21×19

ギーコギーコ、ギーコギーコ。

前甲板の方からなにやら音がする。どこか懐かしい音だ、とゾロは思い首を捻った。
……なんの音だっけな。
新しい船は広くてたまにこまる(迷っているつもりはないがしばしば「また迷子?」と聞かれる)。さんざんうろついたので船の見取り図くらい頭に入っているはずなのだが、まだまだ注視していなかったものがたくさんあって驚かされたりするのだ。
あの音の源も……きっとそうなんだろう。
「ゾロ?」
デッキの下からの知った声に、ゾロは手摺りに手を掛け芝の甲板を見下ろしてみた。
ギーコギーコ、と例の音はその声の主が立てているらしい。
「よう、ルフィか」
「やっぱゾロだ。気配がない気配でわかった。ししし!」
「なんだそりゃ。つーか何してる……って聞くまでもねェな」
ブランコを、ルフィが漕いでいたのだった。

ゾロが上から覗くと、一定のリズムでルフィの揃えられた両足が見えた。ブランコをぶら下げている木が少々邪魔だが見えなくもない。足は前へ出ると伸ばされ、後ろへ下がると折り畳まれる、ブランコはそうやって反動をつけて揺らす遊具だ。
こんなもんまであったのか……とゾロは些か驚嘆した。滑り台ならチョッパーが喜び勇んで報告に来たので「あぁそんなもんもあるのか」程度で認識していたのだが。
我らがサニー号の船大工となった男は確かに、船長をはじめ船員たちの要望(わがまま)をすべて聞き入れてくれたようだ。

ルフィが草履を履いた足をピーンと伸ばしては折り曲げ、だんだん振りを大きくしていく。
相変わらずほっせー足首してんなぁ、となんとはなしにゾロは思いながら、話し掛けるでもなく話し掛けられるでもなく、しばらく黙って上から眺めていた。
「ブランコ、か……懐かしいはずだ」
ゾロとて幼少の頃に乗ったことくらいあるのだ。今はぜんぜん似つかわしくないと我ながら思うが。
すでに下3人組でさんざん遊んだのだろうな、と滑り台ともども想像に容易い。
しかしブランコは1つしかないようだし、取り合いになったりしなかったのだろうか……? そう思い、首を捻っていると、その謎は次のルフィの発言によって解明された。
「なァゾロ! 近くにウソップとチョッパーいねェよな!? あいつらいると取り合いになっちまうからさー」
「やっぱりな……」
くくっと喉の奥で笑ってしまう。
「ん!?」
「いねェよ、安心して乗ってろ」
「あ……。ゾ、ゾロは乗りたくねェの……?」
ちいさくなる声音、少し心配そうな。同時にギギッと足でブランコを止め、おっきな目が真上を向いて見上げてきた。その瞳にはお気に入りのおもちゃを取られたくない子供の色が映っていて。
「ぜんっぜん、乗りたくねェ」
逆に“お前はおれがブランコを漕いでる姿を想像して言ってんのか”と聞いてみたくなる。
「そか!!」
しかし安心したようで、ルフィはまたギコギコ力一杯、ブランコを漕ぎはじめたのだった。

「けどあんなもん、17の男が必死んなって乗るモンかねェ?」
……楽しそうでなによりだけれど。
肩を竦めるもやはり笑みは消せないゾロなのだ。
なぜなら、いつまでも子供の領域を汚さない彼が眩しくもあり……自分の見失っていた部分を教えられ知ることも、時には大切だと思うから。
「あいつは色んなことを気付かせてくれるよな」

しかしその数秒後、ゾロは己の感傷を恥じることになる。



突如、ルフィが叫んだ。
「見てろよゾロ! うっりゃァ~~!!」
「はァ!?!」
ビューン、と、ルフィの右の草履が右斜め前方へ飛んでいった。それはきれいな放物線を描き、ペッタン、と船首のライオンの鼻先で巧い具合に着地……。
「ゾロどうだ!? ライオンの鼻んとこ飛んだ!?」
「いやまァ、飛んだがよ。それがどうした」
「どうしたってゾロ! ったくゾロはダメだなァ~。あのギリギリ感がいいんだろー? わっかんねェかなァ、これぞ男のマロン!! うまほー!!」
「それを言うならロマン……てんなこたァどうでもよくてだな、ダメ扱いかよ……まァいいけどな」
子供の気持ちなんか解らなくたって。
ゾロはゆっくりと階段を降り、満足げに「ししし!」と笑ってブランコを漕ぐルフィへ安全圏を確保しつつ近づいていく。しかしこれで終わらないから麦わらの船長ルフィ、なのであり――。

