。

「海ん中走れる日が来るとは思わなかったよなー!」
ふにふにふに。
真っ暗な深海だが、麦わらの船長は超がつくほどご機嫌である。
絶対クラーケンを手なずけて飼うのだと、期待に胸を膨らませていたりする。
「変な感じだな」
ふにふに。
隣を走る剣士はそんな船長の様子に我が事のように笑んだ。
「能天気な奴らめ……。てめェらおれの足引っ張るんじゃねェぞ。たく、なんでおれまで……」
ふにふに。
その剣士の隣を走るコックはできればレディ達とお留守番したかったのだけれど、船長と剣士の二人きりだと何をやらかすやら不安なのか、美人航海士に「サンジ君お願い♡」と頼まれては断りようもなく。
それに、相手は北海の怪物……。

結果、

「こらこらゾロ!! サンジ~~!!」
船長を襲おうとしたタコ足から守ってやった両翼だったのに、足がなくなると当のルフィはご立腹、全く報われない事態となっていた。
次いでルフィがクラーケンに強烈な一発。
そして、事態はさらに最悪な一途を辿り……。

3人は下降流にのまれ、あっという間に真っ暗な深海、「暗黒街」へと落ちて行ったのだった──。


シャボン玉がパン!と割れたのが解った。
ヤベェ!と思ったときには、ルフィの細身は辿り着いた暗黒街へと放り出され、氷のように冷たい海水と水圧に襲われた。
それより問題なのは。
「げぼ、力が抜ける~~ごぼごぼ」
ほーらみろ!
やっぱし問題は海の中だってことだ!!
と、的違いなことを考えるルフィに危機感は全く感じられなかったが、海に嫌われている身としては海の中ではもがもがもがフガフガ……。
「ぐぼ~~っ! じょぼぉーーっ!! ばんびぃ~~!!(訳:くそ~!ゾロォー!サンジィ~!)」
その時、
「ルフィこっちだ!!」
「ぷは!?」
強い力で腕を引っ張られ、気づけばあっという間にゾロの腕の中だった。
「た、助かった~~!! ゾロありがとう!! …ゼーゼー、ハァハァ……」
「おい、そんなに空気吸うな。ただでさえ一人分だ。それよかコックの奴は……?」
「ゼーゼー、ゾロん家狭い……ハァ~~」
「たくどいつもこいつもはぐれやがって。影も形も見えやしねェ……。おい、空気吸い過ぎんなよ」
「そんなこと言ったって、ゼェ~ゼェ~~」
「吸うなっつってんだろうが!!」
「だ、だって! …んっ!?」
咄嗟の思い付きでゾロはルフィの口をキスで塞いだ。
確か、ルフィはキスの最中に息継ぎができないので(下手くそすぎて)、これなら呼吸を止めるだろうと踏んだのだが、狭さにものを言わせ横着した自覚はある。
いや身動き取れないから仕方ないのだ、と己に言い聞かせるも、疚しい気持ちは抑えられず……。
こんな見たことも来たこともない深海の冒険に、恐らく自分は興奮しているのだ。
ゾロはルフィの細い腰を抱きよせ、舌を差し込んでれろりと口内を舐めた。
途端にルフィが逃げを打ったが、状況は呑み込めていたのだろう賢明にもピタリと動くのをやめ、ゾロの腕を掴むに終わる。
しかしながら本当の目的はキスではない。
口の端から少しずつ空気を吸わせてやり、呼吸を落ち着かせることにはどうにか成功──。
「んっ、はふ…っ」
けれどキスの意図までは悟ってなかったらしい。
と解ったのは、ルフィが次第にゾロのキスに応え始めたからだった。
ちゅ、ちゅくと可愛らしい水音が響き始める。
やがてゾロの腕を掴んでいたルフィの手から力が抜け、くってりともたれ掛かってきた。
やべ、可愛い……。
そんな場合じゃねェのに。
「ハァ……ん、ん~、はっ」
しかもだんだんとルフィの息継ぎが旨くなってきたように思う。窮地に立たされいつも以上の力を発揮するという、あれか……?
ゾロがさらにルフィの甘い舌をきつく吸っていたところで、すっかり失念していた存在がタンタンタン、と走ってくる音で解り、仕方なしに唇を離した。
ズポッ。
飛び込んできたのは言わずもがな、出張組3人目のサンジ。

