21×19

「おー着物! おれヨロイもカブトも好きだぞ」

赤い生地に青い太陽のような模様のつぎはぎがあちこち縫われた古い着物だが、ルフィはワクワクが止まらない。
ルフィに着物を着せてくれたおっさんが帯を後ろでキュッと結んだ。これがワノ国の普段着らしい。
ウソップのような長い鼻のお面をしたその男は飛徹といって、ちゃんとちょんまげも作ってくれたし、ワノ国に来たー! って感じがしてくる。
ルフィは今、一味集合の約束の地、〝ワノ国〟にいる。
でも一人だけ逸れてしまった。
ワノ国で初めて友達になったのはお玉という心優しい小さな女の子だった。自分の分のメシを恵んでくれた恩人なのに、たまは空腹から毒の川の水を飲み、なんと倒れてしまったのだ。
ルフィに自分の分を与えなければ……お玉はこんなことにならなかった。
亡きエースとも過去に繋がりがあったという少女を、ルフィはすぐにでも医者に診せたい、お玉に恩返したい。そう決めた。
お玉にはエースの弟だと言わなかった。死んだ事実だけを告げた。兄を亡くした弟の自分に、きっとこの子供は同情してしまうから。
ルフィは涙が枯れるくらい泣いたのにこの勝ち気で辛抱強いお玉がルフィの前で泣く筈がない。
でもそれなら逆に言わなきゃ良かったんだ……と狛犬にお玉を乗せて医者探しに出発したら、目を覚ましたお玉に大暴れされてちょっと後悔……鼻じじいの言う通りだった。
「おれはひとつ賢くなったぞ……。正直に言うのって間違ったら残酷なことだったんだなァ」
知らせない優しさもある。
その一番身近な例がかつてルフィと一味を命賭けて守ったゾロだったが、ルフィは知らないから。
「あーあ、そいやゾロどこにいんのかなー」
早く会いてェな……。



延々と続く荒野をどどどっと狛犬に乗ってひた走り、町へ向かうそのすがら。
ルフィは男共が女を追いかけ回している場面を遠くに発見した。
「『待て女』? サンジか?」
つい先日まで結婚するだの抜けるだの言ってた仲間のコックが一番に浮かんだ。女好きなのだサンジは。
けれどただの悪党だとわかって違うなさすがに、と思った矢先、疾風の如く現れたべらぼうに強い剣士があっという間に一網打尽にしてしまった。
「おーやっつけた! 強ェ奴だなー。侍か?」
侍といえば鼻じじいから借りた刀をルフィも腰にひと振り差している。どっかで聞いたキテツという名刀だ。
これでおれも侍だァ!!(ご満悦)
と、そんなことより。
「?」
目を凝らして侍(仮定)を遠目に観察。
侍(希望)は賊から奪った酒をぐびぐび、透明のしずくをシャープな顎から喉仏へ、首元へとしたたらせながら浴びるように呑んでいる。
あの飲み方には見覚えがある。
ていうか、いつもルフィを抱いたあとウマそうに寝酒を呑む男があんなふうにぐびぐびと……。
まさか、という期待感がみるみるルフィの胸をいっぱいにした。
ルフィはどんなに遠くても、彼を見つけられる自信がある。

「おい!! ゾロか~~!? ゾロ~~!! おれだよおれ~~!!」

武士って肩書がめちゃくちゃ似合いそうな緑の羽織を白の着流しの上からうち掛け、腰の三本刀は変わらずだけど、緑のちょんまげがすっかり板についてそうな和装の男に大きく手を振った。
間違いなくゾロだ。
まさか、ワノ国に来て一番に会えるなんて……こりゃーさっそくついてるぞおれェ!!
どどどっと犬を走らせ距離を縮めてやっとゾロはルフィだと信じてくれたらしく、