「次! おれ飛ぶから!!」
「あ? あぁ」
「ゾロ、キャッチしろ!!」
「まっ、また……。どうしてそう次から次へと突拍子のないことを……」
けれどこれも彼が知っていて自分の知らない子供の領域、というものなのか。触れてみるのも悪くないだろうけれど。
ふう、とあきらめ顔で、ロロノア・ゾロは肩で息をついた。
「ご命令とあらば、船長殿」
ナミかサンジにでも見られた日にはまた「ルフィを甘やかすな!」と叱られるに違いない。余り納得はしてないけれど、自分は“船長命令”に忠実すぎるそうだから……。
そうしてゾロは、船長の「もーちっと後ろ後ろ」「違う前前!」という指示に根気よく従い、「よーしそこでストップ!」のオッケーサインにピタと足を止めた。
ここまできたら何が何でも受け止めてやる!
「いつでもどーぞ」
剣士は素手の両手を大きく広げ、自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。
「おお! ちゃんとキャッチしろよー!! ま、落っことされても痛くねェけど」
「誰が落っことすかよ……」
ギーコギーコ、ルフィがひときわ大きくブランコを漕ぎ始める。
「いっ、せー、のー、でっ」
区切り区切りで振り幅を増し、しまいには一回転するのではというくらいまでブランコを最大限に揺らして、ルフィは思い切りもよく「えいっ」と飛んだ。まさに飛んだ。恰も鳥のように……はちと大げさだが、軽いルフィの体はその反動を借り、大きく空を舞ったのだった。
「ゾロ――っ!!」
両手を広げたルフィまでもがさっき飛ばした草履のように、放物線を描いて器用に頭から飛んでくる。
そして見事、自分が指定したゾロの位置へと寸分たがわず降ってきて……。

どさっ。ごっちーん。

「ってェ!!!」
無事受け止めたはいいがデコチンも喰らったゾロだったが……、ともかく。
尻もちをつくこともなく、ルフィを抱えたまま踏ん張れたことにニヤリとした。いつも甲板に激突させられているゾロなので。
そしてこんなことで得意に思ってしまうあたり自分もまだまだ子供だろうか……とちょっと凹みそうになるも、いやいやこれは負けず嫌いな性格故だ、と思っておく。
するとぎゅうぎゅうルフィが細い腕を巻きつけて首にすがり付いてくるので、ゾロは思わずぐえっとなりつつも彼の尻と腰を両手で支え、大事な獲得商品(?)を「よいせ」と抱っこし直した。それこそサンナミには見せられない体勢ではあるが。
「さっすがゾロだな!! びくともしなかった!!」
「まァな」
……しかーし、
「ごほーび」
ちゅっ、とこめかみにキスしてきたルフィは「フザけんな」と引き剥がし。
結局は緑の芝へとわがまま船長を落っことしてやるタダでは甘やかさない相棒なのだった。


「あ~、草履取って来ねェと、おれ!」
船首に放置中の例の草履だ。
「いい、おれが取ってやる。万が一海にでも落ちられたらおれが怒られる……」
「なんでゾロが怒られんだ?」
「おれがいてなにやってたんだ、って話になるだろ」
「そうかー??」
?マークを浮かべるルフィにはさっぱりだろうけれど、まず間違いないことなのである。
「ゾロってなーんか……」
せっかく草履を取ってきて「ほれ」と足元に差し出してやったのに、浮かない顔をするルフィにゾロは少々不本意な気分になった。なんだと言うのだ。つーか、またなにを言い出すのだろう……。
「ゾロってなんか、おれんことどうでもいいみてェ」
「…………」
心外だ、ものすごーく。
「知るか、勝手に思っとけ!」
「ほらみろー! どーでもよさそうじゃんか!!」
「もういい。付き合いきれん」
「やっぱりー!!」
くるっときびすを返して元来た階段を昇り始めたゾロを、ルフィが追いかけてくる気配がするもゾロは振り向いてやらない。そうしているうちにルフィは毎度のごとく、ウソップやチョッパー(最近ではフランキー)につかまって遊びに高じて、すぐにゾロのことなど見向きもしなくなるのだから。
しかしまァそんなモンだろうと、思ってしまえる自分をゾロが意識改革することも今後なさそうなのだから、それはゾロ個人の事情ということで。
「ゾロつめてェ! おれはこーんなに大好きなのにー!」
「でけー声で言うな!!」
「あ~あ~、ゾロはもーおれんことアイシテねェんだ~~っ」
「………ついてくんな」
これも子供の領域なのか、と思うと二度と侵すまい、と誓ってしまいそうなゾロだった。

ともかく。
ルフィが鳴らしたギーコギーコという音――ブランコの奏でるそれが、どこか懐かしい気分にゾロをさせてくれた……そんな出来事であった、ということ。



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