「こんな時になにやってんだてめェらーーっ!!」
「第一声がそれか」
「それ以外に何があるよ。いやあるな、あー死ぬかと思ったぜ……。ゼーハー」
「特に他意はねェ、こいつがゼーゼーしやがるからやめさせただけだ」
半分くらいは……。
「なに!?」
はぐ、とコックが自分の口を手で塞いだ。
「てめェになんか誰がキスするかっ!」
とゾロが目くじらを立てたところで早くも復活した船長に「お前ら喧嘩すんな!」と怒られる。
どこまでも理不尽である。
「よし! クラーケン探すぞっ、ゾロ! サンジ!!」
相変わらず切り替えも早い。
さっきの可愛いルフィはどこいった……。
「おいゾロ、バタ足おれと代われ」
「おう」
「いや待てルフィ、ここは一旦サニー号に戻ったほうが」
ゾロと交代でふにっと足を出したルフィにサンジが待ったをかけた。
しかしルフィの意志はその眼光からも解る通り、
「見つかるまでどんだけかかるかわかんねェんだ、手っ取り早くクラーケン手なずけて捜させよう!!」
こうと決めたらテコでも動かない。
「捜させんのはいいが……肝心のヤツがどこにいんのかわかるのか?」
ゾロがくいっと真っ暗な深海を顎でしゃくれば、真横のサンジが「よくねー!」と喚くのはスルーの方向で、3本の愛刀を腰から抜いて胡座をかいた。
「まりも! てめェはなんでそう何でもかんでも船長のいうこと聞いちまうんだよ!!」
「船長だからだろうが。それに勝算のねェことはやらさねェぞ」
どやり。
笑んだゾロにこりゃダメだーと思ったのだろう、サンジがガックリと項垂れた。
「なに、そのさりげなく亭主関白な感じ……」
普段は船長の犬なクセに。
「つーかここ深海だよなァ? そのわりに視界がきくような……」
ゾロが周りを見渡せば、確かに、と残り二人も辺りを見回す。
「あの光のせいじゃねェ? あっちの方!」
見つけた小さな光をルフィが指差した。
「ああ本当だ。ありゃなんだ?」
「船の動きじゃねェな」
「光る魚か!!」
順にゾロ、サンジ、ルフィである。
「だったらちょうちんアンコウか?」
コックらしい判断だったが確証はない、確かめるにも危険は付きまとうだろう。
とは言えこうしていても無駄に空気を消費するだけ、行動を起こす他ないわけで。
「まぁいいや! 探すぞ~!!」
鶴の一声、もとい船長の一声にやっぱよくねー!と思ったのはサンジだけだったので、3人はとりあえず光の方へと進むことにした。


「ほんとに手なずけちまいやがったな……ルフィの奴」
ぽつりとコックは呟いた。
否、呟かずにはいられなかった。
こんな暗黒街でもルフィは自分の思う通りに事を運んでしまう。
運と勘も、大成する条件ではあるけれど。
それにも増して、目撃した圧倒的なルフィの覇気はサンジがかつて冥王レイリーに見たそれに似ていて……。
クラーケンを一撃にした技にも研きが掛かっていたし、一体ウチの船長はどんだけ強くなったんだ?と思うと、こりゃあサポートのしがいあるよな、とコックとしての腕がなる。