「ルフィ~~!! 来てたのか~~!!」

ぱっといつもの笑顔を見せた。
さっきの顔と全然違っていておかしい。
でもゾロの笑顔はルフィには見慣れたもので、つい嬉しすぎてお玉のことをいっとき忘れた。←酷い
2年後再会して、こんなに離れていたことなんかなかったから。
犬からぴょーんとゾロに向かってダイビング。
ゾロは受け止めようと両手を広げて迎えてくれたけど、ルフィはゾロの顔目掛けて飛びつき、頭をムギューと抱きしめた。
もちろん倒れることなくゾロは受け止めてくれる。
「……!!」
「ひっさしぶりでござるだなー!!」
ついでに再会祝いのチューをおでこぶちゅっと。こんなんじゃ全然足りないけども。
「みんな一緒か!?」
「ああ! 逸れたけどまー無事だろ!」
ゾロが脇に手を入れてひょいと地面に降ろしてくれた。
「ゾロの着物立派だな~! 殿様みてェだ!」
「そうでもねェよ。ここんとこ宿なし金無しのお尋ね者の浪人だ」
「浪人て?」
「主のいない武士のことだそうだ。あぁ、お前が殿様になりゃちょうどいいんじゃねェか?」
「えー? やだよ。おれは海賊王になる男だ!!」
「言うと思ったぜ。それよかちっとちゃんと顔見せろ」
「ん? なんか変? 侍に見えねェ?」
ルフィはチラチラ自分の格好を見下ろしたが、ゾロはどうやら本当にルフィの顔が見たかっただけらしく、片手でルフィの顎をつまむとくいっと上を向かせた。
ルフィは持ち前の大きな目でゾロをぱちりぱちり、見つめる。
今さら気づいたけど、なんか細い枝みたいのくわえてんの渋くていい感じでござるだなー?(あとでマネしよう!)
「ルフィお前よ……」
「おう?」
「なんかちっと可愛くなったんじゃねェか?」
「はぁ?」
「その田舎のガキみてェな着物とちょんまげのせいか……」
「何気に悪口ヤメろ」
「悪口じゃねェだろ。お前が赤い着物てんだから可愛いに決まってんだろうが」
「ドヤ顔もヤメろー!」
「ハハッ、すまんすまん。けど本心だぜ? 着物姿もなかなか悪くねェ、そそる……」
とかゾロにじろじろ見られるとなんも着てねェみたいな気分になるの、何でだろ……まぁいっか!
「それよかゾロ〝拙者〟って言ってみろ。さっき言ってたじゃん」
「……拙者」
「似合う! ヤベェかっちょいい!! ずっとそれでいこう」
「イヤだよ……」
「ちぇ~。つーかなんかいい匂いしねェ? くんくん……お前肉持ってんのか!」
聞けば魚も動物も狩り放題だそうだ。毒入りなのにピンピンしてるゾロも毒が効かないとは知らなかった。
ばくばく食いながらそう聞くと、
「お前の抗体貰ってるからだろ、白いやつで」
ニタニタニタ……。
「???」
ともあれ、こうして感動の再会イベントはあっさり終了したのだった。


再び狛ちよ(犬の名前)の上。
さっき、見覚えのある変な奴ら(※ホーキンスです)に出鼻を挫かれたけど、ゾロと久々の共闘でゾロはやっぱりめちゃくちゃカッコ良かったし、キテツも使えたし(鞘投げて怒られたけど拾ってくれたし)、結構楽しんでしまったことは棚に上げて今はお玉が最優先。
犬とゾロのおかげで逃走成功~!
「あれ? ゾロおでこから血ィ出てるぞ。おれとたまがいて避けられなかったせいか……」
ちょこっと眉を下げるとゾロは小さく笑っただけだった。
こんなのへっちゃらだって知ってんだけど、だからってゾロが怪我して平気なわけがない。
でもそこへひょっこり顔を出した見知らぬ女には二人でびっくらこいた。
聞けば全く知らない相手じゃなくゾロが助けたお鶴という女だった。お玉の知り合いで、どうやら助けて貰えるようだ。
ルフィはぱっと笑顔に戻った。
それにゾロの手当てもしてくれるというのだから、感謝しかない。
「そうか! じゃ助けてくれ! ありがとう!!」
ほんじゃ急ぐぞ犬~! と声を掛ければお玉大好きな犬がワン!と答える。
「良かったなーゾロ。手当てもしてくれるってよ」
「別に大したこっちゃねェんだが。次また来やがっても最初の鐵は踏まねェ」
「おう! わかってる」
「そんで、だ……。まだ着かねェよな?」
けどなーんかちょっと悪い顔してそんなことを言い出すゾロで……。
「ゾロ? なんかあんのか?」
「女、このガキを頼む」
言うと、ゾロはぐったりしている玉をお鶴に預けてしまった。
まぁおれよりは安全かもしれねェけど?
「よし。てェことでとりあえずだ、ルフィ」
「へっ?」
ルフィの前までにじり寄ってきたゾロが、突然、バッ!と両手を広げたのである。それも笑顔で。
「あ」
そっかそっか! うんうん……!!
ルフィもぱあっと笑顔になると両手をいっぱいに広げて──

