短編まとめ
「貴方は"執事"でしか生きられないのです」
その言葉は本当だ。私は幼い頃、顔を失った。元に戻す事も出来たが、命を助けてもらった以上の事はとてもじゃないが申し訳なく、拒否をし今のままでいる。
しかし社会に出る以上「顔」は必要だ。そして、仕事という仕事も執事の事しかできない。それ以外はからっきし。執事の事、といえば万能のように聞こえるかもしれないが、詳細を語ると主人の世話。車での送り迎えや着替えの用意、部屋の片付け、掃除、呼ばれればその手伝い等。料理は奥様か、たまに呼ぶコックが作るので運ぶぐらいしか出来ない。
人とのコミュニケーションは求められれば人並みに出来る。主人の横で突っ立ってるだけではなく、面倒臭がりな主人の代わりに会話をする時があるからだ。敬語というのは勿論弁えているので、そこらは一般人より少し上だと誇っている。
ただ、それだけだ。それだけしか私には出来ない。同い年のほとんどは、就職に向けて様々な試練を乗り越えている所だろう。私の場合、幼少期から執事として働いているのである意味楽に就職出来たと言える。だが"可能性"は消え失せた。若者はまだ何度もチャンスがあると言うが、私は若者でも既にチャンスは無い。顔もそうだが何より主人という存在が大きい。主人は「好きにすればいい」と言うが、主人が居る以上私は「執事」でなければならない。
何故?
それは。
主人に助けて貰ったからだ。
厳密には私が今の主人を助け、怪我を負った。その怪我を治療する代金全てを支払ってくれたのが主人の両親。その恩返しで私は主人の執事をやっている。
つまり、執事を辞めるという事は恩を仇で返すようなもの。そんな事、出来るわけがない。
もしも、仮に。主人が亡くなり、仕える者が居なくなったら私はようやく執事から解放される。しかし、執事以外の事は出来ない。執事を辞めればこの家から出ていく事になる。そうすれば一人で家を探し、職を探し、食べていかねばならない。
「顔」が無い私が信用されるのか? いいや、されない。
「顔」が無い私が執事以外の職に就けるのか? いいや、就けない。
「顔」が無い私が一般社会に馴染めるのか? いいや、馴染めない。
「だって貴方、酷い顔ですもの。見た人は怯え、恐怖で貴方を厭忌するでしょう」
そうだ。一度、主人の妹様に見られてしまった。あの時の表情は忘れられない、脳裏にしっかりと焼き付いてついさっきのように思い出せる。妹様の眉は下がり、嫌そうに細めた目からは涙が溢れ落ちていた。恐怖のあまり、その場から動けないようだったので声を掛けようとすると、化け物を見たかのように悲鳴を上げられ、近付く事すら許されなかった。元々、主人と妹様兄妹の面倒を任されていたのだがそれ以降、妹様との接触は顔を隠していようが厳禁となり、妹様の面倒は先輩執事である別の者が担当となったのだ。
「私も貴方の顔は嫌いです。絶対に見せないでください」
ええ、見せません。見せたら、どうなるかわかっているのだから。
「一生貴方は執事で、私の奴隷です」
ええ、それでいいのです。私はそれしか出来ないのだから。
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