小さなシャボン玉は現在、すっかり飼い慣らされたクラーケンに運ばれ、サニー号を捜索中である。
ルフィがクラーケンことスルメ(ルフィが名付けた)に「そのまま進めー!!」とか指示を出しているのを横目に、胡座をかいて寝ているのだか起きているのだかやけにおとなしい剣士へと、サンジは冒頭の台詞でもって「な?」と同意を求めたのだが。
「ゾロ……? どうしたよ」
「あ? ああ……いや、なんでもねェ」
「あそ。にしてもこのタコ、手のひら…いや吸盤? 返したみてェにルフィにへつらってやがんなァ。それとも元々こういう性格だったのか……。あーあ、ナミさんとロビンちゃんに会いてェ~~」
あーやだやだ、こんなヤローどもとぎっちりくっついてんのは。
ハァァ……(大きな溜め息)。
「待てスルメ! あっちでなんかデッケー音したぞ、あっち行けあっちー!!」
ラジャ、とスルメがルフィに敬礼した。手なづけたというか、なついたというか。
「それよか窮屈で仕方ねェ。まさかおれのシャボン玉に3人で入ることになるたァな……。おいコック、てめェ海ん中走れ」
「アホか死ぬわっ!! つーかくっついてくんなクソ剣士、キモっ」
「あ!? おめェが離れりゃいいだろうが、鼻血ブー眉毛」
「カッチーン! やんのかコラ!!」
「ああ斬る」
「なーなーお前ら~、こいつなかなか可愛いと思わねェ!? なっ!」
キラーン☆
双璧を振り返ったルフィはどうやらペットが出来て上機嫌である。「上級者の航海をするんだ」と張り切っている。
いつもの喧嘩など目に入らないようで、にこーっと満面の笑みを向けてくるので二人はあっさり戦意喪失した。
ところがそのルフィの笑顔に──。

ブハッ!!

「ギャー! サンジがまた鼻血噴いたァーーっ!!」
「あ、いやこれは……っ!! こ、この写真の子可愛いくてつい……って置いてきたんだったァーー!!」
慌てて鼻を押さえ狼狽えるサンジに、にやーりしたのはやはりゾロだった。
「どうやらまだ治ってなかったようだなァ、クソコック」
「そ、そんなことは……」
「ウチの船長やましい目で見んな」←自分はいい
「見てねェし!!」
「おれ? 何が? はたして??」
「だから違うって……!! こ、これはなんつーかその──」
「なぁルフィ、そろそろ空気節約しとかねェか?」
「えっ、ま、またあれかっ?」
「そうだあれだ」
「おいてめェらまさか……」
「お、おお! そうだな空気なくなったら死ぬもんなっ、わかった!!」
ぎゅっ、と目をつむったルフィにゾロがこれ見よがしにくちづけた。
今回は100%、いやがらせである。
声にならない悲鳴を上げたサンジが「てめェわざとだろ!絶対そうだろっ!!」と引き剥がそうとしたが無茶をしてシャボンを割るわけにもいかず。
目の前で合わさっている唇と唇の合間から、ゾロの舌がするりとルフィの口内に入っていくのまで見てしまい、軽く殺意を覚えたのだった。

こ、このバカップル……!!

目を逸らせばいいのについつい見てしまう。
ハァと甘い息を吐くルフィとか、ほんのり色づいてきたルフィの丸いほっぺとか、応えるように差し出すルフィのピンク色の舌先とか……。
し、しまった……!!
またルフィが可愛く見えるじゃねェかあぁぁあ~~!!
おのれクソエロ剣士、いつか3枚におろしてやる……(ばたり)。

「もうヤだ、こいつら……」

そんな鼻血噴射寸前のサンジを救ったのは、大きくなってきた光。
まさにちょうちんアンコウのそれを、これぞ光明、と感謝したコックはひたすら心の中で女性免疫不全を呪い、更なるリハビリを誓ったそうである。



(中途半端におわり)

ふに、の数が違うのは歩幅の差です。←どうでもいい
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