がばギューッ♡♡

ところ構わず力いっぱい抱き締め合う二人だった。
とりあえずは互いを補給するのだ。とても重要なことなのだ。誰がなんと言おうとも!(べべん!)
「ゾロだ~~」
「ルフィだな」
お鶴が呆気にとられて固まっているがお玉はちゃんと抱いていてくれる。少しの間、見て見ぬふりして貰おう!
ルフィは久しぶりのゾロの腕の中でほくほく、ふぅと息をついた。


「聞いてくれよおれよォ、サンジ待ってて腹ペッコペコで死ぬかと思ったときによー、すんげーゾロに会いたくなったんだ。こうやってさ、ギューってしたくて」
「は? アイツがいて餓死しかけたのか? だからほっとけっつったんだ。すんなり帰ってくるとは思ってなかったが……」
「だってアイツおれのこと下級海賊とか戻る気ねェとか嘘ばっかつくんだぞ? 蹴ってくるし……別に平気だけど」
「やっぱ帰ってこなくて良かったんじゃねェかアイツ……ブツブツ……」
「でも必ず戻るっておれは信じてたからさ! サンジは大事なヤツ守りたくておれに嘘吐いたんだと! なんかアイツの父ちゃんがめちゃくちゃ褒めててよー、サンジは優しいからな~」
「おれなら嘘なんか吐かねェでその場ではっきり言うがな」
「正直に言うのばっかが正解じゃねェんだぞ……」
おれはさっき学んだばっかなんだぞ……。
「ど、どうしたんだお前」
「意外そうな顔すんな失敬だな! ゾロだってほんとは心配してたクセに」
「バカ言えマジでケるぞ」
「あぁそっか! それもはっきり言わねェ優しさだな!?」
「優しさでほっとけとか言うか! おれは……、お前の足引っ張るもんは全部嫌いなんだよ……」
後半は、照れたようにボソボソと。
ぬぬぅ!? ゾロかわいいんだけどー!!
「ありがとう! やーっぱあれだな~、好きなヤツとは一緒にいねェとダメだな~~」
すりすりすりとルフィがゾロの首元に懐いた。
嗅ぎ慣れない着物の匂いと、酒の匂い。それとゾロの匂い……。
この腕の強さとぬくもりが大好きだ。
「ぐる眉のことか?」
「ゾロのことだろうがっ! 今のこと言ってんだ!」
たくもーと顔を上げようとしたらさせてもらえず、ゾロは黙ったままルフィをぎゅうっときつく抱きしめた。
縮む縮むとか言いながらも、一緒になって抱き返して。
「おれ、チューしたい」
「あぁおれもだ」
ルフィがんーと目を瞑ったらゾロがルフィの鼻先にチュッとキスしてきた。
……んお? なんで鼻??
「すまんズレた……。揺れが酷ェ」
一生懸命走ってくれてる駒ちよには悪いけど、騎乗ならぬ犬乗は快適にあらず。
「ありゃりゃ」
ルフィがほっぺにキスしようとしても、顎にぷちゅっ。ありゃー?
もう一度寄せられたゾロの唇はなんとかルフィの唇にヒットしたけれど、歯がカツンと当たってふたりはぶはは!と吹き出した。
「うまくチューできねェ! おんもしれェ~~!」
「犬の上だからな」
「そうっとしよう」
「ん」
うちゅ。成功。
今はこれでガマーン!
「おれら色んなのに乗ったよなー。海列車とかワニのおっさんとかウーシーとか絵の竜とか。おれはさっき鯉にも乗った!」
「おれは早くお前の上に乗りてェよ」
「わ、悪い顔して言うなって! したくなるだろ! けどホント早くエッチしてェよな~」
「ヤりてェな」
と、そこへ例のひょっこりお鶴さんが……。
「あのぅ、もし? えっち、なるものはどのような乗り物なのでございますか? チューが接吻なのは承知致しました」
承知されても、とゾロがくつくつ笑った。
「エッチしらねーのかお前~。せっくすってやつだ」
「そんな言葉ここにはねェだろう」
「じゃなんていうんだ?」
「契?」
「千切んのか!? どこを!?」
「あーあれだ、殿様が気に入った女を所望するやつだ」
「はい!? 緑の殿方はこのお方を寝間へ侍らせておいでなのですか!?」
「ねま??」
「まぁいいだろ、おれらのことは」
結局、何が正しいのやらルフィにはさっぱりわからなかった。




