本編

7話 -氷龍とキメラ-


「ええ……あなたは?」
「私はマリー。逃げ出したキメラ捕獲の為にこっちに来たの」
「捕獲……」
クロウの声色が強ばった。

「ああそんなに警戒しないで! 私だって捕まえるの本心じゃないんだから!」
「そう言いつつも、本当は……」
「本当だよ! はぁ……クリムゾンは噂通り確かに面倒な奴だ……」

悪口が思いっきり聞こえてますが、いいのですかお姉さん……

「──俺を知っているのか?」
イラついてるのが嫌でもわかる。オーラが出てる。ああ、この場に居たくない!

「キミではなく、キミのお父さんの事は少し知ってる。警戒心が強くて他人を信用せず、自分の思うがままに動く、ってよく言われてたね」
「……所詮蛙の子は蛙、か」
「あくまでも又聞きだからそう気にするな!」

ははは、と一人笑って空気を読まず我が道を行くという感じの女性だと、少しの会話を聞いただけでわかった。

「ああそうだ、そんな事より早く行かないと霧が濃くなりすぎて行けなくなってしまう」
「行くってどこへ?」
「氷龍に会いに、さ」

氷龍に……?
ぽかんとしている私達にマリーはウインクをして先へと進んでいった。

■■■

進めば進むほど霧が濃くなっていき、ついには2メートル先も危うくなってきた所で先陣を切って進んでいたマリーがようやく止まった。

「ほら、ここ。ここだけ少し湖のナカへ進めるんだ」
「ありがとう、マリー!」
「どういたしまして」

クロンはマリーに礼を言うと、湖の側に近付いていった。
「クロン、危ないよ!」
「大丈夫だいじょーぶ」

いや、先程いた場所とは違い柵もないここは危険だ。流石にもう少し下がって、と言おうとしたその刹那──

「おわーおねえちゃん! いきてたの!?」

ざぱんと波を立てて湖の中から角の生えた少女が出てきた。

「────!?」

その場に居たクロン以外、衝撃のあまり言葉を失った。

「生きてるよぅ、勝手に殺さないで! 元気してた?」
「おねーちゃんいなかったから、さびしかったよー! でもびょうきもしてないし、げんきだよ!」
「ごめんね……あ、紹介するね! こっちお兄ちゃんのクロウとカラスのゲン、お友達のコタ! それと、ここまで案内してくれたマリーだよ」

名前を呼ばれて、紹介されてハッと我に返った。

「く、クロン、あの……」
「この子はフローズンだよ。私の妹!」

「いも、うと……」
そう言い残し、クロウが静かに倒れた。
「クロウーーーー!!!!」

「クロンちゃん、お兄さんは氷龍の事知らなかったの?」
「知ってたけどフローズンの事は言ってなかった」
「ねーねー、おにいちゃん、ってわたしのおにいちゃんでもあるの?」
「うーんちょっと違うかな」
「何も知らずにこの会話聞くとすごい複雑環境の子にしか思えないわね……」

クロン達が会話している中、ゲンとの連携プレーのお陰でクロウは意識を取り戻した。
「ハッ」
「大丈夫?」
「ああ……なんか頬が痛いがまあ、平気だ」

ゲンがつついていた右頬が斑に赤くなっている。あえてその事は触れないでおこう。

「とりあえずクロン、詳しく話せ」
「はーい」
「ところでそろそろお腹空きません? お昼食べません?」
「じゃあ食べながら話そー! あ、マリーも一緒にどうぞ!」
「あらいいの? じゃあお言葉に甘えて頂こうかしら」
「わたしもそろそろおひる、たべてくる! わすれてなければ、もどってくるね」

再びざぱんと波を立ててフローズンは湖の中へ戻っていった。
そして深い霧の中、地面にレジャーシートを敷いてみんなで昼食を取り始めた。

■■■

「ホラ、コタには前にも言ったでしょ? 氷龍がわたしの繋ぎ・・になってるって。その氷龍、クロンの妹がフローズンなのです!」
「ええとつまり……クロンの妹がフローズン、ゼロの兄がクロウで……だからフローズンとクロウに関わりはないって事?」
「そゆこと」
「はえー複雑、複雑だわ……」
「だがクロンは俺の妹だ」
「うん! だから、クロウはクロンのお兄ちゃんだよ!」