茶屋へ到着し、お鶴がなんとか草(※邪含草です)で煎じたお茶をお玉に飲ますため、奥の部屋へ寝かせてくれた。
それを飲めばきっとたまはすぐに良くなる筈だ。
「そういやルフィ、誰に着せてもらったか知らねェが着物なんか自分で着られねェだろう。くれぐれも肌蹴ねェように気ィつけろよ? 特におれがいねェとき!」
言い聞かせるように注意される。
ただいま茶屋の縁台に腰掛け、ひと休み中。団子とゾロの手当て待ち。
もぐもぐタイム大歓迎~!
「大丈夫だって、何とかなる!」
「着崩れ前提で喋んなコラ!」
「なははっ! 団子まだかな~楽しみだ。お玉もすぐ食えるようになるよな?」
「さぁな、相当ぐったりしてたからなァ」
「ゾロはそれ自分で着たのか?」
「あぁまぁ。いっぺん白装束も着たが」
「何着たって?」
「いいんだ気にすんな、済んだ話だ」
「ふーん」
「それよかさっき気になったんだがよ……」
「んん?」
チラッと店の奥へ目をやったゾロが、まだ誰も出てこないのを確認するやルフィを引っ張って店の脇道へコソコソ連れて行く。
もちろんゾロのすることになんの疑いも持たないルフィは大人しく付いていく。
店の壁板にとんっ、と背をつけさせられると、
「確かめさせろ」
唐突に噛み付くようなキスをしてきたのだ。
「んむ!?」
ルフィがびっくりして目を瞬く。でも早々に舌を突っ込まれてぎゅっと瞑る。
なんだよゾロめ~、ちゃんとチューしたかったんだな!?
ゾロの器用なベロがルフィのやわっこい舌先をひと舐めしてつるつるの歯列をゆうるりと撫でて……。
むあ~気持ちいい……。やっぱゾロのチュー大好きだ~~。
ルフィがゾロの着物の袖を引っ張って自らもちゅっちゅと吸ってもっととせがむと、しかしパッとゾロの唇は離れていった。
「はあっ、なんだよもー。もう終わりか?」
つまんね、と唇をとんがらせたがゾロの眉間に幾つも皺を見つけ、ルフィは首を傾げた。
「ルフィ……」
「ど、どうしたんだよ、んな怖ェ顔して」
ゾロの大きな手がルフィの頬をすっぽりと包む。と、なぜか両の親指で上唇をそっと辿った。
何がしたいのやらさっぱりわからない。その親指がルフィの唇を割ると、白い歯を覗かせて。
「ここと、ここの歯だけどよ……」
「歯?」
そして上の犬歯を両方、ゾロはつれつれと確かめるように擦ると──。
「生え変わってんな」
「え!? わかんのか!?」
「舌触りでわかる!」
べべん!!
「へんてこりんな特技でござる……」
「うっせーよ! さっきコックに蹴られたっつってたろ、だから……」
敵ならばゾロはこんなにうるさく言わない、何か感じるものがあったから確かめたのだ。
「鋭いなー。でもどうだったか忘れたよ。ブルックなんか頭の骨割れてたしな! アレに比べたらどってことねェ!」
わはははっと笑ったらゾロが肩を竦めた。
「ったく、迎えに行っただけじゃねェのかよ。無茶ばっかしやがって」
「風呂入って牛乳飲んだから治った」
「どこで……。変なことしてねェだろうなァ」
「するか! それよかもっとちゃんとチューしよう! せっかく一番に会えたんだから」
「そりゃそうだな」
今度こそちゃんと唇を重ね合い、いっときの間、二人は再会のキスをようやく堪能するのだった。
もちろん、ルフィが串だんごの匂いに誘われるまで、の話である。



(べべん!)

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