ああわかったぞ。考えるな、感じろって事だね。うんうん。難しい事を考えるのは苦手だからそうフィーリングで理解した。

「……マリー、聞いてもいいか」
「ん? なあに?」

話に区切りが付いたところで、クロウがマリーに話しかけた。

「父の事を知っているという事は、あなたもキメラの研究員、なのか?」
「ああ、そうだよ。だけど研究員というよりは研究員のしたっぱのしたっぱさ。雑務ばかりで実際に研究に立ち会ったことなど一度もないよ」
「そうか……」
「なんで?」
「いや、なんでもない」
「なんだよ、したっぱだって情報は持ってるんだぞ。今回逃げ出したキメラとか、私の世話してたうちの一人だし」
「!?」

全員が驚き目を丸くしてマリーを一斉に見つめた。

「え、そんなに驚く事だった?」
「驚くよ! そ、そのキメラって住人の人達が恐れるほどヤバイの?」
「普段はそんなことないけど、怒らせるとヤバイかなー。彼、複数の動物と相性が良くて全部と合成されてたから、感情が安定してないとその動物の精神が暴れちゃうの」
「複数と…!? 本当に人間かそいつは!?」

クロウが驚く程という事は、普通では考えられないぐらいすごいことをして生まれたキメラなのだろうか。

「びっくりだよね、ちゃんと人間だったよ。通常時も人の形保ってる。中身にも問題は恐ろしい程ない──まさに実験台としては優秀すぎるぐらいの子さ」
「じっけんだい……」
「あ、ごめんね! つい研究者目線で言っちゃったけど、彼だって一人の人間だってわかってる。自身の選択をさせず、子供を勝手にいじくり回す大人達は私も許せない。今のキメラ研究は間違っているから、直すために私は研究員になったのに……いざ配属されたら研究以下の事しかされないしなぁ~」

まともな事言ってると思ったら徐々に泣き言へと変わっていった。色々と苦労しているんだ。

「同期の奴は出世コース行っちゃって、私置いてもう次期所長候補に上がってんだよ、ずるくない? 何この差は!?」
「人間性、かな……」
「何気に酷い事言うなキミは」

思わず口が滑ってしまった。
しかしマリーは言われ慣れているという感じでツッコミはしたもののそう気にしている様子ではなかった。

「……彼、心配だけどこのまま逃げ切って欲しいな」
「何故?」
「だって研究所あそこにいたら永遠、死ぬまで実験台だよ? それなら外に出て、生きて自由を知ってほしい 」
「キメラにとって外が自由の場所とは限らないだろう」
「……そうね、そうだよね」

マリーは反論できず、肯定するしかなかったようだ。


「ごちそうさま! 美味しかったよー、誰かの手作り?」
「ううん、昨日泊まったところでもらったの」
「そう……うんでも美味しかった! さーて午後も一応探さないと……あーあ、見つけたいけど見つけたくないなぁ」
「お疲れ様、頑張ってマリー」
「ありがとコタ、お姉さん頑張るよ……じゃ、私はもう少し先行くからキミ達は戻りたまえ。バイバイ!」

笑顔で手を振りマリーは霧の奥へと飲まれていき、それを見届けた私達もすぐに片付けをして来た道を戻っていった。


宿に戻ると案の定老人が大変心配していたが、私達が無事戻り怪我も無くて良かったと安心し夕飯を作ってくれた。

夕飯を終えるとまた私の父に手紙を書いて、眠る前に宿前にあるポストに投函した。
明日は少し遠いミオネイドへ向かう。クロウによるとミオネイドは色々な店があり、賑わっている町だという。
クロンは人が多い町は初めてでとても楽しみにしていた。

マリーが言っていたキメラは、見つかったのだろうか。
キメラは元々戦争に投入される用にと研究、開発されたが使う前に戦争が終わったと聞いていた。ならもうキメラの研究の必要はないのでは──?


嫌な予感がする。

しかし朝は早い、考えないで寝よう。忘れよう──

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